ジェラシー(嫉妬)とは、単なる妬みやきもちとして使われるケースの外に、もう少し複合的な意味としてとらえる考え方もあります。

何かを失うこと、何かを失うかもしれない恐れや不安に関連したネガティブな思考や感情、無力感、嫌悪感などの混ざった概念です。

また近年では羨望の意味も加わってきたとされているようです。

また誰にでもある普遍的なものだ、いやそれぞれの文化に深く根差したものだ、という主張の対立もあります。

それらを押さえた上で、ここでは主に日本においてどのように扱われているのか、少し「複合的」に見て行くことにしましょう。

ジェラシーを感じてしまった時の8個の抑えかた

ジェラシーは古今の文学作品のメインテーマの一つです。

紹介すればきりはないでしょう。

また表現の手法が拡大した現代では、文学に限らずジェラシーを題材にした音楽作品や映像作品もたくさん作られています。

例えば日本では石田純一、黒木瞳主演の「ジェラシー」というテレビドラマが1993年に放映されています。

音楽作品も限りなくありますが、その中からジョン・レノンのアルバム「イマジン」(1971)に収録された「ジェラス・ガイ」の訳詞を紹介したいと思います。

とても分かりやすい2番の歌詞です。

不安に感じてた。

君は僕をもう愛してないんじゃないかって。

内心は震えていた。

内心は震えていた。

君を傷つけるつもりはなかった。

泣かせてすまない。

君を傷つけたくなかったのに。

僕は嫉妬深い男だ。

とてもストレートな表現で、実際にもよくあるシチュエーションです。

あらぬ疑いから嫉妬に走り、傷つけるつもりはなかった彼女を傷つけてしまった、と後悔しまくっています。

こうなってしまわないように、ジェラシーはできる限りコントロールしていきましょう。

うまく処理すれば前向きなエネルギーに転換できます。

そのためにはどんな方法が有効なのでしょうか。

1. 自分は自分、と割り切る思考回路を持つ


嫌悪すべきカッコ悪い「ジェラス・ガイ」にならないよう慎重に行動しましょう。

まずジェラシーからできるだけ遠いところに立つことです。

そのためにはまず、他人は他人、自分は自分と割り切ることから始めましょう。

しかし異性をめぐるジェラシーでは、恋愛ルールに無知であるがゆえ、つまり経験不足に起因する部分も大きいものです。

気が付いたらジェラシーの渦に飲み込まれていた、という状況です。

これを避けるには、恋愛の経験値を上げる必要があります。

その過程で、ある程度ひどい目にあうことはしかたありません。

そのときにはジェラス・ガイの歌詞もよい参考となるのではないでしょうか。

2. プラス思考の向上心を持つようにする

ジェラシーから遠ざかるために、恋愛に限らず何事も経験と考え、経験値の上がったことを素直に喜びに変えてしまいましょう。

そのような心の持ち方をしていれば、たいていの苦悩は乗り切れます。

また経験は、向上心へと結びつくはずです。

そうして身体をプラス思考で覆ってしまいましょう。

そこから発するオーラは、人を引き付けることができます。

また新しいジェラシーの入り込む余地を、しっかりふさいでくれることでしょう。

3. 自分が劣っていると考えないようにする


ジェラシーは遠ざけることはできないとしても、適度な距離感は保つようにしておきましょう。

そのためライバルと安易に比較するのはやめにすることです。

これを始めるときりがないからです。

相手の行動を始終監視することが、日常の業務や暮らしの上に行ってしまいかねません。

これは間違いなく自分の仕事や学習のパフォーマンスを下げる結果につながります。

心ここに非ずの印象を周囲に与えてしまい、確実に評価を下げてしまうでしょう。

さらに悲観的な負のモードの連鎖に入ってしまうリスクも高くなります。

4. 自分を好きになる努力をする

ジェラシーを抑制するためには、自分に自信を持つことも大切です。

日本人は何かと自分を卑下する傾向があります。

物事を悲観的に考え過ぎます。

これは外国人と比較すれば明らかです。

なぜか彼らは、いつでも自信をみなぎらせています。

根拠を欠いていてもそう振舞って、平然としています。

例えば日本語がしゃべれなくても、日本以外のところでは平気で「話せる」と触れ回っています。

こうしたずうずうしいさは、素直に優れたプラス思考と認めていいように思います。

こうした欧米人的プラス思考へ向かうには、物事を楽観的に考えることです。

それにはまず自分をもっと肯定的に捉えましょう。

自分を好きになる努力から始めるとよいのではないでしょうか。

5. 自分の努力不足を素直に認める

思わずジェラシーを感じてしまったとき、自分のことを人より劣っていると考え、自己嫌悪に陥ることがあります。

そういうとき、現時点では努力が足りなかったのだと認めることにましょう。

しかしもっと努力すれば、次はいい結果が出るはずである。

このように常に発展途上にあるものとして、自分のことを流動的なものとして、肯定的に捉えましょう。

そうすればそうすれば再びチャレンジする意欲がわいてくるはずです。

簡単にはめげない、より強い人間への第一歩を踏み出すことができます。

6. 物事を考え過ぎないようにする

ジェラシーに苛まれている人は、ある方面においては脳細胞がとても活性化しています。

その結果、いつになく想像力がたくましくなっています。

そしてジェラシーを向ける相手に対し、勝手な物語を創作してしまいます。

これは偉大な文学作品のモチーフとも同じです。

しかし一般的には、この種の考えすぎは歯止めがきかくなります。

その過程でどんどん現実離れをしていきます。

そうなる前に一旦思考停止してしまいましょう。

その上でリセットすると効果的です。

日本人は生真面目すぎ、考えすぎの傾向が強く、リセットして上書きという優れた機能がついていないように見えます。

7. ひとりで悩まないで友達に相談してみる

ジェラシーにとらわれ悶々と過ごしているとき、ジェラシーの満ちていない、少し疎遠だった別の所属集団の人に相談するのは、とても効果的です。

それは悩まされている登場人物たちを知らないからです。

第三者の視点で、正しいアドバイスをしてくれる可能性は十分ありますす。

ただしスピーカーのような人に打ち明けてしまったら悲喜劇どちらにも変じてしまいます。

あくまで信頼できる適当な人がいる場合に限ります。

8. 他に興味のある楽しいことを見つけるようにする

ジェラシーに苛まれて、苦しんでいるときには、ちょっと無理かも知れませんが、がんばって楽しいことをイメージしてみましょう。

そのことによって、負のエネルギーを払しょくするよう努めて下さい。

しかしすぐに買い物や、アルコール依存に走ってしまっては、逆効果です。

外国人観光客の最近の消費傾向ではありませんが、モノ消費ではなく、こと消費に向かうのがおすすめです。

楽しい体験を重視しましょう。

ジェラシーはなんとももどかしい感情

ジェラシーとは、喜怒哀楽には直接分類されない、微妙で複雑な感情です。

あらゆる感情をつなぎ合わせたようなものといっていいのでしょうか。

脳内細胞をつなぎ合わせているシナプスのように働くのかも知れません。

あらゆる方向の感情を突っつき、反応を促しているのです。

実際にいろいろな作用を与え、私たちはそれをうまく消化できず、もどかしく感じているのでしょう。

しかし脳細胞全体に活性化作用をもたらしているのは間違いないと思います。

1. ジェラシーとは?

ジェラシーとは何かについては、さまざまなな意見があります。

概略は最初に述べた通りですが、ここではもう少し有名な人たちのものを拾ってみることにしましょう。

「人は自分の所有している物に嫉妬し、他人の所有しているものを羨望する。」(タランベール)
「我々自身が得たいと強く願っているある価値を、ある他人が持っているか獲得したことに対する、怒りの混じった悔しがり。」(フリートマン)
「嫉妬するということは、自分が相手より下だと認めてしまうこと。」(パリス・ヒルトン)

2. どんな時にジェラシーを感じやすいの?

感受性の高い人ほど、あちこちでジェラシーを感じてしまうことでしょう。

お騒がせセレブのパリス・ヒルトンは、「嫉妬というのは最高の感情。悪魔は優しい心の人にカルマ(業)を与えるの。私は一度も嫉妬したことはないわ。」と述べています。

私にはやさしい心やそれに通じる高い感受性はない、と宣言して開き直っているように聞こえます。

以下、ありがちな具体的シチュエーションをいくつかチェックしてみましょう。

1. 好きな人が別の人と仲良く話しているのを見た時

ジェラシーの王道は、男女関係に関わるものです。

好きな人話をしている他人はすべてジェラシーの対象です。

王道だけに簡単に道をそらせて、遠ざけるというわけにはいきません。

実際にはほとんどの場合、誤解と思われます。

しかしすでに理性を失っていることが多く、気を落ち着かせることができません。

判断力が曇っているので、何を言われても頭に入らない状態でしょう。

2. ライバルが自分よりも良い成績をとった時

ライバルの存在は人生に彩りを添えてくれます。

常に首席やトップセ-ルスを通してきたような人は、天才と同じようにまれな存在です。

ほとんどの人は、浮いたり沈んだりを繰り替えしながら、ライバルと競いあってきたことがあるでしょう。

それは励みにも妬みにもなったはずです。

ライバルの成績が自分のそれを上回ったときは、ジェラシーのモードに入ります。

それを励みのエネルギーに転化できる限り、問題はありません。

ただし健全なライバル関係にない人にまで、ジェラシーを向けないようにしましょう。

精神的によどんでしまい、逃げ場のない感覚になります。

3. いろいろと上手くいっていない時に些細なことにもジェラシーを感じる

スランプが続きているときには、何もかもが受け入れ難く感じられるものです。

どうでもいい些細なことまでがカンにさわります。

全身をハリネズミのように逆立て、いきり立っているような状況です。

こういうときには、意味のない相手の一瞬の動作にさえジェラシーを感じてしまうものです。

しばらく時間をおいて、落ち着きを取り戻すまで、あまり人と関わらない方がうまくいきます。

4. 好きな人が他人に親切にしているのを見た時

好きな人があろうことか、他人の世話をしているように見えるとき、これもジェラシーを燃え上がらせる王道パターンです。

これにはもう手のほどこしようはなく、処方箋はどこにもありません。

先人の想いがこもった芸術作品に接するか、またはおかしな行動に出て、粉々になってしまわないように注意するくらいでしょう。

5. 他の人が自分よりも良いものを持っていた時

物欲はコントロールすることが可能です。

まして今はライフスタイルは多様化し、あの人が持っているから私も欲しい、という単純なライバル意識によるジェラシー感覚は、少なくなっているでしょう。

問題なのは部分的にしても価値観がもろにかちあったときです。

その同じステージで、劣ったものを持っていると、苦虫を食い潰したような心境におちいるでしょう。

これはけっこう根深い心情として残ってしまいそうです。

6. 他の人が自分よりも給料が良いのを知った時

日本で普通に同じ会社に属し、似たような社歴であれば、給料は大差ありません。

日本は新入社員と社長の年棒差が、世界中でもっとも小さな社会といわれています。

ただし業種間で比べると、その格差には大きいものがあります。

一方で同業種間の差はそれほどでもありません。

こういう比較的平等な日本において、給料の差がわかってしまったときのショックは、なかなか大きいものがありそうです。

それによって嫉妬心に苛まれてしまうのは、ある程度しかたありません。

3. 人は自分と他人をどうしても比べてしまう

自分と人を差別化したい。

そしてできるだけ優位に立っていたい。

そう思うのは人間の本能に根ざした衝動です。

人とくらべて今の自分のポジションや給料はどうなのか。

プロ野球選手の年棒がサラリーマン社会で話題となるのはこのためです。

彼らのそれは桁違いですから、自分との比較で金額そのものを羨んでいるわけではありません。

A選手はあの働きであの金額、B選手の方が成績は良いのに何で下なのだ、などと自分たちの境遇に重ね合わせて、感情をシンクロさせているのです。

どうしても他人と比べてしまわずにはいられない、人の本性がよく表れています。

またこれはジェラシーの本質でもあります。

4. 競争をして優越感を感じていたいのが人間

差別化を自分の優位に進めるためには、明らかな優越感を得ることが何よりです。

しかしジェラシーの支配している心には、現実がデフォルメされて見えている可能性は十分です。

そこは自分がどこまでも優位の理想的な世界です。

つまりまぼろしの優越感にひたっているだけかも知れません。

こういうときには、もう一度冷静に周囲を見回すことが必要です。

常に現実とのすり合わせを忘れないように心がけましょう。

5. 原因はほぼ自分にある

ジェラシーは自分の内面以外にはどこにもありません。

そしてその原因はほぼすべて自分にあることを自覚しましょう。

たとえジェラシーの対象とした人との間にどんな経緯があろうと、その人に責任転嫁することはやめましょう。

またそれをしている限り、ジェラシーにまつわる心の痛みから逃れるすべもありません。

それを忘れないようにしておきましょう。

ジェラシーを感じることのデメリットとは?

少し 話は飛びますが、中国の歴史はその大部分が、ジェラシーから成り立っていると言ってもよさそうです。

その本質は、いかにして皇帝に気に入られるかのゴマすり合戦です。

中国で権力を掌握するとはこれに勝ち抜くことです。

有名なのは科挙の試験に受かった官僚グループと、皇帝の私的な世話をする宦官グループとの対立です。

さらに同じグループ内での主導権争いも血まみれの激しいものでした。

彼らのエネルギー源はジェラシーでした。

将軍などは目に見える成果を上げれば上げるほど、ジェラシーの対象となり、かえって命が危うくなるのです。

これらは正しいエネルギーの発露といえるのでしょうか。

ジェラシーによるデメリットとまで言い切れるかどうかはわかりませんが、やはりジェラシーをコントロールできないことによる、エネルギーのロスのような気がします。

1. 人間関係に亀裂が入る

ジェラシーにとらわれ、あまり人を疑惑のまなざしで見つめていると、相手はその視線を感知します。

やがて相手はそれを忌避するようになります。

そして折に触れ、不快感を発するようになることでしょう。

直接的な行動にはまだ表れなくても、ここですでに人間関係がおかしくなりかかっていそうです。

その辺りで空気を察し、行動を改めなければなりません。

もしそうした細かいアドバイスまでしてくれる人がいたら、あなたにとってかけがえのない人と思って間違いありません。

2. 精神的に不安定になる

ジェラシーに心身を苛まれていると、それだけでエネルギーをどんどん消費してしまいます。

エンジンがかかっていても前に進まないアイドリング状態です。

ジェラシーからいち早く脱して、再度前進しましょう。

立ち止まっているかぎり、ジェラシーから得られるメリットはどこにもないからです。

そしてジェラシーに苛まれている時間が長くなるばなるほど、精神的な不安定さが表れるようになります。

そわそわして落ち着きがなくなっていきます。

神経過敏の症状も出てきます。

情緒不安の振れ幅が大きくなっていると感じたら、そこで一旦立ち止まってみましょう。

物事にはリズムがあります。

肉体にも、精神にもそれは存在しています。

リラックスして、思うままにまかせれば、安定をとりもどしていくかも知れません。

3. ネガティブになってしまう

ジェラシーに苛まれていると、人としての在り方に背いているのでは、と自分に対して罪悪感を持ち始めます。

それに耐えかねるという状況もありそうです。

普通ならそこまで考え込むことなないのでしょうが、ネガティブモードに入っていれば、十分にありそうです。

それがまた負の連鎖を呼び込みます。

なるべく余計なことを考えないようにしておきましょう。

ガティブになるくらいなら、頭を空っぽにしておく方をおすすめします。

ジェラシーにもメリットがある?

ジェラシーはスパイスとしてうまく使えば、頭や体の全細胞を活性化させることが可能です。

何かしたい、という衝動に動かされます。

先ほどジェラシーは勝手な物語を創作する、と表現しました。

実際に文学作品の中にはジェラシーをモチーフにしたものが数多くあります。

日本中世の女流文学や、フランス文学などはそればかり、といっていいかも知れません。

この人たちにとっては、ジェラシーが創造力の源泉になりました。

またスポーツにおける成功物語にも、ジェラシーが大きな力となっているケースはありそうです。

美しく装飾された切磋琢磨を重ねたライバル物語も、本質はジェラシーの交錯する物語だったのではないでしょうか。

1. 向上心が養われる

ジェラシーをうまくコントロールできるようになり、うまく折り合いをつけるようになれば、ほぼ人生に大きな懸念はなくなるといってよさそうです。

しかし完全になくなってしまっては、人生そのものに潤いがなくなり、枯れてしまいます。

小さな懸念はちょっぴり残しておいた方がよいでしょう。

そのモヤモヤは、向上心を養うエネルギーとなり、人生にプラスの影響をもたらしてくれるに違いないからです。

2. 自分磨きの努力をするようになる

ジェラシーと一緒に過ごしている間に、知らず知らずのうちにジェラシーの対象となった自分より優れた人たちから、何らかの影響を受けているケースは多いでしょう。

これは感情を排して考えてみれば、とても貴重な経験に違いありません。

普通の感性を持つ人なら、このままではいけない、という刺激を受け、自分磨きの正しい努力をするようになるでしょう。

そうならないような人なら、もうあまり将来の見込みはなさそうです。

3. 人生の目標がより高くなり前向きになれる

ジェラシーと率直に向き合うことで見えてくるものはきっとあります。

認めたくない自分の弱さ、いやらしさを直視することになりますが、その作業を行うことにより、次の目標を立てることができます。

それは今までの目標より、必ず高くなっているはずです。

エネルギーは前向きに作用し、人生そのものの目標を押し上げてくれるでしょう。

4. 心が鍛えられ精神的に強くなれる

以上の考察から、ジェラシーの感情は、良くも悪くも人生にさまざまな重要な作用をもたらすことが、明らかになりました。

その作用の大きさは驚くほどです。

そのジェラシーをうまくコントロールすることは、人生の修行のそのものかも知れません。

心のトレーニングと言ってもいいでしょう。

しかし苦しい局面を、破たんなく乗り切った経験は、とても貴重なものです。

精神的にも一皮むけ、強くたくましくなっているはずだからです。