自分は名誉とか関係ないと言いつつも、実際は名誉のある人間になりたいと思っている人は案外多いのでは?

名誉は簡単に手に入れることができないからこそ価値があるのです。

名誉は自分で決めることではなく、他人が評価してくれるからこそ名誉が付いてくる。

世の中には名誉教授や名誉勲章など、たくさんの言葉があります。

たくさんの名誉という言葉がありながらも、名誉のある人と言えるのは、ほんの一握り。

名誉を手に入れたいと思っても一日二日、いや十年かけても手に入れることはできないかもしれません。

何故なら、自分で判断するものではないからです。

他人や周囲の知人が認めてこそ、名誉は手に入るものだからです。

少なくても名誉、名誉と考えている時点では、名誉は手にいれるには遠いかも知れません。

名誉は自分の自信につながる


名誉があると自分にとって、どのように変わるのでしょうか?

やはり自信です。

周囲の人に認めてもらえることは大きな自信に繋がることができます。

例えばヒトツの作業を黙々とこなしている職人さんがいます。

自分の自己満足の為に黙々と作業をしている人もいるでしょうが、ほとんどは作った作品を世の中の人に共感してもらいたいと思うからです。

認めてもらうことで、その人の作品の価値は高まるからです。

ただの無名の職人さんが多くの人から共感されることで「先生」と呼ばれることが多くなります。

先生と呼ばれることで指導者となり、自信に繋がって行きます。

自分のやっていた行動は間違いがなかったと強い自信にかわり、名誉となるのです。

自分自身の価値を周囲に認めてもらうことは名誉です。

自信がつけば、よりステップアップすることができます。

ですが、逆パターンもあります。

名誉とは?

そもそも名誉とは何?ということですよね。

「オレ、名誉ある人間だから」と言ったところで誰も名誉ある人間とは思いません。

名誉とは本来、人の才能や努力の結果などに関する輝かしい評価のことです。

ヒトツのことを成し遂げて作品を作ることや、損得にかかわらず相手の命を救うこと、誰もが努力の結果に感動することができる行動を起こした人が名誉を手に入れることができます。

名誉のカタチは表彰されることや勲章をもらえることが一般的に多いです。

名誉のカタチがないとしても周囲の噂で「尊敬するべき凄い人」と広まれば、それもヒトツの名誉となるのです。

逆に他人の功績や業績を許可なくマネをして自分の物にする人は名誉毀損となり、時には法的に罰せられることがあります。

名誉を手に入れた人の才能や努力は、その人の価値となり財産になるのです。

だからこそ、マネをして自分のものにすることは許されないのです。

良い評価をされること

褒めて育てるという教育がありますが、他人から褒められることに嫌な気分になる人はいません。

逆に自分が一生懸命に熱意を込めて続けたことを「悪い」と酷評されるとヤル気もなくなるものです。

「もしかしたら、自分が行っていることは間違えていることなのかも知れない」と自信もなくなります。

他人に評価される為に打ち込んでいるわけではありませんが、やはり周囲から良い評価を得ることは、自分が続けてきたことが間違っていないという確信に変わること。

良い評価されると自信に繋がり、より良い結果になります。

良い評価をされると周囲の人が一緒になりサポートをしてくれます。

例えば職人技は受け継がれて行き、伝統になるのです。

人格的価値があると思われていること

例えば「協力してほしい」と他人から頼まれたときに即OKの返事を躊躇うことがあります。

協力することが自分にとってリスクがあることであれば躊躇して考えることは当然です。

躊躇するとき、協力するべき相手が本当に信頼して良いのか?考えますよね。

お金であれば尚更、その相手を信用できる人じゃなければ協力はできない。

人格的に価値がある人であれば、協力することを惜しみなくできるはずです。

それは信用できる相手だからです。

人格的価値のある人は、名声や名誉、栄冠がある人間であること。

要するに周囲から尊敬されるような人間であることです。

誰にだって人格的価値はあります。

第三者が人格的価値を否定する権利もありません。

ですが、人格的価値があり名誉に値するかは、功績が認められて尊敬するべき人格で価値のある行動を起こした相手に名誉がついてくるのです。

名誉の同義語は?

名誉の同義語は「讃美」「名声」「雷名」「光輝」「栄冠」「礼賛」「栄光」「栄名」などを言います。

例えば讃美であれば褒めたたえることになり「偉業を讃美する」「自然を讃美する」などの言葉がありますね。

栄光であれば「栄光を手に入れることができた」などスポーツで優勝したときにも使われる言葉です。

「周囲から礼賛を受ける」「先人の偉業を礼賛する」どの言葉も褒める、すばらしい価値あることと認めていることになります。

そう言えば、曲で「栄光の架け橋」というタイトルがありました。

栄光を手にいれるまでの努力や下積み期間を語っている詩ですが、名誉を手に入れるまでは努力があるからこそ、栄光を手に入れることができ周囲から尊敬されて褒めたたえる結果を残せるのです。

名声

名誉の同義語で「名声」という言葉があります。

名声とは。

「名声を博する」や「名声が高まる」などで使われることが一般的です。

誉れ、良い評価の声にすることです。

「あの御医者さんは名声が高い」と言えば、周囲から良い評判の声を多く聞こえる信用できる名誉ある人間と言うことになります。

逆に「名声を傷つけられた」なども、今の時代だからこそ使う言葉かもしれません。

今まで良い評判を受けていた名声が高い人が、ネットや第三者の言葉で評価を下げられてしまうことです。

名誉や名声は人間によって認められ、褒められる一方で人間によって傷つけられてしまうことがあります。

名誉や名声を得るために努力が必要です。

一瞬では得ることができないものです。

しかし名声を失う、名声を傷つけることは一瞬の出来事です。

特にタレントさんは長年の実績や活動を認められて良い評価を得て名声を高めることができます、ひとつのトラブルが一夜にして名声を失うことにもなるのです。

一度、名声を失うと再び名声を上げることは難しいことです。

光栄

「お目にかかれて光栄です」という言葉をよく耳にします。

光栄の意味は、輝くばかりの身の誉れ、名誉に感じることです。

光(ひかり)と栄(さかえる)(はえる)、この二つの漢字を合わせると、「光り輝くようなさま」「栄えて光る」になります。

光輝き栄えることを意味します。

光栄は感謝や喜ぶ様を伝える言葉として使われます。

「お目にかかれて光栄です」という意味は、光輝く貴方と会えることに感謝している気持ちを伝えているのです。

「お目にかかれて光栄です」と思える相手はいますか?

嬉しいと思う相手は多々いても、光栄と思えるような相手は、なかなかいません。

光栄と使うような相手は尊敬するべき相手に対して使うことが多いですね。

名誉だと思う5個のこと

名誉ある人間になる為に必要なことは何でしょうか。

名誉だと思う行動をすることです。

それは難しいことではありません、人の役に立っていることをすれば良いのです。

要は社会貢献をしている人を見ると尊敬をします。

自分も人の役に立ちたいと思う気持ちがありながらも、何をすれば人の役に立つのかが分からない。

しかしながら、すでに社会貢献をしようと思う気持ちが名誉ある人間に近づく第一歩です。

自分自身が名誉だと思うことを自分も同じように実践してみれば良いのです。

「なかなか名誉ある人間なんてなれない」と考えてしまう前に、実際に名誉だと思うことを考えてみれば良いのです。

大それたことはしなくても、日常には感謝するべき行動をしている人がたくさんいます。

人の役に立って感謝されること


名誉だと思うことの第一歩は人の役に立って感謝されることです。

「なかなか感謝されない」と考えがちですが、関節的にでも世の中は誰かの役に立っていることをしているのです。

自分では感謝されている実感がないとしても、実は貴方の行動で誰かが感謝しているのかもしれません。

例えば新人が入ってきて仕事にも職場の雰囲気にも慣れていない頃に、率先して声をかけてあげることや仕事を教えること。

新人教育を任されていない立場でも相手のことを思いやる気持ちが、すでに新人に感謝をされていることです。

周囲からも尊敬するべき人間になります。

自分の中でしていた行動や相手を思いやる気持ち、些細なことですが褒められたり、感謝される行動です。

たった1回きりでは名誉なことにはなりませんが、当たり前にすることが「あの人は凄い」になり、賞賛されて名誉になります。

更に社会にとっても役に立てばもっと名誉を感じる

更に社会の役に立つ行動をすれば、もっと名誉を感じることができます。

それが社会貢献です。

分りやすい職業で言えば、医者や職人などは名誉を感じることができます。

医者は命を救うことや病気で苦しんでいる人を治すことが仕事です。

けして失敗をすることが許されない、緊張感のある職業です。

「今日はダルいからズル休みしようかな」甘い考えが通らない仕事です。

何故なら、多くの患者が医者に助けを求めているからです。

またヒトツの作業をコツコツとこなす職人さんも名誉を感じることができます。

人間は壁にあたると挫折をしたくなるものです。

人生は上手く行くことばかりではありません。

そんなときに誰でも一度や二度は投げ出してしまうことがあります。

挫折を感じて投げ出してしまえば、今まで積み重ねてきた努力は終りです。

壁を乗り越えるから今までの努力が社会の役に立ち、功績になるのです。

社会の役に立つためにしていることを否定する人もいます。

ですが他人が否定しているから自分の信じていたことをあきらめることは、挫折したことになります。

自分が正しいと思ったことは信念を持ち、続けることが社会の役に立つことになり名誉を感じることに繋がるのです。

人の命を救うこと

人の命を救うことは名誉ある行動のヒトツです。

例えば命がかかる大きなトラブルに遭遇したときに他人より自分を守りたいと思うものです。

それは間違っていることではありません。

それが本来の人間の姿だからです。

例えば海に大勢の人が投げ出されて救助ボートがやってきた時に5人しか乗れないとすれば、大勢の人は次の救助ボートを待つことになります。

助かる気持ちを残しつつも、体力は消費して行きます。

1分でも1秒でも暖かい場所に行き、適切な処置をしてもらいたい。

赤の他人を思い願うことなんて出来ません。

ですが精神的にも追い込まれるようなパニック状態の時でさえも、冷静さを失わずに相手を思いやる気持ち、他人の命を考えることが出来る人がいたら、どうでしょうか?

尊敬をして名誉ある人間と思うことでしょう。

日本人は特に相手を思いやる心がある国と言われています。

大きな震災時や大きな事故に遭遇したときも協力して人の命を助ける現場を目にします。

人の命を救うことは、大きな器を持っていないと出来ない。

でも突然のパニック状態の時だからこそ、とっさの行動が出来るのかも知れません。

事故現場などで助ける

事故現場は常に想定外の状況です。

予想していないだけに精神的にパニックを起こしてしまいます。

事故現場で自分自身も怪我をしていたら尚更です。

ですが自分の怪我よりも、更に大きな怪我をしている人が隣にいたらどうでしょう。

自分自身は歩くことができる、でも相手は一人では歩くことができない。

そんな事故現場に遭遇したときに赤の他人であろうと助けなきゃと思うものです。

事故現場に遭遇していないと「いや、オレは間違いなく相手を助けるね」「いや、自分は他人のことなんて助けることが出来ないと思う」など賛否両論な答えがあります。

ですが、事故現場は常に想定外です。

予想して起こることがない現場だからこそ人間の本性が出ます。

「自分は他人のことなんて助けることが出来ないと思う」というような謙虚な人ほど、事故現場では赤の他人を助ける。

普段からドヤ顔で「俺は他人を見捨てない」という人ほど、想定外の事故現場では騒ぎパニックを起こします。

事故現場で人を助ける行動を損得なしに自然に出来ることは尊敬されるべきこと。

名誉に値することです。