よく「団塊の世代」という言葉を耳にしますが、団塊の世代とは一体何なのか、詳しく知っていますか?「なんとなく自分の両親の世代だということは知っている」という人や、「今の会社でいうところの役職者が団塊の世代なのだろう」といった何となくの感覚で理解している人も多いと思います。

団塊の世代はどの年代の人たちで、一体どんな特徴があるのか、そして何故そう呼ばれているのかなど、団塊の世代にまつわる詳しい話をご紹介します。

団塊の世代を分析してみよう

「団塊の世代」という言葉を聞いたことはあっても、どんな人たちが団塊の世代なのかを詳しく分かっていない人も多いと思います。

特に今の若い世代の人たちからすれば、そもそも「団塊」という言葉自体も聞き覚えがないという人もいることでしょう。

いつからいつの年代の人たちを団塊の世代というのか、また団塊世代の人たちにはどのような特徴があるのかについて以下に詳しくご紹介していきます。

1. 団塊の世代とは?

団塊の世代は、1947年~1949年の間に生まれた世代の人たちを指しているとされています。

団塊の世代の最大の特徴としては、この3年の間でベビーブームが起こり約800万人もの出生があったことです。

このことからも、とにかく団塊の世代は人数が多いと言われています。

この頃の日本は日本国憲法が公布され、これから高度経済成長期を迎えるにあたって人々の間では子孫を残そうという意識が急激に高まっていました。

そのため結婚して子どもを産む家庭が非常に多く、これがベビーブームへ繋がったと考えられています。

この時期に生まれた人たちは「時代のリーダー」であるとか、「大量消費の世代」などとも言われ、戦後日本が最も活動的になった時期に誕生した世代の人たちのことを世間一般では団塊の世代と呼んでいるのです。

また、マーケティングの分野からは1953年~1955年に生まれた人たちや、高度経済成長期のさなかに生まれた人たちのことを団塊の世代と呼んでいる場合もあります。

何にせよ、日本が戦後高度経済成長期を迎える頃に生まれた人たちのことを一般的には団塊世代だと定義しているようです。

2. 何故そう呼ばれるようになったの?

「団塊の世代」という言葉を初めて用いたのは、作家の堺屋太一さんです。

1976年に発表された彼の著作「団塊の世代」という小説の中で彼がそう呼んだのが世間一般へと広がり定着しました。

鉱物学の分野では、一塊の単位で採れる鉱物のことを「ノジュール(nodule)」と言いますが、この単語を訳したものだと言われています。

この言葉と、ベビーブームで人数が増えたことから「塊」という意味で「団塊」と呼ばれるようになったそうです。

団塊の世代はベビーブームもあってとにかく人数が多いため、人数の塊であるこの呼び方がぴったりと合っています。

また、鉱物学の面から見た時にこの「塊」というのが他のものと比べて、密度が高くて周囲とは異なる性質を持つという部分でも、団塊世代の特徴によく当てはまっていると言われています。

それを示すように、団塊世代の性格は「自分へのこだわりを持つ」「付和雷同しやすい」「ケチでリスクを嫌う」「同世代間の競争が激しい」など、他の世代とは異なる特徴が見られます。

3. 何人くらいいるの?

団塊の世代は、1947年~1949年にかけてのいわゆる第一次ベビーブームに生まれた世代です。

このベビーブームの時期の出生は約800万人とも言われていますが、現在ではどの程度の人数がいるのでしょうか。

2014年の時点で65歳以上の人数は3300万人と言われており、この65歳以上の人たちがいわゆる団塊世代だとされています。

そのため現在でも、約3000万人前後の団塊世代の人たちがいることになります。

4. 日本の総人口に占める割合は?

2014年における日本の総人口は1億2708万人です。

その内の3300万人が団塊世代だとされていますので、日本の総人口における割合はかなり大きなものだということが分かります。

団塊世代と言われる人たちの多くは現在では定年退職を迎えているか、定年間近な人が多いため、日本国内の会社で働く世代が今後はガラリと大きく変化することが見込まれています。

5. 戦争を知らない世代

今でさえ、戦争を知らない世代が日本の総人口の多くを占めていますが、団塊世代が誕生した頃には、彼らが初めての「戦争を知らない世代」でした。

1970年にジローズによりヒットした「戦争を知らない子供たち」の歌さながらに、団塊世代は戦争を経験せず、高度経済成長期には「金の卵」として日本の経済を支えてきました。

そして、40歳前後の大人盛りの頃にバブルを経験し、まさに日本が戦後メキメキと成長していくところから、バブルが崩壊するまでの時代を一気に駆け抜けていった世代でもあります。

芸能人でいえば、ビートたけしや高田純次、星野仙一などがエネルギーとパワーに満ち溢れて芸能界の第一線で活躍していた時代でもありました。

団塊の世代の特徴

団塊の世代は、戦後の高度経済成長期に日本の主軸となって活躍してきました。

日本が今のように先進国として不自由なく暮らせるまでの間の、目まぐるしい変化の時代を第一線で駆け抜けてきたのです。

今の若い人たちからすると中々ピンと来ないかもしれませんが、その業績は素晴らしく、常に当時の時代の先端を突っ走って活躍してきたのです。

今でこそ高齢者の枠に収まりつつある団塊の世代ですが、団塊の世代が第一線で活躍していた時代には、どのような動きや特徴があったのでしょうか。

以下に具体的にご紹介していきます。

1. 若い頃は学生運動が活発

団塊世代の特徴として、若い頃はとにかく学生運動が盛んでした。

学生運動を行っていた世代は「全共闘世代」とも呼ばれ、1965年~1972年にかけて全共闘運動・安保闘争とベトナム戦争の時期に大学時代を送っていた若者の15%が学生運動に参加していたとされています。

当時は第二次世界大戦が終結してからまだそう経っていなかった頃なので、戦争の反動ともいえる極端な戦後教育によって、その多くが自虐史観を刷り込まれて育ってきました。

そのため反権力思想や、共産主義に対するシンパシーを持つ人も多く、反体制を掲げた結果学生運動がやたらと盛んに行われていました。

とはいえ、当時は海外でも反体制がある種のトレンドであったようで、アメリカではベトナム反戦運動が起こり、フランスでは五月革命、中国では文化大革命、そしてチェコではプラハの春が起きるなど、海外の反体制に日本も釣られていたといった方が正しいのかもしれません。

また、反体制に真に情熱を捧げていた学生もいれば、お祭り騒ぎに乗じていただけの学生もいたりと、とにかく騒がしかったというのが学生運動の特徴です。

団塊の世代の中でも当時の学生運動に参加していた人も少なくはないでしょう。

団塊の世代の人が時々「学生運動の頃が懐かしい」と口に出すことがありますが、それはこういった流れの中で起きた出来事なのです。

2. お見合い結婚から恋愛結婚へ

今でこそ、誰とでも自由に恋愛が出来、気になる相手とデートをしたり同棲をしたり、恋愛結婚が当たり前の時代ですが、昔はそうではありませんでした。

戦前や戦時中にはお見合い結婚をするのが当たり前で、それも成人前の年齢で結婚をする男女も珍しくはありませんでした。

お見合い結婚が当然の時代ですので、初めて顔を合わせた相手と、ほんの2、3回目に会った時には結婚するという流れが一般的でした。

そのため、結婚前にデートをしたり、お互いのことをじっくりと話し合ったりする機会など皆無でした。

今の若い人たちの間ではにわかには信じられない話かもしれませんが、嘘だと思ったら自分の祖父母に話を聞いてみて下さい。

祖父母の年齢が団塊以前の世代であれば、恐らくそのほとんどがお見合い結婚のはずです。

家柄によっては生まれた時から許嫁のあった家庭も少なくはなかったことでしょう。

デートという言葉が初めて登場し、また実際に行われるようになったのは団塊の世代になってからなのです。

そのため、この頃からお見合い結婚ではなく、恋愛結婚が盛んに行われるようになりました。

お互いに好きな人が出来て、デートなどの恋愛を重ねた末に結婚をするという形は、当時の日本にとってはかなりセンセーショナルな出来事であったに違いありません。

今でこそ恋愛結婚が当たり前になっていますが、団塊の世代が第一線で活躍していた頃には、まだまだお見合い結婚も多かったのです。

3. 日本の高度経済成長期を支えた

高度経済成長期というのは、経済成長率がとても高いことを指します。

日本の戦後約20年にわたって、経済成長率は年平均10%前後の高い水準で成長を続けてきました。

高度経済成長に至った背景としては、重化学工業分野の技術が革新し、民間の設備投資が活発化したことや、国内市場が拡大したこと、固定為替相場の安い円相場によって輸出が拡大したこと、また石油などの海外資源を安く輸入することが出来たことなどが挙げられます。

これらの動きによって休息に日本の経済は生長し、1955年~1957年にかけては「神武景気」、そして1958年~1961年にかけて「岩戸景気」と言われるかつてないほどの経済成長率を誇ることとなったのです。

この高度経済成長期を経て日本は経済大国へと成長していきました。

さらにその後もオリンピック景気やいざなぎ景気など、1971年のいわゆる経済安定成長時代に入るまで、日本の経済成長率は右肩上がりを続けてきたのです。

この高度経済成長期を第一線で支えたのが団塊の世代です。

団塊の世代の人たちはとにかくがむしゃらに前や上を向き、一生懸命に働いて日本の経済を成長させてきました。

日本が経済大国になれたのは、この団塊の世代の働きがなければ不可能だったことでしょう。

それほど団塊の世代は日本の経済に大きな貢献をもたらしてくれました。

4. 新しい若者ファッションを生み出した

日本は戦後、いわゆる団塊の世代に入ってからファッションの分野でも若者を中心に新たなブームを生み出しました。

戦後は主にアメリカとの関わりが深かったため、日本人のファッションのブームも西洋のイメージを取り入れたものばかりが先行していました。

例えば男性のファッションではパナマ帽に開襟シャツ、ぶっといズボンに長いジャケット、そしてアロハシャツなど、派手な柄物やアメリカ型のスーツなどが流行っていました。

女性ではニュー・ルックやサブリナパンツ、サックドレスなど、ウエストを括れさせた、いかにも外国人らしい「ボン・キュッ・ボン」をイメージした服装が流行りました。

いずれもアメリカをはじめとした海外の流行りがどんどん日本国内へと入ってきて、それを積極的に取り入れるようになった結果、新たな若者ファッションが次々と生み出されていったのです。

5. 消費意欲が旺盛

団塊の世代は、戦後の日本が大きく変化を遂げていくときに活躍していた世代です。

この頃の日本は外国から次々に入ってくる流行に対応したり、高度経済成長期を迎えていたりしました。

そのため、団塊の世代の人たちも自然と積極的で好奇心が強く、何事にも果敢にチャレンジしていく性格の人が多かったのです。

そして、何事にも関心を示すため、消費意欲も旺盛でした。

新しいブームが入ってくれば真っ先にそれを取り入れ、何でも自分たちで直接手に入れて試していました。

良い・悪いという判断は後に任せて、まずは何でも自分たちの中に取り入れていったのです。

後先考えないといえばそうかもしれませんが、あれこれと考え過ぎて行動出来ないよりは、どんどん試してみて答えを出す方が良いに決まっています。

団塊の世代の人たちは、そうしてポジティブに何でも消費して取り入れていったのです。

6. 男女平等の意識が広まる

団塊の世代になってから、男女が同じ職場で働く機会が格段に上がりました。

そのため、自然と男女平等の意識が世の中に広まっていったのです。

終戦直後までは、女性は基本的に結婚をしたら家に入って専業主婦になるというのが当然の流れでした。

また、団塊の世代が第一線の時代になっても、結婚した後女性は主婦になるのが一般的で、会社で働くのはあくまでも「お嫁に行くまでの期間」であった人がとても多かったです。

当時の外国ではすでに男女平等の考え方が主流になってきていましたので、日本にも当然のようにその考え方は広まってきました。

しかし、実際には現在でも会社によっては男尊女卑の考え方が強いように、男女平等の意識は広まっても、実際にそれが定着することは中々ありませんでした。

とはいえ、表面上や政治などの面においては積極的に男女平等の社会が謳われるようになってきた時代でもあります。

7. 格差が大きい

団塊の世代の人たちは、終戦直後に生まれ育ったため、子ども時代は貧しい育ちの人も多かったです。

しかしその後の経済成長と共にメキメキと暮らしぶりも向上していき、バブルの時代に入ると皆がお金持ちと錯覚するほどの好景気で、豪勢で贅沢な暮らしぶりの家庭がかなり増えました。

焼肉を食べに行くためだけにわざわざ韓国まで足を運んだり、毎週末には海外旅行を楽しむ人たちも増えました。

しかしその後、1990年~21世紀にかけてバブル経済が崩壊すると、経済は悪化してリストラや賃金削減によって多くの団塊の世代が苦しい生活へと追い込まれていきました。

そこから現在に至るまでに、団塊の世代の中でも自分が裕福だと感じている家庭と、貧しいと感じている家庭との格差が大きく広がってきています。

特にバブル時代の好景気の後で一気に不景気に追い込まれ、現在も苦しい生活を送っている団塊の世代では、自分と他の人との経済的な部分で格差を感じている人も少なくはないようです。

格差というのは実際の経済力の違いも重要ですが、個人が「裕福だ」「貧しい」と感じる気持ちによっても表れるものです。

バブル当時と今とを比べて、自分の家庭が貧しいと感じている人ほど、他の家庭との格差を強く感じているようです。

8. バブル経済を経験

団塊の世代の大きな特徴の一つに、バブル経済を経験しているということが挙げられます。

時々団塊の世代の人が「あの頃は良かった」「バブルの頃に戻りたい」と口にすることがありますが、それほど日本にとっては光景に恵まれた時期でもあったのです。

バブル経済の時期には、万札を手にタクシーを止め、女性を送り迎えするだけの男性である「アッシー君」や、ご飯を女性に奢るだけの男性の「メッシー君」が登場した頃でもあります。

食事をするだけでわざわざ海外へ行ったり、毎晩のようにディスコ(今でいうクラブ)へ遊びに出かけたりと、誰も彼もが派手に遊びや人生を謳歌していました。

海外へ旅行した先で文化遺産や世界遺産を買い取る人もおり、時にはパリのエッフェル塔を買い取ろうとしてフランスと揉め事になったこともあるほどです。

また、就職活動中には面接先の会社が研修費用を全て負担して、更には面接費用や交通費用を学生に渡し、「ぜひうちの会社に来て欲しい」と熱烈なアプローチをかけるなど、就活生にとっては夢のような話も当時ではありふれた出来事でした。

そんな日本にとって最高の時代だったと言えるバブル経済もやがて終わりを迎えますが、団塊の世代はまさしくこのバブル経済のさなかと、そしてバブル崩壊後の苦しい時期との両方の経験者なのです。

9. さまざまな従来の価値観を壊した

団塊の世代は、それまでのさまざまな従来の価値観を壊しました。

例えば男女平等や恋愛結婚、ファッションなどの流行りや家庭のあり方など、戦前と戦中の日本の頃と比べると、とても大きな変化をもたらしたと言えます。

そのすべてが良かったというわけではないかもしれません。

しかし、現在の日本のあり方の基盤ともなる部分を形成したのは間違いないでしょう。

日本という国が成長していく過程で最も必要な足場の部分を、団塊の世代の人たちが作り上げてきたのです。

現在第一線で働く人たちにとっては、団塊の世代の人たちは時代を築き上げてきた大先輩であることには変わりないのです。

そう頭に入れてから団塊の世代の人と接すると、また違った印象を抱けるかもしれません。

10. 核家族が多い

戦前や戦時中にはお見合い結婚が当たり前の時代でしたが、戦後の団塊の世代に入ってからは恋愛結婚が増えてきました。

同じくして家族構成も、大家族や夫の両親と同居の形から、核家族へと変化してきました。

団塊の世代は高度経済成長期のさなかでもありましたので、男性は家庭を大事にするよりも会社でがむしゃらに働くことが多く、この時代はむしろ家庭を顧みない男性の方が多かったと言えます。

一方の女性はまだまだ専業主婦でいることが多く、「家庭を守るのが女性の仕事」という考え方も根強い時代でしたので、外に働きに出ない分家のことをやる人がとても多かったです。

そんな中、夫の両親と同居せずに、夫婦もしくは夫婦と子どもだけで暮らす「核家族」の形がこの時代から増えてきました。

お見合い結婚から恋愛結婚へと変化を遂げたように、家族の在り方もまた夫の両親との当たり前の同居から、夫婦と子どもだけでの暮らしに変化し始めました。

また、核家族が増えてきた頃から、事情があって母親も働きに外に出ている間に家の鍵を持ち、一人で家で留守番をするいわゆる「鍵っ子」も増え始めました。

11. 企業戦士が多い

団塊の世代は、戦後の急激な高度経済成長期を支えてきた人がほとんどです。

また、ベビーブームでもあったこの時代は、働き手の人数が多いゆえに競争社会でもありました。

少しでも他人よりも上に昇るため、また少しでも他の人よりも多く稼ぐために主に男性が一生懸命に働いて経済を回していました。

そのため、他人と競争しながら上へ昇りつめていく過程で、自然と企業戦士が多く生まれました。

企業戦士たちはみな社会の第一線で活躍し、その中でも特に成果を上げた人が現在の役職や重役の立場であることが多いのです。

12. 激烈な競争社会を生き抜いてきた

人数が多ければ多いほど、優れたものを手に入れる確率は低くなります。

他人を押しのけて自分が前に出て上に昇り、人の上に立つには人並み以上の努力をしなければなりません。

第一次ベビーブームのさなかに生まれた団塊の世代の人たちは、そうした激しく厳しい競争社会の中で生き抜いてきた人たちが多いです。

それは、ベビーブームで人数が増えたことによって必然的に生じた仕方のない競争でもあります。

団塊の世代で人よりも出世しようと思ったら、人一倍切磋琢磨をして上に昇りつめなければならない時代だったため、否が応でも働き手である男性は努力せざるを得なかったとも言えるでしょう。

13. 熟年離婚が増えている

近年になって、団塊の世代の熟年離婚が増えてきています。

その理由の一つとして、若い頃の夫婦生活が上手くいかなかったことが挙げられます。

団塊の世代が主流の働き手であった頃は、男性は家庭よりも仕事を優先する傾向が強かったです。

そのかいあって高度経済成長期を迎えることも出来ましたが、一番夫婦で苦楽を共にするべきであった時期にしっかりと夫婦間の愛情を築けていない家庭の場合には、夫が定年退職をする年齢になった時に妻から離婚を切り出されるケースが増えているそうです。

また、夫が働き盛りであった頃には妻も家で気楽に一人だけで過ごしている時間がありましたが、定年退職した後に毎日のように夫が家にいることを苦痛に感じるようになった妻が、やはり離婚したいと訴えるケースもあります。

夫婦とはいえ、適度な距離を保っていたからこそ上手くやれていたものが、急に四六時中一緒に過ごすことによって上手くいかなくなってしまう、ということもあるようです。

14. 田舎暮らしへの憧れが強い

団塊の世代の人たちは、第一線で働いていた時には都市部に近い場所で暮らしている人たちが多かったです。

主に通勤の利便性からですが、高度経済成長期には都市部に人口が集中し、地方の人口が減少傾向にありました。

しかし、定年退職が近づいてきた最近では、都市部よりもむしろ田舎暮らしへの憧れを強く持つ団塊の世代が増えてきています。

年齢もある程度落ち着き、仕事も第一線を退いたらその先の余生は田舎でのんびりと過ごして暮らしたいという考えを持つ人たちが増えているのがその主な理由のようです。

また、団塊の世代は子どもの頃から都市部で生活していた人たちも多いため、子ども時代の夏休みなどに過ごした田舎での生活や、田舎で暮らしたことのない人たちが老後の田舎暮らしを希望していることも少なくはないようです。

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団塊ジュニアの苦労

団塊の世代の人たちが、戦後の第一ベビーブームの頃に誕生し、高度経済成長期を担ってきたことはすでに説明してきました。

そして、その団塊の世代の人たちの子どもの世代にあたる人たちのことを、「団塊ジュニア」といいます。

団塊ジュニアの世代はいわゆる第二次ベビーブームで誕生した世代です。

団塊ジュニアの人たちは、団塊の世代の人たちが築き上げた、物質的に安定した、豊かな社会の中で育ってきましたので、比較的裕福で恵まれているところが多いです。

しかし、団塊ジュニアには団塊ジュニアなりの苦労というものがあるようです。

では、そもそも団塊ジュニアとはどのような人たちのことを指すのかというところからご紹介していきます。

1. 団塊ジュニアとは?

団塊ジュニアという言葉は、日本能率協会総合研究所のマーケティングプランナー・田中勝さんが提唱した言葉で、団塊の世代の子どもに当たる世代を、団塊ジュニアと呼んでいます。

団塊ジュニアの大まかな特徴として、第二次ベビーブーム世代に生まれたことと、バブル時代を経験しているため、物質的に豊かな環境で育ってきたこと、また子どもの頃から巨大なマーケットとして注目されていたことなどが挙げられます。

さらには、受験戦争や高学歴であることが出世の条件であるという認識を持たれており、バブル崩壊後の就職氷河期を経験していることなども挙げられます。

いわば、生まれてから大人になるまでの間は特別な不自由もなく育ってきたものの、就職活動の頃になるとバブルが崩壊し、一気に就職難に陥って仕事に就くのに苦労を経験してきている人が団塊ジュニアと言えるでしょう。

団塊の世代のように最初から苦労をして成功を手に入れたわけではなく、物があって豊かな人生を当たり前に送っていた矢先に突然厳しい社会の情勢に立たされるわけですから、当然団塊ジュニアの中には激しい挫折や心が折れる経験をした人もいることでしょう。

極端な表現方法をすれば、団塊ジュニアは楽と苦労を同時に経験していることになります。

2. アニメやゲームオタクが多い

団塊ジュニアの世代は、物質的に豊かになってきているため、アニメやゲームなどの娯楽もたくさん世の中には溢れています。

また、テレビや携帯電話やパソコン、インターネットなどがものすごい勢いで普及してきたこともあり、身の回りにあるものだけで生活を送ることが可能になってきた世代でもあります。

特にアニメやゲームなどの娯楽が増えた分、それに夢中になってはまってしまった結果、いわゆる「オタク」という存在になってしまった人も少なくはありません。

空いている時間で好きにアニメやゲームを楽しむ分には問題はありませんが、のめり込み過ぎて外に出なくなってしまったり、友達との交流がなくなってしまったりする人もこの世代から表れ始めたため、便利な世の中になって良い面と悪い面が出てき始めた頃でもあります。

3. 就職氷河期にあたる

団塊ジュニアが就活生になる頃にはすでにバブルが崩壊しており、一気に経済状態も悪くなっていましたので、いわゆる「就職氷河期」で立ち往生する若者たちも増えてきました。

大手の会社でも採用人数が限られ、さらには選考基準が厳しくなってきたために、この時代に生まれた子どもたちは早い内から「お受験戦争」のさなかに身を置くこととなりました。

学歴が物を言い、エリートたちの中でもさらに能力があることをアピールしなければ中々採用されず、就職難にあえぐ若者が一気に増えた時代でもあります。

4. ロスジェネ世代

ロスジェネ世代は、正式名称を「ロストジェネレーション世代」といいます。

このロスジェネ世代は、就職氷河期のさなかに就職活動をしていた人たちのことを指します。

この頃には日本経済がかなり落ち込んでいましたので、若者の考え方も団塊の世代とは大分変化しています。

彼らはまず貯金が大事で、何かあった時のためにお金は基本的にあまり使おうとしません。

また、浪費癖も少なく、賢くお金のやり繰りをする人が多いです。

さらには、仕事にありつくのが困難なだけあって、一度仕事に就くとその仕事に夢中になるため、結婚や出産に対する関心が薄くなっています。

この世代の頃からだんだんと晩婚が進むようになってきました。

2007年問題の結果

「2007年問題」とは、第一ベビーブームで生まれた団塊の世代が大量に定年退職を迎えることによって、技術やノウハウの継承が追いつかずに、生産性の低下を招くのではないかと懸念されていた問題をいいます。

結果としては定年の引き上げなどの対応を取ることで恐れていた懸念は避けることが出来ましたが、遅かれ早かれ今後大量に働き手がいなくなることで、会社の人材不足が相変わらず懸念されています。

目先の問題はどうにかなっても、長期的に見て今後どうしていくかを考えるのが、新たな今後の課題となっています。

1. 団塊の世代の大量退職

第一ベビーブームに生まれた子どもたちは、年齢に少々の差はあっても、大体同じような時期に働き、そして定年退職していきます。

少子高齢化が叫ばれる昨今において、長年第一線で活躍してきた団塊の世代が一気に大量退職してしまうと、どうしても今後会社が人手不足に陥ってしまうことになるでしょう。

現在はまだ何とかなっていますが、今後どのように対応していくかによって、また新たな世代で新たな目まぐるしい変化が起こる可能性があります。

2 技術継承の問題

競争社会で生き抜き、常に第一線で活躍してきた団塊の世代の技術やノウハウはとても重要なものです。

単にデータに残しておけば後の人はそれを見て仕事が出来るかというと、そういうわけではありません。

直接指導をしていく上で身につく技術やノウハウもあります。

どんなに定年を引き上げてもいずれは団塊の世代も定年退職していきます。

それまでに可能な限り団塊の世代の技術やノウハウを継承させるように取り計らう必要が、企業や会社には求められます。

3. 定年の引き上げ

2007年問題は、いったんは定年の引き上げを行うことで回避されました。

しかしそれを今後も同じように行っていくわけにはいきません。

団塊の世代の大量退職による人員不足や技術・ノウハウの継承問題など、定年を引き上げた今まさに、残り少ない時間の中で出来るだけ早急に問題の解決を図っていく必要があります。