「後の祭りだった…」と、茫然と立ち尽くす。

いくら悔やんでも手遅れ。

後悔しても…もう後の祭り。

こんなやり場のない思いは、そう簡単に消化することがありません。

いつまでも後悔の念に苛まれ、この先どう生きていけばいいのか…と、人生全てが終わってしまったかのようにも感じてしまうのではないでしょうか。

人が生きていく上では、後悔もひとつの経験になります。

だけどできれば、「後悔はしたくない」。

誰もが、避けて通りたい感情のひとつでもありますよね。

だから、後の祭りなんてことにならないように考え、気をつけて行動をしようとする。

それが私たち人間です。

でも時に、意識しているにも関わらず、後の祭りと感じてしまう出来事が自分の身に起こることもあると思います。

もしくは、後の祭りがこんなにも苦しいものだとは知らずに、意識も努力もせずに後悔することもあるでしょう。

どちらにしても、後悔してももう時間を巻き戻すことは出来ず、状況を受け入れることも出来ず…立ち尽くすしかなくなってしまうのが後の祭りなんですよね。

️後の祭りだった…そんなことありますか?

さて、皆さんは「後の祭りだった…」そう感じた経験ってありますか?
後の祭りを体験した人にとっては、それはもう二度と経験したくないことでしょう。

そのどうしようもない状況からは立ち直るのも一苦労です。

もしくは、未だ立ち直れずに、闇の中を彷徨っている状態の人もいるかもしれませんね。

そういう筆者は…「後の祭りだった」と感じるほどの状況は、未だ経験したことがありません。

かといって、これまでの人生に失敗がなかったわけでもありません。

それでも「後の祭りだった」と思うことが無いのは、「後悔しないこと」を常に念頭に置いているからかな…と思うんです。

楽しいことしたい!嬉しいことしたい!っていうことよりも、何より「後悔したくない!」という思いが強い。

後の祭りにならないように常に意識しているから、後の祭りだったと感じることも少ないし、たとえ失敗しても、それを後悔することも少ないのだと思うんです。

つまり、『後の祭り』も考え方ひとつ、捉え方ひとつで、人生が狂わされるかどうかも変わってくる。

筆者は、そう感じています。

️後の祭りと感じた人生の失敗17選


今回はそんな、「後の祭りだった…」と感じたみなさんの失敗談を集めてみました。

失敗も後悔も経験のひとつ。

後の祭りも捉え方次第です。

だけど後の祭りは後の祭り。

時間を巻き戻してやり直すことが出来ないのも事実です。

それならば、先人の失敗談を自分の経験のひとつとして取り込むのも、賢い生き方だと思いませんか?
みんなの失敗から学び、『後の祭り』を回避する!
これだって、「後の祭りだった」なんて状況を起こさないための、意識がけのひとつですよね。

筆者が「後の祭りだった」なんてことにならないように、後悔しないことを念頭に置いているのも、人々の経験を聞いたからです。

そんな経験による苦しみを自分に置き換えて考えたら、後悔の念がどれだけ自分に影響を及ぼすかも、痛いほど感じることが出来たからだったと思います。

人はどこからでも這い上がることが出来るけど、失った時間を巻き戻してやり直すことだけは出来ません。

そこに「“後悔”を残すのだけは絶対に嫌!」筆者はそう思うのです。

後の祭りは、巻き戻せない“時間”に深く関係しています。

自分の人生に流れていく1分1秒の時間には、二度と同じ時間はありません。

それが、どれだけ大事なものなのか…それが分かると、後の祭りと感じるような体験をすることも、少なくなるのではないでしょうか。

ここからご紹介していく皆さんの『後の祭り』は、自分の時間の大切さにも、気づかせてくれるかもしれませんよ。

ライブの日程を間違えた

後の祭りだった…と感じた人生の失敗には、「ライブの日程を間違えた!」なんて体験も。

間違えたのが、ライブの本来の日程の前だったら取り返しもつくものの…それがライブが終わった後だったら後の祭り。

アーティストに「もう一回やって」と頼むわけにもいきませんし、何よりその時その空間で行われたライブは、その場所に行けた人にしか共有出来ないもの。

全く同じものを味わうことは、もう二度と出来ません。

もしそれが、滅多にライブを行わないアーティストだったら…そのアーティストのライブを見に行くというリベンジすら、叶わないかもしれませんよね。

それに、そのライブのために予定を空けたり、仕事の日程を調整したりもしていたでしょう。

遠方からの参加なら、交通費だってかかっているし、ライブのチケット代だって無駄になってしまいます。

何より、楽しみにしていた自分の気持ちを満足させてあげられなかった。

それが一番の後悔を生むのではないでしょうか。

それが全て、自分の勘違いや注意不足から起こった後の祭りな失敗なわけです。

やり場のない怒りや悲しみ、自分への失望感や喪失感等いろんな感情が入り混じって、気持ちの落ち着きどころも分からなくなってしまいますよね。

筆者も、やっぱりこんな後悔はしたくない!って思うから、ライブの日程や大事な約束は何度も確認します。

間違えないように、忘れないようにって意識していると緊張もするけど、その分ちゃんと予定をこなすことが出来れば、楽しさや嬉しさで自分を満たしてあげることが出来るんです。

後悔しないように、後の祭りなんてことにならないようにって意識して日々を過ごすのは、ちょっと大変なこともあります。

だけど、それは結果、自分をポジティブな感情で満たすことに繋がるんですよね♪

ライブって、TVやDVDでは感じることの出来ない臨場感に意味があるものです。

それを求めてライブへの参加も決めているはずですから、その場に参加出来なかった後悔は計り知れません。

そんなことにならないように、気をつけたいものですよね。

テスト前日に徹夜しようと思ってたら寝てしまった


後の祭りだった失敗談には、「テスト前日に徹夜しようと思っていたら寝てしまった」…なんてことも!
そもそもテスト前日の徹夜を選択したことがリスキーですけどね(笑)
テスト前日の徹夜は、一番追いつめられた最終段階。

もしそれを逃してしまったら、勉強せずにテストに臨むことになってしまいます。

それが人生を左右する大事な試験だったら?勉強が出来ず、テストが出来なかっただけに留まりません。

その後の進路や就職にまで影響を及ぼすことだってあるでしょう。

あのテストが転換期だった…なんてことは、そのテストのずっと後の人生の中で気づくことになることのほうが多いと思います。

学生の頃って、勉強が嫌で、テストが嫌で…と、避けて通ってしまう人も多いですよね。

だって、テストがどれだけ自分の人生に影響を及ぼすものかなんて、分かりようがないのですから。

という筆者も、実はテストは前日の徹夜で乗り切るタイプでした。

コツコツ計画的に勉強をするのが苦手で、詰め込んで出す!の繰り返し。

それでもクラスのトップくらいの位置はキープ出来ちゃっていたので、それに甘んじていたんですよね。

だけど今…、何一つ身になっていない自分に愕然とすることがあるんです。

テストは出来ても記憶は出来ていない状態なので、学生のころの成績はそこそこ良くても、実際は頭が悪いって状態に…(笑)
学生の頃って、テストが出来ればそれで評価されちゃったりしますよね。

だけど社会人になれば、テストの成績が貼り出されているわけでもありません。

テストの点数がいいから仕事が出来る人って判断されることもないんです。

もちろん、資格を所持していれば、それは強みにもなるけど…それも結局、身になっていなければ活かすことが出来ないんです。

学生の頃の勉強って、社会に出てから直結して役立つことは少なかったりします。

だけど、どんな知識でも多いだけ強みになり、いかようにも幅を広げていくことが出来ます。

テスト前日に徹夜しようと思っていたのに寝てしまったという失敗って、その時は、寝てしまったこと、テストが出来なかったことへの後悔が生まれるだけに過ぎないと思うかもしれません。

だけど、その後の人生で大きな後悔となるのは、徹夜でテストを乗り切ろうとした自分であり、勉強をちゃんとしなかった自分。

テスト勉強を徹夜で乗り切ろうとする甘い考えこそが、後の祭りなのです。

…そう思うと、後の祭りと思ったことが無いという筆者にも、後の祭りな出来事があったということになっちゃいますね(笑)だけど、この頭の悪さを「後の祭りだった」と悔やんだことは無いので…自分のしてきたことをどう受け止めるかもまた、人それぞれなのかもしれません。

大事な予定なのに寝坊した

大事な予定なのに寝坊…これも、後の祭りですよね。

これこそ、人生の時間の1分1秒の大切さを、痛感させられる失敗なのではないでしょうか。

大事な予定って、その先には大抵大事な人が待っているものですよね。

自分ひとりでの行動なら、寝坊してしまっても「ま、いっか」って思えるものの、人が待っていればそうもいきません。

待たせている人に迷惑をかけることにもなりますし、待ってくれている人はガッカリしてしまうでしょう。

そうやって信用を失い、人との縁を無くしていってしまうのです。

もしそれが、就職の面接だったら?信用を失うとともに、あっさり切り捨てられてしまいますよね。

それは、その後の自分の人生にも影響を及ぼすものです。

何より、大事な予定に関わる人を傷つけてしまったということにも、気付かなければなりません。

切り捨てる側のガッカリ感だって、苦しいものがあるのです。

大事な予定とは、それだけ相手にとっても大事な時間。

悪気はなかったとしてもやっぱり、後の祭りなのです。

デートをすっぽかした

大事な人が待っている大事な予定のひとつには、デートもありますよね。

恋人なら、デートは何度も繰り返し行うものです。

回を重ねるごとに、それが当たり前になって、その重要性への意識も薄れてしまうこともあるでしょう。

大事な予定なはずなのに、大事な予定という意識が薄く…寝坊したり忘れてしまったり。

そんなことが起きやすい予定のひとつだと思います。

でも、やはりそこには人が待っているんですよね。

しかもそれは、大切な恋人。

もしくは、好意を寄せている相手です。

心の広い人なら、すっぽかしてしまっても許してくれるかもしれません。

何も言わずに待っていてくれるかもしれません。

だけど、すっぽかされたことに何も感じ無い人なんていないはずです。

大事な予定だと思われていなかったことにガッカリしたり。

連絡もなく忘れ去られていたことに傷ついたり…。

そんな思いもしていることでしょう。

それをキッカケに、恋心も冷めてしまうかもしれませんね。

相手の大事な時間を無駄にさせてしまうだけではなく、大事な相手を失うことにも成りかねない。

大事な相手が傷つき、自分の前から去っていってしまったら…?もう後の祭りなんです。

デートをすっぽかしたという失態は取り消すことが出来ないのです。

好きな人が結婚してしまった

後悔しても取り戻せない、後の祭りだったと感じる出来事には、「好きな人が結婚してしまった」…なんて悲しい現実も。

一夫一婦制である以上、パートナーが決まってしまったら、その好きな相手との未来はありませんよね。

一生傍にいて欲しい、ずっと添い遂げたい…そんな思いも、機会を逃してしまえば後の祭りなんです。

もう自分の思いが報われることはありません。

好きな人と結ばれること、一生を共にするひとりのパートナーと出会うということは、誰しもが求め続ける人生の大事なミッションでもあると思います。

一生未婚という人も昨今では珍しくありませんが、そんな人でも、人生で一度もパートナーを求めなかったという人はいないのではないでしょうか。

良い相手と巡り合えたのなら、それが何より幸せなことであるはずです。

筆者もアラフォーにして未だ独身。

結婚願望も無いほうですが、パートナーを求めていなかったわけではありません。

それに、この先残りの生涯を共に出来る人に出会えたのなら、それを拒否することはないと思います。

好きな人が結婚してしまった…なんて後の祭りな経験はしていませんが、結婚したいほど好きな人に出会えたのなら、後の祭りにはしたくない!という思いは強いです。

たとえ結ばれなかったとしても、思いは伝えておきたいですよね。

人は時に、相手が結婚してしまって、好きな相手を失ってしまってから自分の気持ちに気付くということもあるけれど、気付いた時には後の祭りなんですよね。

そうならないためには、いつでも真剣に人に向き合い、自分の気持ちに向き合っていくことが大切だと、筆者は思っています。

進路を間違えた

後の祭りだった…と感じた経験に、「進路を間違えた」ことを挙げる人もいるんですよね。

筆者にはあまりこの感覚は無く、違うと思えば選びなおせばいいって思うほうです。

だけど、進路を間違えたことを後の祭りだと感じる人もいるんです。

ただ進路って、選ぶ時点では考えても想像に過ぎず、やってみないと分からない部分が多々あります。

進んでみないと見えてこないものは…進んでみて感じるしかありませんよね。

だけどもちろん、進んだ先が違ったと思えば、その歩んだ時間が無駄に感じてしまう人もいる。

そう感じてしまえば、後の祭りだったと思ってしまうこともあるのでしょう。

これも、人の感じ方や捉え方ひとつで、後の祭りなのかどうかは左右される出来事ですよね。

失敗を経験と捉えられるか、進んだ時間を無駄にするかどうかは自分次第。

そう筆者は思います。

進路を選ぶ際、真剣に考えていれば…自分で決めた道がたとえ間違っていたとしても、経験だとして捉えることが出来れば…それは後の祭りとは感じないはずです。

後の祭りだったと思ってしまうのだとしたら、それは自分の人生にしっかり向き合っていなかったことへの後悔なのかもしれませんよね。

浮気がバレた

浮気がバレた。

なんてことが、後の祭りだったと感じた失敗だという人も(笑)
浮気がバレたことを後の祭りだと感じるということは、やはり一番大事なのはパートナーや恋人だということですよね。

浮気はほんの遊び心であり気分転換。

恋人やパートナーとの関係は壊すつもりもなく、バレなきゃいいっていうほんの出来心なのかもしれません。

だけど、バレてしまえば取り返しのつかないことになるのが浮気。

バレるかバレないかで、事態は大きく変わってしまいます。

もちろん、バレ無ければいいというものでもなく、浮気をしたことを後悔することになるのです。

最近だと芸能人など著名人の浮気がどんどん暴かれて…それによって社会的地位を失ったり、バッシングを受けたりしていますよね。

自分の恋人や家族を傷つけるだけにとどまらず、世間からの信頼さえも失ってしまう。

ほんの浮ついた心による代償は、計り知れません。

バレてしまったら、もう後の祭りなのです。

浮気って、バレないことって無い。

そう思っていたほうがいいでしょう。

自分は上手く取り繕っているつもりでも、誰かに見られているかもしれません。

それに、浮気相手がバラしてしまうことだって無きにしも有らずです。

浮ついた心をどう自制することが出来るか…そんな人間性が問われているんですよね。

中退した

後の祭りな出来事には、「中退した」なんて失敗もあるんですよね。

若気の至り…なんてことでは片づけられない、その後の人生を大きく左右するのが中退。

なのかもしれません。

もちろん、学歴がなくたって出来る仕事は沢山あります。

中退したことが不幸に直結するわけでもありません。

だけど、どうしたって悪い印象はつきまとうものですよね。

ちゃんと卒業するところまでたどり着けなかったということは、物事を途中で投げ出したという印象も与えかねません。

学生の頃はそれでもよくても、社会にでたら責任が付きまといます。

責任を負えない人は、社会人として認めてもらえないのです。

そういった人柄を判断するにあたって、中退はひとつの判断要素にもなってしまいます。

学歴としても残りませんから、就職においても不利になってしまうでしょう。

学歴差別は良くありませんが、何の経歴も無い真っ新な社会人を判断するうえでは、学歴をひとつの判断基準にするしかないのが現状です。

良い大学を卒業していれば、それだけ学生時代に勉強をがんばったとみなされるし、知識が豊富な人は人材として魅力的です。

それが高卒なのか、中卒なのか…で、印象は大きく変わってくることは言うまでもありません。

学歴にはそれぞれの家庭等の事情もありますが、なにより「中退」が与える悪い印象は、取り消しようも取り繕いようもありません。

それに、自分に対するまっとうな理由もなく中退してしまったら、自分への自信も失ってしまうのではないでしょうか。

そうやって、どんなことも諦め半分、人生を棒に振ってしまうのだと思います。

中退する時には思いもよらない後悔が、後の人生で襲ってくる。

それが、中退なのかもしれませんよね。

でもやっぱり、それはもう後の祭りになってしまうんです。

サラ金に手を出す

お金は、人も、人の人生も狂わせるものです。

そんなお金にまつわる失敗には「サラ金に手を出してしまった」というものもあります。

サラ金に手を出してしまったら、もう後の祭り…。

返済に追われ、借金を重ね…と、人生に大きな重荷を背負うことになってしまうのです。

サラ金に手を出す状況の時には、やむを得ない事情があったりもするでしょう。

それだけお金に困り、どうしても必要で…既に追い詰められている状況になっているんですよね。

だけど、既に追い詰められているのなら、尚更サラ金に手を出してはいけないんですよね。

サラ金に手を出してしまったら、状況は悪化するばかりです。

それでも人がサラ金に手を出してしまうのは…サラ金に手を出す時にはもう、正常な判断が出来ないほどの状況に追い込まれてしまっているからだと思います。

お金って、それだけ人も人生も狂わせてしまうもの。

無いと生活できないけど、お金に振り回される人生にならないように意識しておかないと…後の祭りになってしまうのです。

リストラにあう

後の祭りだったという失敗には、「リストラにあう」なんてことも…。

リストラは、その会社の状況によっても左右されますし、自分の努力ではどうにも出来ないこともあるでしょう。

それでも、リストラにあったことで後の祭りだったと感じる人がいるということは、会社への貢献をしてこなかった自覚があるからなのでしょうね。

自分の仕事への姿勢に後悔があり、リストラ対象になってしまったことが悔やまれる理由があるということです。

つまり…自業自得な後の祭りなんですよね。

会社でリストラが行われるということは、その会社が経営不振に陥っているということです。

人件費が重荷になり、再起を図るためにも“余計”な人件費は削減したいわけです。

そこでリストラを行うとしたら…会社にとってより有益な人材を残すのが当たり前。

会社だって、存続の危機なのですから。

そんな時に、会社に残れる人材になれるかどうかは、それまでの実績次第なんですよね。

会社でリストラが行われる状況になった時、その対象者になってしまったらもう後の祭り。

ただ何となく、それなりの仕事をして、安定した状況に胡坐をかいていた自分に後悔することになるのです。

今の時代、どんな大企業だって安泰ではありません。

いつ何が起こるか分からないし、いつどこでリストラが行われるかもわかりません。

会社がリストラを行わなければならないような状況にならないように貢献し、いざという時にリストラ対象者にならない自分を作っておく。

それもまた、後の祭りだったとならないための心掛けと言えるでしょう。

嘘が全てバレた

「嘘が全てバレた」という後の祭りな失敗談も…。

浮気もそうですけど、嘘も。

隠していることが明るみに出た瞬間、一気に最悪な事態に陥ってしまいます。

でも、バレた時には後の祭りなんですよね。

そうならないためには、嘘をつかないことが一番です。

でも人は、嘘をつくんですよね。

何かを取り繕いたくて、または自分の利益のためにつくのが嘘。

でもそういった邪な心があるほど、バレた時の代償は大きいものなんです。

それに、嘘は自分の利益を優先し、相手を傷つける行為。

後の祭りだと思っても自業自得であり、何より、傷つけた相手の気持ちを慮るべき。

だけど、嘘をつく人は大抵、バレてしまっても往生際が悪いんですよね。

さらに嘘を重ねたり、仕方なかったと言い訳をしたり…逆に自分が被害者であると、怒ったり泣いたりしてしまう人もいます。

嘘がバレた時に、その状況を受け入れる覚悟も出来ていない。

それが、嘘をつく人だったりもします。

時に嘘には、相手のことを思い遣ってつく嘘もあると思います。

でもそれは、バレた時にどう向き合うかの覚悟をするからこそつける嘘。

嘘をつくなら、後の祭りだなんて思わないような覚悟も持っていて欲しい。

これが、嘘に傷つけられた人側の思いなんです。

ギャンブルにハマる

後の祭り状態になることには、「ギャンブルにハマってしまった」なんてことも!
ギャンブルは依存性のあるもので、人生を狂わせるお金にも関わってくるものです。

ギャンブルにハマってしまえば、お金に困ることにもなってしまいますよね。

そうやって、サラ金に手を出すことになってしまう人もいるでしょう。

何より、辞めたくても辞められなくなってしまうのがギャンブル。

ハマってしまったらもう、後の祭りです。

人は、時に何かに依存しなければ生きていられないほど、弱い生き物でもあるんですよね。

精神的不安が、何かに依存をすることで紛らわせられるわけです。

でも、依存対象は、一時気分を紛らわせるだけに過ぎず、自分から逃げているだけです。

自分の弱さが、後の祭りな状況も引き起こしてしまうのです。

そんな依存対象がギャンブルだったら、生活さえままならない最悪の状況になりかねません。

依存のない生き方を心掛けておきたいものだし、何より依存対象をギャンブルにしてしまうのだけは、避けたいですよね。

投資で全て溶かした

投資で全て溶かした…もう後の祭り。

なんて人も、いるんですよね。

投資を行う人は、そのリスクも理解した上で行っている人も多いと思います。

だけど、リスクは分かっていても一攫千金の夢がある。

それが、投資でもあるんですよね。

生きていく上でお金は絶対に必要で、少しでも多く持っていたい…。

という思いは、誰もが持っているでしょう。

それが大金だったら、自分の多くの欲求を満たすことが出来るわけですから、金銭欲からは逃れることが出来ません。

実際に投資で多くのお金と夢を手にしている人もいるわけで、自分もその中のひとりでありたいと願ってやまないのが私たちです。

だけど、そう簡単には行かないのが投資だったりもするのでしょうね。

筆者も、大金を手に出来るなら手にしてみたい!大金が手に入ったら、買いたいものややりたいことが沢山ある!だけど…やはりリスクを負う覚悟はありません。

投資は、お金が増えることがメリットだと思いますが、そのリスクは、真逆のお金を失うことです。

金銭欲を満たしたいが為の行為が、その欲求とは真逆の事態を引き起こしてしまうのですから、その後悔の念は計り知れないものがあるでしょう。

後の祭りだったと思っても、それこそもう遅い。

そんな覚悟を持ったうえで取り組むのが、投資なんですよね。

覚悟の無い人はやはり、地道で堅実な道を歩んでいった方が、よほど幸せなのではないでしょうか。

ひどいことを言ってしまった

後の祭りだったと感じた出来事には、「ひどいことを言ってしまった」という失敗も。

人は、よほど意識していないと、つい自分の言葉で人を傷つけてしまうことがあります。

ついひどいことを言ってしまうのは、それが本音であるとも言えますが…それに相手が傷ついて、初めて相手への思いやりが欠けていたことに気付くんですよね。

本音を曝け出すことは大切なことでもありますが、むやみに相手を傷つけていいはずもありません。

自分の欲求を満たすだけの、自分勝手な行為です。

人はどうしたって、自分中心に物事を考えてしまいます。

相手の立場に立って思いやれる人は、よほどの人格者です。

でも、人に対する思いやりの気持ちを持ち続けていれば、誰にだってひどいことを言わないようには出来るのです。

それに、ついひどいことを言ってしまったとしても、気付いた時には後の祭りでも…思いやりの気持ちがあれば、傷つけてしまった相手の気持ちを癒すことも出来ると思います。

人を傷つけてしまった時、その相手の気持ちを一番に癒すことが出来るのは傷つけてしまった本人。

言葉は取り消すことは出来ないけど、相手に寄り添い癒すことは出来る。

後の祭りでも、その状況に真摯に向き合うことこそが、大事なことなのではないでしょうか。