日本語は、同じような発音で若干意味が違うような言葉も多々あります。

例えば、「十分」と「充分」、どちらも満たされているというような意味で使われ、日本人であってもどちらが正しいのかどうかや、どのように使い分ければ良いのかがわからないような言葉も多いのではないのでしょうか?

あと1つずつも「ずつ」とすに濁音か「づつ」とつに濁音かということで悩む事はあるのではないのでしょうか?

このような言葉を多くあります。

その中の1つ、「さみしい(さびしい)」と言う言葉に1つとっても、漢字も2つあり、読み方も二通りあります。

「寂しい」と「淋しい」と「さみしい」と「さびしい」、意味も似たり寄ったり、読み方もどちらも使えますよね。

このように見てみると日本語の不思議を感じます。

では、今回はこの「さみしい(さびしい)」と言う事についていろいろと取り上げていきましょう。

まずは、読み方について取り上げていきます。

どちらも「さびしい」とも「さみしい」とも読む

皆さんは、「さびしい」と「さみしい」どちらを使いますか?

著者の勝手なイメージですが、年齢が下がれば下がるほど「さみしい」の方を使っている人が多いのではないのでしょうか?

ですが、「さびしい」と読んでも日本語として成立しますし、言われた側も理解できる範囲です。

では、「さびしい」と「さみしい」どのように分けていったらいいのでしょうか?
また、どちらが正しいというのはあるのでしょうか?

読み方はどちらでもよい

結論から言うと、読み方はどちらでも問題はありません。

ただ、著者が学生時代に古典の授業で聞いたことがあるのですが、もともとは「さびしい」と言う言葉が使われていたそうです。

昔の古典の文章によると、圧倒的に「さびしい」と言う言葉の方が多いです。

なぜ「さみしい」に変わったのかというのもその先生から聞きました。

それは、「び」と言う発音は、一旦唇を閉じて比較的強く発音する必要があります。

ですが、「み」と言う発音も一旦唇を閉じた上で発音するのには変わりありませんが、そこまで力を必要としない発音方法で済みますよね。

皆さんも試しに「び」と「み」の発音をして比べてみてください。

どちらかと言うと、「み」と言う方がエネルギーを使う事が少ないと実感できるのではないのでしょうか?

やはり、私たちが日々生活していても、若い人たちの言葉の乱れなんて言われますが、言葉使い続けていると、どんどんと進化していくところがあったり、言葉が短くなっていうのが簡単になったり発音しやすくなったりと色々と進化していくものです。

少々話を脱線しますが、最近「ら抜き言葉」が非常に話題ですね。

例えば、「食べられない」と言うのを「食べれない」と言ったりします。

このように、日本語も進化し続けます。

ですので、今は「さみしい」といってもあんまり違和感を感じる人が少なくなってきました。

もしかしたらもっと昔に「さみしい」と言う言葉が若者言葉として非難された時代があったのかもしれませんね。

よく、「最近の若いものは!」と言っている人もいますが、なんと江戸時代の書記にも、「最近の若いものは!」と非難するような文章があると言うのです。

やはり、いつの時代も、年齢を重ねると、若者が使う言葉や仕草など、「最近の若いものはなっとらん!」と思うようなことが増えてくるのかもしれませんね。

さびしいの意味

では、次にこの「さみしい(さびしい)」の文字、「寂しい」「淋しい」の2つありますよね。

こちらの意味というのはどのようなものがあるのでしょうか?

2つの「さみしい(さびしい)」がありますが、まずは、大まかにこの「さみしい(さびしい)」言う意味を取り上げていきましょう。

あってほしいものがなく満たされない気持ち

まずは、あって欲しいものがなく満たされない気持ちのことをいいます。

例えば「恋人がいなくて寂しい」と言う言葉で使えば、本来恋人がいてほしいのにもかかわらずいなくて、満たされない気持ちのことを表現するのです。

このように、普段の生活から私たちは、「寂しい」と言う言葉をよく使います。

あと、子育てをしている人であれば、この言葉は非常に対応するのではないのでしょうか?

例えば小さな子は、「お母さんがいなくて寂しい」って事はよくいますよね。

お母さんがいてほしいのにもかかわらずいないと言うことで満たされない気持ちを子供たちは表現しているのです。

このように、あってほしいものが甘くなく満ち足りない気持ちの表現である「寂しい」と言う言葉は、私たちが非常によく口にします。

ですが、この寂しいと言う意味はこのような事ばかりではありません。

では、他の意味も見ていきましょう。

人恋しく物悲しい

また、人恋しく物悲しい時にも寂しいって言う言葉を使います。

例えば「1人で寂しい」というときによく使いますね。

やはり、よほど1人が好きではない限りは、時には人と話したいと思ったりしますし、人と一緒にいたいと思う時がありますよね。

このように、人恋しくて物悲しい時にもよく使います。

こちらも、いろいろな場面で使うことがありますね。

よく、著者は好きで色々な掲示板を見ているのですが、誰かと会いたいのに社交的になれず寂しいというような書き込みをよく見ます。

例えうまく人付き合いができないとしても、人恋しく物悲しいと言う気持ちを持つという事はよくあることなんですね。

それほどに、もう何日かおきにこのような悩みを目にするといっても良い位です。

このように多くの人が感じるような感覚ですので、皆さんも一度はそのような体験をしたこともあるかもしれません。

もしくは例えばですが大家族で育って、いきなり一人暮らしを始めると、このような感情がわき起こることもあるのかもしれませんね。

人気がなくひっそりしている

また、先程の2つは、人間の感じる気持ちの表現が主でしたが、人気がなくてひっそりとしている様子も寂しいといいます。

例えばですが、あまり人気がないような過疎地を訪れるとこのような感覚に陥ることがあります。

自然が豊かでいいところではあまり使われないかもしれませんが、例えばですが空き家がいっぱいあるような状態だと、この寂しいって言う感覚が起こるのではないのでしょうか?

やはり、本来人が住んでいたはずのところが、人がいないような状態だと寂しく感じることが多いですよね。

著者の所ののどかなところですが、どちらかと言うと工場が多く、そこまで自然豊かと言う感じではありません。

ですが最近は色々と家が売られているような状態にあり、昔通っていた小学校も人数がだいぶ減っています。

ですので、実家に帰ると、人はそこそこいるものの少々寂しく感じる事はあります。

寂しいとは

皆さんは、普段この「寂しい」と言う表現をよく使うのではないのでしょうか?

ただ、「寂しい」は「淋しい」というもう一つの漢字があり、どちらがどう使ったら正しいのかというのは疑問に思ってる人も多いことでしょう。

かく言う著者も、あまり深く考えることなく、こちらの「寂しい」をよく使います。

さて、「さみしい」という漢字も2つあります。

では、こちらの「寂しい」と意味はどのような意味があるのでしょうか?

家の中の人声が小さいという意味

著者もあまり深く考えた事はありませんでしたが、この「寂しい」という漢字ですが、分解をすると、うかんむりは家を意味し、「叔」の字は細かく小さいとの意味を表します。

では、この漢字が組み合わさるとどうなるのかと言うと、家の中の人の声が小さい意味になるのだそうです。

ですので、基本的に、家の中の人のが少ないって言うような意味になりますよね。

確かに家に人が少ないと非常に寂しい状態になります。

こちらも著者のの話なのですが、著者の家は母子家庭でした。

母と、兄と私の3人暮らしでした。

ですが、やはり、兄がいなくなると、当然住んでいる人が少ないと言うことで話すことも少なくなり、家の中で人の声が小さくなるのを感覚で感じました。

今は、10年以上前に著者も結婚をし、母も一人暮らしになりました。

このように人の声がどんどん小さくなっていくと言うことで、人数が少なかったり1人なるなどで、だんだんと寂しくなると言う意味になってくるのです。

漢字にさびしいという意味がある

このようなことから、寂しい時にこのような感じがあてがわれるようになりました。

このように、漢字の成り立ちを見ていると、なぜこの寂しいと言う事になったのかというのが非常によくわかりますね。

ですので、漢字にももう既に寂しいと言う意味が含まれています。

ですので、普段何気なく使っていますが、寂しい時は、どちらかと言うとこの感じをあてがう人が多いのではないのでしょうか?

実際に、常用漢字として「寂しい」と言う言葉が使われるときは、この漢字があてがわれます。

ですのでパソコンを打っていても、変換をして真っ先に出てくるのはこちらだと言う人も多いのではないのでしょうか?

ちなみに常用漢字として使われているので、公的な文章や新聞、教科書にはこの事が使われています。

では、もう一つのさんずいのほうの「淋しい」と言う意味はどのようなものがあると思いますか?
こちらも併せて見ていきましょう。

淋しいとは

常用漢字として使われる「寂しい」と言う漢字もありますが、こちらのさんずいを使うと言う方の「淋しい」もありますよね。

では、常用漢字があるにも関わらず、なぜこのように淋しいと言う時もあるのかというのが大変気になりませんか?

では、このこちらの淋しいと言う意味も見ていきましょう。

絶え間なく汁がしたたり続くという意味

ちなみにですが、このさんずいのほうの「淋しい」のほうは、この漢字だけでは「さみしい」と言う意味にはなりません。

では、どのような意味なのかと言うと、絶え間なく何らかの汁が滴り落ち続けると言う意味があります。

ですので、どちらかと言うと、梅雨の時のような長雨であったり、涙を連想させるような意味合いがあるのです。

ですので、この漢字だけだと、汁が滴り落ち続けると言う意味で、「さみしい」と言う意味にはなりません。

そのようなことから、こちらは常用漢字として使われておらず、学校で教えられることもなく、テレビ雑誌新聞等でもそこまで使われる事はありません。

常用漢字でないにもかかわらず、なぜこのような漢字の淋しいと言う意味合いで使われるのかと言うと、涙を連想させるなど、情緒的な「さみしさ」を表現するために用いられていると言われています。

漢字にさびしいという意味はない

先ほども触れたように、基本的に漢字にこの淋しいと言う意味合いを使われません。

ただ単に、水が滴り落ちる様子だけを表しています。

ですので、この「淋」という漢字だけでは「さみしい」という意味合いを表すことは出来ません。

ですが、水が滴り落ちる様子で涙を連想させるような意味合いからすると、そこら辺がなんとも日本人らしい情緒的なところだなと感じさせられるところがあります。

ですので、私たちも、もしこの情緒的な「さみしさ」と言うのを表したい時はさんずいの方使ってみるのもいいかもしれませんね。

寂しいと淋しいの5個の違い

さて、常用漢字である「寂しい」と、常用漢字ではない方の「淋しい」と言うような意味合いがわかったところでどのように使い分けるのが、どのように使うとより適切なのかを考えていきましょう。

1.さびしさの違い

一口に「さびしさ」といってもいろいろな寂しさがあります。

例えば、自分が1人で寂しいということもあれば、別れが寂しいというようなこともありますよね。

でも、このような寂しさというのはよく感覚では感じているものの、どのような使い分けが良いのかというのを明確に説明できる人はそこまで多くないのではないのでしょうか?

では、この「さみしさ」についての違いを見ていくことで、どちらの漢字をあてがうのがふさわしいのかというのがわかってくるのではないのでしょうか?

では、この「寂しさ」についていろいろと見ていきましょう。

寂しいは客観的なさびしさ

こちらの「寂しい」は、どちらかと言うと客観的な寂しさを表すことが多いようです。

例えばですが、この「寂しい」は情緒的なことばかりではなく、例えば人が少なくて寂しいと言うような客観的に見ても寂しい様子を表すときに使います。

明らかに1人で寂しい時にもこちらは使われますよね。

また、物静かな様子や、心細い様子、街などの景観が荒れているような様子も表せます。

著者も、成人してから局地的な災害に遭ったことがあります。

どのような災害かというと具体的な地名が分かってしまうのでここでは伏せますが、一時的に、その地域だけ人が全くいない状態になりました。

そして災害ですので、当然景観も荒れています。

このような時に「寂しい」と言う感じとはこのことかということを実感しました。

やはり、このように人がいて欲しいような住宅街に全く人がいないような状態も何かと寂しい感じがします。

このように、心細い様子など物情緒面でも使われますが、この客観的に見ても寂しい様子を言う時はこちらを使うのが正しいようです。

淋しいは主観的なさびしさ

対し、こちらの常用漢字ではないほうの「さみしさ」と言うのは、主観的な「さみしさ」を表すことが多いようです。

よく、人ごみの中にいても淋しいと言うようなことをよく言われますよね。

このような時は、明らかに人も多く、決して客観的に見て淋しい状況だと全く思えないような事態でも寂しく感じると言うようなことも表すことができます。

また、よくいろいろな歌でもありますが、恋人同士の別れでも、一緒にいるのにすごく寂しいと言うような歌詞があります。

このような時は、どちらかと言うと常用漢字のほうの「寂しい」ではなく、こちらの
「淋しい」の方がしっくりくるのかもしれませんね。

このように、客観的に見ても寂しい状態なのか、そうではなくても心情的に淋しい状態なのかということを表すことができるようです。

実際にこの2つの使い分け方として、客観的に見ても寂しい様子の方を常用漢字を用いて、自分の心が淋しく感じると言う時にさんずいのほうの寂しいを使う方がいるようです。

例えばさびれた遊園地に関しては「寂しい」を、そこを1人で散策するときの心細さをさんずいのほうの「淋しい」を用いるといったような感じにです。

2.様子を表すものと気持ちを表すものの違い

先ほども少し挙げましたが、この2つの寂しいの使い分け方については、詳しい使い分け方もあるのだそうです。

こちらがわかれば、自分で何かを書くときにも、上手に使い分けることもできますし、小説や新聞などを読んでいても、どのような意味があるのかを手に取るようにわかるようになります。

ですので、この2つの「さみしい(さびしい)」の意味合いがどのように違ってくるのかを知る事は、これから文章読んでいたり、表現するにあたって非常に有意義なことです。

では、この2つの「さみしい」状態についてもっと細かく見ていきましょう。

寂しいは物静かで、心細い様子

こちらの常用漢字のほうの寂しいは、客観的に見ても物静かな感じであったり、心細い様子がわかることをいいます。

例えばですが、先ほども例に挙げましたが廃れた遊園地と言うのは非常に寂しい感じがしますよね。

こちらは誰が見ても物静かで心細い様子が伝わってきます。

このように客観的に見ても寂しい様子が伝わる時はこちらを用いることが多いようです。

また、例えばですが自分がのどかなところに住んでいたとして、久しぶりに自分が通った小学校を見てみようと思ったら、廃校になっていたと言うような時はこのような寂しい感じと言うのがありありと想い浮かぶのではないのでしょうか?

物静かで、建物も傷んでおりその中を入ると言うと心細い様子がしますよね。

寂しいは景色が荒れている様子

また、こちらも景色が荒れている様子も表します。

先ほども話題にしたように著者も成人してから局地的な災害を経験しましたが、この寂しい景色の様子と言うのはありありと体験しました。

基本的に住宅街だったのですが、本来は人も多く、子供たちの声も非常にあり賑やかな所でした。

ですが、皆、小学校の体育館に避難をしたり、局地的な災害でしたので少し離れたところに実家がある方でしたらそちらの実家のほうに帰られた方も多く、全く人がいなくなったところがありました。

そして、先ほども触れたように、当然災害の後でしたので色々と景色も荒れていました。

例えばですが、普通の一軒家が、まるまるひっくり返っていたり、半分は本当に普通の一軒家にもかかわらず、もう半分は大きく壊れ、骨組みが出ているような家もありました。

災害の禍々しさと言うものを感じましたが、それと同時に、人気があまりなく寂しい感じも同時にしましたね。

淋しいは悲しい気持ち

対し、さんずいの方の「淋しい」の方は、悲しい気持ちの方を表します。

ですので、客観的に見ると一見恵まれているような状態でも悲しい気持ちがあると、そちらの方がしっくりときます。

先ほどもちらっと触れましたが、人込みの中にいるにもかかわらず、自分は1人で寂しいという気持ち、恋人同士いるはずなのに心の距離はすっかりと離れ一緒にいるにもかかわらず「さみしい」と言う気持ちは、こちらのさんずいの「さみしい」の方がしっくりときますね。

このように見ていくと、2つは「さみしい」と意味の使い分けというのがはっきりとわかります。

心情的な寂しさと言うと常用漢字の方でもいいような気がしてきますが、やはり、客観的に見てわからないような「さみしさ」と言うのはこちらの方が適しているというのがわかると、上手に使い分けができそうです。

淋しいは泣けてくるような気持ち

「淋しい」と言う漢字は、さんずいに林と言う事に分かれます。

雨が降り、林の木々から水が滴り落ちるような様子を感じ取ることができます。

ですので、こちらは、涙を連想させるようなところがあるのです。

ですので、泣けてくるようなさみしさと言うとこちらの方がよりしっくりとくるのですね。

対してもう一つの寂しさの方であると、客観的に見て寂しい様子と言うことを伝えることができますので、情緒的に寂しい感じがすると言う時はこちらのさんずいに林のほうの淋しい方がより心情ぴったりと表すようなことができます。

3.漢字から見る違い

このように「さみしい」と表現は2つあり、その漢字から見る違いと言うものがわかります。

やはり、古来から日本は漢字を用いてきました。

それより前は中国から入ってきていますが、この中国においても、象形文字から漢字と変化を遂げています。

ですので、漢字は一つ一つきちんと意味があるのです。

常用漢字のほうの寂しいと言う意味と、さんずいに林のほうの「淋しい」はどのような違いがあるのかを見ていきましょう。

寂しいは心がさびしい状況である

こちらの常用漢字のほうの寂しいは心が寂しい状態の方を意味することがあります。

心がと言うと少々混乱するかもしれませんが、具体的な分け方としては、例えば寂れたところであるとか、人が少ないなど、客観的に見ても明らかに寂しい様子が伝わるほうはこちらの寂しいを使うと間違いないです。

ですが、情緒的な寂しいというのもこちらにの漢字を使ったからといってそれが間違いであるとは限りません。

ですので、今まで、どんな時も常用漢字の方の「寂しい」を使っていた、もしかしたら勘違いだったのかも!と思われるとしたらそれは早計です。

基本的に、こちらの寂しいの方を使う選択肢も決して間違いでは無いのです。

ですので、普段こちらを使っていて、これからも使いたいと言うことであれば、決してそれは間違いでは無いので、これからもさんずいに林の方の「淋しい」を使わなくては!と思う必要もありません。

淋しいは情緒的な表現である

それに対して、さんずいに林のほうの淋しいは、情緒的な意味合いであることが多いです。

何度も触れているように、明らかに状況的に寂しくないにもかかわらず淋しい感じがすると言う時はこちらの方がしっくりときます。

確かに常用漢字ではなく普段はそこまで使われませんが、こちらの淋しいを使ったからといって、それが間違いである事は決してありません。

ですので、今までこちらを主に使っていたと言う人であっても、特にそれが間違いであると言うわけではありません。

ただ、公的なところであると、常用漢字の寂しいの方を使うことを奨励されることもあるかもしれませんね。

そのような時は、常用漢字の方を使うようにしましょう。

ただ、こちらのさんずいに林のほうは、情緒的な表現であることから、このような気持ちを伝えたい時には、この漢字が非常にしっくりとくるのではないかと思われます。

4.どちらが主流であるか

では、この2つの「さみしい」という事を扱ってきましたが、どちらの方が主流なのでしょうか?

やはり、自分が今まで汁の方を使ってきたのかどうかというのは少々気になってくるものです。

基本的にどちらも間違いではないとはいえ、公的な場面で文章を書くようなことがある時は、場合によっては使い分けを直していく必要性があります。

では、この寂しいの2つの意味合いがどちらが種類であるかと言うのを見ていきましょう。

「寂」は常用漢字であるため、学校、テレビ、雑誌で主流である

こちらは常用漢字であることから、やはり学校、テレビ、雑誌など多くの人が目を通すような公的な文書であると、こちらの方を使われることが多いです。

ですので、仮に学校で作文を書くと言う時はこちらの寂しいの方を使うべきでしょう。

また、テレビや雑誌など多くの人が目にするようなところであっても、こちらの「寂しい」のほうが使われます。

ですので、基本的に公的なところであると、こちらの「寂しい」という漢字のほうを使ったほうが無難だといえます。

「さみしい」という漢字は二文字あるものの、こちらが常用漢字で主流であることから、どんな寂しい状態の時にもこちらを用いると言う選択肢も消して誤りではありません。

こちらを使っても、情緒的な寂しさと言うのも思い浮かべる人もいますので、こちらで統一しても間違いと言うわけでは無いのです。

「淋」は表外漢字であるため、歌詞や文芸小説などで使われる

それに対し、こちらのさんずいに林の「淋しい」のほうは基本的に常用漢字ではありません。

小学校でも、先程の常用漢字の「寂しい」のほうは習いますが、こちらは基本的には習わないのです。

では、どのような場面でよく使われるのかと言うと、歌の歌詞や、文芸小説などです。

歌の歌詞や、文芸小説というのは基本的に絵や映像などはなく、文字や文章で伝えることが必要になります。

ですので、その文章に色々と意味合いや気持ちを込める必要性が出てくるのです。

だからこそ、涙を連想させるようなこの「淋しい」という漢字も非常によく使われるのです。

確かに、今までの説明などを考えていくと、水が滴り落ちるような感じ、涙を連想させるような、泣けてくるような淋しさとなると、こちらの漢字を当てた方がよりしっくりとくるところはあります。

このような芸術的な分野でよく使われる漢字ですので、公的な場面で使う事としてはそこまでふさわしいとは言えないようです。

意味合いが全く通じない事は決してない事から、もしかしたらよほど厳しいところでない限りは手直しの必要性は無いかもしれませんが、公的な文章を書くときは今後はもう一つ「寂しい」の方を使ったほうが好ましい事であることを覚えておきましょう。

5.意味の違い

このように、一口に「さみしい」って言う感じや、1つの言葉としても、色々と意味合いが変わってきます。

では、常用漢字のほうの「寂しい」と、さんずいに林のほうの「淋しい」の意味について今一度振り返ってみましょう。

普段何気なく見てきたので、ついついどのようにして分けていったらいいのかというのがわからなくなりますが、ここでも、詳しく見ていきましょう。

寂しいはひたひたと感じる孤独

こちらの寂しいって言う事は、ひたひたと感じる孤独と言う意味合いがあります。

そして、客観的に見ても、明らかに孤独である状態がうかがえる時によく用いられる感じです。

例えばですが、人気が本来ならあって欲しいのにもかかわらず人があまりいないようなところ寂しい感じがしますね。

空き家がたくさんあるような過疎地だと特にそのように感じるでしょう。

そして山奥の細道と言うのも寂しい感じがします。

また、先ほども何度か触れたように著者が感じた災害で本来人がいるべきなのに、景色が荒れていて、人が全くいないような状態もしても寂しい感じがします。

このように明らかにどんな人が見ても、ひたひたと感じられるような孤独感じられるときはこちらの「寂しい」という漢字をあてたほうがしっくりときます。

淋しいは切々とした悲しみを伴った孤独

対し、さんずいに林のほうの「淋しい」は、非常に情緒的な意味合いが用いられ、切々とした悲しみ家を伴った孤独なことを言います。

何度も触れていますが、人混みの中にひとりでいるときの「淋しさ」と言うのはこちらの方がしっくりとくるのかもしれませんね。

人が多く賑やかだけれど、その多くの人は、友達や家族たちと一緒でとても楽しそうなのにそれに対し自分は1人とぼとぼと歩いている時に、こちらの淋しさを感じるかも知れませんね。

また、喫茶店などに入っても、皆が家族や恋人、友達連れでワイワイと賑やかにもかかわらず、自分は1人でお茶をしている中の状態も、人によっては非常に淋しく感じられるものです。

また、一緒に誰かといたとしても、その人との心の距離がすごくある時、そんな時も、非常に淋しく感じます。

やはり、漢字の意味からして、さんずいに林と言うことで水が滴り落ちる様子を表していることから、涙が出るほどの淋しさと言う時にはこちらの方がしっくりときますね。

まとめ

「さみしい(さびしい)」と言う読み方や、2つの「さみしい(さびしい)」意味についていかがでしたでしょうか?

このように読み方も二通りあり、漢字も二通りあることからどのように使い分けていったらいいのかがよくわからない方も多かったのではないのでしょうか?

著者も漠然と常用漢字のほうの「寂しい」を使っていました。

さんずいに林のほうの「淋しい」も意味だけはよくわかっており、小説などで目にしても、寂しい様子は伝わりましたが、このように詳しい由来を見てくると、どのような場面で使うのが非常に的確で、どのような様子なのかというのが非常によくわかりますね。

これから小説を読むにつけ雑誌などの文章を読むにつけ、どのような意味を込めているのかというのがよくわかるようになってきましたね。

これからはこの2つは「さみしい」の事についても注目していきたいと思います。

皆さんも、この「さみしい」を使い分けてみたり、明確に使い分けて文章を書いてはいかがでしょうか?