机上の空論という言葉知っていますか?全く意味がないこと、という意味ですが、これは本当なのでしょうか。

机上の空論に意味がないと言われてしまう理由について見てみることにしましょう。

️机上の空論とは

 まずは、机上の空論という言葉の意味や、その由来についても見てみることにしましょう。

机上の空論という言葉を聞いたことはあっても、実際の生活の中では気軽に使うことができるような言葉ではありませんから、突き詰めて考えてみると意味が分からなくなってしまうという方もいるかもしれませんね。

机上の空論という言葉を知っていなければ、その言葉について深く考えてみることもできません。

まずは「机上の空論」についての基礎知識を身に着けるようにしましょう。

ことわざの1つ


 机上の空論という言葉は、ことわざの一つです。

そのため、多くの人が知っている言葉なのではないでしょうか。

ちょっとした場面で使うことができると、恰好が良くなるので、間違えずに使いたい言葉の一つですね。

間違って使ってしまうと笑われてしまうくらいに有名な言葉ですから、意味をしっかりと頭に入れておくようにしましょう。

特に、反対の意味で使ってしまっては会話が成り立たないというようなこともありますし、嫌味が褒め言葉に聞こえてしまうような恥ずかしい事態になることもあります。

意味が不安な方はことわざ辞典などでしっかりと勉強をしておくようにしましょう。

机上の空論の意味

 まずは机上の空論の意味について見てみることにしましょう。

そもそも机上の空論とはどのような時に使われる、どのような意味の言葉なのでしょうか。

頭の中だけで考えられた、実際には役立たない議論や計画のたとえ


 「机上の空論」という言葉の大きな意味としては、まずは「頭の中で作られて実際には役に立たない議論や計画の例え」というものがあります。

自分の頭の中だけで色々なことを考えて計画するといういうことはよくあるでしょう。

自分の頭の中にあるうちには、それが完ぺきな藻のように思えて、色々なところで使うことができると思われるかもしれません。

また、立てた計画が最高だというように感じるかもしれませんね。

ですが、往々にしてよくあることですが、それが全く役に立たないという事態が発生したとします。

そのときには、頭の中で考えた完璧だったはずの計画は「机上の空論」ということになってしまうのです。

つまり、全く役に立たないものであったということですね。

見た目だけでは完璧で最高のものかもしれませんが、実際に中身は分からないというような場合に使われます。

役に立たないというのは行動レベルの話であって、実際には良くできているように思われる計画だというところが「机上の空論」の特徴です。

明らかにダメそうな計画であって、実際に本人もそれが「ダメだ」ということを分かっている場合には、「机上の空論」とは呼ばれません。

その場合にはただ単に「ダメな計画」ということになります。

実際には役に立たない理論

 「机上の空論」は、頭の中だけで考えた役に立たない計画という意味以外にも他の意味があります。

それが「実際には役に立たない理論」というものです。

自分の中にあるだけではなく、すでに発表されていることであったとしても「机上の空論」であるというものが少なくありません。

また、自分一人だけではなく、大勢で考えた「机上の空論」もあるかもしれませんね。

机上の空論は、実際に自分だけで迷惑を被るというものだけではなく、周囲の人に指摘されて初めて机上の空論だということに気づくというものがあります。

特に、職場などでは、現場の声を無視した、見た目だけは綺麗な方策に反発が出ることもあるでしょう。

この場合に、見た目だけが綺麗な方策のことを「机上の空論」と呼ぶのです。

実際には何の役にも立たない理論であり、それを全く分かっていないという上の人間もいるでしょう。

机上の空論を立てた人間が、それを自覚しないというパターンもあるのです。

どちらにしても、役に立たない理論の場合には机上の空論と呼ばれます。

机上の空論の由来

 机上の空論という言葉の意味を理解できたところで、机上の空論という言葉の意味の由来を見てみることにしましょう。

どのようなところから机上の空論という言葉ができたのでしょうか。

由来を知っておけば、意味を忘れなくて済むようになるかもしれませんね。

机の上で立てただけの空しい理論ということから

 机上の空論という言葉は、読んで字のごとくの意味をしています。

まずは「机上」ですが、これは「机の上」という意味になります。

皆様は、机に向かっている人間というと、どのような人のことを思い浮かべるでしょうか。

例えば、学生なら「勉強熱心」「がり勉」というイメージになるでしょう。

社会人の方は「デスクワークの人」という意味になるかもしれませんね。

どちらにしても共通しているのは、実際に現場には出ていないということです。

頭を動かしているところが主な仕事なので、実際に自分の身体で理論を試してみることなく、とにかく頭を働かせている印象になりますよね。

その状態の人が「空論」を立てるのです。

空論というのは、これも読んで字のごとく、空しい論理という意味です。

全く意味がないという意味にもなりますね。

机の上で頭を使っているだけの空しい理論、ということは、要するに、現場に出てしまえば全く役に立たないということになりますね。

机上の空論に似た言葉

 机上の空論にはどのような似た言葉があるのでしょうか。

類語を知っておけば、文章などを作るときに「机上の空論」を連呼しなくてもよくなるでしょう。

ただし、類語を使う場合には、微妙に意味が異なるということもありますから、しっかりとそれぞれの意味のニュアンスを覚えて、間違えないように適切な言葉を選ぶようにしてくださいね。

絵に描いた餅

 「絵に描いた餅」という言葉も、意味がないものということになりますね。

絵にかいてある餅はどれだけおいしそうだったとしても、それを食べることはできません。

おいしそうだと思っていたとしても、それは全く意味がないのです。

これは机上の空論と同じ意味だと思ってよいでしょう。

ただし、ここで重要になるのは、絵に描いた餅が他にも「現実化できそうにない理想」という意味になるということです。

机上の空論が、役に立たない理論というようなマイナスイメージばかりの言葉を持っているのに対して、同じマイナスイメージでありながら、「絵に描いた餅」は、どこか羨望のようなものを感じるのが違いです。

取らぬ狸の皮算用

 「捕らぬ狸の皮算用」も、最終的には意味がないものの例えですね。

まだ捕まえていない狸で作るご飯や、服、そこから入ってくるお金の計算をしても意味がないというようなことが由来になっています。

確かに「意味がない」ことには違いがないのですが、机上の空論とは少し違うところがあります。

それは「捕らぬ狸の皮算用」は、実際にはまだ手に入っていないあるものにたいして、そこから得られる利益について考えるということになるのです。

例えば、「宝くじが当たったら家を買って……」というようなものがそれに当たります。

それに対して机上の空論は「宝くじが当たる絶対的な方法は……」というものになります。

どちらも意味がないものでありながら、少しニュアンスが違うことを分かっていただけたでしょうか。

畳の上の水練

 「畳の上の水練」は、上述の二つに比べるとあまり聞かない言葉なのではないでしょうか。

こちらに関しては、知っていてもできるわけではないという意味になります。

要するに、「知識を持っていても意味がない」ということになりますね。

どれだけ泳ぐための練習方法を知っていたとしても、畳の上の練習では、実際に水に入ったときには意味がないということが由来となります。

ここで机上の空論と違うのは、畳の上の水練が「方法は知っている」ということです。

知識はあるけれど、実際に実行してみたことがないという意味なのです。

それに対して、机上の空論というのは、実際に水に入ってもいないのに「水泳の練習方法」について思いを巡らせて、頭の中だけで結論を出すことを言いますね。

砂上の楼閣

 「砂上の楼閣」という言葉もあります。

砂上の楼閣は「魅力的で偉大なものに見えていたとしても、実際は弱くて脆いものであった」という意味になります。

机上の空論と似ているところがあるとすれば、それは「実行できない」ということですね。

砂の上に立派な建物を建てようとする計画そのものが実行不可能なものである、つまりは意味がないということになります。

ただし、こちらと「机上の空論」と違うところは、「砂上の楼閣」の場合には、実際に成立しているものに対する弱さ、または計画が実現できないというものを言うのであって、机上の空論のように詳しい方法論的なところに主眼を置いているわけではありません。

紙上に兵を談ず

 「紙上に兵を談ず」というのは、今までの中では一番机上の空論に近い言葉かもしれませんね。

髪の上でだけで兵隊を動かしてみたとしても、実際に銭湯の場に行っているものでなければ有効な策を練ることができないということが言えます。

髪の上だけでの戦争ごっこをしていたところで、それで勝つことはできません。

実際の先頭の場を見なければ状況が分からないというところなどは、机上の空論とほぼ同じ意味だと言えるのではないでしょうか。

理想論

 理想論という言葉も机上の空論に近い意味を持っているかもしれませんね。

理想ばかりを語っていたとしても、それが実際に使えるものになるかどうかは分からないという意味になります。

机上の空論というのは、ある意味ではとても理想論に近いところがあるでしょう。

頭の中で考えているときには、理想ばかりを詰め込んでしまって、その理想に沿ったことしか考えられないのです。

現実世界は厳しいということを練り込んで考えられる人はあまりいません。

自分に有利なようにばかり考えてしまうので、そうしたところを考えると、机上の空論は理想論と言われてしまっても仕方ありませんね。

夢物語

 理想論と同じような意味として、夢物語と言われることもあるでしょう。

夢物語は、理想論と言われるよりもきついかもしれません。

自分の理想ですらなく、夢のような話だと言われてしまうということです。

夢物語と言われるよりは、机上の空論と言われる方がマシかもしれません。

机上の空論と胃言葉との違いは、それが「理論」であることを認めてもらっているか否かというところにありますね。

おとぎ話

 おとぎ話というのも、夢物語と同じようなインパクトを持っていますね。

もう既に、しっかりと下理論だと思ってもらえてはいないということになるのです。

机上の空論よりも痛切に批判されているのだと思った方が良いでしょう。

️机上の空論はわりと意味がない9個の理由

 机上の空論が意味のないことだと言われるのはどうしてなのでしょうか。

机上の空論自体の意味は、やっても意味がないと言われていますが、考えることは大切なことだと思えますよね。

机上の空論さえも作ることができなければ、なかなか冷静に行動することができないのに、と思ってしまう方もいるのではないでしょうか。

机上の空論が現実的にも意味がないと言われてしまう9個の原因について見てみることにしましょう。

これを知ると、頭で考えてばかりで花駄目なのだということがはっきりとわかるのではないでしょうか。

やってみないとわからないから

 机上の空論が「意味のないもの」だと言われてしまう一番の理由としては、何よりも、やってみないと分からないことが人生にはとても多いということがあるでしょう。

机上の空論は、所詮はシミュレーションにすぎません。

シミュレーションの中では自分の想像力を使って理論的に行動しようとしますが、実際にその通りの行動をできるかどうかというのは、その場になってみなければわかりません。

自分の行動や他人の行動というのは諮り切れないところもあるために、どれだけ計算したとしても、そこに計算ミスが生まれる可能性は十分にあるのです。

やってみないと分からないことが多い中では、実際にはやってみたことがない机上の空論が意味のないものと言われてしまっても仕方ありませんね。

やってみないと分からないことばかりの人生の中では、机上の空論と言われてしまうような頭の中だけでの理論は意味がありません。

最も、コンピューターの中だけで行われるプログラミングや計算というのは、その場にならないと分からないという要素は随分少ないように思えます。

そのため、人間的な生活の中での「机上の空論」よりも、事前に頭の中だけで想定する「論理」は意味がないと言われる可能性が低いのではないでしょうか。

情報が制約されるから

 情報が制約されるから、机上の空論は意味がないという理由もありますね。

机上の空論というのは所詮は自分の中のシミュレーションを論理的に行っているにすぎません。

つまり、自分の想像力に頼っているということになります。

自分の想像力に頼っているということは、自分が想像できる範囲でしか理論を立ち上げることができません。

つまり、自分の想像力に頼って、自分の中にあるものだけで理論を立ち上げてしまうということなのです。

そのままに現実世界の中で実行してみようとすると、実際には自分の想像外のことも起きるでしょう。

シミュレーションをあまりに完璧に行っていたために、その想像に縛られて、大事な情報を見落としてしまう可能性もあります。

情報量が制約されている中で作った理論は役に立ちませんし、その理論に縛られていることで、現実世界の中で情報が制約されてしまうのなら、さらに失敗することが多くなってしまうでしょう。

だからこそ、机上の空論は意味がないと言われてしまうのです。

見落としやミスが多くなるから

 机上の空論で思い浮かべていたものは、実行したときには失敗してしまうことが多くなります。

それは、論理が間違っていたからというだけではなく、論理的に考えて答えを出していたからこそ、見落としやミスが多くなるという側面もあるのです。

それが完璧だと思い込んでいるものを行っているときには、失敗する可能性も考えずに突き進んでしまいます。

本当に成功するかどうかわからないような場合には、できる限り失敗しないように動くことが出居ますが、机上の空論を持っているときには話が違います。

その論理で実行すれば失敗しないと思っているために、本当は見落としてはいけなかったものを見落としてしまったり、ミスしてはいけない場面でミスをすることになるのです。

いわば、失敗しないためのセオリーを持っていることで、逆に失敗してしまうということですね。

セオリーが経験値によるものであれば、それを頼りにすることができますが、何の経験もなくただ理論的に考えるだけで出したセオリーは、見落としやミスを誘発することとなるのです。

これでは、机上の空論など持たない方がマシなように思えますよね。

全てが想像・予想でしかないから

 机上の空論は、全てが想像と予想でしかありません。

もちろん、机上の空論を立てている段階では、かなり論理的になっていることには違いがないでしょう。

自分の知っている知識や、論理を利用して物事を予測することでシミュレーションを行い、その中で一番良いものを探し出したのが「机上の空論」です。

ですが、それらは全て、想像と予想でしかありません。

実際にその現場を見たことがあるわけではないので、どのようなことが起こるのか、突発的な出来事までは予想することができません。

全てが予想でしかない机上の空論の場合には、「ただの予想」と違うのは、その確信度だけでしょう。

予想を基に全て行い、それに縛られているせいで柔軟性を失っているのような状態では、机上の空論がむしろ邪魔な状態になっていると言わざるを得ませんよね。

実際の状況を知らずして問題は見えないから

 机上の空論の場合には、実際の状況を全く見ることなく論理的に考えることがあります。

まさに机の上だけで考えているということになりますね。

よく、警察関係のドラマで「現場を知らずに無理ばかり言う!」と文句を言っているところを見かけませんか?机上の空論はまさにその状態にあります。

現場の声、つまりは実際の状況を知らない状態では、どれだけ良い予想を立てることもできますし、自分の思い通りに進むと思ってしまいがちになるのです。

ところが、実際の状況を知らないような状態では、問題は見えてきません。

実際にはできないことも、理論的にできるから大丈夫だと思い込んでいる人はたくさんいます。

そうした人が考えているのは、実際の場で役に立つ理論ではなくて、机上の空論ということになってしまいますね。

問題点も見えないような状態では、正しい道を見つけることなどできないはずです。

数字やデータだけではわからないこともあるから

 机上の空論を立てているような場合には、目の前にあるのは自分の思考だけです。

つまり、机に座ってデータや想像から状況を考えてみるしかない状態だと言うことができるでしょう。

数字やデータを並べている状態では、人間的な動きを見ることはできません。

稀に、数字の動きだけできちんと実態を知ることができる人もいますが、そうした人の才能は常人がマネできるようなものではありません。

数字やデータだけですべてを把握しようとしていると、机上の空論となって、実態にはそぐわないような理論を立ててしまいがちになります。

そのような状態では、自分にとって良い理論を作ることもできませんし、まして他の人に役立つものを作ることができるはずなどありません。

逆に、何も分かっていない人という扱いをされてしまうのではないでしょうか。

人間がすることを数字やデータだけで見ようとしたところで無理があるのは、人の心を他人が読むことができない以上は当たり前の話なのです。

視野が狭く偏りがちになるから

 机上の空論は、全てを理論詰めにする必要があります。

理論的に何かを考えたうえで良いものを作ろうという視点は悪くありません。

ですが、机上の空論の場合には、実態をしっかりと見ていないという欠点があります。

基本的には自分の予想に基づいた理論しか作ることができませんし、それを裏付けるものは、人間的な響きのないデータや数字だけとなってしまいます。

もしくは、一般化された理論を使って何かを為そうとするわけですが、そもそも、人間は一般化されたものから外れることも良くありますよね。

それなのに、そう言ったことを考えずに、自分の手持ちのカードの中だけで理論を組み立てようとするので、自然と視野は狭くなってしまいますし、考え方も偏りがちになってしまいます。

公平に見ようとしていても、どうしても視野が狭くなってしまうのは仕方ありません。

人間は知らないことを予想するのは難しいのです。

ですが、だからこそ、しっかりと広い視点を持てるような場所で、実際に自分でそれを行って、その物事について知ることが大切なのです。

考えているだけでは、自分の閉じた世界の中で完結した答えしか出るはずがありません。

現場の反感を買うから

 現場の反感を買うというのは、机上の空論のとても弱いところですね。

例え「空論」
ではなかったとしても、反感を買ってしまうのはよくあることでしょう。

机の上だけで作った理論が嫌がられてしまうのは、実際にその場を体験した人間にしか分からない空気感を理解していないからです。

また、現場を体験している人間は、よりいっそう、「体験してみなければ分からない」という気持ちを大きく持っています。

だからこそ、何も知らずに作った理論には反発したくなってしまうものなのです。

例え、それが「空論ではない理論」であったとしても、そうした気持ちからの反発から逃れることはできません。

まして、それが「机上の空論」であったような場合には、反発を買うのは当たり前だと言えるでしょう。

自己満足でしかないから

 机上の空論は、自己満足でしかないと考える人もいるでしょう。

机上の空論は、現場では全く役に立たないことである可能性がとても高いものです。

現場にしてみれば、そんな理論をかざされたところで、何の役にも立たないので取り敢えず無視をしたくなるようなものかもしれません。

ですが、現場をまとめている人間は、自分が何かをしていることを知りたくて机上の空論を立てるのです。

例え、それが真摯な気持ちから来たものであったとしても、役に立たない理論を唱えている姿は「自己満足」のようにしか見えないでしょう。

自分ではとても良いことをしたように思えていたとしても、それが実際にはベストなものではない可能性が高いので、取り敢えず頭を使って立ててみただけのそれを喜ばなければいけない理由が分からないという人もいるのではないでしょうか。

確かに、役に立たないものを前に出されても全く心に響きませんから、ただの自己満足であるように見られてしまっても無理はないでしょう。

️でも議論や考えることは必須

 机上の空論が役に立たないものであるということは理解できたのではないでしょうか。

机上の空論を持っているだけで、何もかもできるような気分になっているようではいけないのです。

ところが、議論や考えることが全くの無駄であるかと言われると話は違うでしょう。

机上の空論は何もせずに自分の手持ちのデータだけで論理を組み立てるようなことを言います。

確かに、このような状態で考えてばかりいるようでは、机上の空論と言われてしまっても仕方ありませんね。

ただし、考えることが無駄になるわけではありません。

むしろ何も考えずに行動ばかりしているようでは、脳みそが筋肉でできていると言われてしまっても仕方ありませんよね。

しっかりと考える能力を持っている人の方が賢い行動をできますから、現場に出たときにも無駄なく動けることは間違いないでしょう。

また、失敗やミスも減るはずです。

頭を使って理論的に行動するのが駄目だというわけではなく、ただやみくもに「頭だけ」を使って行動するのがいけないということなのです。

全ての議論や考えが無駄になるというわけではありません。

机上の空論という言葉が「考えることが全くの無駄である」という意味ではないことは、しっかりと頭に置いておくようにしましょう。

むしろ、現場に出ているときであっても、しっかりと考えていないとダメなことの方が多いのではないでしょうか。

そこだけでは終わらせないことが大切

 机上の空論と呼ばれないためには、頭の中だけで完結しない努力が大切です。

机上の空論と言わそしてしまうのは、頭の中で想像したことだけで論理を完成させてしまっているために、実行能力がない、現場に出たときに役に立たないからです。

現場でしっかりと役に立つような論理を作ることができるのなら、「机上」で作られたことは間違いがなくても、「空論」とは呼ばれないでしょう。

もちろん、そうして頭の中で考えた理論を嫌う人もいますが、それが役に立っているのなら問題はありません。

自分の頭やデータを利用して論理を組み立てることは悪いことではないですし、頭を使うのはむしろ良いことです。

ですが、そこだけで完結しないようにしましょう。

作った理論をしっかりと自分の身体で体験してみる、そして、自分の作った論理に間違いがあるのなら素直に直す。

このような態度で現場に接するだけで「机上の空論」は「実際に使えるアイデア」に変わります。

そこまで進めてしまえば、机上の空論と呼ばれることもなくなりますし、使えないやつだと思われることもなくなるでしょう。

必ず、論理的な頭の中だけのイメージから一歩進んだところまで行ってみるようにすれば良いのではないでしょうか。

️机上の空論だけでは何も進歩しない

 いかがでしたか?
 机上の空論が役に立たないと言われている理由を理解することができたのではないでしょうか。

机上の空論と言われると、つい頭に来てしまうこともあるでしょう。

作ってみた本人にしてみれば、きちんと考えて、できる限り失敗がないことを考えているはずなのです。

ですが、それが役に立たないのは、現場に即していないからでしょう。

しっかりと現場に即した考え方をすることができれば、机上の空論であると揶揄されることもなくなります。

そもそも、現場には色々、論理的な行動を歪める要因があるのです。

それは、現場に出なければ知ることができないようなものも多くあるでしょう。

机上の空論を持っているだけでは、本当に必要なものが理解されることもありません。

また、ミスを連発する原因にもなってしまいますし、失敗なくやろうと思っていたその行動が、逆に失敗を引き起こす可能性もあるのです。

自分の中で作ってしまった理論は完璧なように思えてそれに固執してしまう気持ちは分かります。

ですが、固執していると机上の空論になってしまう可能性が高いので、そこから勇気をもって踏み出すようにして見ましょう。

頭の中にあるものが「机上の空論」のままでは何も進歩することができません。

机上の空論から一歩踏み出した進化を得るためには、まずは自分の身体で現場の空気を感じ取って、自分の中にある情報を増やすのが一番なのではないでしょうか。