時代がどう変わろうと、不変の言葉があります。

「今の若いのは!」という年長者の嘆きとも怒りともボヤキとも取れない言葉です。

この傾向は大昔、江戸時代になってもあった事でしょう。

それほど世代間の壁というものは想像以上に高いものだといえるようです。

さてそれで今現在、2018年の1月です。

10年ひと昔という言葉では言い切れないくらい時代の変遷は急激に進んでいます。

現代の大人が感じる、若者たちへの心配になっているあれこれ。

順を追ってみていく事に致しましょう。

世代が違うと価値観は大違い!

世代の違い。

今風に言うと「ジェネレーション・ギャップ」とでも言うのでしょうか?

とにかく年代が10も違って来たら全く異次元の人間を相手にしているかのような錯覚に陥りそうになるくらい、価値観が大きく変化していきています。

今の若者たちが持つ価値観。

世の中ではどのように思われているのでしょうか?

大人たちから見て現代の若者の生態は不思議


今の大人達の年代層(40代以上)が10代~20代だった頃というのは丁度20~30年前。

1970年~1980年代の頃です。

戦争が終わって早や25年以上が経過していた時代です。

ただ、当時の若者もご多分に漏れず大人世代からは目の敵のように見られていたわけです。

そんな過去を持つ今の大人達から見ても、今どきの若者たちはなお一層、不思議な生態の生き物に映っているのですから、歴史は繰り返すという言葉が本当に当てはまって面白いものです。

逆に若者たちも大人たちを不思議に思っている

ただ、世代間の違和感というものは若者側から見てもおかしいと感じている部分が多々あるのです。

これも時代がどう変わろうと変わる事のない、一種の文化の継承のようなものになっている嫌いもありますね。

今の若者(10代以上)が誕生したのが2000年前後頃。

もう世の中には携帯電話が普通に普及してします。

ネットも当たり前にあった時代です。

つまり意思伝達手段である携帯やネットが生まれながらにあったおかげで従来までの手紙に代表される挨拶の定型文を使う機会がほとんどないままに成長してきた、という事です。

この辺りに今の若者と大人の間に大きな溝を生んでしまった秘密が隠されているように思えるのですよね。

大人と若者、一緒にいると衝突することも多々

手紙のやり取りには必ずと言っていいくらい定型的な挨拶文が盛り込まれます。

「拝啓」から始まって「新春の候、◯◯」といった具合で相手に対して敬意を払う表現を遣うのが当たり前でありマナーであり常識だったのです。

ところが携帯などのメールが手紙に取って代わってしまい、面倒くさい処理は一切、省かれることになってしまいました。

要件だけを伝えるメールのやり方は、初めて手に持った幼少期の人間の脳に刷り込まれてしまうのに時間はかからなかった、という訳なのです。

よってまだ相手に対する「敬意」の気持ちを残している大人層とそれのない「若者層」が同じ空間にいれば衝突が起こってしまうのは避けられない事実となってしまうのです。

若者たちを見て大人が心配になっている12個のこと

それでは今の若者たちをみて大人が心配になっていることを12個、ご紹介していきましょう。

今の時代だからこそのものもあれば大昔からそのまま引き継がれてきたものまであってあ実にバラエティに富んでいますよ。

若者たちを見て大人が心配になっていること1:スマホ依存症


若者たちを見て大人が心配になっている事の最初の1つ目は「スマホ依存症」です。

「スマホ」、実に便利なものです。

21世紀の最大の発明かも分かりません。

携帯電話の機能にネットの機能をマッチングさせるとは本当に開発者に対して頭が下がる思いです。

と、褒めてあげるのはここまでです。

この今世紀最大のヒット商品に対しては内外から様々な意見や批判が上がってきています。

いわゆる「スマホ依存症」というやつです。

スマホ愛用者は片時もスマホから手が離れません。

通勤中の電車の中でも人混みの中を歩いていても。

若いお母さんも乳母車を押しながら必死になってスマホを見ています。

一体、何がそんなに大事だから始終、スマホを片時も離さずに見ているのか。

大人たちには全く理解できない行動なのです。

【スマホ依存の治し方は、こちらの記事もチェック!】

食事中もスマホをしているのは一緒に食べている人に対して失礼

朝、起きたらベッドの中でもスマホ。

帰宅してきたらすぐにスマホ。

会社に勤めている人達も休憩時間になったら一斉にスマホに手が行きます。

本当に何を見たいからそれだけスマホに依存するのでしょうか?

さて、スマホの依存のし過ぎはこれまでの社会規範を壊し始めてきているのも最近の若者たちの兆候かもしれません。

一つ挙げられるのが食事中でもスマホを触っている事です。

本来、食事というものは子供の頃からテレビを見ながら食べるものではない、と躾けられて育ってきたのが大人たちの常識だったはずです。

ところがいつしか若者たちはテレビを見なくなった代わりにスマホを見るようになりました。

それも食事中でも平気で。

確かにスマホは自分の席の上に置いておけば、テレビを見ながら食事するよりも多少は行儀がいいかも分かりません。

新聞を見ながら食べているお父さんに比べたら、よっぽどましなのかも分かりません。

しかし、やはりいけないものはいけないのです。

食事中というのは本来、食べる事が最大の目的のはずです。

そこには料理を作ってくれた人への感謝の気持ちも込めながらいただく、という意味合いもあるはずです。

第一、食事以外の事に夢中になっていたら、料理の味も分からないでしょう。

作ってくれた人に対して本当に失礼な事です。

このようにスマホに依存し過ぎると人間関係で重要な礼儀を逸する好意が頻繁に行われしまう訳です。

目は常に画面に集中しているのですから、周りの状況が分かるはずがないのです。

スマホに依存し過ぎる今の若者。

ほんとうに「ばかもの」と言いたいくらいです。

若者たちを見て大人が心配になっていること2:お金を稼ぐより自分の時間のほうが大事

若者たちを見て大人が心配になっている事の2つ目は「お金を稼ぐより自分の時間のほうが大事」という事です。

「お金を稼ぐ」。

人間が生きていく上において非常に大きな人生目標になるべき重要な動機となります。

俗に言う「ハングリーパワー」とでも言うものですね。

人間、大人になってから何で差がつくか、と言われれば間違いなく「いくら稼いでいるか」、でその人の値打ちが決まってしまうのです。

だから世の中に出たら学歴など関係ありません。

人の2倍も3倍も頑張って働いたものが勝者となれるのです。

皆、その目標を達成したいがため、頑張って稼ごうとしているわけなのです。

残業せずに定時ですぐ帰る

そのような姿勢は会社でも起こっています。

昨今はブラック企業という言葉が時代を反映している向きもありますが、だからといって仕事を定時内に終わらせるのは簡単ではありません。

特に営業系に携わる方全般につきましては、顧客に都合が大きく影響してきますので定時で帰れる事は1年を通してほんのわずかでしょう。

多くの場合は帰宅が20時台、21時台と言うのはザラです。

そのような仕事事情であるに関わらず、残業をせずにさっさと帰ってしまう若い人が案外、多いようです。

これは週40時間労働が法令化された辺りから顕著になってきた事例といえるでしょう。

確かに個人の価値観が尊ばれる時代です。

人昔前のような「モーレツ社員」「スパルタ社員」「24時間働けますか?社員」は絶滅したかも分かりません。

しかし、会社の仕事というのは、やればやるだけ業績が上がってその人の給与に反映される事も間違いありません。

そういった人達には人より「稼ぎたい」という欲望があるからこそ残業も厭わないのです。

そして20代の時だからこそ、身体に無理も効くのです。

この若い時の苦労の経験が10年後、20年後の自分に却ってくるのです。

だから20代の時に、残業を嫌がってサッサと帰ってしまっていては結局、自分にそれが全て帰ってくる、という事を忘れないようにしていてくださいね。

若者たちを見て大人が心配になっていること3:上司に飲み会に誘われても簡単に断る

若者たちを見て大人が心配になっている事の3つ目は「上司に飲み会に誘われても簡単に断る」です。

今どきの若者と一昔前の若者とを比較して、決定的に違うな、と感じるのがこの問い掛けですね。

どういう訳か今の若い青年たち(女子は意外と酒席参加のノリはいいです)は職場の飲み会に参加したがりません。

それが上司からの誘いであったとしても、です。

上下関係や飲み会の風習の常識が崩れている

私からしてもちょっと考えられない風景なんですよね。

会社での飲み会というのはある意味、仕事の延長という概念も含まれます。

通常の定時内での仕事では分かり合えない部分をお酒の場で「飲みニュケーション」することで人間関係がより一層、深まり仕事に対する意識が大きく変わるからです。

そりゃ、確かに参加への強制力はないですが、これも若いうちに行っておく方が何かと後々に役に立ってくるのです。

あなたがその会社で頭角を現したいのなら自分の時間や経済力が許す範囲で行っておくべきものです。

上司に誘われても断るという今の若者、確かに心配ですねえ。

若者たちを見て大人が心配になっていること4:恋人なんて必要ないと思っている若者が多い

若者たちを見て大人が心配になっている事の4つ目は「恋人なんて必要ないと思っている若者が多い」です。

この問題も私にとっては「謎」ですねえ。

どうして要らないのか、直接アンケートしてみたい気分です。

でも、これも時代の風潮なのか「面倒くさい」という理由をつける若者がやけに多いのも気になっています。

何をやるにしても「面倒くさい」で片づけてしまいます。

それならあなたはさぞ完璧な仕事が出来るのですね?と思ってその人の仕事っぷりを見てみたらこれが全然、箸にも棒にも掛からぬ酷い出来なのですよね。

恋人がいらない、という事は別の意味で考えたら「人の心の機微が読めない」という事にも繋がりそうなのです。

結婚にも興味がない若者が増えている

ハッキリ言って、人の心が読めない人に恋人どころか、友人を作る事も無理でしょう。

だからそのような人が結婚して家庭を持つ事など到底無理なのです。

だから今の若者たちが結婚に興味がないというのは嘘で、結婚して家庭を支えていく勇気も自身もない、という事になります。

そういう意味の取り方なら結婚や恋人に興味がない、というニュアンスも何となく分かってきますね。

要するに自分を一人前の人間に飾りたいだけなのです。

あなたが何とかかんとか世の中を渡っていけているように見えるのは先人たちが残してきた文明や便利な機械の恩恵を受けているだけなのです。

それらがなかった時代の若者とは比べものにならないくらい「赤ちゃん」なのです。

恋人を作って維持していこうと思ったら「逞しさ」というもの必要です。

それが男が女性をリードするという意味にも当てはまるのですよ。

若者たちを見て大人が心配になっていること5:子供が欲しいと思わない若者が増えている

若者たちを見て大人が心配になっている事の5つ目は「子供が欲しいと思わない若者が増えている」です。

まあ、恋人も要らない、結婚もしたくない、という人間が「子供は欲しい」と思うこと自体が間違っていますけれどもね。

子供は夫婦二人の愛情の裏返しでもあり、夫婦二人で共同して育てていかなければならないのです。

ハッキリ申しまして、20代の若者は「大人」という枠に入れることはできません。

「赤ちゃん」とは言いませんがまだまだ子供です。

親のすねをかじっているだけの子供です。

子供が子供を持ちたがってはいけません。

なので今の若者が子供を欲しがらない、というのはある意味で正解かも分かりません。

ただ、そのような傾向が一般かすると我が国の将来を憂うわけです。

結婚が晩婚化してくると出生率にも悪影響を与えます。

これも成熟した先進国の実情といったらそれまでかも知れませんがどちらにしても人口の減少は明るい未来が灯りません。

何故、結婚もしたくないのか、子供も欲しくないのか。

それは一人前になることを永久に放棄している気がしてならないのです。

せめて結婚して家庭だけでも持ってもいらいたいものですが。