純粋。

子供から大人まで誰もが知っている言葉ですね。

そして誰もが生まれた時は持っているものです。

ところが、人間は経験し成長していくと、その過程で、少しずつ「純粋」を失っていきます。

それは大なり小なり誰もがそうです。

人間は知識や教養を得て理性的な判断をする唯一の生物だからです。

本能のままに生きる動物とはそこが大きく異なります。

ある意味では、その時点でもう純粋ではないということでもあります。

一方で、大人になっても純粋でいたいという希望も常に持ち合わせています。

純粋でいられるわけがないと思ってしまう確かに大人もいます。

はたしてどうでしょうか?

今回はそんな「純粋」についてじっくり考えてみたいと思います。

純粋な人って?

本当の意味で純粋な人を定義した場合、100パーセント混じり気がない人ということになってしまいます。

理性を持つ人間に純粋な人がいるか、どうかの議論ははてしなく永遠に続くことになります。

それを見極めることは周りにはできず、その本人にもできません。

ただし、人間の心において「純粋」という言葉を使った場合は、概ね「気持ちに打算や駆け引きがない人」という人を指します。

そういう意味で言えば、いることはいます。

ですが、ループしてしまう理屈で言えば、打算や駆け引きをしないと言ってる時点で、それもまた打算や駆け引きに値するのでは?というやや揚げ足を取るようなことも言えます。

なので「純粋」という言葉を使う場合は、かなり用心して使う必要があります。

悪く言えば、この現代社会では「ややうさん臭い言葉」とも捉えられがちです。

それは当の本人が仮に純粋だったとしても、それを受け止める周りが「純粋」に人を見ることができないからです。

残念ながら、この情報社会では打算や駆け引きが当たり前になりすぎて、みんなそうだと決めつける傾向が非常に強いのかもしれません。

「そんな人いるはずがない。だからあの人は嘘をついている」とすぐさま懐疑的になり、相手の純粋性を否定します。

打算や駆け引きをしない気持ちいい人がそんな目で見られるのは、残念としか言いようがありません。

他人と接する時は、きちんと相手を判断したいものですね。

確かに世の中、悪党もいますから、そういった人は信用せず、純粋で打算や駆け引きをしない気持ちがいい相手は、こちらも純粋に相手を信用してあげたいものです。

純粋って?

よく使う言葉ですが、実際にはどういったものなのでしょう?

意味

実はいわゆる生活用語と学術用語で、若干意味が違います。

1、「混じり気のないこと」

2、「邪念や私欲がなく打算や駆け引きをしないこと」

3、「そのことだけをひたむきに一途に行うこと」

4、「哲学において、外的、偶然的なものを含まず、それ自体の内的な普遍性、必然性を指す」

5、「学問において、応用を考えず、理論だけを追求する分野」

などですね。

なんとなく、人は純粋という言葉を認知し使用していますが、実は幅広い使い方をされています。

根本的には1の混じり気がないという意味になりますが、4の内的な普遍性と言われてもよくわかりませんよね。

なので哲学的な意味で判断するならば「人の心」は純粋とは言えません。

心は外的、偶然的に変化するからですね。

ただし、2の意味で使えば、そういう人は確かにいます。

純粋をよくよく考えれば、いろんな意味が隠されているのです。

使い方

混じり気がないという意味で使えば、例えば純粋なアルコールなど、化学物質などで使用されます。

一途ならば、純粋な情熱。

打算がないならば、純粋なあこがれ。

などと使うことができます。

類義語

純真、実直、潔白、無垢、などがそうでしょうか。

色ならば、白に何かほんの少しでも混ざれば、純粋な白ではなくなりますよね。

対義語

対義語は「不純」です。

純粋な人の特徴

では、純粋な人にはどのような特徴があるのでしょうか。

具体的にご紹介します。

素直

偏見や先入観がない人は素直ですよね。

経験によって得た知識は時として純粋さに、混じり気をもたらします。

それほど経験とは大きな影響を持つものです。

そしてそれらの知識を狭い視野で応用すると、それは偏見や先入観に繋がっていきます。

他人の意見を認めず、自分の意見のみを信じる人も固い偏見を持つようになるでしょう。

感情的になって一時的に素直になれない人はたくさんいますが、偏見や先入観はないに越したことはありません。

人を信頼する

自分の心に不純物が混ざっていた場合、相手もそうだと懐疑的になってしまうでしょう。

自分を疑い、他人も疑うのは残念で寂しいことです。

かといって信用に値しない人間がいるのもまた事実です。

正直者が損をするようなことは決して許せません。

なぜそこまで簡単に他人を裏切ることができるのか、理解に苦しみますよね。

卵が先か、鶏が先かの理屈になってしまいますが、他人を信用しなければ、自分も信用されません。

そして自分自身を信用しなければ他人も信用できません。

純粋でいるとは、本当に難しいものですね。

素直に受け入れる

事実をありのままに受け止めるのも、また難しいですよね?

特に他人から否定的な意見をされた場合などがそうです。

誰だって否定されたらいい気分はしないものですが、純粋な人ならば、すっと自然に否定的な意見も素直に受け入れることができるでしょう。

シンプルに他人の意見を受け入れる人は魅力的ですよね。

難しいことは分からなくても、言い訳せず、素直に認められること、ただそれだけで純粋な人にも思えてしまいます。

感情移入しやすい

偏見や先入観を持たない、ということは影響も受けやすいということでもあります。

心が柔らかいので、感情そのものが豊かなのでしょうね。

その為、感情移入もしやすく、いろんなことに共感できます。

泣ける映画を見れば号泣したりします。

感情移入しやすい人が純粋ではなく、純粋な人が感情移入しやすいということです。

素直に喜ぶことができる

他人のことでも自分のことのように嘘偽りなく喜べる人がいます。

自分のことで、どんな些細なことでも喜べる人がいます。

もちろん貪欲にもっともっと、と上を目指すことも必要ですが、良いことが起きたら、素直に喜びましょう。

純粋に良いことは良いと受け止めて喜ぶことは、心身ともに回復させてくれるはずです。

嫌味っぽくならない

例え素直でもなぜか嫌味っぽい人もいますよね。

そういった人と出会った時、「この人が素直なのは分かるけれど、どうして鼻についてしまうんだろう?」と考えてしまいます。

そういう人達は「どこかで純粋でいるために自分を作っている」ように思えるのです。

ちょっと浅い素直さといいますか、不純物が混ざってるのですね。

それはけっこう他人に伝わったりするものです。

そういった人達はやはり嫌味っぽく感じられてしまいますが、本当に純粋で素直なら嫌味っぽくもなりません。

自然に信用もできます。

むしろ、無理に純粋でいる努力をするよりは、不純物が混ざっている自分を、それこそ素直に受け止めている人の方がよほど純粋性が高いように感じられます。

夢中になれる何かがある

夢を一途に追いかけてる人は、好感度ナンバーワンかもしれませんね。

子供の頃は自然に夢中になれたのに大人になるとなぜかそういったたものが減っていくように思えます。

でも、大人になって減っていくわけではありません。

大人になった自分のその心が夢中になることに制限をしているのです。

せわしない毎日、競争を強いられる職場や学校など、心はみずみずしさを失いがちです。

何かに夢中になることはすごくエネルギーを必要とします。

しぼんだ心では、そのエネルギーを保つことは難しいでしょう。

これが大人の階段というものなのでしょうか。

そして問題なのは、そのせわしない毎日では、夢中になれるもの自体を見つけるのが困難ということです。

毎日、自宅と職場の往復だけでは見つかりません。

身近にあるものでさえ、見つけることは難しいでしょう。

今時の社会では贅沢なのかもしれませんが、心の余裕と時間の余裕を維持することは何よりも大切です。

人生とはやはり楽しむものであって、ただ消耗していくものではないと思います。

シンプルに自分が好きなものは何か?見つめてみてはいかがでしょうか。

難しいことではないはずです。

例えば音楽が好きなら、楽器を弾いてみるのもいいかもしれません。

お酒が好きなら、お酒を勉強するのもいいかもしれません。

きっかけは些細なことです。

踏み出す一歩が重いだけです。

夢中になれるものを見つけて「純粋」に楽しむ。

とても素敵ですよね。

素直に謝ることができる

何か失敗した時、周りに迷惑をかけた時、など純粋な人は素直に謝ることができるでしょう。

もしそれが自分の過失ではなくても、責められた場合は素直に謝ってしまいます。

本来なら「自分は悪くない」など、考えてしまうものですが、あまりそういった思考をしないのも純粋な人の特徴です。

目の前にいる人が謝罪を求めているのであれば、条件反射的に謝ってしまうのでしょう。

そしてそれもまた嫌味っぽくならない為、謝られた相手も素直に納得することができます。

一途

これが純粋な人の一番大きな特徴でしょう。

一途といっても、恋愛だけではありません。

どんなことでも、ただそれだけを見つめて、ひたむきに実践することができます。

純粋な人が魅力的に見えるのは、このひたむきさがポイントなのでしょう。

素直でひたむきであれば、好感度が低いはずがありませんよね。

そして偏見や先入観を持っていないからこそ、ひたむきにがんばることができます。

逆にひたむきにがんばることができない人の原因もまた、偏見や先入観です。

何か実践しようとした時、強い偏見や先入観があると、実践する以前にいろいろと想像してしまうものです。

「この方法は合っているのか?」「もしかしたら結果が伴わないかもしれない」など、始める前から色々と考えてしまい、そのままの気持ちで行動に移ります。

多くの人はこういった不安や悩みを抱えて実践することも、純粋な人は「目の前にあることはやるべきことだからやる」と、シンプルに行動します。

考えながら、模索していくのも必要ですが、いざ行動に移した時は、あまり余計なことはことは考えずにひたむきにがんばりたいものですね。

そしてそういったひたむきに実践した方がきちんとした結果も出やすいでしょう。

恋愛で駆け引きができない

大人になると、どうしても恋愛でも色々と考えてしまうものですよね。

例えば片思いであれば、恋を成就させるために作戦を練ります。

両想いであれば、その恋が続くように作戦を練ります。

これは恋における、打算や駆け引きとなってしまうでしょう。

純粋な人はこれができません。

好きだからしょうがない、ただ好きだからとここでもシンプルに考えてしまいます。

それは素晴らしいことではありますが、やはり恋においては、駆け引きは非常に重要ということは、大人のみなさんならご存じでしょう。

相手が駆け引きをしてくるなら、それに対しても本来駆け引きをするものです。

これは恋愛に限らず、です。

なので、好き嫌い関係なく、打算と駆け引きをうまく使わざるを得ないのが現代社会です。

どうしても打算や駆け引きをする人は、ずるい人といった悪いイメージを持たれがちですが、個人的には全くそんなことはないと思います。

むしろ、生きていく為にはしなければいけないこととさえ思います。

問題は打算や駆け引きで「どういった方法をとるか?」だと思います。

キラキラして魅力的

ひたむきで、素直で、一途。

もう言葉にしただけで、キラキラして見えますね。

恋愛では不器用になってしまうかもしれませんが、やはり人として魅力的ですよね。

純粋に何かをがんばっているのなら、きっと周りも応援してくれるでしょう。

純粋な人にもデメリットが?!

純粋というと、良いイメージを持ってしまいますが、もちろんそんなことはありません。

恋愛における打算や駆け引きなどでもそうですが、デメリットはあります。

どちらかと言うと、現代社会ではデメリットの方が強く印象に残るかもしれません。

純粋な人は、この情報社会ではやや生きにくい性質を持っています。

残念な話ではありますが、正直者は利用されたり、損をしたりする可能性が非常に高いですよね。

そんな時でも世間は騙された方が悪いという評価を下します。

そういったことも踏まえて、純粋な人のデメリットを挙げていきましょう。

空気を意識的に読むことができない

純粋な人は意識的に空気を読むことは苦手かもしれません。

さっきも書きましたが、良くも悪くも「打算や駆け引き」をしないからです。

純粋ですから、たった一つのことに夢中です。

それはつまり他のことには無頓着という意味でもあります。

それを周りはどう感じるでしょうか?

「この人は純粋だから仕方ない」と思ってくれるでしょうか?

まずそんな評価はしないでしょう。

その場の空気を読むことには、打算と駆け引きが必要です。

相手がどう考えているか、それに対して自分はどう対応するかといった計算ですね。

これができないと、社会ではブーイングされてしまうでしょう。

もちろん純粋な人はそれにも気付きません。

仮に気付いたとしてもどうして自分がブーイングされているのか、原因が分からないでしょう。

無意識レベルでは対応しようとしても、意識的にそれを改善することはできません。

計算しないからですね。

これは致命的とも言える弱点です。

せっかくの美点が汚点にすらなってしまうほどのデメリットです。

妄想や思い込みが激しい

ひたむきに夢中、とは言い換えればこういうことになります。

たった一つのことに夢中になるのですから、その一つに対しての気持ちは当然強くなります。

その強い気持ちは妄想、思い込み、さらに執着心も生み出します。

自分一人の中で完結するのであればいいのですが、例えば恋愛であれば危険思想かもしれません。

好きだから、相手が喜んでくれるだろうからといって「純粋」に行動したとしても、相手が喜んでくれるとは限りません。

もしかしたら迷惑かもしれません。

相手に理解されないほどの極端な純粋性は、実際には非常に危険なものです。

相手あっての人間関係、ということはどんな人にとっても大前提です。

純粋だから許されると思ったら痛い目見ることにもなります。

自分に酔いやすい

なにせ自分の行いに夢中ですから、それを良しとしてますよね。

自分に酔いやすいというよりは、すでに自己陶酔した状態で実践してるのかもしれません。

妄想や思い込みにも繋がっていきます。。

未練がましい

未練がましい、というよりは執着心が強いのでしょうね。

純粋な人はあきらめるという決断をなかなかしません。

なにせひたむきに夢中ですからね。

例え結果が出ていても、それを結果として受け止めず「最終的な結果への一つの過程」と捉えてしまうのかもしれません。

前向きと言えば前向きですが、未練がましいと捉えられることもあるでしょう。

恋愛では、別れてしまっても、いつかまた復縁できると思い、がんばってしまうのかもしれません。

もしかしたら恋愛面では、純粋な人は痛い人に見られることが多いかもしれませんね。

夢中になれることはいいことですが、執着となると、話は変わってきます。

何事にも一線はありますよね。

恋愛面では特に気をつけたいものです。

騙されやすい

これもまた打算や駆け引きをしないのが理由ですね。

素直に相手を信じてしまうのは決して悪いことではありませんが、社会では危険なことでもあります。

世の中悪い人もいますから。

全員疑う必要はありませんが、いかに純粋な人でも「危機察知能力」だけは胸に持っていた方がいいでしょう。

騙されて大きな損害、となったら、純粋、不純、関係なく手遅れになってしまいます。

純粋な人にはメリットが多い

いかがだったでしょうか?

語れば語るほど奥が深い「純粋」はデメリットもありますが、一線さえ越えなければ非常に魅力的なものですよね。

「生きていくことに純粋」であるなら、人生そのものが素敵に見えてしまうかもしれません。