人間は生きていく中で様々な人との関わりを持って生きていきます。

自分一人だけで生きていると思っている方も中には多くいるかもしれませんが、実際は様々な人とのつながりの中で生きていると言えるのではないでしょうか。

例えばあなた自身が自分一人の力でこれまで生きて生きたという事は考えにくいのです。

例えば生まれたばかりの自分自身は自分一人で何をすることもできません。

当然それを見守ってくれ育ててくれた親という存在がいるはずですし、大人になるにつれて学校や社会、さまざまな場面で他人との関わりの中で生きてきているかと思います。

他人と関わるということはコミュニケーションをとることが大事になり、相手と良い関係を結ぶには相手のことを思いやることが必然的に重要になります。

相手のことを思いやる上で慈悲の気持ちを持つということは、非常に大切なことになります。

普段生活をする場面で、なかなか相手に慈悲の気持ちを持つということは意識して行なっている方は多くはないのではないでしょうか。

ただ、慈悲の気持ちを自分自身で理解し、意識することで相手に対して良い印象を与えることができるようにもなります。

今回は慈悲の気持ちについて詳しくご紹介をしていきたいと思います。

普段から周りに冷たい、思いやりがないという風に思われがちな人にこそ見て頂きたい内容となります。

慈悲の気持ちを自分の中で育てるための15個の考え方

先ほどお伝えしたように、普段の生活の中であまり慈悲を意識して行動することは少ないかと思います。

どちらかといえば気付いたら慈悲の気持ちを持っていた、という風なことが多いのではないでしょうか?

だからこそ普段意識していない方にとって慈悲の気持ちを意識して持つということは、大きな違いになってくると言えるでしょう。

慈悲の気持ちをもって相手に接することができれば、相手は自然とその気持ちに気づいてくれるはずです。

相手がその気持ちに気付いた時に、相手はこちらに対しておそらく良い感情を持ってくれるはずなのではないでしょうか。

慈悲の気持ちを持って接するにあたり、相手が嫌な気分になることはないかと思います。

お互いが良い気分になり、お互いが相手を信頼できるきっかけにもなるかもしれませんので、普段から慈悲の気持ちを持って行動できるように、今回は慈悲の気持ちを自分の中で育てるための考え方をご紹介していきたいと思います。

慈悲の気持ちを持つ考え方として、自分の中で確立した考えを持っている方は少なくと思いますので、この機会に考え方を理解して、普段の自分の考え方にプラスして行うことができるようになれば、人間としてワンランク上の人格を持つことができるのではないでしょうか。

1. 自分ばかり不幸だと感じるのは間違いだと知る


慈悲の気持ちを持つ上で考えてほしい思考としては、何か嫌なことがあった時に感じる思考方法です。

例えば、人間であれば自分自身が損をしたり望ましくないことが起きてしまった場合に自分だけが不幸であると感じてしまうやすい点です。

たった一つ不幸が起きた時点でそこまで深く考える方が少ないかもしれませんが、運悪く不幸が立て続けに重なってしまった場合はどうして自分だけがこのような不幸なことが起きてしまうのか?という風に考えがちになってしまいます。

確かに不幸な出来事が起きた場合はそう考えてしまいやすいかもしれません。

しかし、不幸が起きてしまっているのは自分ばかりではなく周りの人に対しても迷惑がかかっている可能性もあります。

なぜ自分だけに不幸が訪れているのかと考えることが今必要なのではなく、周りに対して迷惑がかかっていないかという確認が大事であり、起こってしまった不幸はしょうがないのでこれからどうすべきなのか?ということを考える方が前向きで、今後を見据えた考え方にもなります。

この考え方は、慈悲深い考え方になるかと言えます。

自分だけが被害者の様に感じることはなく、常に前向きでポジティブなことを考えるようにしましょう。

自分中心の考え方をしがちな方こそ、広い視野を持って物事は見れるようにしましょう。

2. 世の中には苦しんでいる人がたくさんいると知る

世の中には苦しんでいる人がたくさんいると言う事実を知ることも大事です。

例えば、先ほどお伝えしたように、嫌なことが立て続けに起こった時に自分自身が不幸な状況に立たされているという風に考えがちになります。

ただ。

世の中全体としてみた時にそれは果たして不幸の内に入るのか?ということを考えていただきたいです。

例えば、極端な話かもしれませんが、何の不自由もなく生きているという前提のもと自分自身の価値観で今不幸なことが起きてしまっていると考えた時に、それを世界全体で見たときに自分自身の中における普通に生きる、ということ自体が困難な方もなかには存在しています。

例えば具体的に説明すると、病気で体が動かせない方であったり、紛争地域で戦争を強制されている人たちも世界的にみると存在しています。

中には、自由を奪われて、自分自身がしたくないことを強制的に行わせられている方も存在するでしょう。

そういったことが世の中には存在している、と考えた時に果たして自分が今立たされている状況は不幸の中に入るのかどうか、ということを冷静に考えてみてください。

おそらくよっぽどのことがない限りはそれは不幸と呼ぶにはあまりにも小さいことであるということに気づくはずです。

ついつい、自分が立たされている状況が今までに比べて少し不利な状況に立っただけで自分は不幸なんだと思ってしまいがちになるかもしれません。

ですが、広い視野を持って自分自身が立っている状況は本当に不幸なのかどうか?ということを冷静に判断することが、慈悲深い気持ち、そして前向きな気持ちを保つ上で大事なことにつながるのではないでしょうか。

今一度自分が立たされている状況を見つめなおすように努力してみてください。

3. 行動しないと何も始まらない


行動しなければ何も始まらない、と言う考え方を持つ事は全てにおいて重要になります。

これは慈悲の気持ちを自分の中で持つという事に関しても言えるのではないでしょうか。

例えば目の前で困っている人がいたとして、あなたはそれを可哀想だと感じたとします。

可哀想だと感じたことによって、何か起こるのかといえばそうではありませんよね。

あなたが可哀想だと感じたことによってその人が困っている状況から脱出できるとは考えられません。

可哀想だと思う相手に対して、何か助けになれることはないか?と問いただすことからその人が困難な状況から脱出する1つの鍵になるといるでしょう。

ここで初めて状況が変わるのです。

ただ、黙って見ているだけなのか、それとも実際に行動するのか、この2点を考えた時に自然と行動することの重要性が分かるのではないでしょうか。

極端な話、可哀想だと真剣に思っても結局何もしない人と、別に可哀想だと微塵にも思わないが、暇だったから行動してあげたという人を比較すると、可哀想だと思っていなくても行動してあげた方が結局はその人のことを助けている行為になるのです。

考えることは非常に大事なことですが、行動を伴わないただの思考だけでは、結局何も始まらないということを強く理解しておいてください。

4. 本当に強くなければ優しくなれない

自分自身が強くなければ本当の意味で優しくなることはできないということも、慈悲の気持ちを自分の中で育てる上で大事な考え方になるかと思います。

本当に強い人間は多少の困難にあたっても前を向き続けることができる人が多いです。

しかし、弱い人間は困難にあたってしまった時に、逃げずに正面から迎えることができない方が多いのが事実です。

例えば、自分の非を認めることが出来ずに、周りのせいにして逃げてしまったり何かしらの理由をつけて問題と向き合うことを恐れて、逃げてしまう方が多いということです。

強い人間は問題が起きた時に他人のせいにしようとは思いません。

問題が起きた事実を見据えて、問題を解決するためにはどうすれば良いか、周りに迷惑をかけないようにするにはどうすればいいか、ということを真っ先に考え、逃げることよりも立ち向かうことを選択します。

本当に強い人間というものはなかなか存在しないかもしれません。

ただ、本当の意味で強くなることによって自分自身に自信を持って行動することができ、その自信は普段の行動に現れるので、周りの人間は本当の意味で強い人間を尊敬しますし、こうなりたいと羨望の眼差しを向ける様にもなります。

強い人間は自分のことだけではなく、周りのことを気遣う発言や、行動を行うこともできるので、慈悲の心を持てる様にもつながるのではないでしょうか。

自分自身を強くするということは、なかなか簡単なことではありません。

自分に足りないものを補うための努力をする必要があります。

問題が起きた時に動じない為の強い精神力を養う必要があるのか、問題に対処するための体力を養う必要があるのか、問題解決能力を養うための知識を得ることが大事なのか、その人によって足りないものは様々異なります。

自分という存在を客観的に見て自分自身に足りないものを補う努力をする必要があると言えるでしょう。

追い込まれた時に、人間の真価は発揮されることが多いです。

追い込まれた時にどういう行動ができるかが、その人本来の人間性に繋がるのではないでしょうか。

5. 満足の基準を少し下げてみる

自分自身が満足を得る基準を少し下げてみることで、慈悲の気持ちを持つ考え方へとつながる可能性もあります。

人間によって、満足を得るライン、そして基準と言う者ものは人によって違いますよね。

一般的に見て十分ではなくても、その人にとっては十分満足するラインになる場合もありますし、一般的に見て十分であったとしても、その人にとっては全く満足に値しない場合はあるかもしれません。

もちろん自分一人で何かをするにあたっての満足の基準は周りには関係ないかもしれませんが、周りに関連する出来事で自分の満足を満たすためだけに振り回してしまうのは、周りにとっても迷惑になる可能性があります。

自分が思う事だけを考えるよりも、周りの意見を踏まえた上で、満足の基準を設定することで全体としての満足の基準を考えることが大事になるのではないでしょうか。

6. 自分は恵まれていると感謝することを忘れない

自分自身がいかに恵まれている存在かということを自覚すること、そしてその状況に対して感謝をすることを忘れない気持ちを持つことは、慈悲深い考え方を持つ思考につながるのではないでしょうか。

先ほどの自分だけが不幸に感じてしまうということに関連するかもしれませんが、いま自分が立っている状況がどれだけ周りと比べて恵まれているのかということを常に意識することが大事になります。

なぜ自分は恵まれているということを意識することが大事なのかと言いますと、恵まれていない状況に立っている人のことを考えることができるからです。

恵まれていない状況に立ってる人のことを考えた時に、自分がいかに恵まれている状況にあるのか言うことに気付くと、当然ながら今の状況にありがたみを感じ、何事においても真剣に行う可能性が高まるからです。

逆に自分が恵まれている状況に気付いていない人は、今の状況が当たり前、もしくはそれ以下という風に考えてしまい、今ある現状に対して感謝をせずに適当な気持ちで過ごしてしまう可能性が高くなってしまうからです。

ゆえに、自分が恵まれている状況であるということを自覚し感謝することを忘れないようにすることが大事であり、本当の意味で恵まれていない人に対して慈悲の心をもって接する事ができるようもなるといえるのではないでしょうか。

7. 様々な欲や贅沢を切り捨てる

人間は大多数の方が何かに対する欲を持っていたり、もしくは贅沢をしたいと望んでいるかと思います。

確かに貧しい生活をするよりも、贅沢な生活をしたいと考えるのは人間として当然のことであり、希望であるかと思います。

しかし、生きることだけを考えた時に、贅沢をする必要があるのでしょうか?

贅沢という言葉を考えた時に、本来必要ないことでも余計にお金を使うことで一般的な水準よりも高いサービスを受けたり、得たりすることに繋がるかと思います。

もちろん生きていく上でストレスの解消により、贅沢をしたいと考える方もいるかもしれませんが、日常的な贅沢ということを考えた時に果たしてそれは本当に必要なのでしょうか?

欲や執着心がなければ成果が出せないという方も中にはいるかもしれませんが、あまりにも様々なことに欲をもってしまい、贅沢を望んでしまっていると、最終的に自分自身に負担がかかってしまう様な考え方にもなってしまいがちです。

たまの贅沢であれば問題ないかもしれませんが、日常的な贅沢を欲している方については、少し自分の欲や贅沢に関しての考え方を改めるように、欲望や贅沢を切り捨てる考え方を一度行ってみることをお勧めいたします。

8. 感情の起伏を激しくしない

慈悲深い考え方を持つにあたり感情の起伏を激しくしないということは、慈悲の心を持つという事に関連性のあることにつながります。

例えば感情の起伏が激しい方を思い浮かべてみて下さい。

おそらく細かいことで激しく怒ったり、悲しんだりしている人の姿を思い浮かべたりはしませんでしょうか。

感情豊かと言う事は必要かもしれませんが、怒ったり悲しんだりといった感情の起伏があまりにも激しい方は自分自身の感情をコントロールできていない場合もあります。

特に怒っている時の感情は冷静さを失い、周りに迷惑をかける可能性もあります。

冷静に見てなんと言うことでもないという事でも、怒っている時には非常に大きなことに感じる場合もあったりします。

そうなった時に周りに対して飛び火がを及んだり、迷惑がかかるようなこともあるかもしれませんので、自分自身の感情をうまくコントロールし、感情の起伏を激しくしないということは慈悲の心を持つ上で大事なことにつながるのではないでしょうか。

9. 無表情ではなくなるべく顔に笑みをたたえているようにする

あなたの周りに、常に無表情で何を考えてるか分からないような人は存在しませんか?

無表情であるということは、感情がない様にも捉えられてしまい、相手の考えてることがわかりづらいということもあり、相手から接しづらいと思われてしまう場合もあります。

もしも、あなたが普段無表情でいるという方なのであれば、顔に自然と笑みを浮かべるような工夫を行うことが大事であるといえるでしょう。

考えてみてください、自分自身の目の前で常に無表情でいる人と、微笑んでくれる人の顔を思い浮かべた時に、何かあった時に相談しやすいのはどちらの方ですか?

顔に笑みを浮かべている人の方が、優しい印象を持ち、相談などもしやすいかと思います。

人間の感情がは顔に現れるように、普段から笑っていたり明るいような人に関しては、人から相談もされやすいですし、実際に助けてあげることが出来る人格を持っている人にもなります。

周りからあまり頼りにされなかったり、相談されなかったりする人は顔に笑みを浮かべるようにすれば、人から頼りにされるようになる可能性も生まれるのではないでしょうか。

自然と他人に対して優しくすることもできるようになってくるかと思いますので、慈悲の心を保つ事、そして人と人とのつながりや、コミュニケーションを円滑に行う上では非常に大事な項目になるかと思います。

10. いつも心穏やかに、焦らない

普段から何事に対しても焦ったりせずに常に心を穏やかにすることは、慈悲の心を持つ上で大事なことです。

先ほどの感情の起伏が激しい方と同様に、焦っていたり心が穏やかでない状況になると、冷静な判断が下せない場合もありますし、ちょっとしたことでイライラしてしまいがちになります。

冷静な状態がないと、的確な判断ができない場合もあります。

周りに対して、大きな迷惑がかかってしまうことも当然ながら存在します。

周りのことを考え、行動することは慈悲の心を持つということにもつながってきます。

だからこそ普段から何事に対しても焦ったり、心を乱れさせる様な事が無い様に、精神的にも強い自分を作り上げておくことが大事になるのではないでしょうか。

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11. 自分の中の邪念や悪意を少しずつ洗い流す

慈悲の心を持つ上で、必要になる思考方法として、自分の中にある邪念や悪意を洗い流す必要があると言えるでしょう。

邪念や悪意を持った状態であれば、相手に対して慈悲の心を持つことなのは出来ないと思います。

ねじ曲がった考え方であったり、卑屈な考え方をしている場合には、相手を純粋に慈しむことができません。

むしろその逆を考えてしまい、相手が困っている姿を見て喜んでしまったり、他人の幸福に対して妬みを感じたりする場合もあるかもしれません。

悪意や、ねじまがった考え方をしているうちは周りから頼りにされることも信頼されることもないかと思いますので、まずは自分の中に溜まっている邪念や悪意を少しずつ洗い流し、悪い考え方をしないように努力することが大事であると言えるのではないでしょうか。

周りに対しての感謝であったり、自分自身の未熟さを理解することが、邪恋や悪意を洗い流す行いにもつながりますし、自分自身を強くする方法にもつながるのではないでしょうか。

12. 優越感や他人と自分を比べる心を捨てる

人間であれば誰しもが、周りよりも優れていると思われたいと思う気持ちが心のどこかにある場合が多いでしょう。

それは、例えば優越感であったり、他人と自分を比べるという心をどこかに持っているということにつながります。

特に男性であれば、周りよりも突出した能力を持っていると認められたいと思う方もいるかもしれませんし、女性であれば周りに対して共感して欲しいと言う心を特に強く持っているかと思います。

もちろんどちらも人間として当然の考え方ではあるかもしれませんが、あまりにもこの点だけを意識しすぎてしまうと周りとの関係が崩れてしまいやすくもなってしまいます。

優越感や他人と自分を比べる心は時には害悪になってしまうこともあります。

競争心を持つことは大事ですが、周りが不快になるほどの意識を持ってしまうと、協調性のない人だと思われる場合もあります。

時には他人が傷ついてしまう様な発言を行ってしまうこともあるかもしれませんので、あまりにも激しい周りと比べる感情は持たないように注意をしましょう。

何かをする上で大事だと考えるのであれば、周りの迷惑にならない範囲で自分の心の中だけに留めておくように工夫が必要であると言えるでしょう。

13. 相手の悲しみを自分の悲しみのように共に悲しむ

慈悲の心を持つ上で、相手のことを慈しむことは大事なことです。

相手のこと慈しむということは、例えば時に相手の悲しみを自分の悲しみのように共に悲しんであげることを言います。

または、共感するという言葉に置き換えることができるかもしれませんね。

他人のことをまるで自分のことかのように考えて、共感してくれる相手がもし身近にいてくれるとすると、あなたはその人に対して感謝の気持ちであったり、信頼できる気持ちなどを持つことになるのではないでしょうか。

誰しも自分の話を聞いて欲しい、理解して欲しいという気持ちは持っていますので、その気持ちを満たしてくれる相手と出会った時には、相手に対して良い気持ちを持つことがほとんどだと思います。

自分がされて嬉しいことは他人にしてあげるべきではないでしょうか?

結果的に相手に対して慈悲の心を持つことができることにもつながりますので、相手のことを共感してあげることは、慈悲の心を持つことと同じ意味だと考えても間違いないのではないでしょうか。

14. 自分のことをあまり優先しない

人間は誰しもが自分の身が可愛いと思ってしまいがちになります。

時には露骨にその感情が出てしまい、周りから嫌悪されてしまうという場面もあるかもしれませんね。

人間であればそういった考え方をしてしまっても、しょうがないかもしれませんが、やはり周りのことを考えてあげることは大事なことですし、それが周りに伝えられば周りも第一にこちらのことを考えてくれるはずになります。

勘違いしていただきたくないのは、自分のことを全く優先しないということではなく、時には周りのことを優先してあげる心を持つということが大事であるということになります。

人は思っているよりも周りから行動を見られていることが多いです。

その行動の意味を考えた時に、人のために行動してあげている姿を見たときに、他人は素晴らしい人だと思ってくれることにつながるのではないでしょうか。

自分自身で発言をするよりも、第三者がその行動を見て感じた方がより人の心には訴えかけることができます。

大きなレバレッジが働き、よりその人の心に強く刻み込むことができるのです。

だからこそ、他人のために行動をすることが、結果的に良い方向に動く場合はあります。

他人のために行動すれば、慈悲深い考え方ができるようにもなるかと思いますので、慈悲深い思考へと結果的につながるのではないでしょうか。

15. 何事も良くなると前向きに信じる

何事においてもポジティブな考えを持つことが、慈悲深い思考を行うことができることへとつながるのではないでしょうか。

前向きでポジティブな考え方ができる人は、自然と明るい性格になり、周りに人を集める力を持っています。

人が周りに集まるとより強大な力となり、自分自身に自信が持てる様にもなります。

良い方向へと何事も動かすことができる力が身に付きますし、ポジティブな考え方は他人に対しても慈悲深く考えることができます。

周りを助けてあげることができれば、自然と周りも自分を助けてくれることへと繋がります。

結果的に全てが上手くいくことになりますので慈悲深い思考ともつながることが言えるでしょう。

慈悲のある人間になろう

慈悲を持つということはとても素晴らしいことであるとお分かりいただけたのではないでしょうか?

慈悲の心を持つことによって自然と相手の気持ちに寄り添うことが出来、そうすると相手はこちらを信頼して、こちらの力になって助けになってくれるということにもつながります。

人と人との繋がりが大事なこの世界において、慈悲の心を持つことによって得られるメリットは非常に大きなことになると言えるでしょう。

もちろんメリットを得たいがために、わざとこのようなことを行ったりする必要はありません。

自然とついてくるものになるので、あざとい考え方をせずに、純粋に慈悲の心を持った人間を目指してみてはいかがでしょうか。

その上で慈悲という言葉について詳しくご紹介を改めてしていきたいと思います。

1. 慈悲とは?

慈悲とは仏教用語で他の命に対して平等な気持ちを持つということにつながります。

一般的に日本語としては、目下の相手に対する憐れみの感情であったり、慈しみの気持ちを表現する場合に用いられることが多いかと思います。

なんとなく言葉から察するに、ある程度の気持ちを理解することは難しくないかと思いますが、相手の気持ちに対して寄り添った考え方や、行動をすることが慈悲という言葉につながってくるのではないでしょうか。

2. どういう人に対する感情?

慈悲の心は基本的には日本では目下の相手に対する感情である場合が多いといえるでしょう。

ただ、それはあくまで一般的な意味であって、実際は様々な状況で様々な相手に対して持つ感情になることがいえるでしょう。

具体的にどういう状況でどういう相手に対して感情を持つのか、という事を詳しくご紹介していきたいと思います。

1. 不遇の状況にある人に対して

慈悲の心を持つ場合で多い状況は、不遇の人に対して持つ感情である場合が多いのではないでしょうか。

例えば冒頭からお伝えしてるように、生きたくても生きられない方や、十分な生活が行えない方、自分の望まないことを強制的に行わせられている方など、本当の意味で不遇の状況にある人に対して感じる感情になったりする場合が多いのではないでしょうか。

2. 悪事を繰り返す人に対して

悪い事を行う相手に対して慈悲の気持ちを持つ場合もあるかもしれません。

時には悪いことをしたのに、それを咎めずに相手を受け入れる場合もあるかもしれませんね。

それによって相手は悪いことをしたのだと気づく場合もありますし、気づかない場合もあるかもしれませんが、相手を許そうという気持ちを慈悲という気持ちで表している方もいるかもしれません。

慈悲をこうというような言葉もこのような状況で存在している場合が多いかもしれません。

慈悲の気持ちが無いとどうなる?

慈悲の気持ちをもし持たずに相手に対して対応した場合どういう反応をされるのでしょうか。

もちろん普段から相手に対して慈悲の気持ちを期待している方が多いわけではないかもしれませんが、時には慈悲の気持ちを持たない態度が原因によって、相手に不快感を与える場合もあるかもしれません。

その可能性を十分に知った上で普段行う対応を冷静に考え直してみて下さい。

1. 自己中で不親切な人だと思われる

自分中心で不親切な人だと思われる場合も多いでしょう。

もちろん相手が悪いことをしたのであればしょうがない部分はあるかもしれませんが、相手にそれを理解してもらうためにどうするとかということで、大きく分岐すると思います。

ただ単に怒鳴るだけでは当然ながら愛情も慈悲もありませんよね。

なぜその行動がダメだったのかしっかりと理由を説明し、その上で相手がそのような行動を取ったことについて一定の理解を示してあげると、相手はこちらの事を考えた上で行動してくれているんだと考えてくれるになると思います。

2. 良い人間関係が築けない

相手を思いやる気持ちがなければ当然ながら良い人間関係は築けません。

自分自身に置き換えて考えてみてください、相手が思いやりのない行動を取ってきた場合、今後付き合いたい人だと思いますか?

おそらく距離を開けたいと思うのではありませんか?

反対に相手がこちらを思いやってくれる行動を取ってくれた場合は、今後もこの人と関わっていきたいと思うようになりますよね。

良い人間関係を築く上で、慈悲の気持ちを持つことが大事であると言えるでしょう。