「なるほど、腑に落ちる」という言葉を何げなく使ったことありませんか?

でも、よくよく考えてみると、「腑に落ちる」の言葉の意味をよく知らない。

言葉とは、言葉の意味を理解していないまま使っていることが多いのです。

どちらこと言えば「腑に落ちる」は「腑に落ちない」と使うときの方が多いかもしれません。

何故、腑に落ちたり、腑に落ちなかったりするのでしょう。

言葉の意味をしっかりと理解することで、腑に落ちることができます。

腑に落ちることは良いことなのでしょうか?

腑に落ちた方が良いのでしょうか?その為にも、腑に落ちる語源を調べてみましょう。

腑に落ちるってどういうこと?

腑に落ちるという意味は、物事に対して理解していることや、気づくことができたときに、腑に落ちるという表現をします。

自分の中で腑に落ちることができれば、心から納得しているということです。

毎日を振り返ってみて、腑に落ちる瞬間は何回あるのでしょうか。

今の世の中、腑に落ちるほど、深く物事対して理解して納得することは少ない。

でも、腑に落ちることができれば大きな発見であり、成長することができます。

なんとなく、徳をしたような気持ちになれます。

どちらかと言えば「腑に落ちないわ」という言葉をよく耳にするは、やはり心のどこかで納得できないことが多いからです。

「腑に落ちない」という発言にするよりも「腑に落ちる」という発言をしたいですね。

腑に落ちるとは

もっと腑に落ちるという意味を詳しく調べていきましょう。

腑に落ちることは、簡単に言えば納得が行くことです。

であれば、「納得できる」と伝えれば良いような気もしますが、ただ「その話は納得するね」と言われるよりも、「その話は、腑に落ちる」と言われた方が、より深く相手の話に納得して感動をしているように感じます。

「あなたの話を聞いたことによって、気づかなかったことを発見した」と捉えることもできるのです。

日本語は同じ意味でも、深さやニュアンスによって言葉を使い分けることができます。

逆に「腑に落ちない」と言われると、相手は納得していないことを伝えることができます。

納得がいく

腑に落ちる、それは納得がいくことです。

納得という言葉を毎日のように使うかもしれませんが、より深く納得したときに「すごく納得した」という場合や「かなり納得した」ということもできます。

負に落ちるという意味は、もっと深い納得といっていいでしょう。

今の世の中、納得できないことの方が多いかもしれません。

職場にしても、近隣付き合いにしても納得できる場面は少ない。

納得できないと人の会話も社交辞令的に聞いているものの、真剣には聞いていません。

真剣に聞いていないことは話を半分しか聞いていないこと。

それだと余計に納得いくことはできない、腑に落ちることはできないのです。

納得するためには、人の話をしっかり聞くことも大事なことです。

合点がいく

合点がいくことは、話と話が繋がるということです。

例えば、誤解していたことも話を聞くことによって合点がいくということです。

いくら話しても、話が通じ合わない、一直線のままという例えもあります。

その逆に、合点がいくということです。

一直線の道を互いに歩いて行くことで中間地点があり出会うことができる。

それと同じで、お互い話しているうちに誤解が解けて混じり合う場所が合点です。

いくら話しても相手に通じないことは辛いことです。

ですが、真摯に向き合い、話し続ければ合点がいくのです。

相手と話ているときに「腑に落ちる」と言われたら、やっと話が通じて、交わる合点に達したということになります。

理解できる

理解できるという意味も腑に落ちるということです。

話をして理解されない場合は、逆に「腑に落ちない」と言われるでしょう。

相手に理解を求めるために話続けることは意外と大変です。

例えばクレームのときに、どう理解をしてもらうか?言葉を選び伝えないといけません。

理解できない状態から理解してもらうために、相手が納得できる内容を伝えることで、「それなら、腑に落ちる」と言われることでしょう。

それは、深く理解してくれたということです。

相手に理解をしてもらうことは、信用を得ることでもあるのです。

信用できないような相手の話を理解することはありません。

信用されるのは、もちろん言葉使いも大事ですが、話し方や内容、表情も関係してくることです。

腑に落ちてもらう為に、やるべきことはたくさんあるのです。

腑に落ちることも、腑に落ちてもらうことも、どちらも簡単なことではないのです。

腑に落ちるの語源

何気なく使っている「腑に落ちる」という言葉ですが、あまり見慣れない漢字で例えています。

「腑に落ちる」の「腑」とは、どういう意味なのでしょうか?

腑は「臓腑・はらわた」を現してします。

相手が納得する意味で使う、腑に落ちるという言葉ですが「はらわた」と、どんな関わりがあるのでしょうか?

ちょっと「はらわた」なんて言葉が出てくるとグロテスクなイメージになりますね。

一見、何の関わりもないように感じますが、その語源を辿って行くと腑に落ちる意味も少し分かってきます。

腑=はらわた

腑とは、はらわたのことを意味します。

一度は「はらわたが煮えくり返る」という言葉を聞いたことがあると思います。

「はらわたが煮えくり返る」と聞くと、怒っている感情をイメージできます。

はらわたには、心であり、感情や気持ちなのです。

ですが「はらわたが煮えくり返る」ことは、表向きには分からないことです。

その相手が、どれだけ怒っているか、顔の表情だけでは分からない。

「はらわた」は「心の底」という意味もあるのです。

心の底で何を考えているか、わからない。

しかし、心の底で確かなる感情が芽生えているのです。

「腑に落ちない」これはマイナス的なニュアンスです。

このときの「腑」は「はらわた」と捉えるのが正しいようです。

はらわたには心や考えが宿る

昔の人は「はらわたには心や考えが宿る」と思っていました。

なんとなく「はらわた」と聞くと怖いイメージがありますよね?

実際に「はらわた」など見える部分でもなく、確認する人は、ほぼいません。

でも、「はらわたには心や考えが宿る」と言えるのは、怒りや憎しみを感じたときに心よりもずっと奥の底でジワジワと感じること、それが「はらわた」です。

憎しみや怒りを感じているときに、第三者に意見を言われても納得できないし、心に響くことはありません。

「はらわた」は心ではなく、心の奥底です。

心の奥底までは、人の言葉や意見は届かないのです。

「はらわたには心や考えが宿る」は否定的な言葉と捉えられていたのです。

「腑に落ちる」は誤用?

「腑に落ちる」は誤用と思われがちですが、「腑に落ちない」の肯定型で「腑に落ちる」があります。

「腑に落ちる」は心の奥底まで相手の言葉が染み渡ることです。

「腑に落ちない」のであれば、心の奥底まで言葉が入ってくることはありません、響かないことを例えられていますが、「腑に落ちる」ことは届かない心の奥底までも響くことで感動し、納得することができるのです。

よく見るのは「腑に落ちない」

現代では、「腑に落ちる」というよりも「腑に落ちない」という言葉で使うことが多いと思います。

「腑に落ちる」の言葉が、本来、納得する、深く納得すると知った人は少ないと思います。

それよりも「腑に落ちない」と言われる方が「納得してない」と伝わりやすいのです。

「腑に落ちない」の言葉に馴染みがあることで、正しい日本語と認識して行くのです。

「腑に落ちる」という言葉は、肯定型な意味です。

本来であれば、もっと使われても良い言葉なのですが、深く納得することが少なくなった今、やはりよく見るのは「腑に落ちない」という言葉なのかもしれません。

腑に落ちるは誤用と思われがち

「腑に落ちる」という言葉が誤用と思われがちですが、誤用ないのです。

一般的に「その話は腑に落ちない」と使うことはありますが、「腑に落ちる」と使うことは、あまり少ないですよね?そのことから、腑に落ちるは誤用と思われてしまっているのです。

実際には、「腑に落ちない」の肯定型で「腑に落ちる」で、どちらも言葉の意味を持ちます。

心に深く響く、納得する、納得した意味ですが、その言葉を表す為に「腑に落ちる」とは、特に現代では使うことがありません。

聞きなれない日本語や言いにくい日本語と思われてきたのです。

「腑に落ちる」は、間違っている日本語と思われることが多くなり、腑に落ちるは誤用と勘違いされていたのです。

明治時代の文献に「腑に落ちる」

「腑に落ちる」は「腑に落ちない」の肯定型で、明治時代の文献等に見られ、納得する意味で用いられていました。

明治時代は日常的に両方が使われる言葉でした。

しかし、だんだんと「腑に落ちない」の言葉の方が多く使われることが多くなり、「腑に落ちる」という言葉を使うことに違和感をおぼえるようになるのです。

腑に落ちないは理解できるけれど、腑に落ちるは聞きなれない言葉となり、言葉は同じように誕生しても、使わないことが多いと言葉の本来の意味も忘れてしまいます。

腑に落ちるは、けして誤用ではないのです。

むしろ、腑に落ちないよりも腑に落ちるを使う瞬間を作るべきなです。

腑に落ちる、それは素敵な言葉の意味だからです。

「腑に落ちる」は正しい使い方!

腑に落ちる、この言葉を正しく使えるようにしましょう。

腑に落ちる言葉は「腑に落ちない」の肯定型です。

とても良い言葉なのです。

腑に落ちるということは、心の底から納得することができることです。

深く感じる、共感することができる言葉です。

腑に落ちる、それは相手と会話しているときに使うことができます。

相手の話にすごく共感をして感動したときに「腑に落ちることができた」と言えます。

とはいえあまり見かけないのは事実

とはいえあまり「腑に落ちる」という人を見かけないのは事実です。

それは、腑に落ちるという言葉を使いなれていないこともありますが、それ以上に現代人の心が冷めてしまっているのも事実です。

深く心の底から納得することは、あまりないと思います。

それは、相手の話に親身になって聞いていないことも原因かも知れません。

どんなに仲良い友人と話していても真剣に話を聞いているか?と言えば、必ずしも、真剣に聞いていないはずです。

人の話を真剣に聞こうと思えば、自己改善が必要です。

「うんうん、真剣に聞く」と言ったところで頭には入ってこないのです。

相手の言っていることを理解して、受け入れる心の大きさも必要だからです。

自分自身が焦っているときやイライラしているときには、相手の話を聞くことはできません。

腑に落ちることができれば、ストレスも軽減されることでしょう。

腑に落ちるために、どうすれば良いのか?腑に落ちるためのコツを学びましょう。

腑に落ちるためのコツ

腑に落ちる、それは自分自身の気持ちに素直に受け入れることができるときです。

物事を深く考えないと腑に落ちることはできません。

現代、どれだけの方が物事を深く考えることができるでしょうか?

物事を深く考える気持ちよりも早く結果を出そうとする気持ちの方が勝ってしまいます。

その結果、スマホやPCなど便利なツールを使って物事を調べることが多くなります。

便利な分、自分の頭や気持ちで物事を考える時間というものは少なくなってきました。

考える時間が無駄な時間に思えてしまうからです。

腑に落ちるということは自分自身の心を育てることでもあるのです。

喜怒哀楽が現代人は少なくなったと言われますが、腑に落ちることが少ないからかもしれません。

腑に落ちることで、物事を深く考え心を育てて行きましょう。

ひたすら考え抜く


ここ最近、物事に対して「ひたすら考え抜く」を何回したのでしょうか?

物事を、ひたすら考え抜くことは正直すごく体力のいることで疲れます。

考えることをやめたいから、スマホやPC、SNSが発達した世の中なのかもしれません。

迷う、考える、答えが出ないから誰かに聞くことで安心します。

ひたすら考え抜くことで、答えを導くことをやめてしまったのが今の世の中です。

考えているようで、物知りになっているようで実は考えていないのです。

ひたすら考え抜くということは、物事に対して悩み、学び、答えを導くことです。

辞書を引いたり、関連の書籍を読んだりすることで脳が考え、感情が芽生えるのです。

すぐに答えを見つけることができれば、感情は一時的なものになるのです。

腑に落ちるということは、物事に対して、ひたすら考え抜くことができる人です。

逆らわず受け入れる


物事を深く考えたときに様々な感情が入り混じります。

時には自分が納得できない答えも調べて行くうちに出てくることがあります。

全てのことを逆らわず受け入れることが出来て、腑に落ちることができるのです。

考えて考えた結果、答えが自分のイメージとは別の答えが出たときに必ず葛藤が生まれます。

「こんなはずじゃない」「この答えは間違っている」と思うことで納得することができない。

それは自分自身で考えたことを全否定していることと同じです。

物事を考えて、深く考えた結果、結びついた合点を逆らわず受け入れること。

それができたときに腑に落ちることができるのです。

逆らわずに受け入れることができた結果、心から納得することができる答えになるのです。

心の状態をチェックする

腑に落ちることができる、それは心が歪んでいないときです。

邪念や相手、自分自身を信用できない状態では腑に落ちることはできない。

相手や自分を信用するからこそ、腑に落ちることができるのです。

腑に落ちることは、深く物事を考えることです。

精神が落ち着いている真っ白な状態の時じゃないと物事は考えることができません。

例えば、職場でトラブルが起こったときに原因を追究しようと思ってもトラブルが起こった直後に物事を冷静に分析する余裕なんてありません。

トラブルの原因を考えるとすれば、1日や2日過ぎて冷静な心を取り戻したときに冷静沈着に物事を深く考えることができるのです。

腑に落ちる、それは、心の状態をチェックすることでもあるのです。

物事を深く考えることができないときは、心が乱れているのかもしれません。

自分に素直になる

自分に素直になることは簡単なようで意外と難しいことかもしれません。

全ての人が自分で素直になることができれば、ストレスは世の中にないのかもしれません。

ストレスを感じる原因は、素直に生きることができないからです。

自分の感情とは別の感情で相手と接している、その葛藤が自分自身を追い込んで行く。

例えば、同僚が自分よりも先に出世をしたり、年下の後輩が先に結婚したりすると「おめでとう」と微笑んでいても、それは素直な感情ではありません。

本当は、悔しい気持ちや辛い気持ちが自分の中にあるのかもしれません。

しかし、自分の感情を素直に表すことができない状況だから、その場で取り繕う。

1人になり、自分に素直になれた瞬間、気持ちが楽になるのです。

素直になるということは、冷静になっているときです。

物事を素直に受け止めることができる、一番優しいときです。

自分に素直になることができれば、腑に落ちることはできるのです。

【素直になるためには、こちらの記事もチェック!】

気持ちを誤魔化さない

素直に生きているつもりでも、様々な場面で気持ちを誤魔化して生きていることは誰にでもあります。

誤魔化さないで生きることができれば、どれだけ気持ちが楽なのでしょうか。

わざわざ、演技をする必要はないのです。

本来であれば気持ちを誤魔化さないで素直に表現すれば良いところを何故、誤魔化してしまうのでしょう?

それは、本質を見られることが恥ずかしいからです。

本当は弱い人間だと思われることがイヤだから誤魔化して、強く見せていることもあるのです。

人間は誰でも多少はカッコつける生き物です。

本当は素直になりたい、ありのままの気持ちで相手と接したいと思っているけれど、心はウラハラな行動をしてしまうことがあるのです。

気持ちを誤魔化さないでありのままの姿を見せられることで、腑に落ちることができます。

否定をしない

他人の話を聞いて、否定ばかりしていると腑に落ちることはできません。

「でも」「いや」など会話をする前に口癖になっている人いますよね?

否定することが口癖になっている人は、そもそも相手の話を全て聞いていないということです。

相手の話が半分程度で、すでに「いや、その話は違うよ」「でも、◯◯も同じだった」など相手の話の腰を折ってしまいます。

相手の話を聞く耳を持たない人は、大切な話も見落としてしまうもの。

最後まで相手の話を聞くことで「なるほど、そっちの考えもある」と腑に落ちることができるところを、腑に落ちる前に止めてしまうのです。

相手の話を否定する人は、結果的に否定的な考えで物事を見てしまいます。

否定的な考えは、良い結果を絶対に招きません。

腑に落ちることは、否定をしない心を持たないといけない。

否定をしないことで、新しい発見に気づくことができるのです。

悪口や文句を言わない

悪口や文句を言わない、言えば必ず自分に跳ね返ってくることを覚えておきましょう。

悪口や文句を言う人は心が狭い人です。

相手のことをよく知ろうと思っていません、第一印象や数回会っただけで相手のことを判断してしまう。

相手の悪いところはすぐに見つけることができるけれど、相手の良いところは探すことができない。

人間は誰でもマイナスな部分とプラスな部分を持ち合わせているものです。

絶対にマイナスだけの人はいないのです。

しかし、悪口や文句を言う人にとってはマイナスな部分しか見えません。

悪口や文句を言うことは、自分自身の性格や顔つきも変えてしまうのです。

「あの人って意地悪そうな顔つきしているよね」と言われて、結果的に自分に悪口は跳ね返ってしまうのです。

悪口や文句を言う人は心が狭い人です。

心が狭いと感動することも発見することも見過ごしてしまいます。

腑に落ちることができません。

大きな心で相手を見守る、だからこそ腑に落ちて、発見することができるのです。

仕方ないと受け流す

完璧主義者の人は妥協をしたくないものです。

到底、仕方ないと受け流す心は持っていません。

人生には、仕方ないと受け流すことや妥協をするべきことがあります。

仕方ないと受け流すことは、あきらめることではないのです。

柔らかな心を育てることで別の方法を考えることでもあるのです。

別の方法を考えることで、新しい発見や納得することに出会えるかもしれません。

逆に仕方ないと受け流すことができずに我を通していると、そこで終り。

新しい道は開かれないのです。

腑に落ちること、それは柔らかな心を育ててあげましょう。

時には、仕方ないと受け流すことも大事です。

仕方ないと受け流すことをマイナスに捉えずにプラスに考えれば良いのです。

色んな価値観や考え方を知る

腑に落ちるということは、色んな価値観や考え方を知ることでもあるのです。

頭を柔軟にすることで新しい情報は入ってきます。

世の中は自分と同じ価値観の人ばかりではない、自分とは間逆な考え方をする人もいるでしょう。

頭を柔軟にすることができないと、価値観の違う人と出会ったときに悪口や文句を言う対象になるのです。

それはストレスとなり、自分に返ってきます。

もし、頭を柔らかくして「自分とは価値観の違う人もいる、相手の話を聞いてみよう」とプラスに考えることができたら、それは大きな発見にもなります。

自分の知らなかった情報や考え方が新たな情報となり成長となります。

腑に落ちることは、全てのことを受け入れる柔軟さも大事です。

人に聞いてみる

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という言葉があります。

何故、分からないことを人に聞かないのでしょうか?

それは人に聞くことによって「そんなことも知らないの?」とバカにされることが怖いからです。

もしかしたら、聞いたら恥ずかしいことなのかな?と思うから人に聞くことができない。

しかし聞かないまま過ごしていることは自分の考えだけで行動していることになります。

それは、ほんの小さな庭で行動していることと一緒です。

人に聞くことで新しい発見をして、納得や感動することができる。

人から聞くことは、知らなかった情報をもらえることでもあるのです。

腑に落ちるためには、自分の殻に閉じこもっているだけじゃダメです。

どんどん人に聞いて、新しい扉を開いていきましょう。

自分を好きになる

腑に落ちることはプラスの動きです。

その為には否定的な自分は必要ありません。

自分を好きになることで、前向きに動くことができるのです。

「自分なんて何をしても上手く行かない」否定的な自分を好きな人はいません。

自分を好きにならないと周囲も、あなたのことを好きにはならない。

周囲から好かれないと情報をもらうこともできないのです。

自分を好きになることは、自分の行動に責任を持つことです。

自信を持つことや得意なことをしていると人間は明るい表情になります。

明るく満たされた人生を送っていると、自分のことを好きになることができる。

自分を好きになれたら、行動的になることができます。

自分の全てが好き!と言える人は少ないと思います、全てが好きだと自信過剰になってしまうこともありますが、自分を全否定することはやめましょう。

自分の良いところ、それは必ず1つはあります。

自分の良いところを見つけて、好きになることをはじめましょう。

そうすれば、きっと、腑に落ちることができるはずです。

他人のことも好きになる

自分のことを好きになることができれば、他人のことも好きになれます。

それは心に余裕ができるからです。

自分のことが嫌いなのに、他人のことまで好きになる余裕はありませんよね?

自分自身を受け入れることで、他人の良いところも自然と見つかります。

他人の悪いところを見つければキリがない。

それは悪口や文句になれてしまっているからです。

相手の悪いところを探すことばかりしていると良いところが見つからない。

結果的に相手のことを好きになんかなれるはずがない。

自分の良いところを見つけることができると、他人の良いところも見つけることができる。

良いところを見つけることが習慣となるのです。

相手を好きになることは相手の話を聞くことや、受け入れることができることです。

だからこそ、腑に落ちることができるのです。

ポジティブに考える

ネガティブ思考な人は負のオーラが出ています。

自分の周りに人が集まることはなく、孤独になり、ネガティブ度が増して行きます。

ポジティブに考えることで自分の周りには人が集まり、出会いも増えて行きます。

人が集まることは、様々な情報を聞けることでもあるのです。

ポジティブに考えることで、固定観念にとらわれることなく受け入れる心が育ちます。

たくさんの出会いや情報の中で新しい発見が生まれるのです。

人と出会わなければ感動することも納得することもできません。

まして深く納得することなんてできないのです。

ポジティブに考えることは全てを受け入れることができる、大きな心になります。

ポジティブは進化を続けることができるのです。

腑に落ちることは、たくさんの感動と出会えることです。

その為には、後ろを向いていてはダメ、前を向いてポジティブに考えることが大事です。

相手の話をよく聞く

相手の話をよく聞くことで負に落ちることができます。

相手の話を最後まで聞くことができる人は、落ち着いている人です。

常に冷静沈着で、相手の話を最後まで聞くことができる。

話を最後まで聞かないと、物語も単行本を読んでも結末が分かりません。

例えば、推理小説も途中でやめたら、全く意味がないことになるのです。

それどころか、全く別の人を犯人と勘違いしてしまいます。

相手の話を最後まで聞かないことは損をするだけじゃなく、大きなミスに繋がること。

相手の話をよく聞けば良かったと後悔してしまうのです。

腑に落ちるということは、深く納得することや感心をすることです。

相手の話をよく聞くことで意味を理解して、深く納得することができるのです。

深く納得することは頭だけじゃなく、心に響くことです。

相手の話をよく聞かないと、心まで響かないのです。

自分の目で確かめる

相手から聞いただけでは、心に響かないことも実際に自分の目で確かめることで納得することもあります。

自分の目で確かめたことは、紛れもなく真実です。

考えたり、悩んだりしても納得のいなかいことは自分の目で確かめるようにしましょう。

それには、相手の話をしっかりと聞く必要があるのです。

興味がないことに、わざわざ自分の目で確かめようとは思いません。

相手の話をしっかり聞くからこそ、真剣に受け止めることができ興味がわきます。

自分の目で確かめようと思う気持ちは、もっと深く知りたいと思うからです。

自分の目で確かめようと思うとき、それは腑に落ちることができたときです。

腑に落ちるとスッキリする

腑に落ちると気持ちが軽くなったようなスッキリとします。

それは、誤魔化すことなく自分の気持ちに素直に行動できたからです。

相手の話を聞いて、深く納得することができる。

簡単なようですが、相手の話を聞いて深く納得することは少ないのです。

心のどこかで、相手の話を右から左に受け流しているのかもしれません。

人間は映画やドラマを見て感動して泣くことがあります。

それは腑に落ちるからです。

映画やドラマのストーリーに入り込み、感情移入をすることができる。

その時の気持ちは、ストーリーに深く共感し、理解をしているからです。

感動した映画やドラマを見て涙を流した後は、意外にスッキリと心が晴れ晴れとしているものです。

「私も頑張ろう」「明日から◯◯しよう」などポジティブな気持ちになれるものです。

腑に落ちることは、スッキリとした気分になれます。

腑に落ちることは、自然に前向きになることができるのです。