みんなが生きている現代社会では、くち煩(うるさ)く他人を批判する人が居るものです。

自分の家族はじめ、住んでいる地域の町内、都道府県市町村などの自治体のほか、個人的に所属している趣味とか研究のグループ、勤務先の会社、役所その他の官公庁などの職場という社会生活でかかわるエリアには、周りから嫌われるほど、他人を批判する人がみられす。

ここでは批判しがちな人にスポットをあて、その特徴、残念なポイントなどをご紹介しましょう。

批判している人って周りに居ませんか?

じぶんが生活している環境の周りで、他人を批判している人はいないでしょうか。

ぐるりと周りをみてはいかがでしょうか。

周りで見かける批判している人

お住いの近所、市町村などの自治体、保育園、小学校などを見まわしてみましょう。

そしてネットの時代ですから、ネット上ではどうか、と周りで批判している人はいないか確かめてみることにしましょう。

それにしても「批判の正体」はおわかりでしょうか。

念のため「批判」のカテゴリーをみておきましょう。

ひと言でいえば、批判とは、そこに存在する物事を検討してみて、これを判定するとか評価することです。

これでは抽象的で、ぴんとこないかもしれません。

そこでもっと具体的にいえば、他人の言動とか仕事の誤り、欠点などを指摘し、このように正すべきだと論じることです。

批判に似た概念として「非難」というカテゴリーがあります。

非難とは、人の欠点とか過失などを取り上げて責めることです。

これらに共通しているのは、どちらも「価値判断」が含まれている点です。

ただ、「批判」と「非難」は、その「価値判断の仕方」がはっきり異なります。

「批判」は相手を思いやるものですが、「非難」はじぶん自身の意見を相手に対して感情的にぶつけている価値判断だからです。

近所や自治体で批判している人

①まず、近所ではどうでしょうか。

どこの街に住んでいても、その近所には、おしゃべりで周りに対して批判する人が見かけられます。

それにしても、なぜ挨拶もしないで、人を批判するとか、無視されたからと言って知恵袋に書き込み、必要以上に気にするのでしょうか。

その気持ちはわからなくもありませんが、はた迷惑の一面もありますから、付き合いがうまくいかないケースもみられます。

そこでトラブルに巻き込まれないためには、その人とは、適度の距離をとり、にこやかに気持ちよく挨拶を交わすのがよいでしょう。

②次に自治体ではどうでしょうか。

市役所はじめ町村役場でも、おしゃべりさんの批判者がみられます。

もっと近くでは町内会でも周りを批判して嫌われる者がみかけられます。

これらのエリアでも、近所の批判者とおなじように、その気持ちはわかなくもありませんが、批判することによって自己の人間性を発露(はつろ)しようとしているのでしょうか。

批判することで自分の人間性を発露していくとすれば、じぶんの「真の感覚」がマヒしてしまうと気付かなくなってしまいます。

お気の毒な人です。

いずれにしても、付き合いにくい存在ですから、反批判などしないで、批判を受け流すようにおすすめします。

保育園や小学校で批判している人


そして保育園や小学校のエリアでも、批判する人がみられます。

まず、保育園のエリアではどうでしょうか。

保育園における批判は、次のようなケースでなされると考えられます。

*幼稚園に入れたくても入れなかった「保育園ママ」が妬みはじめているとき、保育園児を「飢えている野生児」と表現しているケースがあります。

*これとは逆に「保育園を批判されて本当に悲しい」という反応もみられます。

*保育園児に何かされた被害者のケース。

*保育園に子供を預ける家庭にコンプレックスがあるケース。

これはじぶんが住む現在の環境に満足していないからでしょう。

保育園に対する批判は避けるようおすすめします。

#小学校のエリアを覗(のぞ)いてみましょう。

ある小学校の学級懇談会における具体例を紹介しましょう。

懇談会では、順番に、子どもの家庭における過ごし方を話していくことになりました。

数名の保護者は、じぶんの子どものことではなくて、うちに遊びに来る子どもの友達の行儀(ぎょうぎ)が悪いとか、まともな挨拶もできないなど、よその家の子の批判を話していたそうです。

このほか、授業態度が悪い子がいて迷惑だとか、親の躾(しつけ)が出来ていない子がいますなど、かなりひどい批判もあります。

この人達は、どういった心理で、他人を批判するのでしょうか。

しかも、学級懇談会や役員会などの場所で、堂々と批判しているのですから、このケースのような批判はおすすめできません。

ネット上で批判している人

ネット社会といわれる現代社会では、SNSとかブログとか2chなどで、批判ばかりする人がみられます。

ネットは、ある意味では独りよがりの一方通行でやれるコミュニケーションのエリアといえましょう。

それだけに、ネットのエリアでは、暴言をはいたりして横暴(おうぼう)に振舞うネット暴力マンが誕生しやすいのでしょう。

ネットの世界では、ネームを公表しないで、言いたい放題の暴言を吐(は)いて周りを批判できます。

それだけ批判が容易にできるエリアです。

日常生活のエリアでは面と向かって直接の批判ができないときでも、ネットを利用すれば、容易に批判できるようになります。

たしかに、ネットは顔も知らない多くの人と交流できますから、それだけ社会生活を豊かにしてくれます。

ですからネットは、手紙とか電話など昔からの通信網では考えられなかったような超便利なツールといえましょう。

この側面に視線をおけば、名乗りあげない批判者の「匿名性」はプラス方向に役立っています。

しかし「批判」という社会的なアクションは、ときには誰かを傷つけるとか、利害の対立する批判の相手方との対立をさらに深めてしまうマイナス効果も考えられます。

マイナス効果を気にすれば、批判はやりにくくなります。

けれどもネットによる批判では、独りよがりの一方通行ですから、相互にその姿は見えませんし、じぶん勝手な暴言を吐いても、逃げられます。

ですから、ネットの世界では、じぶんでも考えられないような、別人になれます。

現実の例をあげると、SNSのアカウントを数十個も持っている人がいます。

ここまでくると、なんだか背筋がぞくぞくするような感じです。

そのアカウントをそのときの状況によって使い分けているネットマンもいるようです。

とりわけ、人を批判するときには別アカウントをとってから相手を批判する人もみられますし、わざわざ人の悪口を書き込むためだけに新しいアカウントを取得するような人さえ現れる状況といいます。

かなり異常ともみられる「ネットマン」のハートのなかはどうなっているのでしょうか。

おそらく、この人のハートのうちには、「自己顕示欲」が潜んでいるのでしょう。

ネットという便利なツールを乱用するエリアには、社会生活においてじぶんの環境にうまく適応できない人とかニートが多く集まっているようです。

それというのも、周りの人と関わらないで、新聞もみないし、ニュースも聞かない生活をしていると、「ネット依存症」になり、ただひとつ自分の存在をアピールする場所がネットのエリアだかからです。

じぶんを目立つように顕示するためには、過激な書き込みにエスカレートする以外に手段はないと考えているのかもしれません。

批判しがちな人の10個の特徴

それでは、これまで見てきた「批判しがちな人」にはどんな特徴がみられるでしょうか。

ここでは、批判しがちな人にみられる10個の特徴を紹介します。

1.ストレスのはけ口としている

まず第1に「批判しがちな人」は、周りに対し批判して、じぶんの内心に蓄積(ちくせき)されたストレスのはけ口にしようとしています。

批判することでストレス解消としている

他人を「批判しがちな人」は、周りを批判することによってじぶんの脳に蓄積されているストレスを解消し、正常の状態に取り戻したいと考えています。

たとえば、お金がない貧乏なじぶんを恥ずかしいものだと思っている、そのじぶんの心理状態を正当化したいと考えています。

お金を持っていないじぶんとお金を持っている人を比較してみたときに、じぶんに襲い掛かってくる恥ずかしさとか、不安感や焦りにまどわされるという焦燥感を解消して正常な状態に戻し、脳を平静に保つようにしたいという願望がハートに潜んでいます。

お金を稼ぐだけの力があるあの人と、お金を稼ぐ力がないじぶんを向き合わせ、じぶんのプライドを傷つけられたくないと考えてしまいます。

いうなれば、じぶんにとって「負の感情」に自分がさいなまれるのを防ぐために、批判という行動にでてしまうわけです。

たしかに批判は、正しいこともあります。

悪いところは、指摘すべきだからです。

しかし、いくら批判が正しくても、批判はおすすめできません。

なるべく批判はするべきではありません。

批判をする姿は、かっこよくないからです。

批判する人の、本当の目的は、ストレス発散と優越感といわれます。

よく批判する人ほど、いらいらしていますが、いらいらしているから、批判してしまうのではないでしょうか。

ストレスを解消するにしても、批判などに頼らないでストレスを解消する心理的なコントロールをじぶんなりに工夫されるようおすすめします。

2.好き嫌いが激しい

自己中心的でやたらに他人を批判したがる人には、好き嫌いが激しい特徴があります。

人から嫌いと言われているとか、人から嫌いとみられているのに気付かないで、人から
嫌われるじぶんを甘くみている自己中心主義者だからでしょう。

嫌いなものはとことん批判

好き嫌いが激しい人には、じぶんが嫌いなものはとことん批判する傾向があります。

好き嫌いが激しく、やたらに他人を批判したがる人は、じぶんが好きなものを誉めるよりも、嫌いなものを批判する方がかっこいいと考えているからかもしれません。

もっと好き嫌いの激しい人のハートのなかにもぐりこんでみると、だれからも相手にしてもらえないので、さみしいのかもしれません。

そんな気持ちで、もっとじぶんをかまってほしそうに、周囲に首を突っ込んできては、くどくどと人を批判するような口出しをしてしまうのでしょうか。

ともかく、好き嫌いが激しく他人を批判したがる人にたいしては、次のような反批判が考えられます。

他人を批判ばかりしながら生きていくのは、そんなに楽しいのでしょうか。

人のあら捜しばかりして、ケチをつけ、じぶんのグループだけから拍手されるのが、そんなにうれしいのでしょうか。

人のあら捜しばかりして悪口をたたき、批判するじぶんが他人よりも優れていると勘違いしているのではないか。

人の悪口ばかりしているあなたこそ、頭がおかしいのではないでしょうか。

少しじぶんの頭を冷やしてみてはどうでしょうか。

こんな話を持ち掛けても、耳を貸さないで、ひとりよがりで人を批判して得意になっているのかもしれません。

それで幸せでしたら、なにもいうことはありません。

それで気が済むなら、とことん嫌いなものを批判してみてください。

3.上から目線

周りを批判したがる人は、批判して「自己の人間性を発露」したがる傾向があります。

自己の人間性を発露するには、批判をすることによって「自己のアイデンティティの確立」をしなければなりません。

じぶんは優れた正体の持ち主なのだと、上から下を見下ろす「上からの目線」にたってアクションを起こします。

人よりもじぶんが高い地位にあるのだと、上からの目線で判断していく心理的な特徴があります。

そこで自分が正しいと言い張るようになります。

自分が正しいと言い張る

じぶんが正しいと言い張る人には、次のようなアクションの基本的なパターンがあらわれる傾向があります。

    

# 他人との意見や見解の相違を許容できない
   
じぶんと異なる意見や見解が提示されても、これを許容できないため、かえって攻撃的なアクションにでます。

じぶんが正しいと信じるのですから、「自分以外の意見」が周りから尊重されると、これに対して嫉妬心(しっとしん)が沸きあがり、意見交換を拒否し、相手の人格まで攻撃するようになります。

このクズ野郎!とか、このバカ者と、いきり立ちます。

# 提示された周囲の意見や見解をとりあえず否定します

周囲で盛り上がってきた状況に猛烈に反対はしないけれども、これには賛同できないと
反対する意見を述べます。

じぶんの見方が正しいと考えているからでしょう。

# じぶんのプライドにこだわります 

じぶんが正しいと言い張る人は、じぶんの外見はじめ、現在の仕事の種類、学歴などについて、予想以上にプライドにこだわる傾向があります。

彼のハートのうちには、おそらく虚栄心が潜んでいるのでしょう。

プライドが傷つけられると攻撃的になります。

*目先の問題の解決がじぶんの望むものでなければ納得できない

転がり込んできた目先の問題の解決がじぶんの希望どおりでないと納得しない
傾向があります。

その問題解決の選択肢がいくつあっても、じぶんの気に沿わない選択肢は無視してしまいます。

# 窮地に追い込まれると案外、弱さをアピールします

じぶんが正しいと言い張るのですから、じぶんが攻撃されたときに、これを回避する能力は通常の人より優れています。

というのは、「窮地に立たされる、じぶんの弱さをアピールして、批判されるとか、攻撃されるような状況を転換する防御策を取る能力があります。

この手法は、批判されたら、じょうずに責任を転嫁して逃げる姿勢といえましょう。

# 相手の価値観を否定します

じぶんが正しいと言い張るのですから、上からの視線になって相手を見下ろします。

じぶんが正しいのだから、価値観もじぶんの方が優れていると考え、相手の価値観を否定してしまいます。

# じぶんが正しければ相手の感情を無視してもよい

じぶんが正しければ、相手の感情など無視してもよいと考えています。

ここに紹介したタイプの人とは、できるだけ付き合いを避けるようおすすめします。

かかわると、安定した幸せな現在の生活を混乱される可能性があります。