私たち人間は人生を過ごしていく上で、様々な環境に身を置くことになるのですが、身を置く環境は、時間とともに変化するのが一般的です。

具体的にどういうことかと言いますと、例えばある程度の年齢になると、日本では義務教育なので小学校に通うようになると思います。

そして、小学校6年生になると学校を卒業して、次は中学校という環境に身を置くことになりますよね。

そして中学校を3年間通えば卒業して次は高校に通うようになり、人によっては学校に通わなくなり就職をしたりすることでお金を稼ぐ社会人としての環境に身を置くようになります。

これが時間とともに身を置く環境が変化するという事です。

こうして考えていくと、年齢を重ねるとともに私たちは様々な環境に身を置くようになり、それを自分の判断で選んでいくようになるのです。

この連続が人生のすべてと言っても過言ではありませんよね。

ひとつひとつの場面で自分なりに意義を持ち、今後はどうしていくのかという事を決めなければいけないという事になるのですが、この考え方がしっかりとしているほど、次の環境に身を置いても成功する確率が高くなりますし、潔い生き方になり、人から見ても魅力的に感じられるようになるはずです。

そこで、今回は比較的注目度の高い著名人を中心に、引退がかっこよかった著名人とその理由について詳しくご紹介していきたいと思います。

️華やかな著名人にも、いつしか引退の時が来る

著名人といえば華やかな世界に身を置いている、才能に溢れた優れた人間ばかりです。

そのような方たちが新しい環境に身を置くという選択をするのは誰もが興味があることだと思います。

基本的に考えて著名人が新しい環境に身を置くという選択をする場合は引退をすると考えて間違いありませんよね。

引退をするということは華やかな芸能界から足を洗って、新しい自分の人生を生きるということになります。

芸能界は当然ながら華やかな見た目の裏に相当な厳しさが存在している世界でもありますので、それ相応のストレスや苦労が存在している世界になると思います。

しかしながら、たくさんの人間から注目されて、華やかな生活を送ることができる魅力的な世界としてたくさんの人から憧れられている世界でもあります。

さらには、一般的な生活をしている人とはくらべものにならないほどの知名度と金銭が得られる世界でもありますので、引退をしたくないという人もたくさんいるはずです。

そんな世界からわざわざ引退をするという決断をするのは、とてつもなく大きな決断になるということは誰もが想像することができるはずです。

年齢を重ねても芸能界から足を洗っていないような人がたくさんいる中で、なぜ芸能界から引退するという選択を判断したのかということは当然ながら誰しもが興味が湧くことになり得るのです。

確かにいつしか引退をしなければいけない場面があるかもしれませんが、世の中にはまさか、今引退するとは…と大きく決断した著名人はたくさん存在しています。

そんな美しい去り際を放っている著名人を知る事で、自分にとって大事な物は一体何なのか?と本質を追い求める思考力を身に付けるヒントが隠されているはずです。

今回は、著名人の美しい引退を知り、自分にとって学ぶべき点を見付けて頂くきっかけにして頂きたいと思います。

️引退がかっこよかった著名人6選


引退が素晴らしいと感じさせてくれる著名人などは考えてみればたくさんの人間が存在していますが、今回はそんな魅力的な引退をした著名人の中でも特に今でも語り継がれたりするような引退を行った著名人をピックアップしてご紹介していきたいと思います。

これからご紹介する著名人の引退のエピソードを確認していくと、自分が好きだった著名人のエピソードが該当する可能性もとても高いと思います。

自分が好きだった著名人が引退する時は悲しい気持ちになったと思いますが、その著名人のことを思い出して懐かしい気持ちに浸るのもまた感慨深い物になるはずです。

自分に影響を与えてくれた著名人のこと思い出しながら、これからご紹介する引退した著名人のエピソードを改めて確認してみてください。

山口百恵

まず初めにご紹介する引退がかっこよかった著名人は「山口百恵」さんです。

山口百恵さんは1959年1月17日生まれの東京都渋谷区恵比寿出身の元歌手であり、元女優です。

山口百恵さんは現在は三浦百恵さんという名前であり、俳優である三浦友和さんと結婚された事でも知られています。

山口百恵さんは東京都渋谷区に生まれた後は神奈川県横浜市に移り住んで幼少期を過ごし、デビューするまでの間の中学生までは横須賀市で過ごしたことでも知られています。

中学生になる1972年にはオーディション番組で歌を歌い準優勝したことで様々な会社から指名を受けて歌手としてデビューするようになります。

そこから様々な曲を謳っていく中で、とてつもない人気を集めるようになり当時では相当な注目度を集めるような歌手に成長していくようになります。

今の若い世代の方からしてみれば、山口百恵さんの歌っている曲などに関してはなかなか理解していない方が多いかもしれませんが、それでもプレイバックなどの名曲は一度くらいは必ず聞いたことがあると答えるからが多いと思います。

それくらい今の時代まで引き継がれている名曲をたくさん世にはなっており、なおかつ魅力的な人物であったという事がすぐにわかるはずです。

そして、最終的に三浦友和さんとの交際を認めて、そこから芸能界の活動を引退するという決断を下して芸能界を引退するという幕引きとなっています。

ラストコンサートでのマイクは有名


なぜ山口百恵さんの引退が現在に語り継がれるまで、かっこよかったのかということが気になると思います。

まず、山口百恵さんが引退を決意したのは当時交際していた三浦友和さんとの交際が結婚前提であったという事が一つの理由になっています。

山口百恵さんの考え方としては、結婚するのであれば完璧とは言わないまでもそれに近い形で家庭の事を行っていきたいという考え方をつらぬいていました。

その考え方を踏まえて、結婚するからには芸能界での活動を行うべきではなく、家庭のことに専念したいので引退をするという考え方になったそうです。

そして最終的に歌手としての活動を終えて、著名人から一般人へと戻り、引退をしたという事になっているのですが、引退会見の際には「わがままな生き方を選んでしまった」と伝えており、この発言からも山口百恵さんがとても誠実な人間性を持っている人だったということがお分かりいただけるはずですよね。

それに加えて山口百恵さんの引退がなぜここまででかっこよく語り継がれているのかと考えると、山口百恵さんが最後のコンサートで行ったパフォーマンスが魅力的だったとされているからです。

具体的には、ラストコンサートで最後に「私のわがままを許してくれてありがとう、幸せになります」とファンに伝えた後にマイクをその場に置いたそうです。

これが、山口百恵さんの引退であり、魅力的な最期だったと印象に残っている人が多く、現在にまで語り継がれている理由になっているのです。

【山口百恵については、こちらの記事もチェック!】

嗣永桃子

次にご紹介する引退がかっこよかった著名人は「嗣永桃子」さんです。

嗣永桃子さんは1992年3月6日生まれの25歳です身長は149.9cmと小柄な女性の元アイドル、元歌手、元タレント、元女優です。

嗣永桃子さんは主にはアイドルとして活動をしており、様々なアイドルグループに所属していたことでも知られています。

現在は無期限活動停止中のアイドルグループであるberryz工房やBuono!のリーダー、そしてカントリーガールズのプレイングマネージャーとして活動を行っていました。

嗣永桃子さんは、ももちという愛称で知られており、どちらかといえばぶりっこな自分を売りにして活動しているアイドルとしても知られており、嗣永桃子さんの決め台詞というものが存在していることでも知られています。

嗣永桃子さんの決め台詞は「可愛すぎて、許してにゃん」というような決めセリフでうざいアイドルを演じて、キャラを作って周りを沸かせていました。

嗣永桃子さんは一応アイドルとして活動していたので、あまりにも過激なことや自分の見栄えが悪くなってしまうような事は極力行うべきではないと思いますが、それでも一生懸命に自分の見た目が悪くなるような事でも積極的に行っており、お笑い芸人のような活動ぶりにお笑い芸人からも称賛されるなど、気合の入ったアイドルとしても認められているような存在でした。

そんな魅力あふれる嗣永桃子さんですが、たくさんの人間から注目を浴びてきた頃に電撃の引退宣言をしてしまい、芸能界から引退してしまったという事で一時期話題になってしまったのです。

アイドル時代とのギャップがすごい引退理由

嗣永桃子さんがなぜ引退をしてしまったのか、そしてなぜここまで引退がかっこよかったと周りから言われているのかということを具体的にご紹介すると、まず引退の理由は自分の中の変化が理由になっていると言われています。

嗣永桃子さんが引退を決意した理由は「人に何かを教えるのが楽しいことに気づいた」という事でした。

なぜ嗣永桃子さんが人に何かを教えるのが楽しいということに気づいたのかと考えると、嗣永桃子さんは先ほど触れた通りカントリーガールズのプレイングマネージャーとして活動を行っていましたので、この経験から人に何かを教えることに対するやりがいや意義を感じ始めたと語っています。

しかしながら、それは急に自分の思いが変化したものではなく、以前から嗣永桃子さんは子供が好きで幼児教育に関する仕事を行いたいと思っていたそうで、アイドル活動と並行して四年制の大学に通いながら小学校の教諭の免許や幼稚園の教諭の免許などを取得したと言われています。

これだけ継続して努力を行っていたのもその思いがとても強かったという理由の一つである証明になると思います。

結局、自分が所属していたアイドルグループが無期限活動停止になり、所属メンバーが自分たちのやりたいことをそれぞれ見つけ出していく中で、自分自身も本来やりたかったことにチャレンジしたいという思いが強くなり、それが引退を決意した理由の大きな一つにつながったとされています。

嗣永桃子さんのアイドル時代の姿を知っているからしてみれば、アイドル時代の何も考えていなさそうな天然なキャラクターからは想像がつかないほどしっかりした女性だということがわかりいただけるはずです。

実際に彼女はプレイングマネージャーとして活動しているときも、指導の上手さなどに定評があり、人に何かを教える事が上手であったと言われています。

これだけのギャップを放ったことと、潔い決断が魅力的で印象に残るかっこいい引退となり、現在までたくさんの方が嗣永桃子さんの引退姿が目に焼き付いている理由になるのです。

堀北真希

引退がかっこよかった著名人を考えた時に、たくさんの方が名前を挙げるのが「堀北真希」さんです。

堀北真希さんは1988年10月6日生まれの29歳、160cmの日本の元女優であり、元タレントでもあります。

東京都出身で現在は俳優の山本耕史さんと結婚をして引退したことでも知られています。

堀北真希さんのデビューのエピソードはとても面白く、なんと中学校2年の時にバスケットボールの部活動の帰りに畑を歩いているとスカウトの方に声をかけられてデビューした面白いエピソードを持っていることでも知られています。

そこからはドラマに初出演したり、映画に出演したりドラマのヒロインを演じたりすることでだんだんと知名度を上げていき、最終的に大河ドラマなどに初出演したり、紅白の司会を務めたりするなどで、国民的な女優へと変化していきます。

それだけたくさんの人から注目される理由の一つとしては、やはり魅力的な性格や内面を持っている人物であるということが関係しています。

のんびりした見た目に見られることが多い中で、これまでのエピソードとしてクランクインする前にセリフや方言や役柄の性格などを完璧に覚えた状態で演技に望んだり、当日できなかったことを翌日できるようにするなどのストイックな性格が存在しているからだと言われています。

それだけ仕事に対して高い意識を持って臨んでいるからこそ、周りから注目され愛されるような存在になり、著名人の中でも特に魅力的な著名人だと認められる結果になったと言わざるを得ません。

そんな堀北真希さんですが、山本耕史さんとの交際そして結婚を機に事務所との契約が満了したこともあり引退をすることになってしまいます。

ママになる決意を固めた引退

なぜここまで堀北真希さんの引退が格好良いと周りから言われるのかと考えた時に、その理由としてはやはりママになる決意を固めた事が引退の理由になっているからだと考えられます。

今の時代では、著名人が結婚した後も芸能活動を続けたりする事は一般的に考えられています。

むしろ、人気が出ている著名人であればママタレントとして活躍してお金を稼いだり注目を集めたりすることで、別のステージで活躍することができる場合も当然ありえますので、そのような活動をしている女性はたくさんいます。

しかしながら、それをせずに引退して主婦として宣言するという決断に至った堀北真希さんの考え方や行動力が称賛される理由になり、かっこいいと言われている理由になっているのだと考えることが出来ます。

実際に、山本耕史さんと結婚するということを発表した直前にファンクラブを解散したり、そこから徐々に仕事を減らしていったりするなどして引退をあらかじめ考えた行動を取っていたということと、どれだけ引き止められても首を縦に振らずに引退を覚悟して行動した気持ちの強さなども、思いの強さを知れる証明になっていると考えることが出来ます。

元々堀北真希さんは山口百恵さんに憧れていたということも関係しており、山口百恵さんが引退を決断したのと全く同じ理由になったということも関係しているひとつの理由になると思います。

残念だと感じる声もたくさんあると思いますが、しっかりと自分が決めたことにまっすぐに行動することが出来、筋の通った生き方ができる堀北真希さんの姿を見てかっこいいと感じた方はたくさんいると思います。

それがここまで堀北真希さんの引退が格好良いと言われている大きな理由につながっていると判断できるのです。