居場所がないと感じることはありませんか?自分だけだと思っているかもしれませんが、そう感じている人は意外に多いのです。

今回は8個のシチュエーションから居場所がないと感じることについて書いてみました。

自分と同じだな、自分だけじゃないんだなと思っていただいて気持ちが少しでも楽になれば嬉しいなと思います。

居場所がないと感じる8個のシチュエーション

1.職場にいると居心地が悪い

居場所がないと感じる人も、どんな場所でもそう感じるわけではないようです。

一番よく聞くのが職場にいると居心地が悪いという人の話です。

職場は仕事をしてお金を稼ぐための場所であり、寝ている時間以外の半分近くを過ごす場所でもあります。

そんなに長い時間を過ごす場所で居心地が悪いとなると毎日が楽しくないですよね。

「居心地が悪い」という表現はまさに言い得て妙です。

嫌いでも苦しいでも、つらいでもない、居心地の悪さは10人いれば10種類あります。

座りがわるいというか、もぞもぞしたくなる、安心感がない、逃げ出したい気持ちになるなどです。

馴染めてないように感じる

います。

「転職をした会社にどうしても馴染めていないように感じるのです。

その感覚がどうしても不愉快です。

できれば今働いている会社のことが大好きになりたいのになれない、どうしたらいいですか?」という相談を受けたことがあります。

これは難しいですね。

なぜなら、これはこうしてたらいいですよという具体的なアドバイスができないからです。

その人の感じかたや好みの問題なのでどうしてあげることもできないというのが本音でした。

でも相談されたら、その人のためになりたいというのが私の癖ですから必死で考えました。

そして、「これまでに転職をしたことが他にもありますか?他の職場ではどうでしたか?この職場に限って馴染めていないように感じるのですか?」とその人に質問をしました。

返ってきた答えは、「とくに今が一番そう感じるけれど、これまでに働いていた職場でもそう思っていたことがありました。」ということでした。

そんなやりとりを繰り返しているうちに、その人自身が気づいたことがありました。

その会社にいることで自分に自信が持てないというのです。

お給料も安いし、こんな会社にいる自分が情けないというのです。

「どうしてもそういう思いしか持てないのなら転職を考えてもいいかもしれませんね。

でもこんな会社というからには会社になんとかしてもらおうという気持ちが見え隠れします。

辞める前に自分がその会社になにができるかをちょっとだけ考えて気持ちをそちらへシフトしてみてから辞めてもいいんじゃないですか?」そう答えました。

A子とB子はどちらも職場にいると楽しくないといいます。

A子は職場の○○さんが大嫌い、仕事の仕方が気に入らない、お給料も含めて自分への待遇が気に入らないなどいつも文句ばかりいいます。

B子は私と同じで職場にいる自分に自信が持てないといいますが、周囲への不満をいっているのを聞いたことがありません。

B子は馴染めていないということをはっきり自覚できていて、A子は馴染めていないのではなく、自分の目の前の人や環境が嫌いなのだなと思って見ています。

どっちもどっちだなと思うのですが、B子のほうが救いがあるような気もします。

2.友だちといても楽しめない

はた目には友だちたちと、とても楽しそうに過ごしているように見えるのに、楽しめないという人がいます。

楽しい話に花が咲いているにもかかわらず心の中では本当に楽しめていないのです。

友だちといても楽しめないのはつらいですよね。

私は大人になるにつれて友だちは欲しくないと思うようになりました。

それでも友だちには事欠きません。

執着がないからいいのかもしれませんね。

気を使ってばかりいる

楽しそうに見えるのにどうして楽しめないのでしょうか?それは気を使ってばかりいるからです。

人間関係が円滑にいくためには、ときには人に対する気を使うということも必要ではあります。

でも楽しめないのであれば、気を使ってばかりいるというのでは疲弊してしまいます。

気を使い過ぎると自分自身が疲弊してしまいます。

そして残念なことですが、気を使い過ぎると帰って人から好かれないのです。

偽りの自分を見せても人はどこかうさんくささを感じてしまったり、気を使い自分を抑え込んでいる反動からか、ここというときに自分の苦しさや本音が出てしまいます。

いつもいつも抑え込まれている自分の中のもう一人の自分、いえ自分の中の本当の自分が反逆しているかのようになります。

とてもおとなしそうに見えるS子さんは、自分でものすごく気を使ってしまう、いいたいこともいえないといいます。

確かにそうなのですが、仕事がとても忙しく、社内がバタバタしだすと体調が悪くなったといって会社を休み、周りの人からわがままな人だといわれるのです。

自分はこんなに普段いいたいこともいえずにがんばっているのにどうして私がわがままだといわれなければいけないのかと不満がたまります。

でも公平な立場から見てみるとたしかにS子さんは、大事なときにいつも人に迷惑をかけるようにしか見えないのです。

些細なことでも自分を抑えすぎているので肝心なときに爆発するかのようです。

気を使ってばかりいるといっても、自分の周りの人すべてに対して気を使っていると、何に気をつかっているのか分からなくなるはずです。

気を使っているというより、それは緊張している表現したほうがいいのではないでしょうか?緊張は緊張を呼びます。

類は友を呼ぶ、と同じ原理です。

「あのひとといるとなんとなくリラックスできない」と周囲も感じることになり、それを自分も感じてますます気を使うシチュエーションへと負の連鎖が起こります。

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3.誰かといても1人でいるような感覚になる

誰かといても1人でいるような感覚になるのではないですか?それって悪いことではないと思います。

人間しょせん1人です。

1人を楽しめない人は誰かといても楽しめないということはよくいわれますよね。

ほんとうにそうだと思います。

誰かといても1人でいるような感覚になるということは、いっしょにいる人と話していても、そばにいても、壁があるというか、ずっと遠くにいるような感覚なのだと思います。

いつも孤独を感じる

いつも1人でいるような感覚になるということは、孤独を感じているということです。

自分以外の人たちはみんな楽しそうに見えるのに自分だけが楽しめていないと感じ、孤独感を深めていきます。

実はみんな孤独といえば孤独なのですが、敏感な人は特にそれを強く意識しているのですね。

仲間といても孤独を感じる人と、仲間がいない自分が嫌だ、恥ずかしいという孤独感あがあります。

そのどちらも孤独がいけないと思っていることが原因の1つです。

孤独はけっして恥ずかしいことではないのに。

先日テレビでみたのですが、フィギュアスケーターの高橋大輔さんが、高校生の頃、お弁当を食べる友人がいないとき、1人でお弁当を食べているところを人に見られるのがいやで、トイレの個室の中でお弁当を食べたという話をしていました。

思春期頃から、人と違うことをすることや、友人がいないこと、友人がいないと思われることにひどく敏感になる人が多いようです。

私も高校生のとき、文化祭をひとりで見て回ることにとても苦痛を感じた憶えがあります。

今の私であれば1人大歓迎、せいせいするくらいに思うのですが、当時はそうは思えませんでした。

そして思春期を過ぎて大人になっても孤独感をより強めてしまう人がいます。

4.ママ友といると本音で笑えない

結婚して子どもができて、ママ友づき合いに苦痛を感じるお母さんたちがいます。

ママ友といると本音で笑えないというのです。

ママ友となると、おつきあいが自分だけではなくなる可能性があるからです。

子どもたち同士や、社宅の場合は夫への影響を考えてしまいます。

この場から離れられないという緊張から本音で笑えないのかもしれません。

ママ友の評価を気にしてしまう

ママ友の評価を気にしてしまうのでしょうね。

人が自分に下す評価は人が勝手にすることであって、自分には関係ないことと割り切れば済む話しですが、そうは簡単に思えないから悩むんですよね。

社宅に住んでいる人が、ご近所さんであり、ママ友である奥様たちとのお付き合いに悩んでいたそうです。

話を聞いていると、とりたてて気苦労があったわけでもないらしいのですが、いやでいやで仕方なかったといっていました。

家賃がおどろくほど安かったので社宅を出る気持ちはなかったそうです。

気持ちの上だけの息苦しさはどうしようもないですよね。

大人になってからの友人関係はどうしても、うわべだけ、こころから通じるものが希薄になりす。

私の場合はこれまで生きて来た中で、過去や自分自身の気にいらないところ、人に言いたくない部分を大人になって知り合った人と共有したくない、別な世界で生きたいという気持ちが強いように思います。

5.親戚付き合いが苦痛である

親戚はいつもいつも顔を合わせることが少ないですが、お盆やお正月、身内の法事や結婚式などで顔をあわせたときなど数少ない顔合わせであっても苦手で苦痛だという人が多いようです。

身の上話をしなければならない

なぜ親戚付き合いが苦痛になるのでしょうか?その原因の1つは、たまに会うからこそ身の上話をしなければいけない場面が出てくるからなのでしょう。

前回会ったときから今までの間の出来事や自分の今の状況、仕事、その他、身内だからこそ根掘り葉掘り平気で聞いてくる人もいるでしょう。

他人であれば、プライベートなことは答えたくないという顔ができたとしても、親戚だから聞いて当然、話してもらって当然とばかりの年配のおじさんおばさんに辟易する場面が私もありました。

ママ友とのときと同じで、言いたくないことを聞かれるのが嫌なのでしょうね。

私も、叔母さんや叔父さんたちが誰かの噂話をしているのを聞くと、自分のことではないのでホッとしたり、自分に順番が回ってくるのではないかと思って嫌な気持ちになったことがあります。

6.成功している人を見た時に悲しくなる

H子さんはとても競争心が強い人です。

自分でもそのことを認めていて成功している人を見た時悲しくなるといいます。

対処法として嫉妬する場面へは行かない、というか行けないといいます。

それも1つの選択肢かなとは思いますが。

H子さんが誰かと話をしているとします。

H子さんの方から、「昨日はどこへ行っていたの?」と話し相手のJ子さんへ質問をするとします。

J子さんが、どこへも行かず家で寝ていたというと大丈夫なのですが、「昨日は旅行に行っていて楽しかったわ」とでも言おうものなら大変です。

すぐさま相手の話をさえぎります。

J子さんは「そちらから質問してきたから正直に答えたのであって、何も自慢をしたいからではない」と言葉を飲み込み、ストレスがたまるいっぽうだと嘆いています。

それが成功かどうかは疑問、まったく成功という部類のものではないようにも思うのですが、人間というのは悲しい生き物というか人と自分を比べてしまうのでしょうね。

自分と比べてしまう

その原因の一つは、自分と比べてしまって悲しくなるのでしょう。

勝ち負けにこだわっているのかもしれないですね。

どちらが幸せでどちらが勝っているのかを比べても何の意味もありません。

でも、何の意味もないといわれて自分と比べるのを止められるほど簡単でもないものです。

比較されるのは嫌なものです。

生まれつき自分に自信を持てる幸せな人もいますが。

7.沈黙が続いて気まずくなる

沈黙が続いて気まずくなることがとても嫌だという人がいます。

家で家族といて沈黙が続くのが嫌だという人はほとんどいませんよね。

それが他人相手では気まずくなってしまうのですから、おもしろい話です。

その理由はなんでしょうか?

コミュニケーション能力が低い

沈黙が続く理由の1つはコミュニケーション能力が低いことが上げられます。

コミュニケーション能力が高ければ沈黙が続くということは避けられます。

コミュニケーションの上手下手は持って生まれたものもある程度関係しますが、意識して上達させることもできるのですよ。

身近に上手なひとがいるなら、ローモデルとしてその人をお手本にしてみてはいかがでしょうか?
最初は上手くいかなくても徐々に上達するものです。

でもコミュニケーションは、上手くやろうという下心からではなく自分の気持ちに素直になると同時に相手への気配りが必要になってきます。

居場所がないと感じる原因に、気を使ってばかりいるということを書きましたが、気を使うのではなくテクニックとして気配りをするということが身につくといいんですけれどね。

コミュニケーション能力がUPして沈黙の度合いが少なくなれば自信が出て気まずくなることも少なくなると思いますが、最初から沈黙が続こうが会話が続こうが気まずくならなければいいのですよね。

結局自己評価が低いということにつきるのかもしれません。

8.家にいる専業主婦が孤独を感じる

専業主婦は結婚していない女性からみると憧れではないでしょうか?でも当の専業主婦たちはこぞって孤独を感じるといいます。

社会から置いていかれたような気持ちになる

その理由は自分は社会から置いていかれたような気持ちになる、ということです。

隣の芝生は青いとはよく言ったものです。

世の中はめまぐるしく変化しています。

家の中にいてもなんとはなしに変化している外の様子がうかがい知れますね。

その変化の渦に自分は入って行けないもどかしさでしょうか。

専業主婦とて、立派な職業であり、社会貢献しているのですがどうしてもそう思えないようですね。

私は家事が大好きで、一日中家事をしていられるのなら最高!!って思うのですが
それも隣の芝生はなんとやらの一種なのでしょうか。

お料理を作るのも献立を考えるのも、選択や掃除もどうしたらよりよくなるだろう、と創意工夫することが山ほどある、しかも自分の好きなようにできる家事って面白いと思うのですが。

自分が社会から取り残されているような感じがするのなら積極的に社会とのつながりを持てるようになるためにはどうすればいいのだろうかと考えなければいけません。

自分の好きなものを今一度思いだすものいいですね。

好きなものの中には隠された宝石がかならずあります。

大それたことでなくてもいいので、むしろ普通のことのほうが貴重かもしれません。

好きなことがものすごくお金がかかることなので、何もできないというのなら、お金がかからないように工夫する方法を考えましょう。

勉強だけが素晴らしいわけではないですが、何かを勉強してみるというのはどうでしょうか?英会話ならラジオ英会話がおすすめです。

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居場所がないと感じる理由

居場所がないと感じる理由をまとめてみました。

自分がその場に相応しくないと思っているから

自分への自己評価の低さからか、自分がその場にふさわしくないと思っているからなのでしょうね。

相応しいかどうかは本当のことろはよくわからないのではないでしょうか?
自分が相応しいと思えば相応しいし、そうでないと思えば相応しくない。

そういうものだと思います。

人は人のことを、「あの人はこの場にふさわしくない」なんていつも思ってはいないのです。

自分で自分の首を絞めているだけのものです。

その場にいると自分が嫌な自分になるから

その場に自分が相応しくないと思う原因のひとつに、その場にいると自分が嫌な自分になるからではないでしょうか?本当の自分の在り方とは違う自分でいるような気がするときが、私もあります。

自分を偽っている感覚とでもいうのでしょうか?もしかしたら、その場にいるときは本当の自分らしくないということが、人をだましているような気持ちになっているのではないでしょうか?
自分が人を偽っているように感じるので、人も自分のこと(私)をだましているのではないかと勘ぐってしまうのです。

自分のことが大嫌いだということは不幸感をつのらせます。

逆をいえば、自分のことが好きでさえいればとても幸せを感じられます。

私は最初は無理でも少しずつ少しずつ自分の好きな部分を増やしてきました。

周りの人からどう思われているか気になるから

もう1つは周りの人から自分はどう思われているか気になるからなのです。

誰でも人から好かれていると思えば嬉しくなるし、人から嫌われれば楽しくないですよね。

それが過剰になるとどこにいても楽しくないし、居場所がないような感じ、逃げ出したくなるような気持ちになるのです。

人からどう思われているかを気にするということは自分の人生のかじ取りを人にゆだねているようなものです。

赤面症というしょうじょうは韓国と日本にしかないと聞いたことがあります。

日本人は周りの人からどう思われているかということがとても気になるDNAを持って生まれているのですね。

居場所を作る方法

居場所がないと感じて不快であるなら居場所を作ればいい!そう思いませんか?そこで居場所を作る方法をまとめてみました。

居場所が出来れば毎日が楽しくなるはず!です。

最初は簡単ではないでしょうか何事も発想の転換が大切ですから。

がんばらなくてもいい

まず、「がんばらなくてもいい」と自分自身にいいきかせましょう。

いいきかせるという表現はちょっと強制的で無理をしているような感じがしますね。

いいかえるとすると、がんばらなくてもいい方向性でやっていきましょう。

私がすきな表現は「好きに生きていい」です。

がんばってもがんばらなくてもいい。

できればあまりがんばらなく生きたい。

がんばるときにはがんばる。

でもいつもがんばらなくてもいい。

そんな感じでしょうか。

自分が居場所がないと感じるのを感じないようにしなくてもいいということも、「がんばらなくてもいい」という言葉の中には含まれています。

私はがんばりすぎる部分と、ぜんぜんがんばれない部分があります。

がんばりすぎる私はがんばれない私が嫌いで、がんばれない私の部分はがんばりすぎる部分を見て、どうしてそこまでがんばってしまうのだろうと、見ていて腹が立つのです。

自分の嫌な部分、ダメな部分も認める

結局、自分の嫌な部分やダメな部分も全部認めてあげないと、人からどんなに評価されようと、どんなに物質面で恵まれようと人は幸せを感じることは出来ないのですね。

幸せそうな人、この人といるとなんだか幸せそうで、いっしょにいるこちらまで幸せになってくるような人っていますよね。

そういう人って、自分の嫌な部分やダメな部分にフォーカスしていないですよね。

簡単にいうと「仕方ないじゃん、こうなんだから」「それが何か?」とでもいっているように、自分への肯定が根底にあるからなのですね。

自分のことを自分が嫌っているようでは幸せにはなれないですね。

認めるとはどういうことでしょうか?それは自分のことが嫌いだという気持ちを認めることです。

そう思っている自分の気持ちを認めることで、自分を好きになれということではないです。

先に、自分のことを自分で好きなら幸せ、自分のことを少しずつ好きになれと書いたので、言っていることが違うじゃないか!といわれそうですが、自分のことを好きになるのは外の世界、自分のことを嫌っている自分をそのまま認めるのは内の世界と考えてください。

まず自分の中に居場所を作る

そして、どこに居ても居場所がないとかんじるのならば、まず「自分の中に居場所を作る」ということをしないといけませんね。

目をつむって胸の奥、もしくはお腹の奥へ意識を集中させて、そこが私の居場所だとしています。

胸でもお腹でもどちらでもいいように思います。

精神集中法など難しいことではないのですが、自分の中に居場所を作るには体の中からはじめるのがいいのかなと思ってやってみました。

居場所がない、と苦痛に思ったら常にそこへ戻るのです。

もとから自分の居場所がどこかということなど考えたこともなく、気にもならないというのがベストですが、そこまでできないなら意識的に自分の居場所を作る練習をしましょう。

他人と比較しない

自分の中へと戻るのですから、この際他人は関係ありません。

他人と自分を比較しないというのが幸せへの秘訣だと思っています。

でもつねに比較してしまうのが私たち人間の常ですね。

すごく自信に満ち溢れている人(虚勢をはったりうぬぼれているのではなく)は、みんな他人と自分を比較していないのです。

比較して自信に満ち溢れているのではなく、比較しないから自信に満ち溢れているというのは面白いですよね。

積極的に自分の居場所をつくることと同時に、他人と比較しないということも意識的にできることです。

他人と比較しそうになったら、心の中で「他人と比較しない」とつぶやいてみるのです。

自分は愛されていると思う

そして、自分は愛されていると思うことですね。

誰に愛されているのでしょうか?何か宗教を信仰しているのなら神様でもいいし、壮大な宇宙でもいいとは思うのですが、信仰もしていないし、宇宙なんてスピリチュアルすぎて考えられないというのなら、大切な人、大好きな人を思い浮かべるのが一番おすすめだと思っています。

神を信じていても、大好きな人を思い浮かべるのが現実的で効果的だと思います。

ずっと好きな人を思い浮かべていると、他の人からどう思われようとあまり気にならなくなります。

私は以前そうでした。

他人と自分を比較することは少しはあるけれど、それでも自己肯定感がとても強かったように思います。

その間だけは自分の居場所が自分の心の中にできるのです。

ただ頭の片隅に、好きな人を浮かべているということは、「もしこの人を失ったら、今の自分の自己肯定感はあっという間に砕け散ってしまう、どうしよう」という不安があったのです。

「よし、それじゃあ、この人を失ってもいいようにこの人を思い浮かべるのはやめよう」、そう思うようになっていきました。

具体的な人間だからいけないのであって、神や宇宙ならいいのではないかなと思ったのですが、神や宇宙が何かもわかっていないのに思い浮かべることができないのです。

そんなこんなを繰り返してきた結論として、失ったら失ったとき。

自分の居場所を作り幸せになったもん勝ちだということです。

好きな人を思い浮かべましょう。

常に思い浮かべましょう。

幸せは幸せをよぶのだから。

感謝の気持ちを大切にして、伝える

幸せに生きるようになると一番増えるのが感謝の気持ちです。

不幸だから感謝できないのか感謝できないから不幸なのか、どちらが鶏でどちらが卵なのかという話になってしまいます。

心の中で思ってだけいるより、伝えることができればなおいいです。

今ここにいることが奇跡だなって感謝の念が込み上げてきたり、感謝のかの字さえ思い浮かばない日が続くこともあります。

人の強さを見極めるひとつの方法が感謝できるかどうかだと思うのです。

大切な人には特に恥ずかしがらずに感謝の気持ちを伝えたいものです。

ここにいてもいいのだと思い、そこが居場所になる

ここにいてもいいのだと思えれば、そこが居場所になります。

ここにいていいという感覚が持てるかどうかは、生まれてまもなく、まだ意識ないときから3歳くらいまでにどれだけ愛されたか、あるがままを受け入れられたかにかかっているともいわれています。

他力本願だともいえますが、自力で幸せになれるということを信じられなければ生まれてきた意味がないのではないでしょうか?ここにいてもいいという安心感を、たとえ難しくても獲得していきたいものです。

何度も何度も恐怖や不安に向き合い、慣れていくこと、そして恐怖や不安が実体のないものだと、自分自身に覚え込ませていくことが一番の近道なのですね。

まとめ

自分の居場所は自分の中に。

「ここにいていい」という思いが自分の居場所なのです。

努力ではどうなるものではないのかもしれませんが、それでも努力あるのみです。

居場所をつくろうという気持ちがあれば居心地の悪さや自己否定感はかならず薄らいできます。