「宿命」という言葉、よく聞きますよね。

古い作品で恐縮ですが昭和を代表したスポ魂アニメの決定版「巨人の星」。

この作中で主人公の星飛馬とライバルの花形満は「宿命のライバル」と表されていました。

宿命というのはそんなに重く熱いものなのでしょうか?あるいはこの2人の関係って「運命」ではなかったのでしょうか?当時の子供の頭では考えれば考えるほど分からなくなって放置していたのを段々と思いだしてきましたね。

では、「宿命」というのは実際、どういう意味でどういった場面やケースで使われるのでしょうか?じっくりと見ていきましょう。

子供時代の疑問をこの歳になってようやく解決する時を迎えそうです。

️宿命ってどういうもの?

それではまず「宿命」とはどういった事を意味するのか、から紹介して参ります。

同時に、ややこしい「運命」との違いについても紹介していきましょう。

宿命の意味

まずは「宿命」についての意味からです。

前世から定まっている運命


「宿命」とは、自分自身が生まれてくる前から定まってしまっているものをいいます。

要するに自分の努力、工夫だけではどうしようもない事を指すわけです。

簡単に申しますと、男として生まれた事は宿命です。

本人の努力がどうあろうと変えようはありません。

反対に女性として生まれた事も「宿命」です。

本人が生まれる前に自らの意思でもって自由に決められない事柄です。

宿命はこのように自分が生まれる前世の時から定まっていたある種の運命ともいえるのです。

避けることも変えることもできない運命的なもの

このように「宿命」とは、自分の意思では避ける事も変える事も出来ない決定的なもの、という言い方が当てはまっているでしょう。

実際問題、男女の性を自らの意思で選択する事は出来ません。

生まれた国を選択する事もできません。

両親を選ぶこともできません。

これらは皆「宿命」のなす行いです。

もし仮にあなたがお母さんの胎内にいる時に既に意思を持っていて、母親とテレパシーのような会話を行えるのであったなら、そして自分の雌雄を自分で決める事が可能だったならその行いは「運命」となるでしょう。

しかし、現実問題そのような行為はまずありえません。

あり得ない行為は一切合切、「宿命」という表現でみていいでしょう。

宿る命と書いて宿命


宿命は「宿る命」と書きます。

あなたがこの世に生を受ける前からあなたに宿った者たちです。

性別、生まれた国、生まれた年、産んでくれた両親。

皆、あなたが生まれるために広い宇宙のどこかで偶然の軌跡が繋がり合って誕生したものです。

ですからそこには一切の作為的なものもなければ意図的に作り出された、という事もありません。

全て偶然の賜物ばかりなのです。

あなたに降りかかる宿命がもし違った形で発動したなら、あなたは日本以外の国で生まれたかも分かりません。

いえ、もしかしたら人間ではなく他の生き物として生まれたかも分かりません。

人間に生まれたとしても戦火の絶えない貧しい国に生まれたかも分かりません。

だから、宿命は一種、呪われた部分があるのかも分かりませんね。

つまり宿命とは

つまりのところ、宿命と自分の力、能力では当にもできない事、という事になってしまいます。

だからもう変えようもない宿命を、今更呪ったり、恨んだりしてもどうし酔いもないといえます。

だから、後天的に、努力さえすれば自分の人生をいい方向に変えられるかもしれない「運命」というものが別に用意されているのかもしれませんね。

そういう意味では、人間は産まれた時から宿命の元に生きなければならない部分と、自身の努力によって大きく人生を左右させられる別の意味での宿命を持っているのかも分かりませんね。

️運命と宿命の違い

では次に、宿命と運命の違いについてみていく事に致しましょう。

宿命と運命。

非常にややこしいこの2つの言葉。

ここで両者の違いを明らかにしてしまいましょう。

運命の意味

では運命についてその意味をみていきますね。

人間の意志にかかわらず、身にめぐって来る幸福や不幸

そもそもの運命の意味は「運ぶ命」という事で、人間の意思に関わらず、身に巡ってくる幸福や不幸をあらいざらい大きく見て表現した言い方です。

そして、宿命と大きく違う点は、宿命が生まれる前から決定づけられていたものなのに対して、運命は「生まれてから起こってくる数々の出来事」という事になってきます。

とりあえず、この説明はまた後程じっくりとすることにしまして、「運命」とはこれから生きていく自分の時間軸の上においてやってくる様々な幸不幸の総称とでも思っていただいたらいいでしょう。

めぐり合わせ

運命のもう一つの意味としては「めぐり合わせ」といった意味合いにも取れるでしょう。

めぐり合わせ、つまりいい事や悪い事の繰り返しや連続、あるいはシャッフル的な起こり方といったらいいでしょうか。

人間はどういう訳か、縁起を気にするというかゲンを担いだ利したがる生き物です。

これは自分の身の上に起こってくる運のいい事や悪い事を、自らの意思ではコントロールできないからでしょう。

例えば、普段通りに通勤していても不慮の電車の事故によりダイヤが乱れて会社に遅れそうになったりすることがあります。

こういった場合、何という運命のいたずらだ、とお嘆きになる方も多いでしょう。

このようにどうしても避けられない良くない運というのは往々にしてあるものです。

運命という解釈はこのような運気のめぐり合わせの事も意味しているのです。

運命は生まれた後に決まるもの

運命の意味の2つ目は「運命は生まれた後に決まるもの」という事です。

少し前に触れた事ですが、ここでじっくりとみていく事にしましょう。

運命は生前に決まるような事(生まれた国、性別、両親、時代など)に関しては全く関わってこないものです。

あくまであなたがこの世に生まれたから起きる数々の出来事に対して、が対象になってきます。

例えば、ある人との出会いについても、「あの人との出会いは運命的だ」といいますが「あの人との出会いは宿命的だ」という言い方はしない、という事です。

この辺りが日本語の分かりにくいところかも分かりませんが、言葉の根本的な意味を知っていれば間違った使い方にはならないと思います。

運命は生まれた後の事を指す。

こう頭にこびりつけて覚えておきましょうね。

宿命は生まれる前から決まっているもの

一方の「宿命」はあなたがこの世に生を受ける前の段階の事を指しています。

つまり生まれる前から決まっていたもの、という解釈になってきます。

生前のあなたの力で生まれる両親を選べたでしょうか?生まれた国を選べたでしょうか?生まれた時代を選べたでしょうか?もしくは生まれた家がお金持ちの家を選べたでしょうか?全て出来ませんよね。

宿命はあなたの能力、力をもってしても生まれる前の事を指していますからどうしようもありません。

書いて字の如く「宿る命」とはよくいったものです。

あなたに宿った命は別の次元で見たら「神様が与えてくれたもの」かも分かりません。

もしかしたらこの世に生を受けることすら出来なかったかも分かりませんからね。

そう思えばこの世に「オギャー」と生まれてこられただけでも「宿命」というものに感謝すべききなのでしょう。

いえ、感謝する気持ちがあるからこそ、その後の人生における「運命」を切り開く事が出来るのですよ。

運命は避けられるもの

運命は「避けられるもの」として認識すればいいでしょう。

「そんなことはない、世の中の森羅万象に関わる事は皆、運命だ。だから変えようがない!」とお思いの方も大勢いらっしゃるかもしれませんね。

まあ、そんなに切り詰めて考えなくてもいいとは思います。

確かに自分の意思とは裏腹の結果になったり転んだりする出来事は多いものです。

よって自分の身の上に起こる様々な災害はすべて運命のせいだ、と考えてしまう事もあながち間違っているとも言い切れないかもしれません。

しかし、しかしですよ。

それは本当に強く深く念じたり願ったりすることを果たして行ったかどうか、という事にも関わってきそうですね。

運命を切り開くには確かに生半可な願いや努力ではそうやすやすとは変わりません。

例えば高校や大学への受験です。

一夜漬けやその時だけの猛勉強で世にいうところの難関校に合格できるでしょうか?いいえ、決してそんな事はないですよね。

難関校に合格しようと思えば1年以上前から猛勉強をやっていかないととても合格という運命は切り開けません。

運命を変えるにはそれくらいの努力が必要となってくるわけです。

だから世の人達が運命を言い訳にして自分の人生を悲観するのは、やはり間違った考え方なのですよね。

運命は避けようと思えば避けられます。

但し、その為の準備と努力は生半可ではありません。

しかし、やり遂げられれば切り開くことは可能です。

それが運命というものなのです。

宿命は避けられないもの

運命と違って自分の努力や頑張りでもどうしようもなく避けられないもの、それが「宿命」です。

何度も申し上げますように、宿命はあなたがこの世に生を受ける前の段階においての出来事です。

あなたがこの2017年に生まれてきたのは宿命です。

もしかしたら西暦1000年の誕生だったかもしれません。

あるいはもっと先、今から100年後があなたの誕生するべき年になっているかも分かりません。

このように自分が生まれてくること事態も分からないのに生まれる年月や国、親、家柄などを自分の意思や能力によって指定することなどできっこないですよね。

よって運命は避ける事が出来ても宿命は避けられない、という論理が成り立つのです。

第一、自分が生命を授かる前の時間をどうやってコントロールすることが出来るでしょう。

宿命とは人間が甘んじて受け入れなければならない、生きていく上での自分自身の身分証明書のようなものだと思いますよ。

運命は変えられるもの

一方の運命、これは自らの意思次第で変えることは可能です。

但し、「避けられる」のところでも申しましたが、運命を切り開いて変えていくには並大抵の努力ではいけません。

それこそ血のにじむような努力を行って、それでも叶うか叶わないは時の運に身を委ねるしかない、というくらいのレベルです。

確かに運命と呼ばれるほどのものがちょっと努力したくらいでコロコロ変わっていたら運命の箔に傷がついてしまいます。

それほど運命とは重く長く、一度決まったら梃子でも動かぬほど頑強なものなのです。

しかし、運命はあなたの努力の真剣度、必死度によって変える事が可能なのです。

それは本当に血のにじむような努力を行った人だけが掴み取る事の出来るご褒美のようなものでしょう。

ちょっと古い話の1例になりますが、大相撲の昭和の大横綱「ウルフ」と呼ばれた「千代の富士」関。

彼は、小兵でおまけに脱臼癖があり入幕してからも勝ったり負けたりの繰り返しでした。

しかし、一念発起した彼は煙草をやめ腕立て伏せを1日500回やって脱臼癖を克服し相撲内容をがらりと変えてそこから猛進撃出来るようになりました。

その後の彼の大活躍ぶりは誰もが知っている事実です。

もし、あの苦しい猛げいこを行っていなかったらきっと彼の人生は違ったコースを辿っていったことでしょう。

まさしく、彼自身の手のよって運命を変えた、と言っていい見事なお手本だと思います。

運命は変えることができるものです。

諦めずに苦しい試練を乗り越える事が出来た時、初めて訪れてくれるのです。

宿命は変えられないもの

運命については自らの強固な意志と努力があれば、自分が望むような方向に変える事も可能でしたが、「宿命」はそういうわけにはいきません。

本人がどう頑張って変えようと思っても変える事はできません。

何故ならば、その時あなたはまだ生まれていないからです。

この世に誕生していないのにご自身の意思と努力をどれだけ使おうと思ってもそこには「無理」がありますよね。

よって例え今現在のあなたが誰にも負けない不屈の闘志と誰よりも勝る優れた行動力を持っていたとしても、どうすることもできないのです。

もし、母親の胎内にいる状態の時にそのような行為を行えるとしたら、まさに神のみが行い得る行為でしょう。

このように人間の力が全く及ばない世界、それが「宿命」と呼ばれる世界なのですよ。

宿命はただ受け入れるしかない

よって私たち人間は、宿命というものをただ受け入れるしか方法がないのです。

これは今の人類だけが遭遇している問題ではありません。

人間がこの地上に現れてから今日に至るまで延々と繰り返し問答されたであろうテーマなのです。

いかなる哲学者をもってしても宿命から逃げることは出来ませんし、自己の都合のいいように変えてしまう事もできないのです。

しかし、だからこそ人間はその後の活躍によって様々な発見をし、発明を繰り返して今日の繁栄を掴んだともいえるのです。

宿命という逆境を逆手にとって状況を好転させる。

人間のみが備わった優れた「大脳」を駆使して私たちは多くの生存競争に生き延びて今日があるのでしょう。

️宿命の具体的な例

それでは次からは、宿命に関しての具体的な例を挙げていきましょう。

これでややこしかった宿命についての定義づけが大きくわかりやすくなるのでは、と思いますよ。

全部で10個、紹介しますね。

性別

宿命の具体例の1つ目は「性別」です。

宿命はあなたが生まれる以前に決められてしまっているものです。

その代表的なものの一つがこの「性別」です。

性を生まれてから自分の意思で入れ替えることはできません。

全くもって不可能です。

もしこの荒業が自由にできるようになってしまったら、つまり雌雄移動とでも言うものでしょうか。

それができるようになってしまったら、私たち人類にとったらどのような未来が待っているのでしょうね。

そもそも生き物も高等生物になればなるほど雌雄の別は歴然と、しかも人工的に入れ替えてしまうこと自体も全く不可能な事態となってしまいます。

中には雌雄混合の種や気温の高低によって誕生する種もあることはあるようです。

しかしそのような生物は爬虫類や両生類といったものに限定されてくるようです。

鳥類や哺乳類でそのような特徴を持つ種は現在のところ確認されていないようです。

性別をハッキリと区別させて誕生させるという事は、それが種の保存として最も相応しい繁殖方法だからでしょう。

だから人類の歴史も今日まで脈々と続いてきたのだと思います。

ところが最近はテレビでもよく見かけますが「おねえキャラ」なる種族も多数、出てきてますね。

まあ個人の見解はここでは詳しく申し上げませんが、少なくとも種の保存の大前提を壊してしまう行為には他ならないでしょう。

ただ、性同一性障害のような難しい問題も起こっている関係上、むやみにあっちが悪い、こっちが悪いとも言い切れません。

人間が全生物の中の最高の高等生物である以上、例え宿命の元とはいえ「性」の問題は簡単に処理できないデリケートな問題である事は今後の大きな課題となってくるのでしょう。

兄弟のポジション

宿命の具体例の2つ目は「兄弟のポジション」です。

そうです、兄弟というものは絶対です。

仮に双子で生まれたとしても最初に取り上げられた赤ちゃんがお兄さんになります。

これがただの偶然と言ってしまえばそれまでかも知れません。

しかし、もしかしたらその順番が違っていたらその後の人生に大きな運命が待ち構えていたかも知れないのです。

と、言う言い回しは昭和の名ドラマ「大映ドラマシリーズ」を連想させてしまいますね。

山口百恵主演の「赤い」シリーズや伊藤舞子さんが出演した多くの作品中で頻繁に「運命の…」と言ったセリフが使われてきたあのドラマです。

とにかく兄弟間の感情や血肉を分けた骨肉の恨み合いなどはドラマのモチーフとしてはもてこいの題材でしょうね。

勿論、世間の多くの双子の方たちがいがみ合っている訳ではりません。

現実は反対でお互い助け合って仲がいいのが定説です。

ただ、兄弟間の順番だけは変えようがありません。

脚本家はそういったところにドラマ性を見出してストーリーを紡ぐのでしょうね。

兄弟のポジションは生まれてから死ぬまで変わる事はありません。

第一、事あるごとに順番が入れ替わったら、戸籍の届け出もいちいち変わってややこしいったらありゃしないでしょうね。

生まれた家族

宿命の具体例の3つ目は「生まれた家族」です。

そうです、これも決定的な宿命の一つです。

例え子供の頃に仲のいい友達の家の子として生まれたかった、と願っても叶いません。

仮に自分の家の父親がどうしようもないばくち打ちで酒癖も非常に悪いどうしようもない人物だったとしても、これも変えようがありません。

全てこれらは宿命のなせる業で世の中が回ります。

自分の力はどうしようもありません。

だからこそ、自身が世の中に出る年代になったなら、そんな親の姿を反面教師にして頑張りましょう。

これが宿命を運命に切り替える手段の一つなのかも分かりませんよ。

まあ、とやかく言っても、例えどんな家族の元であっても自分の血を分けた肉親である事に変わりはありません。

あなたが成人した時に、あるいは結婚して家族を持った時に自分の両親に対して感謝の気持ちを持てていたならば、あなたはいい意味で運命を切り開いたと言えるのではないでしょうか?

生まれた国

宿命の具体例の4つ目は「生まれた国」です。

自分の祖国を変えることは、これも出来ません。

仮にその後の生きざまにおいて一切の自分の過去を消去し戸籍を作りかえたとしても自分の心の中に残る記憶までは完全に消し去る事は出来ません。

例えどのような国家だったとしても、そこが自分の生まれた国である事実はひっくり返しようのない事実なのです。

だから自分の祖国の事をとやかく言うと、全部自分のこれからの生きざまに現れてしまいます。

特に悪口や恨み言の類はよくありません。

自律神経が働いて、自分自身にその矛先が向いてしまいます。

愛国心を持て、とまでは言いませんが、少なくとも祖国はかけがえのないもの、というくらいの気持ちを持っておいた方が何かとその後のあなたの人生に良きことを向かせてくれる要因になると思いますよ。

容姿

宿命の具体例の5つ目は「容姿」です。

あなたの顔はこの広い世界においてただ一つのものです。

例え双子であっても、です。

あなたの顔は唯一無比の存在です。

容姿もそうです。

背の高さ、肩幅の広さ、足の長さ、女性ならばスリーサイズのプロポーション、どれをとっても生まれながらに親方もらったものです。

これらはすべて宿命の名の元に決まってしまっています。

こんなに世の中に人間がたくさんいても、ただの1人として同じ顔、同じ容姿の人間はいません。

本当に不思議なことですが、これが宿命のなせる業なのでしょう。

だからといって全身整形に走るような事はどうでしょうか?確かに容姿のいい子は得かもしれません。

しかし、それも宿命なのです。

容姿がいいからといって必ずしもハッピーエンドに終わらないのがこれまでの人間の歴史が証明していますからね。

容姿も宿命、と思えば気も楽になりませんか?

病気

宿命の具体例の6つ目は「病気」です。

実に残念で無念な宿命です。

出来ることならばそんな宿命はこの地球上から綺麗さっぱり失くしてしまいたいものです。

大体、誰が好き好んで「病気」を持って生まれてきたいでしょうか?

それが本当に深刻な思いをさせてしまうのは、生まれながらの病気が「不治の病」といったイメージで定着しているからです。

だからいくら宿命とはいえ、生まれながらの病気というのは敬遠したいのです。

ただ本当に悲しいかな、宿命的な病気には勝てません。

いくら医学が発達しても治しきれない病気は、まだまだ多い今の時代です。

早く、宿命の名の元の病気が根治される時代の到来する事がやってきてくれることを、待ち望みたいものです。

才能

宿命の具体例の7つ目は「才能」です。

「才能」人は違う呼び方で「天才」とも言います。

生まれながらにして備わった常軌を逸するくらいのレベルの技能を持つ人が確かに世の中にはいます。

まだ幼いうちからピアノやバイオリンの腕前が神がかっている子供やある特定分野に驚異的な能力を発揮する人がいます。

これらの人達はそれまでに特別に特訓を重ねて事がないのにその分野の事にかけては飛び抜けた素質を有しているのです。

まさに天が与えたもうた類まれな能力でしょう。

ただ、恵まれた才能もその後の努力や練習を怠れば「ただの人」になってしまう可能性もあり得ます。

才能は磨き続ける事を放棄すると年齢と共に一気にさび付いてしまうようですね。

だからこそ「努力」という言葉が生きてくるのでしょう。

人も羨む才能を持っている人も鍛錬をサボれば、才能のない平凡人の努力の前に敗れ去る事もあり得ます。

運命が宿命に勝てる少ない部分がこの「才能」の分野かもしれませんね。

職業

宿命の具体例の8つ目は「職業」です。

これは自分が生まれてきた時の両親の職業が大きくモノを言うでしょう。

もし仮に親の職業が総理大臣だったら、あなたの人生はある程度、進むべき道が定まってきてしまうかも知れません。

つまり政界への道です。

同じようにもしあなたの両親のどちらかが時代を代表するような大スターだったら、あなたの進むべき道はこれも既定路線の上になるかもしれません。

何せ大物スターの2世になってしまえば芸能界を含めて周囲がほっときませんからね。

このように生まれながらにして自分の親の職業が希少価値なものだった場合、ドジョウの子はドジョウ、というパターンンを踏むケースが少なくないようですね。

尤も、職業というのは本来、自身の力と能力で希望を叶えていくものです。

将来の夢を持ってそれの実現に向かって行ける時が運命の実現となるでしょう。

だから、職業を宿命づけられたもの、と考えるのはちと早計過ぎるというものでしょうね。

事故や災害

宿命の具体例の9つ目は「事故や災害」です。

事故や災害。

全く持って遭いたくないもののナンバーワンです。

しかもそれが命にかかわるくらいの大事故や深刻な災害のレベルだったら、尚更と言えるでしょう。

しかし、世の中には不思議な縁で事故や災害に見舞われてしまう方が多いのは事実です。

忘れもしない東北地方の大震災や阪神淡路の大震災も、その地域に住まいを持っていたから故の災害となってしまいました。

それは決して運命とは言い難いでしょう。

やはり宿命の成せる業だったのかもしれません。

もし、私たちに危険を予知できる能力が備わっていたらそのような被害には遭わずに済むはずでしょう。

しかし残念ながらそのような能力が身につく事はありません。

宿命という運命からは時として逃げおおせる事ができないのがこの世の悲しい条理なのです。

名前

宿命の具体例の10個目は「名前」です。

この名前のうちでも「苗字」の部分は本人の意思ではどうしようもありません。

戸籍上の名前の元、あなたの一生はその苗字が死ぬまで、いえ死んでからも残り続けるのです。

しかし、名前の部分は改名することは可能です。

ただ、その場合でもかなり正当化された理由づけが必要になります。

という事は今の名前が気に入らないから、という理由だけでむやみやたらに改名する事は簡単には出来ない、という事になります。

そういう事ですから、少々気に入らない名前だったとしても今の名前を愛しましょう。

そうする事によってあなたの運気はきっといい方向に向くはずです。

名前を否定する事は自分自身を否定しているのも同じ事。

ここは親からもらった名前をありがたく頂戴していた方が賢く生きられるのではないでしょうか?

️宿命は生まれながらにして背負うもの

如何だったでしょうか?宿命の具体例を10個、ご紹介致しました。

今回、ここで10個の宿命の使用例を紹介しました通り、宿命は生まれながらにして私たちが背負わなければならないもの、という定義づけが成されているということが分かりますね。

中には人によっては都合のいい宿命もあるかも分かりません。

反対に最悪のような宿命を背負わされる羽目にもなるかも分かりません。

いずれにしても、生まれながらにして背負わなければならないのなら、覚悟を決めて背負った方が気が楽かも分かりませんね。

宿命をも乗り越える力強さを持つ

最後になります。

だからこそ私たちは宿命を背負うと同時に、それを乗り越えていくくらいの気持ちの強さを一緒に持ちたいものなのです。

弱気はいけません。

どうせ宿命だからどうあがいてもどうしようもない、と気落ちしていたらあなたの人生、永遠にあがきっ放しの人生で終わるかも分かりません。

今の世の中を生きる人達のほぼ全てが何らかの宿命を背負っています。

なのに成功する人がどんどん出てきます。

彼らは才能や持って生まれた恵まれた宿命だけで成功者になったのでしょうか?

違いますよね。

努力したからですよね。

人の2倍、3倍頑張ったから今日の成功があるのですよね。

だから結局、人間の人生良かったか悪かったかは気持ちの持ちようです。

自分の気持ちがぶれずバランスよく物事を見れていて且つポジティブならば、あなたは宿命などに振り回されるようなやわな人間ではない事だけは確かでしょう。