職場環境を語る上で、しばしば話題にのぼる“パワハラ”
上司からのパワハラで、仕事へのモチベーションが保てずに悩んでいる人も多いかもしれませんね。
また、上司の立場にある人が、自分でも気付かないうちに、部下にパワハラをしてしまっているかもしれません。
パワハラは、明らかに卑劣なパワハラ行為である場合もあれば、受け取る側の感じ方次第な面もあると思います。
受け取る側に問題がある…とまでは言いませんが、パワハラという言葉が広まって以来、昔より周囲の目が厳しくなっているのは確かです。
度々話題になる教師の暴力も、筆者が学生時代だったころよりは厳しく問われていますし、職場でも、少し前は指導で通っていたことが、今はパワハラとなっています。
それもこれも、子供や部下の指導をする立場になったときに何を参考にするかというと、自分の親や上司のやり方を参考にするからです。
それしか指導のやり方を知らないのですから当たり前とも言えます。
でも今は、自分が目上の人から受けてきた指導をそのまま真似すると、パワハラになる確率が高いということです。
昔は当たり前だったことでも、今は通用しません。
それが何故かというと、昔の強引な指導のやり方で、傷ついた人が多いという事実があるからです。
昔の指導方法は間違っていたという反省から、世の中が変わってきたということです。
昔は心をないがしろにしていたけど、今は心が重要視されています。
それに気付けないままでいると、パワハラ行為がなくなることはないということ。
つまりパワハラ上司は、世の中の反省から学ぶことや、時代の変化に付いていけなかった、時代遅れの人なんです。
…と、パワハラする人を批難しておきながらも、実は筆者も会社勤め時代は、パワハラの気がありました。
そうならないように気をつけてはいましたが、部下たちの受け止め方はパワハラだったかも…と思います。
これもやはり、自分が受けてきた指導法が頭にあるから。
やり方がわからないんですよね。
指導方法にはいつも頭を悩ませていましたが、上手いやり方で無かったことは確かです。
そんな筆者の反省を振り返りつつ…今回は、パワハラになっていないかと指導法に悩む人、
また、パワハラをうけて悩んでいる人、それぞれの立場を考えながら、パワハラについて徹底解説していきます。
パワハラの意味は?モラハラ・セクハラとの違い
まずはパワハラの意味をしっかり理解していきましょう。
このパワハラと言う言葉は、今は知らない人がいないほどに、広まった言葉になっていますよね。
パワハラの“ハラ”は、ハラスメントの略だということは、皆さんもご存じだと思います。
ハラスメントとは、“嫌がらせ”や“いじめ”を意味する言葉で、いろいろな場面で使われています。
日本でも有名な言葉には、他に“モラハラ”や“セクハラ”がありますね。
その他にも、ハラスメントはたくさんあり、仕事に関わりそうなものだけでも、飲酒にまつわる嫌がらせの“アルハラ(アルコールハラスメント)”、
リストラ対象者に対する嫌がらせの“リスハラ(リストラハラスメント)”、
またカラオケを無理やり歌わせる“カラハラ(カラオケハラスメント)”と言う言葉もあるそうです。
また、近年認知度が上がっている言葉としては“スメハラ(スメルハラスメント)”という言葉もありますよね。
口臭や体臭、きつすぎる香水の匂いで周囲の人を不快にさせることが、問題になっています。
こう考えると、よく子供のいじめ問題がニュースで取り上げられていますが、大人社会も全く同じだということです。
子供たちの間での嫌がらせやいじめの問題がなくならないのは、大人を真似しているからとも言えますね。
今私たちが変わらなければ、それだけ傷つく子供も増えていくのかもしれません。
…少し話は脱線しましたが、ここでは“パワハラ・モラハラ・セクハラ”の3つの言葉の意味について、それぞれ詳しく掘り下げます。
パワハラとは
まずは、パワハラについて解説します。
パワハラとは、皆さんご存知の通り、パワーハラスメントの略語になります。
ハラスメントは先ほども解説した通り、嫌がらせやいじめの意味ですね。
パワーハラスメントの“パワー”は、ご想像の通り“力”という意味ですが、力とは“権力や支配力”も意味する言葉です。
つまりパワハラは、“暴力や権力を使ったいじめや嫌がらせ”ということになります。
パワハラというと、多くは職場で使われる言葉として認識されていますが、意味で言うと、家庭や学校でのいじめや嫌がらせもパワハラになるんです。
ただ今回は、主に職場でのパワハラという視点で、考えていきますね。
職場のパワーハラスメントについて、厚生労働省では「同じ職場で働く者に対して、
職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、
精神的・身体的苦痛を与える、又は職場環境を悪化させる行為」と定義づけています。
パワハラは、立場の“優位性”を利用することが、卑劣で卑怯であるということです。
職場では大抵、肩書がつき、上司と部下の立場が明確に示されています。
それだけに、立場の優位性を振りかざしやすい環境であると言えますよね。
だからこそ、職場でのパワハラが問題になるんです。
ですので、学校で言えば“先生”という優位な立場を利用した生徒への嫌がらせが、パワハラにもなるし、先輩から後輩へのいじめもそう。
成績優秀な子からクラスメイトへの嫌がらせも、パワハラに該当することになります。
上司、先生、先輩…そういった肩書きが外された時も、同じ行動をとるんですか?
また、自分より上の肩書を持った人間に、同じ態度をとれますか?
優位性を利用して卑怯なことをしていませんか?そう問われているんです。
モラハラとは
続いて“モラハラ”について。
モラハラは、“モラルハラスメント”の略語ですね。
少し前に芸能人の離婚理由として大きく報道されたので、皆さんも耳にした言葉なのではないでしょうか。
“モラル”とは、“倫理”や“道徳”の意味です。
人としての精神性や態度と言ったらいいですかね。
ですので、パワハラもモラハラの一部と言えます。
ただ、パワハラが、肩書き等による明らかに優位な立場を利用して行われるのに対し、モラハラは優位な立場を利用するにとどまらないということです。
相手を傷つけたり痛めつけたりして追い詰め、精神的支配下に置くのです。
ある意味、洗脳であるとも言えますね。
この状況が起こりやすいのはやはり、夫婦間のようです。
夫婦は基本的に、立場に上も下もありません。
ですが、例えば夫から妻へ「お前は何をやってもダメだ」とか、「俺がいないと何も出来ない人間だ」などの言葉で人格を否定し続け、精神的支配下に置いてしまうということです。
実は、筆者が昔同棲していた彼がモラハラをする人でした。
人格を否定され続け、心も体もボロボロなのに別れられなかった。
そこから逃げ出してようやく、「洗脳されていた」と気づいたんです。
モラハラは、精神的DVとも言われています。
徐々に追い詰められ洗脳されていくので、モラハラされている本人が気づきにくいのも、モラハラの特徴だと思います。
自分の優位性を、相手を貶めることで強引に示す。
それが、モラハラです。
セクハラとは
そして“セクハラ”は、“セクシャルハラスメント”の略ですね。
これも昔から使われている言葉なので、知らないという人はいないと思いますが、改めておさらいしておきましょう。
“セクシャル”は、“性的”な意味となります。
つまり、セクハラは性的ないじめや嫌がらせのことで、特に言葉によるものが多いですよね。
厚生労働省でも、職場でのセクハラを問題として取り上げ、様々な情報を提供していて、事業者にもその対策を義務付けています。
職場におけるセクハラは「労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否するなどの対応により解雇や減給などの不利益を受けること」
また「性的な言動が行われることで職場の環境が不快なものとなり、労働者の能力の発揮に悪影響が生じること」と定義づけられています。
セクハラも、パワハラやモラハラの要素を含んでいると言えますが、特に性的な嫌がらせの場合には、セクハラという言葉が使われています。
パワハラ上司は良好な職場づくりの敵!
パワハラも、モラハラやセクハラも、どれも職場環境を悪化させる、悪質で卑劣ないじめ行為なんですよね。
パワハラ上司は良好な職場環境づくりの敵!となる存在。
…だけど、最初にもお話した通り、筆者もパワハラの気がありました。
改めてハラスメントの意味を調べながら考えると、この行為の卑怯さに気付かされ、反省させられます。
自分のパワハラ度合いがどれだけのものだったのか、この後の“パワハラになる行為”の事例を見ながら振り返ってみたいと思います。
皆さんは、改めて意味を考えたときにドキッとしたり…しませんでしたか?
また、自分が受けていた行為が、ハラスメントかも…と気付いた人もいるかもしれませんね。
パワハラは、もちろんするほうに問題がありますが、される方も声を上げることが必要です。
パワハラしている本人が気づいていないなら、気付かせることで改善するかもしれません。
要注意!パワハラになる行為
さて、ここからは“パワハラになる行為”がどういう行為なのかを、ひとつひとつ見ていきます。
自分ではパワハラをしないように意識していても、つい自分の感情に任せてとった行動が、パワハラと受け取られることもあります。
また、パワハラをしているかどうか、気にもとめていないという人もいるかもしれませんね。
年配の人であればあるほど、厳しい指導が当たり前だと思いがちで、それが行き過ぎた行為になっていても気づかず、自分を正当化してしまいます。
厳しい指導と、嫌がらせやいじめは、全く別物ですよね。
それに、自分がパワハラをうけてきた立場でありながら、気付いたら、自分と同じような思いを後輩にさせている人もいるかもしれませんね。
こうなると、パワハラの連鎖は止まりません。
脈々と、パワハラ行為が受け継がれていってしまいます。
どちらにしろ、他人の気持ちを思いやることが出来なければ、それはパワハラに繋がっていく可能性があるということ。
今一度、自分の行動を振り返りながら、自分が受けてきた行為を思い返しながら、パワハラについて考えてみましょう。
暴力を振るう
手をあげたり蹴ったりする
まず明らかなパワハラ行為となるのが“暴力を振るう”こと。
実際に手をあげたり、蹴ったりする行為は、絶対にNGです。
何があっても正当化されることはありません。
パワハラは、ほとんどの場合が言葉や態度による暴力だからわかり辛いと言われているのですが…実際に暴力を振るっているのなら、それは間違いなくパワハラ行為です。
中学生のケンカやいじめと、全く同じですよね。
精神的に成長出来なかったのでしょうか…。
さすがに暴力を振るう事例は少なくなってきているとは思いますが、確かに今でもたまに聞く話です。
ただ、暴力を“殴る蹴るの暴行”だと思っている人がいたら、自分の行為が暴力になっていることに気付けない可能性もありますね。
「何やってんだよ」と持っていた書類でポンっと頭をたたいたり、軽く足を蹴ったり…していませんか?
それが、自分は軽くやったつもりでも、人の受け止め方は違います。
それに、実際に痛いほどの力じゃなくても、指導の一環、注意の一環として行ったのなら、それはパワハラになってしまいます。
軽くであっても、痛みと共にわからせようとする行為は、優位な立場を利用した強引な行為。
程度の問題じゃありません。
もし、そんなつもりは無く、勘違いされたくないのなら、手も足も一切出さない!相手に触れない!ことです。
物を投げるのもNG
手も足も一切出さない事!とは言いましたが、物を投げるのだってダメですよ?
相手に当たらないようにすれば…とも考えないでくださいね。
投げちゃダメなんです。
子供のころに教わりましたよね?
それに、物にあたるのもやめた方がいいです。
手も足も出せない、物も投げられないからといって、ごみ箱を蹴り飛ばしたり、机をバンって叩くのも、力任せに威厳を示そうという強引なパワハラ行為に繋がってしまいます。
パワハラを、本当に“力”を使って行う人は、“言葉に自信がない”からかもしれませんね。
力任せに優位性を示す。
子供のようなところがあるのでしょうね。
筆者は、さすがに暴力をふるったことはありません。
女性ですし。
ただ、社会人1年生のときの会社では、バンバン物が飛んできましたよ。
消しゴム・シャーペン・定規…等、机の上にある、ありとあらゆる文具が飛んでました。
物を投げてくるのも女性の上司でしたけどね。
その時はパワハラとは思っていませんでしたが、あれってパワハラだよな~と今は思いますね。
でも、恨んだりする気持ちはなく、「激しい人いたな~」と笑えるくらいの感覚なんです。
この上司の存在が、後の筆者をパワハラ上司にしてしまったのかもしれません。
物は投げていないですけどね。
言葉の暴力
必要以上のお説教
パワハラで一番多いと思われるのが、言葉の暴力です。
言葉の暴力は、言っている側が自覚しづらく、パワハラだと確定しづらいもの。
受け取る側によっても受け止め方が違ったりするので、一番厄介な問題です。
でも、受け取る側が傷ついているのなら、苦しんでいるのなら、それは行き過ぎているということ。
パワハラになってしまいます。
上司の立場の人間は、必要に応じて“指導”をしなければなりません。
それは、部下や新人の成長の為に必要で、仕事を覚えてもらうためには避けて通れない道です。
時には、仕事に対する心構えを説いて聞かせる、お説教が必要なときもあるでしょう。
それでも、指導に“必要以上のお説教”は必要ありません。
本当に相手の為になるお説教ならいいのですが、お説教を必要以上にする人は、大抵仕事の極意を話すにとどまらず、相手を否定し始めてしまうものです。
途中から、お説教ではなく愚痴っぽくなり“いじめ”になってしまうということ。
それが、パワハラとなるのです。
人格否定
人格を否定することは、決して指導とはなりません。
仕事には全く必要のないことで、ただの“いじめ”です。
「こんなことも出来ないのか!まったく…親の顔が見てみたいよ」と、育ちを否定したり。
美人な人に「どうせ色目使って仕事してるんだろ」と、本人の外見的な要素に言及したり。
「お前はとろいから、いつまでたってもみんなの足を引っ張ってる」と、ネガティブワードで非難を浴びせたり。
どれもこれも、仕事には関係のない人格的な要素を持ち出して、相手を責めてしまっていますよね。
仕事でミスをした相手や、仕事に後れを取っている相手に対して、注意や指導をする時は、
その事実だけに焦点をあてて注意すればいいのですが…余計なひとことを付け加えていませんか?
言われる側は、仕事でミスをしただけでも、自分を責めている可能性があります。
そこにさらに追い打ちをかけるような言葉を言ってしまっては、追い詰めるだけです。
指導も注意も仕事に必要なことですが、人格否定は全く必要ありませんよね?
侮辱する
また、人格否定と同様に、言葉の暴力となるパワハラが、相手を“侮辱する”ことです。
侮辱とは、“馬鹿にして見下したり、名誉を傷つけはずかしめること”という意味になります。
ですので、人格を否定することも、侮辱の一環になるでしょうね。
侮辱の言葉としては、「バカ・アホ・間抜け」などが挙げられますが、それ以外にも侮辱していたら侮辱。
パワハラなんです。
理由も言わずに「バカ野郎!」と怒鳴ったり、「うそでしょ!?こんなのサルでもわかるよ」と馬鹿にしたり…相手を侮辱していませんか?
自分が言われたらどうでしょう?言いようのない怒りが込み上げてくるはずです。
侮辱は、“侮辱罪”として罪とも認識されている、卑劣な言葉の暴力です。
本当に人というのは、会社から肩書きという優位性を与えられただけで、勘違いしてしまうものですよね。
肩書きは、優劣をつけるためのモノではなく、責任を負えるレベルを明確にするためのものだと筆者は思います。
もちろん、経験と知識にも差はありますが、だからといって偉いわけではありません。
誰でも、年数が経てば同じように経験も知識も身に付くのです。
その埋めようのない年月を振りかざしてパワハラをするというのは、あまりに大人げない行為ですよね。
わざとみんなの前で怒鳴る
“わざと”みんなの前で怒鳴ったりするのも、侮辱に値する行為で、パワハラになります。
わざわざ、みんなに分かるように怒鳴りつけるということは、ミスしたことなどを周囲に知らしめることになり、相手の名誉を傷つけてしまいます。
それは、言われる本人は注意されると同時に、はずかしめをうけているということ。
注意や指摘をする時は、本人に分かるように伝えてあげればいいだけで、恥ずかしい思いまでさせる必要はないですよね?
まるで公開処刑のようなもの。
いじめとしか言いようのない行為です。
いじめ
明らかに冷たく接する
そして、パワハラがエスカレートすると、本当にただのいじめ行為に発展してしまいます。
注意の延長から来る言葉の暴力に留まらず、“嫌い”とか“気に入らない”という、仕事とは全く関係の無い理由で、いじめや嫌がらせに発展していくのです。
子供たちが学校で繰り広げるいじめ行為と、全く同じですよね。
気に入らない相手に“明らかに冷たく接する”というのは、
直接的に言葉で痛めつけたり、暴力で傷つけたりはしていないものの、態度で行うパワハラ行為です。
冷たい態度で接するだけで、相手の心は傷ついています。
こういう人は、正直よく見かけます。
特に、気に入っている相手と、気に入らない相手とで明らかに態度が違う場合は、パワハラ行為と言って間違いありません。
無視をする
また“無視をする”のも、冷たく接するのと同じですよね。
言葉を浴びせて人格否定をしていなくても、“無視”は相手の存在を否定していることに繋がります。
無視をされても、部下は上司に対して連絡や報告をしなければなりません。
それを無視で押し通してしまう人も、よく見かけるパワハラ上司です。
無視されるたびに、人格否定をされている…それでも、話しかけなければならない。
こんな状況を作り出してしまうのは、優位性を利用したパワハラ行為にしかなりません。
絶対にできない仕事を与える
“絶対に出来ない仕事を与える”という嫌がらせも、パワハラがエスカレートしたかたちですよね。
わざと、その人には出来ない仕事を与えてミスをさせる状況を作り出し、侮辱して名誉を傷つけたり…自信を喪失させたり…。
また、明らかに終わらない量の仕事を与えて、ひとり残業させるのも嫌がらせです。
こういうことをする人は、気に入らない人ひとりにターゲーットを絞って、嫌がらせをしたりするものです。
肩書きをもった人物の行為とは思えませんね。
逆に仕事を何も与えない
絶対にできない仕事を与えて嫌がらせをする行為がある一方で、“逆に仕事を何も与えない”というパワハラも。
一見直接的に痛めつけていないようでいて、心を相当傷つけている行為です。
これも、仕事を与えないことで「出来ないやつには与えても仕方ない」「どうせやらせても出来ないから」と、人格否定をしているのと同じなんですよね。
上司の立場であれば、部下に仕事を与え、育てるのが、与えられているひとつの責任です。
その責任を放棄し、ただのいじめっ子に成り下がっているに過ぎません。
責任転嫁される
いじめとしか言いようのないパワハラ行為には、部下に“責任転嫁する”というのも挙げられます。
責任を与えられた立場のはずの人間が、その責任を負わないという…肩書きに意味のないパターンですよね。
責任を負うべき立場の人間は、むしろ部下の失敗も、自分の責任として受け止めなければなりません。
それを自分より弱い立場の人間に押し付けてしまうのは、その肩書きに値する器ではなかったということになりますよね。
こういった、責任を転嫁するパワハラ上司の存在って、TVドラマでもよく見かけるシーンだったりしますよね?
それだけ、当たり前のように存在するパワハラパターンだと言えると思います。
こういうタイプの人間も、やはり実際によく見かけます。
そのパワハラ上司より上の立場の人間がしっかりしていればいいものの、その上もパワハラ上司だと、下のスタッフはちょっと絶望的ですよね。
むしろ、そんな会社なら将来性を疑います。
もしそんな状況でパワハラをうけているのなら、しがみつく必要のない会社かもしれません。
意見を全く取り入れない
“意見を全く取り入れない”のも、無視と同じことですよね。
これも、人格否定に繋がるパワハラになっています。
会社にいる以上、仕事をする以上、人は成長しなければなりません。
その為には、積極的に意見を述べることも必要です。
そんなモチベーションを失わせるのが、意見を取り入れないという行為。
「その意見には意味が無い」と、考えた時間、その人の主張、人格、存在全てを否定しているんです。
「自分はここにいる意味がない」と思わせる。
それは本当に、仕事にとっても、お互いにとっても意味のない…ただのいじめに過ぎません。
勢いの良い新人の出鼻をくじいてやろう…そんなこと考えていませんか?それはパワハラにしかなりません。
勝手な偏見で差別をする
勝手な偏見による差別も、パワハラ行為となりますよね。
出身差別や学歴差別、また女性差別もあります。
この“差別”という価値観は、今でも根強く残っていると思います。
人は順位をつけたがり、差別をしたがる…
これは、世の中がこの価値観を植え付けているとも言えるので、差別したがる人がいても不思議ではありません。
これも、年配の人ほど、長年差別される社会に身を置いてきたので、「差別してはいけない」と分かっていても、この感覚から抜け出せないのかもしれません。
そうやって、差別された人がまた人を差別し、いつまでたっても差別という思想は世の中から消えないのでしょうね。
そもそも、大卒者と高卒者で就職の有利さが違ったり、初任給が違ったり。
また、昇給に差が出たり…と、会社の制度がすでに差別する仕組みになっていることも、差別によるパワハラを生んでいるのだと筆者は思います。
女性の管理職が少ないのも、女性差別が根強いからですよね。
筆者は高卒だし、女性です。
その点理不尽な思いも沢山してきました。
でも、差別される世の中の仕組みを受け入れ、女性を武器にやってきて今があるんですけどね。
でも、こういった差別は無くなるべきだとは思いますし、差別によるパワハラほど、悪質なものは無いと思います。
こうした大人がいるから、福島出身の子供たちが今、苦しい思いをさせられているんです。
ひとりひとりが「やめよう」と行動しなければ無くならない、差別によるパワハラ。
今してしまっている側がやめるのか、受けている側がくいとめるのか…人としての資質が問われていると思います。
なにかを強制する
立場の優位性を利用して、“強制”をするパワハラもありますね。
相手が断れない立場であるのを分かって強制するということは、自分の立場を利用した卑劣な行為です。
気に入らないスタッフに、自主退職を勧めたり。
いつでも自分は解雇できる立場にある!と、権力を振りかざしたり。
また、残業や休日出勤を強制して、心身ともに苦しめたり。
これは指導とは言えないし、明らかに“業務の範囲を超えた”強制労働です。
上司の立場であったとしても、強制的に何かをやらせることは、その権限の範疇を超えています。
相手が“断れない立場”であることを、理解しなければなりません。
なにかを制限する
また、何かを強制するのと同じで、上司の権限を悪用して“何かを制限する”のもパワハラ行為です。
たとえば“有給休暇を使わせない”とか、“病気での休みを認めない”とか。
また、“休憩を取らせない”というのも、“制限”というパワハラです。
有給休暇も病欠も、それに休憩も、人として、社員として認められている権利なはずです。
「ただでさえ仕事が出来ないんだから、休んでないで会社に貢献しろ」なんて、思っていませんか?
でも実際は、休みを取らせないことがどれだけ非効率な事か…。
確かに昔は、“休まない”ことが仕事に対する姿勢として、称賛された時代もあったと思います。
でも、それが効率の悪いことだと、世の中が気づいたんです。
時代が変化している事、より効率の高いやり方にシフトしていっていることに、気付かなければなりません。
休みを制限するのは、美しい奉仕の精神ではなく、ただのパワハラなのです。
パワハラは気付きにくいこともある
今回は、パワハラ行為について解説してきました。
している側、されている側…それぞれの立場の人がいると思います。
している側は意識改革が絶対必要ですし、されている側は訴えを辞めないことが必要です。
気付いていない人には、声をあげて伝えなければならないんです。
どちらもが意識を変えなければ、パワハラが無くなることはありません。
パワハラを受け入れてしまっている人がいるのなら、それはパワハラ上司をのさぼらさていることに繋がり、他の被害者を見て見ぬふりをしていることにもなります。
対処の仕様はいくらでもあります。
撲滅に向けて行動を起こしましょう!
最初にお話ししたように、筆者にはパワハラの気がありましたが…
今回改めてパワハラについて特集し、ひとつひとつの特徴には当てはまっていませんでした。
人格否定をしたり、理不尽なパワハラはしていません。
それでも、勘違いされるような厳しい姿勢でいたのは確かで、その姿勢がパワハラととられていた可能性があると自覚していたんです。
そこはやはり反省すべき点だと感じています。
皆さんは、パワハラをどう受け止めましたか?