最近は驚くようなニュースが多いようです。

中でも、ハッキリとした動機も無いのに、無差別に赤の他人を殺してしまう出来事もありました。

以前から何かの恨みを買っていたなら仕方がないのですが、まったく面識のない相手に用意していた刃物で襲い掛かるのです。

「誰でも良かった。人を殺して死刑になりたかった」などとうそぶいていたのです。

人生で挫折を経験したのか、それとも孤独感が強くて幸せな人をみると羨ましかったのかは分かりませんが、殺された方としてはたまりません。

家族にとっては、掛け替えのない人を失った喪失感は相当なものです。

このような通り魔的な事件も後を絶たないようです。

ここで犯人に共通している事と言えば、今の生活がともかく嫌なこと、そのような自分が生まれたのは今の社会が悪いためと思っていること、そして自分は悪くないと思っていることです。

このような感覚は、「虚無感(きょむかん)」と言えるのでしょうか。

「虚無感」とは、人が生きる意味を見失ったときに陥りやすい、殺伐とした虚しさの事です。

自分も含めて、この世に存在価値がないとネガティブに考えてしまったことによるものです。

「頑張ってみよう」と思う以前に、「頑張っても無駄だ」と思い込んでしまっているのです。

何をやっても上手く行かないし、過去の時間を取り戻すこともできないし、今以上に幸せになる可能性が見出せないとなると、そのうっぷんをどこにぶつけるかです。

だから誰でもいいのです。

たまたま出くわした相手がはけ口の対象になってしまうのです。

力の強い男性よりも、力の弱い子供や女性に向いてしまうようです。

中学校や高校を卒業して、大学に進学したリ就職したリする時に、何かに挫折して上手く前に進めなかった事から始まるようです。

若い時に虚無感を覚えてしまうと、なかなか修正ができないようです。

まともに社会人になって頑張っている人達を見ると、やるせない気持ちになってしまうのです。

その気持ちに、何かのきっかけでスイッチが入ってしまうと、衝動的に殺伐とした行為を行ってしまうのでしょう。

虚無感とは?

虚無感とは、人生において自分の価値観を喪失してしまった時に、「この世に存在するものには意味や価値はない」と否定的に考えてしまうことです。

人が生きる意味を見失った時の殺伐とした虚しさのことなのです。

この虚無感自体は、だれもが心の奥に抱えているものなのです。

自分自身の不遇なところを見つめてしまうことで、自己嫌悪にとらわれてしまうのです。

ふとしたきっかけで、虚無感を持ってしまうこともあるようです。

何物もなく、むなしいこと

人間は、何かの目的や目標を持つことで、それに向かって頑張っていけるのです。

ある学生が、サッカーの名門校と言われている大学に入学したのも、サッカー部に入ってレギュラーの座を獲得して全国大会に出たいという夢を持っていたからです。

そのためには、毎日遅くまでグラウンドに出て汗を流していたのです。

苦しい練習も、目標を持つことで乗り越えられるのです。

しかし、ある時の練習試合で相手選手と激しく衝突してしまい、後遺症で片足に神経障害を起こして満足に走れなくなったのです。

その時点から、全国大会に出る夢は消えてしまったのです。

このような怪我や事故で、運動能力が低下してしまった事例は多いようです。

グラウンドに立つことができなくなった現実を認識すると、何もなく、むなしい気持ちになってしまったのです。

つまり、やりがいを失ってしまったことで、虚無感を感じてしまったのです。

やりがいとは、どんなことでも同じですが、心と身体のモチベーションであって、希望に溢れた未来の目標なのです。

それだけに、その目標を失ってしまうと目の前が真っ暗になってしまい、虚無感に包まれてしまうのです。

空虚

「空虚(くうきょ)」とは、内部に何も入っていないことです。

また、そのようなさまを表す言葉です。

さらに、実質的な内容や価値がないこと、むなしいことでもあります。

内部に何も入っていないということは、俗に言う「からっぽ」の事なのです。

「空虚」の反対語は「充実」です。

「充実」とは、必要なものが十分に備わっていることで、中身がいっぱい詰まっているという意味です。

「空虚」とは「充実」の反対ですから、中に何もない「からっぽ」の状態なのです。

大事に隠しておいたお菓子の袋を見て見ると、誰かに食べられてしまって何もない時、この状態を空虚と表現します。

また、大事に可愛がっていたペットが急に死んでしまった時に、いつもいた場所は空になってしまい、ぽっかりと穴が開いてしまいます。

心情的にも心に穴が開いてしまうので、これも空虚になると表現します。

そのものに対する思い入れが強いほど、失くした後の心情が生きる意味を失くしてしまう程であれば、その時の感情は「虚無感」を感じるはずです。

「空虚」はどちらかと言うと物理的にものが無くなった、空になった、ということで、「虚無」は精神的に価値がなくなった、殺伐とした気持ちになることを表現するのです。

この世に存在するすべてのものに価値や意味を認めないこと

人間は、時として自分という存在や価値を否定してしまう時があります。

家庭をもって家族のために毎日一生懸命働いて頑張って家に帰っても、「お帰りなさい」という感謝の言葉もかけられず、ねぎらいも尊敬もされていないと感じると、家族への愛情さえも失ってしまいます。

そして、会社でも懸命に頑張っても報われず、同期入社の仲間にも追い越されてしまう状況に陥ると、自分の存在意義が分からなくなって、この世に存在するすべてのものに価値や意味を認めなくなるのです。

このように、重度な虚無感に苛(さいな)まれることになるのです。

自分が考えていた生きがいを見失ってしまうのです。

頑張るエネルギーであった心の支えが消えてしまうのです。

このような状態になることを「虚無」と言い、そんな気持ちを「虚無感」と表現します。

虚心であること

「虚心」とは、心に何のこだわりも持たずに素直であることです。

先入観や偏見も持っていないのです。

だから、ありのままを素直に受け入れることができるのです。

だから、他人の意見を虚心に聞くことができるのです。

「空虚」になってしまうと、現実を虚心に捉えてしまうこともできるのです。

虚心であることから現実を受け入れることができるのです。

虚無感を感じる7個のこと

もう何もやる気がなくなったり、何も考えることができなくなったり、「もう、生きていく気力がない」と虚しさを感じてしまう時があります。

1.失恋をした


あんなに楽しく過ごして来たのに、そして将来のバラ色の夢を見ていたのに、失恋というものはあっという間にやってきたのです。

しばらくは現実のことと受け止められなくて、何度も聞き直したけれど、やっぱりわたしとはやっていけないという返事でした。

何が間違っていたのか、何に問題があったのかはハッキリとしません。

時間が経つにつれて、一人きりになってしまったことを実感して、何も考えることもすることもできなくなったのです。

どのようにすれば、この失恋の痛手から立ち直れるのかも分からないのです。

こんな失恋の経験をお持ちの人も多いはずです。

あるいは、好きな人が見つかって、その人に交際を申し込んで付き合おうとした時に、実は相手は結婚していたことが分かって、片思いの段階で終わってしまったこともあるはずです。

こんな時にも、甘い夢を見ていたけれども失恋してしまったと言えるのです。

これも、心の中にぽっかりと穴が開いてしまって、虚無感が漂うのです。

失恋の傷は、なかなか癒されないのです。

恋人がいなくなったと実感した時

会社の帰りに、よく待ち合わせをしていた場所があります。

そこで時間を決めて待ち合わせをして、そこから地下街をうろついてから食事に出かけるのです。

ひとりでお店に入るのは緊張しますが、二人ならどこにでも気楽に入れるのです。

カウンターに並んで寿司をつまんだり、こじゃれたフレンチ料理やイタリア料理を食べることもあります。

食事が終わった後は、素敵な音楽が流れている地下のクラブにも行きます。

いつも二人だったのです。

深刻な話ではなくて、ともかく楽しい話題をいつまでも話していたのです。

キラキラと輝く瞳と甘い香りの香水が、魅惑的なふたりの夜を演出するのです。

側にいつも相手がいることが普通になっているのです。

何を注文するにも、二人分です。

そんな生活が失恋で一変するのです。

ある時から、一人きりになってしまうのです。

顔なじみのお店に入ると、店長が「あれっ!今日はお一人?それとも、後から来るの?」と声をかけてきます。

「今日は一人なんだ」と答えると、意味深な顔をして「じゃあ、今日はカウンターでお願いします」とカウンター席を案内してくるのです。

そうだ、今日は一人なんだと実感してしまうのです。

まだ誰にも言っていないけれど、失恋してしまって当分はおひとりさまになるのです。

カウンターにひとりで座って料理を待っている時に、恋人がいなくなったと実感して寂しくなるのです。

こんな時に、虚無感を感じてしまいます。

恋人との別れで一人の時間が多くなった時

今日から三連休なのに、なんだか嬉しくないのです。

恋人がいた時には、1ヶ月も前から連休の計画を立てて、楽しみに待っていたからです。

あそこにドライブに行こうとか、テーマパークに出かけて楽しいアトラクションに参加しようとか、デートの時に語り合って楽しんだものです。

しかし、失恋して恋人がいなくなると、休日の過ごし方が分からなくなるのです。

ひとりで、あれをしようとかここに行こうとか、考えることもできなくなるのです。

何も計画を立てていないと、休みになってしまうと何をしたら充実した一日を過ごせるのかが分からないのです。

ただ、時間だけが余ってしまって、できる事といったらごろ寝することぐらいです。

せっかくの休みだから有効に活用しようと思うのですが、考える気力も失せている状態です。

失恋の直後は、ひとりの時間だけがたっぷり余るのです。

考えられることは、虚無感だけです。

好きな人のことを考えられなくなった時

失恋の当初は、どこに問題があったのか、何を失敗したのかが分かりません。

「あのことかな?」と思い当たることがあっても、ハッキリと言ってくれなければ分からないのです。

そして、その時の状況を思い起こしながら、好きだった人のことを思い出すのです。

現実は、失恋をしてしまったので、元の相手のことは早く忘れてしまいたいと思います。

もっと、自分にふさわしい相手がいるはずだと考えます。

そして、何人かの新しい相手のことを考えようとするのですが、そんな前向きなことも今は考えられないのです。

好きな人のことを考えられなくなった時に、心は虚無の状態になってしまうのです。

2.裏切りにあった


「裏切り」という行為は、本当に罪深い行為です。

ずっと信じてきたのに、ある瞬間に裏切られてしまうと、心に深い傷を負ってしまうのです。

忘れたくても忘れられず、心の中にぽっかりと穴が開いてしまい、辛い思いを引きずって生きることになるのです。

信頼が厚ければ厚いほど、その人の行為を忘れることができません。

それは激しい怒りになって相手を罵倒することになり、もう人間を信じることができなくなるのです。

恋愛の時も同じです。

お互いに信頼し合っていたのに、あんなに約束を交わしていたのに、あっさりと別れ話をして来るような裏切りに合ってしまったらショックは大きいのです。

こんな場面でも、虚無感を感じてしまうようです。

今まで信じていたことが無駄だったと思った時

特別な相手だったと思い心から信頼していた人、そんな人から簡単に裏切られたら、ショックも相当大きいはずです。

自分の気持ちや想いを無神経に捨てられてしまった挙句に、追い打ちをかけたように自分という人間を否定されてしまうという屈辱を味わうのです。

今までその人を信じて尽くしてきたことが無駄だったのです。

そんな人を今まで信じていたことが無駄だったと思った瞬間に、裏切られたと分かるのです。

もう誰も信用できないと思った時

昔からの親友だと思っていたのに、実は自分の彼女にちょっかいを出したのはその親友だったと知ると、愕然としてしまうのです。

彼女にも、自分を裏切った行為があったのですが、親友の方は黙って横取りしようとしたのです。

完全な裏切り行為です。

好きな彼女のことをいろいろと相談するうちに、好きになったようです。

世間ではよくある話ですが、相談に乗るふりをして騙したのです。

仕事の場合もよくあります。

「あなたが開発した商品は、ものすごくアイデアに富んだ商品ですが、今の時代にはマッチしない品物です。

現状では購入できません」などとバイヤーが断りを入れてきたのですが、半年後には同じアイデアの商品がライバル会社から販売されることになったのです。

さんざんアイデアを出させておいて、最後にはこちらの会社を裏切って、ライバル会社に話を持ち掛けたようです。

こんなに一生懸命支えてきたのに最後に裏切られたことで、もう誰も信用できないと思ってしまうのです。

こんな時に、虚無感を感じてしまうのです。

ある目標に向かって頑張ってきたけれども、それを見失ってしまったのです。