欲しいものがあっても、どうしてもそれが手に入らない時や、やりたいことがあってもそれが出来ない事情がある時など、物事によっては妥協が必要な時ってありますよね。

人間時には諦めや妥協も必要ですが、いつも妥協してばかりの人生では面白くありません。

また、物事によっては妥協せずに頑張り続けた方が良い時もあります。

妥協はケースバイスケースですので、自分にとってすべき時とそうでない時との見極めが肝心です。

今回は妥協の見極めについて解説していきます。

妥協した経験はありますか?

あなたはこれまでの人生の中で、妥協した経験はありますか?

恐らく誰もが、人生で一度は妥協した経験を持つことでしょう。

早い人では子どもの頃に、すでに妥協した経験がある人もいると思います。

どうしても欲しいおもちゃがあったけれど、親にそれを買ってもらうことが出来なくて、他のもので仕方なく納得した時、または兄弟を優先して、自分の気持ちを我慢して欲しいものを譲ってあげた時など、子どもながらに妥協の感情を覚えたことがあるという人もいるでしょう。

妥協と諦めは似ていますが、妥協は自分の一番の望みを諦めて、他のものを代わりにすることですので、特に兄弟や家族が多い人では、早い内から妥協を余儀なくされたという人もいるかもしれませんね。

また、物事の分別や見極めが付けられる年齢になってからは、より妥協の経験が増えたという人もいるでしょう。

行きたい進学先を諦めて、親の希望や自分の実力に見合ったところへ進路先を変更した時、結婚したい人がいたけれど、どうしても事情があって結婚出来ずに諦めることになって、他の人と結婚した時など、大人になってからはより複雑な事情で妥協することも少なくはありません。

妥協が出来ることによって上手く物事が回る時もありますが、そこには少なからず精神的な苦痛が伴っているのかもしれませんね。

妥協はケースバイケース!

妥協はケースバイケースです。

あるケースでは妥協をした方が物事が上手く行ったり、結果的に自分のためになったりすることがあります。

しかし別のケースでは、妥協してしまったために悪い結果になったり、後悔で苦しんだりすることもあります。

今妥協することによって、この先どのように人生が変わるかは誰にも分かりません。

ある程度の予測は出来ても、実際に妥協した後で状況が大きく変わることだってあり得るのです。

そのため、妥協する前には必ずしっかりと考えてから行動した方が良いでしょう。

例えば欲しいお弁当が売っていなかったので、それに近いお弁当で手を打った時など、些細なことであればそこまで神経を使う必要はありません。

しかし、就職先や結婚相手、大きな買い物をする時など、自分の決断力が試されるような時には、妥協する前にこの先のことをよく考えてから行動に移すべきです。

「妥協するべきかどうか」は、これまでの自分の経験や知識、そして他人の助言などから判断します。

それがどのような結果になるとしても、受け止めるのは自分自身なのだということを、くれぐれも忘れず、常に念頭におくようにしましょう。

妥協するべき?しないべき?

妥協するかどうかは、時と場合によって自分自身で判断します。

人によっては、何事に対しても「諦めが肝心」だと言う人もいれば、「絶対に妥協するべきではない」と言う人もいます。

どちらの意見も間違ってはいませんが、いつもその意見に縛られていては、ケースバイケースで柔軟に対応することが出来ずに、結局は自分で自分の首を絞めることになってしまいます。

今は妥協するべきか、それとも妥協せずにこのまま突き進んだ方が良いのかを最終的に判断するのは自分自身です。

他人からのアドバイスや生き方を真似るのも悪くはありませんが、「自分が本当はどうしたいのか」という自分の本心と向き合うことも大切です。

その上で、妥協するべきか、しないべきかを判断した方が良いでしょう。

妥協すべきときってどんなとき?

あなたはいつも、どんな時に妥協をしていますか?

時間的な制限があって、これ以上自分の要望を通すことが難しい時や、自分と同じものを熱心に欲しがっている人がいる時など、妥協の判断基準は人によってそれぞれ違います。

我が強い人や意志が強い人などは、よほどのことがない限りは妥協をしませんが、それでも「よほど」のことがあれば妥協をします。

つまり、誰でもしようと思えば妥協は出来るものなのです。

人によって「ここは妥協すべきだ」と判断する場所は違いますが、大抵はこれ以上は本当にどうしようもない時や、損得勘定で自分に得がなさそうな時など、共通している部分があります。

そこで、一般的に人が「妥協すべきだ」と感じる瞬間について、以下に解説していきます。

もし、意固地になって中々妥協することが出来ないという人は、以下を参考にして時には冷静な判断を試みてみましょう。

八方塞がり

八方塞がりとは、どの方向にも差し障りがあって、手の打ちようがないことを意味します。

自分の周囲を360℃ぐるりと壁で囲って、もうどこへも行きようがない姿を思い浮かべると八方塞がりの状況がより理解しやすくなると思います。

自分が本当は前へ進んでいきたいけれども、目の前には立ち塞がる壁があり、到底進めそうもない。

そんな状況の時には、目の前の道を進むのは諦めて、側にある小さな穴から別の方向へと這って進んでいくしかありません。

これが「妥協する」ということです。

進学先で例えた場合に、自分が本当は行きたい大学があるとします。

しかし、自分の今の実力では到底その大学へは入れない上に、入試までの期限は迫っており、これから猛勉強をしようにも間に合いません。

また、親や教師も別の大学へ進学しろと言っており、自分の意見に味方してくれる友人も、「頑張ればいいじゃない」と言うだけで、その友人が何かをしてくれるわけではありません。

どうしてもその大学へ行きたければ浪人して猛勉強するという手段もありますが、浪人した先で自分が本当にその大学へ合格出来るかも分からず不安でそこまでの勇気はない。

こんな場合は正に自分にとっての八方塞がりと言えるでしょう。

そして、散々考えた末に行きたい大学を諦めて、親や教師の希望する大学への進学を決める、これが八方塞がりの状況からの妥協です。

本人にとってはかなり辛い決断だったかもしれません。

しかし、妥協して入った大学先で思わぬ出会いがあるかもしれませんし、楽しい思い出が出来るかもしれません。

妥協してしまったのであれば、割り切ってその先の人生を自分で楽しむ努力を行えば、「妥協して良かった」という結果だって当たり前に作れるのです。

妥協するまでは大変ですが、妥協した後には気持ちの切り替えが大切です。

もう打つ手がない

もうこれ以上打つ手がないという状況の時にも、妥協の決断を求められることがあります。

例えばあなたが仕事で企画を頼まれた場合に、自分に任されたという責任感から、良い企画を作り上げたいと仕事に対し気合いが入ることでしょう。

しかし、あれこれと企画の内容を計画している内に、自分のやりたい企画ではどうしても費用や資材などが足りなくなってしまったとします。

自分に任された企画ですから、こだわりや情熱を持って取り組んでいるため、「足りないなら代わりにこれでいいや」と簡単に妥協をする気にはなれないでしょう。

しかし、現実問題としてどうしても予算がオーバーしてしまいそうだったり、資材が足りなかったりした場合には、苦渋の決断である程度の妥協をしなければなりません。

もう打つ手がない状況というのは、妥協したくないがために、費用の抑えるところはきちっと抑えて、試行錯誤を繰り返した結果、もうこれ以上はどうやっても無理だという結論に達したということです。

そのため、全ての打つ手は打った後で、それでもどうにも出来ない時には妥協をするしか方法はないのです。

このように、自分なりに出来る限りのことは全てやった上で、それ以上の打つ手がない時にはある程度の妥協をする必要はあるでしょう。

可能性がゼロ

人生なんて、どこで何があるのかは分かりません。

そのため、もしあなたが突拍子もない望みを持ったとしても、それを叶えられる可能性はゼロだなんて、誰にも言い切れはしません。

しかし、冷静になって現実的に考えた時に、限りになく可能性がゼロに近いことはあります。

例えばまだ幼い子どもであれば、将来パイロットになる夢を抱いた時に実際になれる可能性は少なからずあるでしょう。

なぜなら子どもには、夢を叶えるだけの時間がまだまだたくさんあるからです。

しかし、もし60歳になった時にパイロットになりたいと思っても、それを叶えるための時間や体力はとてもなく、可能性はほぼゼロと言っても良いでしょう。

万一パイロットに携わるような仕事をしていたり、関係者と知り合いだったとしても、コネで宇宙へ行けるほど甘くはありませんし、体力的にもとても耐えることは出来ないでしょう。

このような場合には、誰がどう考えても妥協せざるを得ないため、せいぜい元パイロットの話を熱心に聞きに行ったり、宇宙船型の遊具のあるテーマパークへ行ったりする程度しか行動は出来ません。

夢や目標を持つことは良いことですが、それにも限界があります。

限界を超えられる可能性がほとんどゼロの時には、どうしても妥協は必要になるのです。

自分に損が出る

自分が本心からやりたいと思うことについては、あまり損得勘定で考えることはないかもしれません。

損得勘定で物事を考えることはとても現実的で必要なことですが、それに縛られていては自分の心を抑えつけて生きることになってしまいます。

しかし、やりたいからと剥きになって行動した結果、自分に損が出てしまったら、損な目に遭ってから後悔をするかもしれません。

例えばあなたが今ダイエット中だとします。

ダイエット中ですからもちろん食べ過ぎには注意しますし、間食もしません。

また適度な運動も心がけています。

しかし、どんなに意志の強い人でも誘惑には駆られます。

ダイエット中に友人からランチのお誘いがあった時に、あなたはきっぱりとそれを断ることが出来るでしょうか?

「せっかくの誘いを断るのは申し訳ない」「いつもは我慢しているからたまにはいいはず」などと理由をつけてランチの誘いに乗ってしまった場合、家で食べる時よりも高カロリーを摂取した上にお高めのランチ代も取られ、さらには友人とランチ後にショッピングに行ったとしたら、そこで何か衝動買いをしてしまうかもしれません。

この場合、ダイエット中にも関わらず高カロリーを摂取してしまった上に、さらに余分なお金まで使ってしまうことになり、どう考えても自分自身が損になる行動を取ってしまうことになります。

一時の誘惑には駆られても、意志の強さと冷静な判断力のある人であれば、友人の誘いに乗るのは諦めて、代わりに自分の家に友人を招いて手料理を御馳走するなり、他の手段を選ぶなりして妥協をすることでしょう。

自分に損がある行動は、誰しも取りたくはないものです。

そのため、予めよく考えた上で、自分に損が出そうな場合にはある程度の妥協をした方が良いのです。

我慢できる

自分が我慢できると思うことは、進んで妥協をしていくべきでしょう。

何故なら、どうしても我慢できないことを妥協するのは精神的にもとても辛いですが、元々ある程度は我慢出来ることを妥協するのであれば、そこまでショックも大きくはないからです。

我慢できる妥協は、日常の中でもたくさんあります。

外食がしたいけれどお金がもったいないから、妥協して家で自炊をする、おにぎりが食べたかったけれど店に売っていないので、妥協してサンドイッチを購入する。

ペットが飼いたいと考えているけれど、時間もお金も場所もないため妥協してとりあえず動物とのふれあい広場に行くなど、よくよく考えてみれば、私たちは毎日の生活の中で小さな妥協を繰り返しています。

しかし、妥協した後に前向きに考えたり行動したり、思いのほか事が上手く行ったりして良い方向へと進むこともたくさんあります。

だからこそ、ささいな妥協であれば我慢することも出来ているのです。

妥協した方がうまくいく

物事によっては、妥協した方が上手くいくこともあります。

自分が好きでたまらなくて、どうしても付き合いたいと思っていた異性に恋人がいたため、諦めて手近な人と付き合った結果、好きだった人が実はどうしようもなく我儘で傲慢で金使いの荒い性格だと分かり、一方で妥協して付き合った人がとても誠実に自分によく尽くしてくれる人だった場合、結果は一目瞭然ですよね。

「あの時妥協して今の恋人を選んで本当に良かった」と心底から思うことでしょう。

人間は理性的な生き物ですが、同時に感情に振り回される生き物でもあります。

一時の情熱で冷静な判断が出来なくなっている時に、それを窘めてくれる周りの人の存在によって、無理矢理に妥協させられたものが後になって「本当に良かった」と思える結果になることも珍しくはないのです。

妥協という言葉を聞くと、諦めや仕方がない、どうしようもないといった負の印象を抱く人もいますが、妥協をすることで実際に上手くいくこともたくさんあります。

よく考えた末に妥協した方が良いと思えることがあるのなら、時には積極的に妥協も行うべきでしょう。