現実世界は辛い。

そう考えている人は少なくありません。

人がエンターテインメントを見ることに楽しみを覚えるのは、できる限り、現実世界から逃れたいと考えるからなのではないでしょうか。

現実世界から逃れるのは実際にはとても難しいことではありますが、人は意外とそこから簡単に逃れるすべを持っているものです。

そうでなければ、辛い生活の中で得ポジティブに生きていくことはできないでしょう。

現実世界から逃れる一つの術として考えられるものの一つとして「空想」が考えられます。

空想というと思い浮かぶのは、まずは映画やドラマ、そして小説の中で考えられるものだと思っている方もいるかもしれません。

ですが、意外と人は簡単に空想の世界に浸ることができますし、その空想に助けられて生きているものなのです。

また、空想をする気持ちがなければ、そもそも「誰かの考えた空想の世界」であるフィクションの世界を楽しむことはできないでしょう。

ここでは、現実世界から少しでも逃れるために楽しむことができる「空想」について見てみることにしましょう。

「空想」の解説

まずは「空想」と言う言葉についての解説から始めたいと思います。

そもそも、空想というのはどのようなものなのか、と言われると困ってしまう人も多いでしょう。

空想をしてみると言われると、ほとんどの人がそれぞれに独自の世界を自分の中に作り出すことができるはずです。

空想をする力が全くないという人はなかなかいないからです。

ですが、それでは空想と言う言葉の定義は何かと言われると分からないでしょう。

態について考えたことのある人はなかなかいないからです。

意味が曖昧な言葉の説明は難しい

空想をすること自体はそれほど難しくはないのに、どうして空想と言う言葉の意味は分からないのでしょうか。

普段から良くしていることのはずなのに、それについて聞こうとすると簡単なことではないですよね。

その理由は、空想という言葉がとても曖昧だからです。

空想というのは頭の中で勝手に行うものであって、自分でしようと思って空想の世界に浸ることは滅多にないでしょう。

そして、空想をしている瞬間に、「今空想をしている」と思うことはないはずです。

自分が簡単に得できることであったとしても、空想というのはとても広い世界の言葉ですし、無意識に行っているに近いものなので、これと言って掴むことができない行動が「空想」なのです。

空想と言う言葉は、その内容と一緒で、定義をそう簡単に捕まえることはできないものだと言えるでしょう。

空想の意味

内容と一緒でそう簡単に捕まえることのできない空想と言う言葉についての定義とh、いったいどのようなものなのでしょうか。

もちろん、個人の空想の中身は個人ごとに異なっていますが、誰もが多かれ少なかれすることのある空想を広くとらえる言葉の定義について見てみることにしましょう。

現実にはあり得ないような事柄を想像すること


空想というのは、現実的には絶対にありえそうにもないようなことを想像するということを示しています。

空想という言葉には妄想や創造などのほかの類語もありますが、他の言葉と一線を画している部分は「現実にはあり得ないようなことを想像していること」というところなのではないでしょうか。

現実には絶対にありえないことを含んでいるので、例えばそれはファンタジーの世界や、SFの世界のことも含んでいるでしょう。

現実的ではない世界のことを言っているので、現実に近くても「起こりえないであろうこと」なら空想ということもあります。

ですが、可能性的には低すぎてほとんど0に近いことが分かっている世界のことを考えることを空想と定義します。

空想の使い方

空想という言葉はいったいどのようにして使われるものなのでしょうか。

普段の生活の中では当たり前のように空想をしているのに、空想という言葉自体を使うことはあまりないという人もいるでしょう。

非現実性の高い空想という言葉がどのような場面で使われているのかということについて見てみることにしましょう。

詳しく見てみると、意外と空想という言葉を使う頻度が高いことに気づくかもしれませんね。

空想に耽る

空想と言う言葉で一番使われる頻度が高いのは、「空想にふける」というものなのではないでしょうか。

空想というのは自分でしようと思ってできるものではありません。

そのため、つい空想の世界に入ってしまうという人もいるでしょう。

そういった状態の時を「空想にふけっている」という言葉で表すのです。

この言葉には必ずしもポジティブな意味が込められているわけではなく、多くは「ずっと空想なんかをしているのでどうしようもない」「地に足がついていない」というような意味でも使われることが多いものです。

実際にその人が空想をしているかどうかは別として、ぼうっとして心がここにないような様子の場合には「あいつは今、空想にふけっているから話しかけても無駄だ」というように使われることもあります。

実際には空想ではなくて妄想であるという場合もありますが、そういった場合に「妄想にふけっている」「想像にふけっている」と言う言葉が使われることはありません。

基本的に耽るのは空想ですね。

空想上の生き物

「空想上の生き物」と言う言葉も、映画や小説の中では出てくる言葉なのではないでしょうか。

「想像上の生き物」というと、どこか現実感のある生き物になってしまいます。

ですが、「空想上の生き物」と言うことで、ファンタジー世界に生きているような、絶対に現実に入るはずのない生き物であるということが分かるでしょう。

空想上の生き物と言う言葉を使う場合には、その言葉だけで、その生き物が実際にはいないということを表すことができます。

空想家

「空想家」という言葉が使われることもありますね。

人間の想像力というのは誰もが同じと言うわけではありません。

想像力が強い人はすぐに想像や空想の世界の中に入っていくことができますが、それほど想像力が強くない人の場合には、あまり頻繁に空想の世界の中に入っていくわけではありません。

そこで、すぐに空想の世界の中に入ってぼうっとしてしまう人、空想の世界の話をするのが好きな人の場合には、空想家と言う言葉でくくられることが良くあります。

空想家の人の場合には、空想があまりに身近にあるので自分が変わっているとは思わないはずですが、周囲から見ると空想の世界に生きているということが分かるので、空想家と言われてしまうのではないでしょうか。

空想科学小説

空想科学小説というカテゴリに含まれる言葉もあります。

これはどのような小説か想像がつきますでしょうか。

完全に空想の小説であれば、それはファンタジーとカテゴリに含まれるでしょう。

ですが、それに科学がついた場合には、空想の世界の中の話であり、かつ科学を使っている話となるので、これは「SF小説」ということになりますね。

英語で正確に言えば空想科学小説は「サイエンス・フィクション」ということになります。

空想をフィクションと言う言葉で表しているとすれば、サイエンス・フィクションと言う言葉をそのまま日本語にすると空想科学小説と言うことになります。

普段はただのSF小説として表していることが多いので、空想科学小説と言われても何のことか分からないという人も多いかもしれませんね。

空想の言い換え

空想と言う言葉にはたくさんの言いかえがあります。

広い意味で使われる言葉なので、類語もたくさんあるのです。

この類語の中でも妄想や想像を除いた空想の類語のついて見てみることにしましょう。

空想と言う言葉の言いかえには、いったいどのようなものがあるのでしょうか。

ファンタジー


空想と言う言葉にかなり近い言葉としてはファンタジーがあるのではないでしょうか。

ファンタジーと言う言葉を調べると、確かに空想と言う言葉が出てきます。

ですが、多くの人の想像の中では、ファンタジーという単語は「空想によってつくられた世界」のことを指すのではないでしょうか。

非現実的なことを想像する、その行為そのものを指すのではなく、空想によってつくられたいわば世界をファンタジーと呼ぶのであって、日本の言葉の中ではファンタジーは行動ではないと思っている人が多いでしょう。

また、空想と言ってもファンタジーとSFは違います。

現実的ではない世界のことを言うのなら、ファンタジーの中にSFを含んでしまっても良いのかもしれませんが、多くの人はカテゴリが違うものだと思っているでしょう。

そういった意味では、ファンタジーは「不可思議な世界」「現実的ではない別世界」のことを指すのであって「テクノロジーの進んだ近未来」のことを指すわけではないという意味で、空想という言葉との違いがありますね。

幻影

幻影と言う言葉も空想に近いかもしれません。

空想という行為が作り出したものが幻影として扱われることがあるのです。

それは、明確な形どられた世界ではない可能性が高いですね。

空想というと、どこか新しい世界を作り出しているように思えますが、幻影というのは、それよりもぼんやりして視覚に特化した世界のことを言います。

「何か現実的ではないものが見える」「現実にはないはずのものが見える」というときに、見えたもののことを幻影と言います。

ちなみに、何かが聞こえるような場合にはそれは幻聴であって、幻影ではありません。

他に幻影は「過去の何か」のことを指していることもあります。

過去に何かを成し遂げて、それをいまだにありありと思い浮かぶことができるときなどに「過去の幻影」問うような言葉使うことができるのです。

空想と言う言葉というよりは、空想によって生み出されたもの、特に視覚に特化したもののことを幻影と呼ぶと思えば間違いありません。

想像

何度か出てきてはいますが、想像という言葉も空想と言う言葉の言いかえの一つとなっています。

こちらに関しては、必ずしも同じ意味であるということはありません。

むしろ、想像と言う言葉の中に、どこか空想が含まれていると考えると良いでしょう。

この「想像」と言う言葉に関しては、下記で妄想や空想との違いについて詳しくご説明します。

虚像

虚像と言う言葉を空想の言いかえに当てはめる人もいるかもしれません。

確かに、空想というのは現実的ではない者のことを言いますから、虚像と言っても間違いがないところもあるのではないでしょうか。

虚像というのは、現実とは違うイメージのことを言います。

現実ではそのようなものではないのに、周囲や偽りの言動によってつくられたイメージのことを虚像というのです。

そのため、現実的ではないのに作られたという意味では空想と同じかもしれません。

ところが、虚像の場合には、その「間違っている形」が現実として認識されているという違いを持っています。

最初は空想から始まったことかもしれませんが、いつの間にか現実になって「間違っているのに受け入れられている」「間違っているはずなのに『像』としてはそこに存在している」ということがあれば、それを虚像と言います。

夢想

夢想と言う言葉も空想にとても近いものです。

夢を見ているように現実的ではないことを考えているというのが夢想です。

夢のようなことなのでもちろん現実的ではありませんし、それを使って判断をするというようなことがないというところが空想そのものですね。

実際にすぐに空想の世界の中言ってしまう人のことを「空想家」とは言わずに「夢想家」ということがあります。

最も、違いがあるとすれば、空想の方がいくらか強い気持ちで体型だって考えていることが多いということなのではないでしょうか。

夢想は、夢という字を使っているということもあり、ふわふわと曖昧で飛んで行ってしまうようにとりとめもなく考えているというときに使われる言葉です。

何か目的があるわけでもなく、何となくとりとめもなく記憶に残るわけでもないような空想をしているようなことがあれば、それは夢想と呼ぶのです。

ビジョン

空想と言う言葉をビジョンと言う言葉で表すこともあるようですね。

最も、ビジョンというのは、どちらかというと、しっかりと将来のことを見通して想像をしているという印象のある言葉なのではないでしょうか。

さらに言えば、どこか計画だっている想像の場合にはビジョンと言います。

「将来のビジョン」と言ったような場合には、将来という「経験したことのないことを想像している」にもかかわらず、非現実的なものであるという印象はあります。

自分の将来についての計画を立てているという意味になりますね。

その意味では、あまりビジョンと言う言葉に空想と言う言葉の類語だという印象はないのではないでしょうか。

空想・妄想・想像の違い

空想という言葉は、色々な意味を含んでいます。

なぜなら、個人の頭の中では人によって異なる想像の翼が働いています。

空想というと広い世界のものなので、その想像の種類によっては異なる言葉で定義されることがあるでしょう。

色々な類義語の中でも、最も空想と言う言葉に近い言葉があるとすれば、それは「妄想」と「想像」なのではないでしょうか。

この三つはとても似ているため、どこか意味が被ってしまって、どれが空想で、どれが妄想で、どこまでが想像なのかが分からないという人もいるでしょう。

もちろん、普段の生活の中でそうそう使う言葉ではありませんから、その定義が少しくらい被っていても問題はありません。

ですが、せっかく空想と言う言葉について詳しく見ているのですから、三つの言葉が被らないようにきちんと定義の違いを確認して見ることにしましょう。

妄想の意味

まずは、空想と似ているようで全く違う「妄想」という言葉についてご説明いたします。

空想と言う言葉でさえも、あまり良い意味で使われることがない印象ですが、妄想という言葉だとさらに良い意味では使われない言葉のように思われるのではないでしょうか。

空想の場合だと「現実に即していない」「全く可能性がないような」ことを想像するというのが定義でした。

ところが、妄想というと、空想よりももう少し現実に即した想像ということになるでしょう。

全くの別世界のことを考えているのではなく、自分の世界のことを考えているときに妄想と言う言葉が良くあてはまる状況になります。

根拠のない想像

妄想は、空想よりは現実に近いような想像をすることを言います。

ただ、それは玄逸世界に「近い」というだけであって、現実世界で起こると言うわけではありません。

全く根拠のない物事に基づいての想像をすることが妄想に当たるのです。

もちろん、空想も正確に言えば根拠のない想像ということに違いありません。

ただ、空想では「根拠があるかないか」ということはあまり問題にはならないのです。

なぜなら、それは現実世界と全く異なるからです。

そもそも根拠を求める必要がないでしょう。

ただ、妄想の場合には「根拠があるかないか」ということがとても大切なポイントとなります。

現実に少し近いところでの創造のために、「根拠がない想像である」ということをしっかりと弁えていなければ、妄想に飲まれてしまいます。

正しくない思念

妄想は多くの場合が正しくない思念でできています。

現実に近いところにある想像であることには違いありませんが、それは確実に「正しくはない」ものなのです。

創造というのは基本的に正しくないものでできていますが、妄想の場合には「確実に正しくない」ことが分かっています。

現実を基にしていながらも、それは空想の世界です。

現実という世界の中に空想というスパイスを与えた程度なら良いですが、基本的に妄想は想像の世界の中に現実というスパイスを与えた程度の「現実との近さ」です。

それが現実になることは滅多にないですし、基本的には正しくない思念でできているため、現実と空想の世界の境目が分からなくなってしまうと、妄想が「正しくない」ということを忘れてしまいがちになります。

現実でない事に対して病的原因からいだく誤った判断や確信

妄想は現実に根差していることのことが多いですが、それが確実に「正しくないものである」というのは上述の通りです。

ところが、その妄想は現実世界よりもずっと楽しいものであるため、一度その妄想に取りつかれてしまうと、現実世界との違いが分からなくなってしまいます。

現実世界が正しくて、妄想の世界は間違っているはずなのに、現実世界が辛いと思ってできる限り妄想の世界に逃げてしまうと、いつの間にか自分の中では妄想が現実のように思えてしまいます。

そして、その間違った妄想から判断や確信を抱くようになります。

それはどこか病的なように思えるのではないでしょうか。

妄想と言って「いけないこと」だというイメージを抱く人が多いのは、妄想と現実の違いが分からなくなる人が多いからでしょう。

妄想が病的になってしまっては終わりです。

そういった意味では、妄想は空想よりもずっと怖いものだと言えるかもしれません。

想像の意味

ここまでも何回も出てきていましたが、次には想像という言葉について見てみることにしましょう。

想像という言葉は妄想や空想という言葉を広く含んでいるような言葉のことを言います。

妄想や空想も、全ては想像と言う言葉に含まれています。

想像の中でもある種のカテゴリに含まれているものが、妄想であり、空想であるのです。

それでは、この空想と言う言葉は広くどのような意味を持っているものなのでしょうか。

実際に経験していない事柄を推し量ること

想像の正しい意味については、実際に経験していない事柄を推し量ることを言います。

想像というのは自分の頭の中で怒っていることであって、決してそれは現実世界に起こることではありません。

実際に経験していないことだからこそ、頭の中で自由に作り出すことができるのです。

この「作り出す」という行動が想像に当たります。

まだ現実世界に降りていない未来の現実のことであれば、それは想像になるでしょう。

もしくは、全く起こっていないこと、起りそうにもないことを自分の頭の中に作り出すことも想像と言います。

とにかく、自分がまだ実際に経験していないことを言うのが「想像」なのです。

その作り出していることが「現実に近いけれど正しいとは言えないこと」であれば、それは「妄想」になるでしょう。

そして「全く現実世界では置きそうにもないこと」だとすれば、それは「空想」となります。

例えば近い将来に起こりえそうなことを予想する、その場面をありありと自分の頭の中に考え出してしまうようなことがあれば、それは「想像」という言葉でくくられるのではないでしょうか。

また、他の人の感情や過去を自分の心の中に作り出すというのも想像と言うでしょう。

実際に知覚に与えられていない物事を心に思い描くこと

実際に近くに与えられていない物事を心に思い描くことも想像です。

必ずしも「現実に起こりえない場面」を頭の中に作り出すことだけが想像ではありません。

実際に近くに与えられていない物事をありありと心に思い描くことも想像です。

場面を想像するだけではなく、「視覚」や「聴覚」に与えられる刺激を予想する、心に思い描くということも想像に当たります。

場面を明確に想像するというだけではなく、与えられる刺激だけを想像するということもできるのです。

現実ではないという点では同じ意味

想像も妄想も現実的ではないという点では同じ意味になるでしょう。

それは、空想でも同じです。

現実的ではない、自分の心や脳の中で作られる世界、世界を作ることを想像、妄想、空想と呼んでいるのです。

現実ではないからと言って侮ることはできません。

それが自分の判断を作るものでもあり、自分の世界を作るものでもあります。

ですが、やはり現実ではないのです。

現実世界の前には想像力というのは、やはり「現実性がない」という分、弱いところがあるでしょう。

特に、意思決定や判断と言った面では「現実的ではない想像や妄想に左右されること」を嫌う人が多いでしょう。

ですが、一方で想像力がなければできない判断もあるので、現実的ではないからと言って脆弱と言うわけではありません。

空想:小説や映画といった作品など憧れるような非現実性

空想と言う言葉について振り返ってみることにしましょう。

空想というのは、小説や映画の作品になるような憧れる非現実性のことを言います。

こういった作品は、演出家や脚本家の中にある空想の世界をできる限り現実の世界に映したものを言いますが、やはり、それでも現実世界ではありません。

人々の憧れを刺激するような世界を作るのが空想力であり、非現実的だからこそ人の心をひきつけます。

妄想:限りなく現実的だがマイナスな意味で使われることが多い

妄想というのは空想に対して、限りなく現実的ではあります。

ですが、それは正しい世界で会はありません。

現実的ではないという点では空想も妄想も同じです。

ですが、人の憧れを誘うような非現実性を持っているわけではなく、むしろ、他人からは嫌われるようなマイナスで使われることのある言葉です。

もちろん、妄想をしている本人にとってはとても楽しいことかもしれません。

ですが、それは他人にとってはマイナスなイメージになることが多いのです。

想像:仮定を考えていろいろと答えを見出すような感じ

想像というのは、家庭を考えて色々と答えを見出すような感じに近いかもしれません。

三つの言葉の中では最も現実に近いと考えることができます。

もちろん、妄想や空想も想像の中の一つになります。

ですが、想像を空想や妄想の入らない範囲と考えると、残った部分だと思えるでしょう。

それは例えば「答えを見つけ出すために必要なことを頭の中で考える」「選択肢を頭の中で作り出す」というようなイメージになるのではないでしょうか。

きちんと順序だてて現実のために使うことができるようなことを考え出すのが想像なのです。

3つの違いをまとめると…

三つの違いをまとめると、頭の中の世界であるということには違いがありません。

ですが、非現実性がかなり強く現実の世界からかけ離れたところにあるのが空想、現実に基づいているものの根拠のない、正確さのないものを頭の中で作り出すのが妄想、そして頭の中で作り出すものの中でも空想と妄動を除いた部分のことを特に想像と言います。

似ている言葉はたくさんあるものの、しっかりと違いがあるということになりますね。

この違いを把握しておくと、自分がしている「頭の中での創造」が何に当たるのか分かるでしょう。

空想は薬か毒か?

ここまで、空想や妄想がマイナスなイメージで使われることもあるということをご説明してきました。

現実的ではないというところから、あまり良い印象を抱かれるわけではないのです。

実際に、知に足をつけている方が好まれるのであって、空想が現実の生活の中でダイレクトに役に立つと言うわけではないというのは、誰もが分かっているはずです。

ですが、必ずしも空想を自分の生活の中から省かなければいけないと言うわけではなく、きちんと正しく扱うことができれば、空想は「薬」になりえます。

辛い現実を忘れされてくれるものでもありますし、他人の気持ちをきちんと分かるようにする、他人がしてきた経験をしっかりと理解するというようなときにも役立てることができます。

空想力がある人は世界も広く、その世界の広さが自分の人生の中で全く役に立たないということはないでしょう。

たまには空想の世界に浸るのもいいですよね

いかがでしたか?
空想の世界に浸っているというと、あまり良い印象を持たれないということもあるでしょう。

現代では、現実世界にしっかりと足をつけて生活をしているということがとても大切なのです。

だからこそ、空想の世界に浸っていると言うと、現実的ではない人間だとして避けられてしまう傾向があります。

ですが、空想の世界に浸るということが悪いことばかりのはずがありません。

空想の世界に浸るのが駄目なことなのだとすれば、ファンタジーやSFの映画は流行っていないでしょう。

空想の世界に浸ることが避けられるのは、現実的な世界でしっかりと生きなければいけない時です。

そうではない時、例えば、現実世界から逃れて癒されたいと思っているときなどは、空想の世界に浸ることで自分の現実を少しでも忘れることができます。

絶対に現実でできないということが分かっているので、空想の世界では困ることがあっても、楽しいことがあっても、それは自分の頭の中で自由に作ることができます。

困難もどうにかして解決することができるでしょう。

空想をしてばかりいると、それは地に足のついていない生活になってしまいますが、空想をしてはいけないわけではありません。

疲れてしまったときなど、時には空想の世界に浸って「自分だけの世界」を作ってみても良いのではないでしょうか。