大きな男、小さな男とは何を基準にして表現するのでしょうか。

アメリカで大きな男と言えば、まずアクション映画のヒーローが思い浮かびます。

マッチョなタフガイのイメージです。

中国では老板(ボス)のイメージです。

それは部下を養う大きな力量をもつ人です。

中国では政治家も黒社会(暴力団)もほとんど行動原理は変わりません。

初めから清濁併せ呑む人こそ中国でいう大人物です。

したがってみな悪人ヅラをしています。

これに対して日本では大きな男という場合でも、見かけ上のたくましさや力量だけでは不足しています。

その他に、やさしさや細かな心使いなど、日本ならではの付加価値が必要です。

クリアーしなければならない独自基準がたくさんあります。

その反対、だめな男、小さな男とみられる要素も諸外国よりたくさんありそう、と推定できます。

あれもダメ、これもダメとタブーが多く、小さくまとまってしまうのです。

やはり国土の狭い島国という環境のせいなのでしょうか。

筆者も日本人男性として、多少の息苦しさを禁じ得ません。

日本に小さい男が増えている?

わが日本では世間という名の第三者の目が厳しく、鵜の目鷹の目で行動をチェックされています。

それに委縮してしまい、積極的に物事に取り組めない、覇気のない男ができあがるということはよくありがちなことのようです。

感受性が強いとこうなりやすいのかも知れません。

とくに現代に限らない昔からの持続的傾向と思いますが、これは一向に変わる様子はなさそうです。

つまり日本社会における構造的な問題です。

そして実際に、小さな男たちは、増えているかどうかデータはありませんが、減っていないのは確かに感じられます。

冗談を受けながすこともできないような、明らかに精神的にもろい若い男性が目立っているからです。

以下その原因を探っていくことにしましょう。

1. 平均身長は伸びたけど、中身は?


厚生労働省が数年おきに行っている国民健康・栄養調査というデータがあります。

それによって1975年と2014年、40年間時代を隔てた男子の数値を比較してみます。

12歳男子・147.9cmから152.6cmへ+4.7cm、15歳男子・165.3cmから165.6cmへ+0.3cm、20歳男子・166.9cmから171.8cmへ+4.9cmとなっています。

1975年のデータを見ると、15歳から20歳までにわずか1.6cmしか伸びていないことがわかります。

当時は15歳で打ち止めに近かったわけです。

筆者もこの年代に近いのですが、15歳ころ172cmくらいあって、最終的に大人になっても174~5cmです。

確かにこのデータを踏襲していました。

それに比べ今の人は、10代後半まで身長が伸びていて、明らかに大型化しています。

それでは運動能力はどうなっているのでしょうか。

文部科学省のこれも数年おきに実施されている体力・運動能力調査(2014)によると、1986年から比較可能な種目では、中学男子の50メートル走、同じく高校男子の50メートル走以外、すべて低下しています。

また新体力テストが導入された1998年との比較では横這いないし、上昇しているものが多いそうです。

いずれにしろ70~80年代の中高生に比べれば、運動能力は下降しているようです。

身体の大型化に体力は伴っていないといってよいでしょう。

2. 昔の男性は男気があった

体力以外の男たちの内面はこの間に、どう変わってきたのでしょうか。

昔の男性は男気があったと言われます。

しかしそれは社会の状況がそうさせていたのだと思います。

パートナーを得て男女が力を合わせ、役割を分担して臨まなければ、人生は前に進まない時代でした。

それには当時なりの合理性も備わっていました。

社会的に公平か不公平かはさておいて、男女にはそれぞれ持ち場と見せ場があったのです。

男性は家族を養っているのだ、という矜持を保つことができました。

女性は太陽のように家庭の中心に座り、そこから家族を隅々まで照らしていました。

安定感がありました。

もちろんいろいろなタイプがいて、それらを放棄する者もいました。

しかし思い直して戻ってくることもできたのです。

一人で生きることは、本当に大変な時代だったからです。

3. 小さい男が増えている理由


そして時代を経て役割分担は変化するとともに、細分化されていきました。

これにより男性の足場はぐらつきやすい危険なものに変わります。

家庭では、でんとどっしり構えているわけにはいかなくなり、次々に新たな役割を課せられることになりました。

また共稼ぎも増加していきます。

そしてこれらはほとんど女性の主導権で行われていきました。

男性はなすがままだったように思います。

それを目の当たりにした独身男性たち、とくに小さな男は、結婚生活に怖気づいてしまいます。

1. 男女平等教育

1945年から始まった民主教育、その柱のひとつである男女平等教育によって、恩恵を受けたのは女性だけではありません。

実は男性も同じだったのです。

それは家を守る、という封建的な家長の役割が大きく減少したことです。

足腰が軽くなったことにより、積極的に仕事の多い都会へ出ていくことが可能になりました。

そして都会では核家族を形成しました。

これは前世代の男性たちに比べれば、責任は軽く限られたものでした。

ところが男性たちはさらに調子に乗ってしまいます。

その小さな責任すら顧みようとしなくなりました。

そして高度成長期は、目に見えて成果の得られた仕事に熱中していきます。

給料もどんどん上昇します。

その熱気が高度経済成長を支えたことは間違いありません。

その結果、家庭では男性の存在は希薄になり、何から何まで女性まかせになっていました。

しかしやがて教育の成果が表れ始めます。

2. 女性の社会進出

戦後の男女平等教育を受けた世代が増加するにしたがい、社会は細かく変化していきます。

その変化した先端へ女性はどんどん進出していきます。

結婚退職コースは減少し、女性の有職期間は長くなっていきます。

国も法制面で後押しします。

男女雇用機会均等法は1986年に施行、たびたび改正を繰り返します。

教育訓練、福利・厚生、定年・解雇における男女差別を禁止、その後も禁止事由を加えていきます。

しかしまだ課題は残り、いろいろと議論は尽きません。

やはりあらゆるケースに対応することはできないからです。

しかしたとえ対症療法の連続にすぎないとしても、それなりに前進してきたのではないでしょうか。

3. 草食系男子の増加

草食系男子の増加現象には、いろいろな要素が絡み合っていると考えられます。

しかし根幹は次のようなストーリーではないでしょうか。

世の中が進み、男女を隔てていた垣根が低くなった結果、互いの長所、短所がスカスカに見えるようになってしまいました。

男性は女性の持つ生来の強靭さに、女性は男性の持つ本質的な弱さを目の当たりに見てしまったのです。

男性はびっくり、女性はがっかりしたのではないでしょうか。

わざわざ一緒になって苦労を背負い込む必要があるのか、と考え込む人たちが出てきました。

とくに男性側は、世の中が便利になり生活の不便がなくなるほど、結婚生活など不自由で重荷と感ずるようになります。

20代前半で結婚して子どもを持って、など感覚的に遠い絵柄になっていきました。

責任を引き受けようとしない男は、どうしても存在感が薄くなってしまいます。

小さい男と思われる人の特徴22選

こうして日本社会には、小さい男が量産される態勢が整っていきます。

そして実際に彼らは増殖を始めました。

しかしこれには、女性側も大いに力を貸したことも見逃せません。

父親が家庭を顧みない中、男の子を可愛がりすぎて、マザコン男を大量に世に出したからです。

母親は男の子を突き放して鍛えるというこが苦手です。

父親不在状態のケースに多くみられ、社会の風潮でもあったことは否めません。

しかし母親も男の子を可愛がることに耽溺していたような面もありました。

そして社会は落ち着きを欠き始めます。

小さな男たちは、こうした新しい社会の落とし子なのかも知れません。

以下その特徴を探っていきましょう。

1. 自分を強く見せるために虚勢を張る

自分をできるだけ大きく見せる。

これは大陸国家ではごく普通のことです。

おとなりの儒教国、中国・韓国においては特にそうです。

着飾り、高級車に乗って豪華な事務所へ案内し、相手を圧倒し、取り込もうとします。

このパターンは貧乏人から金持ちまで全く変わりありません。

自分たちの社会的地位を上昇させるための、日常活動の一環です。

しかし日本は少し違います。

弱い犬ほどよく吠える、ととらえられる方が多いでしょう。

明らかにマイナス要因です。

2. ケチである

一代で財を成した創業者系の大金持ちは、ほぼ全員ケチといって間違いありません。

本人がそうでなければ必ず、しまり屋の財務担当が番頭格でいたはずです。

彼らは金に執着することで財をなしていきました。

しかし一方では必要なときは惜しみなく使う度胸を持っています。

メリハリは付いていたのです。

ただのケチというわけではありません。

また社会人になり立てのうちから、交通費はもとより何もかも会社経費で落ちないか、と画策している人もいます。

毎回相談をされる経理部門lの印象はバツです。

そして小さな男として社内に発信されることになるでしょう。

若いうちは大雑把で未完成な方が、期待値は高いものです。

3. 感情のコントロールができない

中国人は激しく自己主張し、怒っているように見えますが、実は計算しつくされたパフォーマンスであることがほとんどです。

日本人と中国人での商談では、日本人は先に熱くなってしまい、ペースを握られることが多いのです。

感情のコントロールができないと、やはり小さな人物と見られていまいます。

仕事でも生活でも、新たな展望は開けません。

4. 何でも人のせいにする

自分の責任をなかなか認めない、という傾向は大陸国家では顕著です。

アメリカは訴訟社会で不利な証言はしない、が基本動作です。

中国人は本能的に不利な状況を嫌い、嘘でたらめも、いといません。

しかし日本人は、正しい居住まいを好みます。

正直は何よりの美徳です。

こうした精神風土の日本では、手柄のみ自分、失敗は部下のせい、という中間管理職は、やがて行き詰まります。

彼らを野放しにしていれば、会社組織自体が行詰まります。

5. 将来の目標や夢がない

昨今では小さな男に限らず、目標や夢を語ることが少なくなってきたようです。

現実を見つめ過大な期待は持たない。

今さえよければそれでよいという思考なのでしょう。

しかし前へ進まないことには現状を維持することさえ難しい、ということがわかっていないようです。

ただしこれを理解するには、ある程度社会経験を積む必要があるかも知れません。

6. 向上心がなく、何となく生きている

夢はもとより、現在の趣味すら挙げられない人もいます。

好きなことは?と聞いてもだんまりです。

もちろん他人に興味はなく、自分から人に働きかけることもできません。

これではカメレオンのように周囲の風景と同化してしまい、自らの存在感を打ち出すことはできません。

すべては風まかせ、主体性はどこにも感じられません。

7. 恋愛が長く続かない

小さな男が小さなことにこだわっていれば、恋愛は一向に前には進みません。

とくに小さな男ほど、女性のちょっとした言い方がいちいち気になったり、元カレの存在を気にしたりします。

そして内向きな愚痴ばかりブツブツつぶやいているでしょう。

恋愛経験をリセット上書きすることが可能で、常に前進を望んでいる女性とは、まさに対極に在ります。

また相手が恋愛経験の少ない女性の場合なら、今度は傷をつけることばかり言ってしまうでしょう。

いずれの場合も長続きしないのは確実です。

8. 包容力が全くない

大きな人間の持っている包容力とは、相手の欠点、短所を含めて、全面的に受け入れてくれるやさしさのことです。

小さな男は自分の欠点はさておいて、積極的に他人のアラ探しに走っていきます。

典型的なスケールの小ささを感じさせる行為です。

これによって周囲の人はみな引いていってしまいます。