何か突然驚くことに見舞われた時や、不意の出来事があった時などに、「寝耳に水」という表現をすることがあります。

「そんな話は寝耳に水だよ~」と使う機会は少ないにしても、実際にそうした表現をすることはあるため、意味を知っておくことで、いざという時に自分も使うことができるでしょう。

寝耳に水」の正しい意味や使い方、またそれに類似することわざなどをご紹介していきます。

さまざまなことわざを知って、その場に合わせた使い方をしていきましょう!

寝耳に水は刺激が多い!

「寝耳に水」の意味をよく知っている人は、誰かが「寝耳に水だった!」と言えば、「何かとても驚くような出来事があったのだろうな。」と想像することができるでしょう。

一方で、「寝耳に水」ということわざの意味を知らない人では、「何それ?」と意味が分からずに疑問に思えてしまうでしょう。

他の慣用句やことわざ同様に、「寝耳に水」という言葉も知っている人にはさも納得できますが、知らない人には何のことだか意味が分からない言葉です。

社会人になってからもあまり使う機会はないにしても、このことわざ自体はそれなりに世間に知られていますので、いざ誰かが使った時に言葉の意味を知らないと、「そんなことも知らないのか?」と人から小馬鹿にされてしまったり、教養がないと思われてしまったりするかもしれません。

そうなっては恥ずかしい思いをしてしまいますので、社会人が当たり前に持っている教養のひとつとして、「寝耳に水」の意味や使い方をしっかりと把握しておきましょう!

寝耳に水とは?

「寝耳に水」は、「寝耳に水の入るごとし」という言葉の略語です。

「寝ている状況で洪水などの濁流の音が耳に飛び込んでくるような恐ろしいこと」が由来とされています。

寝ている時にいきなり耳元で濁流の音がすれば誰しもひどく驚いて飛び起きることでしょう。

また、そこから転じて「予測していない不意の出来事や報告に驚くこと」といった意味になりました。

最近では不意の出来事を知った時だけでなく、初耳のことに対しても使われることがありますが、本来の意味は予測していない不意の出来事があった時にのみ使いますので、実際に「寝耳に水」と使う時には、本来の意味として使うようにしましょう。

予測していない出来事とは、例えば同僚が仕事ができなくなり、その分の仕事量まで突然自分にふられてしまった時や、まったく意識していなかった異性から唐突に告白をされた時などでしょう。

自分ではまったく予測していない出来事ですので、それが起きた時には誰でもパニックになってしまうでしょう。

良い意味にも悪い意味にも使う

「寝耳に水」のことわざの由来から、悪い意味として想像する人は多いでしょう。

また、実際に使う際にも、悪い意味として使う人は多いです。

しかし、「寝耳に水」は悪い意味としてだけでなく、良い意味としても使うことができます。

例えば亡くなった両親が実はかなりの遺産を遺してくれていたことを知った時や、買うだけ買って忘れかけていた宝くじが当たっていることに気付いた時など、予期せぬ良いことがあった時などにも、「寝耳に水のことが起きた」と表現することがあります。

似た意味の言葉

「寝耳に水」は、予測していない不意の出来事や報告に驚くという意味です。

時々使われることがありますが、同じような意味を持つことわざもいくつか存在しています。

類似したことわざを知っておくことで、使い方にバリエーションを出すことができますし、何かの拍子で知識が役に立つことがあるかもしれません。

また、誰かが類似のことわざを口にした時に、意味を知っていればすぐにそれに言葉を返すこともできますので、知識として類似のことわざも頭に入れておくと良いでしょう。

「寝耳に水」の類似のことわざにはどのようなものがあるのかを以下にご紹介していきます。

青天の霹靂

「青天の霹靂」とは、元々は「晴れ渡った空に突然起こる雷」という意味の言葉です。

これが転じて「急に起きる変動や大事件」また「突然受けた衝撃」などの意味を表わす言葉としても使われるようになりました。

例えばある会社で長年真面目に働いていた事務員が、実はこっそりと会社の経費を使い込んでいたことが発覚した時に、それまでその人のことを真面目な社員だと信じていた人たちは、まさに青天の霹靂の心地になることでしょう。

また、長年連れ添った伴侶が、晩年になって実は不倫をしており、その相手との間に子どもまでもうけていたことが発覚した時にも、配偶者を含めた身内全員が青天の霹靂に襲われることでしょう。

青天の霹靂は、「寝耳に水」と同様に、良い意味としても悪い意味としても使われますが、どちらかと言えば悪い意味や大きなショックを受けた時などに使われることが多いでしょう。

青空に突如として雷が落ちるほどの驚きや衝撃ですので、まさに心臓がひっくり返るほどに驚いた時にこの表現が用いられます。

驚きの度合いとしては、「寝耳に水」よりもやや大きいかもしれませんね。

藪から棒

「藪から棒」とは、藪の中から突然に棒を出すというのが本来の意味です。

これが転じて「突然に物事を行うさま」という意味で使われるようになりました。

また、「唐突」や「だしぬけ」などの言い方をすることもあります。

何の前触れもなく、突然に「そういえば最近会社を興したんだけどさ。」などと言われたら、そんな話は初耳だった人は「藪から棒に何だよ」と驚いた気持ちでこの言葉を使うことがあるでしょう。

最近では、唐突に話し始める人や、何かを報告する人に対しても「なんだよ藪から棒に」と使うことがありますが、本来は突然物事を行った人に対して使われる言葉です。

藪から棒は、寝耳に水よりも比較的気軽な表現として用いられることが多いでしょう。

寝耳に水の例文

「寝耳に水」は、日常会話の中ではそこまで頻繁に使われる機会はないかもしれません。

とはいえ、時々何かの拍子でその言葉を聞いたり、使ったりすることはあります。

その際に言葉の意味をきちんと理解していなければ、相手の言いたいことを勘違いしてしまったり、または間違った使い方をしてしまったりするかもしれません。

言葉の意味をはき違えるのも、誤用してしまうのも、社会人になってから他人に指摘されると恥ずかしい思いをすることになりますので、しっかりと意味を理解した上で正しい使い方をしていきましょう。

「寝耳に水」の正しい使い方の目安として、いくつかの例文を以下にご紹介していきます。

意味が理解できてもいまいち使い方が分からないという人は、ぜひ参考にしてみてください。

付き合っている彼に奥さんがいたとは、寝耳に水だった


大好きな彼氏のことは、彼女であれば何でも信じたいものです。

日頃から優しくて誠実で、愛情を疑うところなんて微塵もなければ、「自分のことだけを愛してくれている」と彼女は心から信じられることでしょう。

しかし、信じてやまなかった彼に、実は奥さんがいるという事実をもし知ってしまったなら、まさしく寝耳に水と言えるでしょう。

完全に彼のことを信じ切っていた彼女にとって、奥さんの存在は耳を疑うものです。

真実を知った最初の驚きを表現する際に、「付き合っている彼に奥さんがいたとは、寝耳に水だった」と使うことがあるでしょう。

その後の強い悲しみや怒りといった感情は、さらに別の言葉で表現することになります。

この場合の「寝耳に水」は、大きな衝撃や驚きといった感情にのみ当てはめられています。

偏差値が低いのに東大に入れたなんて、寝耳に水だ

東大と聞くと、入るには相当頭が良くなければならないイメージは誰もが持っていることでしょう。

実際に、東大はかなりの難関大学ですので、入学しようと思ったら周りよりも秀でた知識が必要とされます。

高校までは試験をすることで偏差値を出しますので、東大に入れるレベルとなると、当然偏差値も高くなければなりません。

偏差値は高ければ高いほど頭が良いとされ、低ければ低いほど、入学先の幅が狭くなっていくのが一般的です。

そのため、偏差値が低い人は当然東大には入れないと考えられていますので、その当たり前の考えを覆すかのように、偏差値の低い人が東大に合格した場合、周りはまさに寝耳に水の驚きでしょう。

このような場合に用いられる「寝耳に水」は、「そんなバカな」や「信じられない」といった驚愕の感情を含んでいます。

突然リストラだなんて、寝耳に水だ

何年も真面目にコツコツ働いてきたのに、ある時急にクビを宣告されてしまったら、誰もが驚愕して、呆然としてしまうでしょう。

働いている会社でリストラをされてしまう理由として、会社の経営不振や個人の能力の限界、また兼務態度やトラブルを引き起こした場合や、もしくは引越しや出産などのさまざまな事情がありますが、自分自身は真面目に一生懸命に働いているのに、会社の都合によってリストラされてしまうことは何よりも辛いことでしょう。

また、当人にまったく身に覚えがないからこそ、クビを宣告された時にはまさしく寝耳に水の心地でしょう。

寝耳に水だと感じやすい人の特徴

「寝耳に水」というのは、自分がまったく予測していない出来事や報告によってとても驚くことです。

寝耳に水は誰にでも起こりうる可能性のあるものですが、ある特徴を持った人は、人生で何度も寝耳に水を経験することがあるでしょう。

では、どのような特徴を持った人が、「寝耳に水」の状況に陥りやすいのでしょうか?以下にその特徴を挙げていきます。

想像力が少し弱い

「寝耳に水」すなわち予測していなかった出来事に驚きやすい人というのは、他の人よりもやや想像力に欠けている傾向があります。

物事をよく考える人や、慎重派の人は、何をするにも「これをしたらああなるかもしれない」や「行動する前によく考えよう」とあれこれと思案を重ねます。

いわば「石橋を叩いて渡る」タイプの人ですが、慎重に考えてから行動する人というのは、常にいくつかの可能性を頭に思い浮かべながら生活をしています。

例えば朝は眠いけれども、もしかしたら電車が遅れるかもしれないと自分なりに予想して、いつも予定よりも1本早い電車に乗ったり、また例え仕事が早く終わっても、「明日になったら急な仕事が入るかもしれない」と予想して、明日の仕事にも手をつけておいたりと、常に何かしらの予測を立てて行動しています。

何もなければ「考え過ぎだ」と周りから言われてしまうかもしれませんが、いざ何かあった時にはパニックになったり焦ったりする必要がないため、賢い生き方をしているとも言えるでしょう。

慎重なタイプの人ほど想像力が豊かですが、そうした慎重さがなく、のんびりと日々流されるように生活を送っている人は、想像力があまり活躍しないため、ちょっと何かイレギュラーなことが起こるとその度にとても驚いてしまいます。

物事の変化をしっかり観察していない

想像力の弱い人は、目の前の出来事や世界情勢の流れ、また物事の変化などをしっかりと観察していないことが多いです。

例え目の前で何かしらの動きがあったとしても、それに関心を向けることをしなかったり、または「自分には関係ない」と無視したりしますので、実際に自分にも火の粉がかかった時には信じられないというように慌てふためいてしまいます。

現代社会においては、他人に無関心な人が増えてきています。

都心のマンションなどでは、隣にどんな人が住んでいるのかもまともに把握できていない人が増えているように、人同士の繋がりが希薄になってきている傾向があります。

そうした傾向が強い人ほど、自分の周りのことや、自分自身に対しても関心が薄くなっているため、いざ自分に何かあった時には必要以上に驚いてしまうのです。

細かく世の中の動きに必ず目を向けなければならないということではありませんが、自分の周囲のことくらいは把握しておかなければ、寝耳に水を何度も経験してしまうことになるでしょう。

人を信用しやすい


人を信用しやすい人は、他人の言うことを簡単に信じてしまいやすいです。

ろくに天気予報を見ていない人が「明日は晴れると思うよ」と言えば、「思うよ」という予測の部分は深く考えずに、「そうか明日は晴れるんだな」と信じ込んでしまいますし、信憑性のまったくない他人の噂話を、そのまま信じてしまうことも少なくはありません。

また、例えばテレビで納豆が健康に良いと放送されれば、自分は何の科学的な根拠も得ていないのに、「テレビで良いって言っていたからいいんだ」と信じ込んで納豆ばかりを食べるようになりますし、その他の新聞や広告、ネットなどでも同じように簡単に信憑性のないことを信じてしまいやすいです。

人を信用しやすい人は、他人に対して疑うということをあまりしませんので、例え他人の話や情報が真偽の確かなものではなくても、「〇〇さんが言っていた」「新聞に載っていた」という事実だけで満足して、本当のことだと思い込んでしまいやすいのです。

つまり騙されやすい

人を信用しやすいということは、つまり騙されやすいということです。

素直な人は何でも人の言うことを信じてしまいやすいです。

赤の他人の言うことを簡単に信じることは出来なくても、身内や友人の言っていることであれば疑うことなくそのまま信じてしまう人は案外少なくはありません。

それはその人たちと自分が親しい関係にあるため、それが信じる根拠となって、事実確認もせずに信じ込んでしまうのです。

実際には、身内でも友人でも、嘘をつく時はつきますし、酷い人であれば親しい人でも平気で騙そうとします。

そのため、どんなに親しい人であっても、ある程度の線引きは必要でしょう。

また、尊敬する先生や名の売れている人が口にした言葉であれば、そのまま信じてしまう人も多いため、人を信じさせることに長けた人や組織が、時々大規模な詐欺事件を起こすこともあります。

人を信じる気持ちというものはとても大切なものです。

しかし、まるきり信じ込んでしまうと、その相手が何か悪いことをしていたり、自分を巻き込もうとしたりした時に、自分で自分の身を守ることが出来なくなってしまいます。

賢い人は「信じてはいるけれど、すべてを鵜呑みにしない」と適度な線引きをしていますので、自分が寝耳に水を経験することも少ないでしょう。

一方で、不確かなことを簡単に信用してしまう人ほど、騙されやすく寝耳に水を経験してしまいやすいでしょう。

驚きのハードルが低い

世の中には、驚きのハードルが低い人がいます。

それは、ドッキリをしかけられたり、急に「ワッ!!」と驚かされたりとか、そういうレベルの話しではありません。

驚きのハードルが低い人は、他の人よりもあまりものを知らないことが多いです。

例えば生態系の仕組みや宇宙の起こりなど、専門的なことであれば知らない人も珍しくはないでしょう。

しかし、例えば人の心理的な部分や常識的なことなど、知識として勉強しなくても、社会の中で生活していれば自然と身に付いているであろうさまざまな事柄を、あまりよく知らないという人がいます。

そうした人の場合、例えば「優先席の前では携帯の電源を切ること」や「友人の好きな人の名前を他の人には内緒にしておくこと」など、社会で生活していれば何となく分かるようなことも意外と本人は分かっていないことがあります。

そのため、他の人が常識だと言って注意をすれば「そうだったの!?」とびっくりしますし、また普通は人の好きな人を簡単に暴露しないと友人から怒られれば、そこで初めて友人が不快に思っているということに気付くでしょう。

驚きのハードルが低いがゆえに、他の人よりも人生で何度も寝耳に水なことを経験するでしょう。

刺激に弱い

驚きのハードルが低い人は、同時に他の人よりもさまざまな刺激に弱いことが多いです。

例えばちょっとしたグロテスクな表現や血の表現があった場合に、周りの人たちはそれなりに平気でその表現を見ることが出来たとしても、刺激に弱い人にとってはそれだけで大層ショックを受けることがあります。

周りの人からすれば「え、この程度で?」と思うようなことでも、刺激に弱い人は自分の許容範囲を超えてしまっているため、人よりも驚いたり、寝耳に水の出来事が多かったりします。

それは決してその人が悪いというわけではなく、生まれつきの性格だったり、育った環境によってそうなったりしています。

しかし刺激に弱い分、どうしても他の人よりも物事に対する耐性がつきにくいでしょう。

すぐうろたえてしまう

驚きのハードルが低い人は、それだけ精神的にもパニックに陥ったり、慌てたり焦ったりすることが多いです。

驚くということは、自分が驚いたことに対して何の耐性もなかったり、突然事実を知ったりすることですので、当然それに対する備えなど何もしてはいないでしょう。

とくに精神的な備えを何もしていない状態では、寝耳に水のことがあればすぐにうろたえてしまいます。

おろおろとどうすることもできずに慌ててしまいますので、周囲から見たらとても頼りなく思えてしまうかもしれませんね。

言動が受け身

何事にも積極的な人は、探究心や好奇心が強く、自分から「知りたい」「やってみたい」と行動的です。

性格も前向きな人が多いため、明るく周囲の人ともいい関係を築けることが多く、結果として自分のためになることが多かったり、運が巡ってきやすかったりします。

一方で、言動が受け身の人は、常に誰かが何かをしてくれるのを待っていたり、自分では何もできなかったりします。

自分に自信がないことも多いため、何か思うことがあっても口に出せなかったり、他人に合わせる癖がついていたりすることもあります。

言動が受け身の人は、自らの頭で物事を考えて判断したり、価値観をはかったりすることが苦手ですので、自分から何かを発信することはあまりありません。

常に受け身になっているため、「何かが起きるかもしれない」と予測して構えることもせず、そのためちょっと何かあった時には寝耳に水だと感じることが多いです。

準備不足

例えば会社で企画をプレゼンする時に、事前準備をしっかりとやってきた人は、自信を持ってプレゼンをすることが出来るでしょう。

もし人から指摘や質問を受けたとしても、その対策もバッチリ出来ていますので、相手を納得させるような答えを返すことが出来ます。

一方で、事前の準備不足のままでプレゼン発表をしてしまうと、いざ本番になってパソコンが起動しなかったり、何かトラブルがあったりした時にはパニックになってしまいます。

人から指摘や質問を受けても満足に答えを用意していないため、相手を納得させるだけの答えが返せずに、結果信憑性のないプレゼン内容になってしまうでしょう。

何かをする時には、「準備8割実行2割」と言われています。

準備に丁寧に時間をかけることで、いざ実行する時には必要なことだけやれば良く、何かあっても直ぐに対処できるため、準備に8割かけろという考え方です。

このように準備がしっかりと出来ていない人は、あらかじめ物事に対する心構えも出来ていないことが多いです。

そのため何かあった時には驚いて直ぐにパニックになってしまいやすく、その対応にも時間がかかってしまうでしょう。

行き当たりばったりのタイプ

準備不足の人は、性格的に行き当たりばったりのタイプが多いです。

「やってみれば分かるだろう」「何とかなるだろう」と楽観的に物事を考える人に多い傾向があります。

慎重なタイプの人は、何かをする時には必ず事前にあれこれと確認をします。

どの程度時間や費用がかかり、どの程度の効果が見込めるのかなど、細かく考えてデメリットよりもメリットの方が多いと感じたら実際に行動に移します。

事前にあれこれと考え、また計算や準備や予測をした上で行動しますので、万一何かあった時にも対処がしやすく、パニックになることもありません。

あまり慎重過ぎると行動に移せずにリスクばかりを考えてしまうため、一歩を踏み出すのに時間がかかってしまうこともありますが、何も考えずに行動してしまうよりは確実性が高いでしょう。

一方で、行き当たりばったりのタイプの場合、自分が行動した後のことをろくに考えないままに行動に移してしまいます。

時にはそれが良い方向へと向かうこともありますが、大抵の場合は何かあってからどうしようとおろおろしてしまうため、いざという時に頼りにならず、問題や揉め事が長引くことが多いです。

身体の部位を使った他の慣用句

ことわざや慣用句には、「寝耳に水」のように、体の一部を用いたものがたくさんあります。

体の一部を用いることで意味が分かりやすくなることもあり、昔から体の一部の名称は慣用句では好んで使われています。

では、「寝耳に水」の他にはどのような慣用句があるのでしょうか?以下に代表的なものをご紹介していきます。

暖簾に腕押し

「暖簾に腕押し」とは、「手ごたえのないこと」や「張り合いのないこと」です。

実際に暖簾を手で押したところでふわっと軽く押されてしまって、まったく手ごたえを感じないため、そこから意味が転じて手ごたえのないさまを表わす言葉になりました。

これと似た意味で、「糠に釘」という慣用句もあります。

暖簾に腕押しは、日常会話の中でも比較的使われることの多い慣用句です。

何かをしていて手ごたえをまったく感じなかったり、張り合いがなかったりした時に、「まるで暖簾に腕押し状態だったよ」「暖簾に腕押し、糠に釘だね」などと慣用句を用いることで張り合いのなさを強調して言うことがあります。

二階から目薬

「二階から目薬」とは、「物事が思うようにいかずもどかしい様子」です。

実際に二階から目薬をさそうとしたところで、それが上手く行く可能性は低いでしょう。

絶対に無理ということはなくても、実現させるには困難なことであり、そもそもわざわざ二階から目薬をさすような真似はとても回りくどくて面倒です。

そうしたところからこのような慣用句が生まれましたのでしょう。

例えば仕事を新しく始めようと行動に起こしたものの、発注先や社員同士の連携が上手く取れず、もたもたと思うように進まない状況になった時には、「まるで二階から目薬状態だな」などと表現することがあります。

ものの例えとして使おうと思った時にはそれなりに使われる機会のある言葉ですが、普段は辞書や文章で目にすることの方が多い言葉でもあるでしょう。

小鼻をうごめかす

「小鼻をうごめかす」とは、「得意げな様子を見せるさま」です。

「鼻にかける」という言葉と意味が近いこともあり、鼻を使った慣用句には、得意げなさまや自慢げなさまを表わすものが多いです。

それは、人が得意ぶる時には軽く鼻を持ち上げる仕草をすることが多いことから、鼻を用いた慣用句が生まれたとされています。

得意げな様子を見せるさまを表わす場合には、「鼻にかける」「鼻をもちあげる」などの慣用句が使われることが多いため、「小鼻をうごめかす」は普段はあまり使われる機会がない言葉です。

けれども、鼻を用いた慣用句の中でも、「小鼻」と使っているあたりが、「実際にはたいしたことのない小さな鼻をうごめかせているさま」を意味していますので、得意げな様子を見せるさまという慣用句の中では、最もその意味に適した慣用句かもしれませんね。

歯に衣着せぬ

「歯に衣着せぬ」とは、「思ったとおりをずけずけと言うさま」という意味の慣用句です。

元々歯には衣を着せることはありませんが、それでもオブラートに包むこともせずに、自分の思ったことをそのまま口にしてしまう人が時々います。

周りに対する気遣いの出来る人や優しい性格の人、相手の気持ちを考えて言動を選べる人は、歯に衣を着せた状態で話ができます。

しかし一方で、「これを言ったら相手は傷つくかもしれない」と考えることができずに、何でも自分の思ったことを悪びれなくずけずけと言ってしまうタイプの人は、まさに歯に衣着せ物言いをします。

そのため、口が悪い人やずけずけと人の傷つくようなことばかりを言う人に対して、「あの人は歯に衣着せぬ言い方をする」と表現することがあります。

まとめ

「寝耳に水」は、慣用句の中でもそれなりに有名で、使われる機会も少なくはありません。

自分が本当に驚いた時には、どれだけの驚きなのかを示すためにあえて「寝耳に水だったよ!」と表現することもできます。

しかし、「寝耳に水」とは心底自分が驚いた時にのみ使う言葉ですので、あまり日頃から何度も「寝耳に水」と使っていると、その人の性格にも何か問題があるのではないかと余計なことを思われてしまう可能性があります。

そのため、「寝耳に水」と使うのは本当に驚いた時のみにしましょう。