今回は「散漫」という言葉にピックアップ致しましょう。

「散漫」という言葉、結構日常で使う頻度が高いと思います。

でも、本当に正しい意味で使われているのかどうかは疑問を差し挟む余地があるでしょう。

それでは「散漫」についてみていきたいと思います。

ついつい散漫になっていませんか?

人間が生きていく上においては、気持ちが集中して気合十分、という時もあればどうももう一つ気分が乗らず「散漫」とした気持ちになっている事もあるでしょう。

ではまず「散漫」についてその意味からみてゆきましょう。

散漫とは?

それではまず、「散漫」の意味をみていきましょう。

「散漫」とは、

1、ちらばり広がること。

2、まとまりのないさま。集中力に欠けるさま。

「散漫な話」「注意力が散漫だ」

https://dictionary.goo.ne.jp/jn/92143/meaning/m0u/(「goo辞書)より引用」

となっています。

これによりますと「散漫」とは、自身の気持ちや精神力がまとまらず集中力を欠いてしまい、どうにもものごとに真剣に打ち込む事が出来ない状態。

という事になりそうですね。

確かに人間という生き物、1日24時間の間、ずっと気持ちを切らさずに気合を入れ続けて頑張る、という離れ業は出来ません。

残念ながらそれが人間の「弱点」と言えるでしょう。

人間が物事に集中できる時間というのは、いいところ1時間から2時間くらいまでではないでしょうか。

その時間を超えてしまったら、気分が落ち着かず、考え事も集中できなくなり気分が本当に「散漫」になってしまうのですよね。

これが「散漫」についての意味といえるでしょう。

散漫になると人生がブレやすい

さてこの「散漫」、決して褒められたものとは言いにくいでしょう。

確かに人間の集中力には限界がありますが、散漫な状態を年がら年中やってしまったら再び集中力を取り戻すどころか、死ぬまで「散漫」状態が継続してしまうかもしれません。

つまり、「散漫」になればなるほど、人生がブレやすくなってしまうという事も言えてしまうのです。

では、そのあたりをもう少し詳しくみていきましょう。

いろんなことが上手くいかない

散漫になって人生がブレやすくなると、いろんなことが上手くいかない状態になってしまいます。

これはあなた自身のこれまでの過去を振り返れば簡単に説明がつく事でしょう。

何かを上手にやろうと思った時気分が散漫な状態で果たしてそれが出来たでしょうか?
答えは「ノー」ですよね。

何かを上手くやり終えるためには用意周到な準備を何度も途中経過をチェックし、そして仕上げにかかる時にはこれまで以上の細心の注意を払ってミスを行わないようにしない事には、満足いく仕上がりにはならないのです。

また、気持ちがブレていると人間関係面にも悪影響を及ぼします。

つまり約束を破ったり嘘をついたり配慮がなくなってくる、と言った事態に陥るのです。

このように気分が「散漫ン」になってしまうと何事にも完成度の低い仕事や作業しか出来なくなる事がいえるのですね。

完成度や結果が甘くなる

つまり、散漫になって人生がブレやすくなると「完成度や結果が甘くなる」という事になります。

先ほども申しました通り、自分が満足いく結果を出そうと思ったら、気持ちがいい加減な状態で出せるはずがないのです。

それほど世の中というのは甘くありません。

自分の今のレベル以上の努力を行わない事には、やる事成すこと全てが中途半端な結果に終わってしまいます。

そして当然ながら自身の成長も全く期待できない結果に終わるのです。

人間、やる時は気合を込めて一球入魂、一片のスキもみせないで魂を込めて行わなければならないのです。

そうする事によって多くの人が夢や目標の達成を勝ち取ってきたのです。

思わぬ事故や大失敗を招く

また、ブレた人生を送ってしまうと思わぬ事故や大失敗を招いてしまう事があるのも、これまでの結果が物語っています。

「散漫」になってしまうと殊更いけないのが「車」の運転による事故です。

要するに「注意力散漫」というものですね。

いくらベテランドライバーでも精神状態に乱れがあり気持ちが集中出来ない状態だったらば危険な場面の予測がつかなくなり大きな事故を引き起こしてしまう可能性もある、という事なのです。

「散漫」な状態になって思わぬ事故や大失敗を招くのは車の運転だけではありませんよね。

楽しいはずの水遊びも安全への配慮を欠いてしまったら大怪我や大きな事故を引き起す可能性があります。

花火遊びにしてもそう。

バーベキューをやる時も火器の取り扱いに細心の注意を払わないととんでもない事が起こる事もあります。

人間の注意力というのはすぐに緩んでしまいます。

だから気を入れるべき時とそうでない時の使い分けを自身で会得しなければならないのですよね。

注意力が散漫になってしまう11個の原因

それでは次に参りましょう。

では、ここまでご紹介して参りました「注意力の散漫」について、一体」どうしてそんな事が起こってしまうのでしょうか?

考えられる要因を全部で11個、ご紹介して参りましょう。

熱心さが足りない


何事においてもその物事に対して「熱を帯びている」状態になっていないと注意力は散漫になってしまうでしょう。

つまり熱意ということですね。

自身の心の中が「熱く」なっていないことには物事に対して真剣さも集中力も高まってきませんからね。

まあ逆の目で見たら、「クールに冷静に」なっていれば注意力も散漫にはなりませんよね。

と言う事は心を落ち着けて目的遂行のためにやらなければならない事に対して、ミスすることなくまた焦らずにしっかりと行いきる実行力を備えてほしい、という事です。

熱心に物事を取り組むようになったらなら、自ずとそのような行動になるはずですよね。

自分に甘い

自分に甘い人は、何をやっても結果が伴いません。

いつも尻切れトンボ、あともう少しで完成、というところで着手するのをやめてしまい物事を「不完全」で終わらせてしまうのです。

甘やかされて育った

このような傾向に陥ってしまう人は、幼少期からの育てられ方に問題があるでしょう。

つまり「甘やかされて育った」という事です。

しんどい事、苦しい事、絶えなければならない事、辛抱などを習得するために最も肝心な幼少時からの発育期に親が奪い取って「可愛い、可愛い」という育て方をしてしまったからに他なりません。

これではその子供が注意力散漫になってしまうのも仕方がないでしょう。

何か困った事が起こったら必ず親が「尻拭い」をしてしまうのですから。

このように「自分に甘い」人間になってしまうと何を行うにおいても無計画かつやりっ放し、という傾向が出てきてしまいます。

本来、難しい仕事というものは計画性と緻密さ、それに困難に立ち向かえる不動の行動力、といったものが必要とされてきます。

しかし、自分の甘さに気付かないようではいつまでたってもその人に真の「成長」は訪れないことでしょう。

失敗の経験が少ない

「失敗」というもの、皆さんは如何お考えですか?

絶対にやりたくないと思っていますか?

それとも1回や2回の失敗は仕方がないし、世の中に失敗をやったことのない人生なんてあり得ない、とお思いでしょうか?

「失敗」というものは確かにやってしまうと気分が悪いですし気がめいってしまう事もあるかも分かりません。

それほど物事に一生懸命になって取り組んでいる時に犯す「失敗」は致命的なものになり得るかも分からない「魔物」のようなものかも分かりませんね。

しかし、古来の人類の歴史において「失敗」したことのない歴史上の人物は一人もいませんし、連戦連勝の人間、というものいません。

という事は、人間が何かを行う時には「失敗は付き物」という法則が成り立っているのです。

その失敗を今まであまり経験してこなかった人。

これはある意味、「不幸」な人生をそこまで送っているのかも分かりません。

失敗経験が少ない、という事は行っている事柄にレベルがよっぽど低いか、その人のレベルが天才的に高いか、のどちらかでしょう。

いずれにしても失敗経験が少なくなると注意力が散漫になるのは仕方ありません。

こうやれば必ずや結果はこうなる、と自分の頭の中に答えが入ってしまっているのです。

これでは変化も刺激もありませんから、いざという時の備えがなくなるのも当然でしょう。

しかし、何回かに1回は失敗をしてしまうと人間は用心します。

注意力がそこに注がれるようになります。

それで新たな試行錯誤が生まれるのです。

よって、失敗経験というものは毛嫌いするのでなく逆に自ら受け入れる姿勢を取った方が注意力の散漫化に対しては有効な手段となってくるでしょうね。

集中力が足りない

そう、何を行うにしても「集中力」がなければ始まりません。

集中力があるから、記憶力も高まりますし、実行力も継続力も発揮できるのです。

その「集中力」が欠如してしまったら、注意力が散漫になるのは致し方ありません。

それくらい「集中力」というものは私たちが何かを行う際の「エネルギー源」となるのです。

注意力散漫な状態で学校のテストで高得点をたたき出せるでしょうか?

物事を緻密に精巧に行おうと思ったら「集中力」は是が非でも高めていかなければならない要素なのです。

逆に集中しすぎて周囲に気が配れない

これは気持ちが1点だけに集中してい過ぎるために起こる現象でしょう。

あなたは一旦何かに打ち込み始めたら、周囲のことなどおかまいなし。

ただ、目の前の1点のみに集中してしまう性格なのでしょう。

まあ、それが悪い事だとは言いません。

むしろ素晴らしき集中力を発揮出来る事はあなたの素晴らしい能力として誇れるものと言えるかもしれませんね。

ただ、それによって周囲の人達との協力姿勢が上手くいかないのは事実でしょう。

あなたは自身の類まれなる集中力によって、周囲との協調性を作る事が散漫になってしまうタイプなのでしょう。

それがこの先の人生において「吉」と出るか「凶」と出るか、それはあなた次第となりますからね。

目標設定、ゴールが明確ではない

確かに自分が目指すべき到達点がうやむやではどこに力を注いだらいいのか分からなくなってしまい、注意力が散漫になるのは仕方ないところです。

人間の集中力は何かの大義名分や強い動機付けなどがないとなかなか発揮できるものではありません。

出来る事なら楽をして大きな成果を上げたいと思っているのが人間の持っているずる賢い性分だから、です。

よって、目標設定やゴール地点が曖昧になっていては人間は気持ちの入れ方が中途半端になってしまい注意力が散漫になってしまいます。

ここは途中からでもいいですから、自分自身にとっての強い動機付けになるような目標やゴールをみつけてくださいね。

心配事が多い


人間、心を平静に保たないと本来の実力を発揮することは出来ません。

心が乱れてしまっては平常心を失い、余計な不安や恐れを心に抱いてしまい、とてもやりたい事を満足に仕上げる事が出来なくなるでしょう。

そんな心理状態になってしまって「注意力散漫になるな」と言う方がおかしいくらい、「心配事」というものは人の心をかき乱すのです。

ですから、何かを始めるに当てってはこういった心配事を綺麗に心から取っ払ってしまわないといけません。

そうしない限り、あなたが行う事は全て不完全なものになってしまいますよ。

「心配事」というものは思った以上に手ごわく厄介なものですからね。

ONとOFFのメリハリがない

この要因も注意力が散漫になってしまう大きな要因でしょう。

しかも日常生活において至る所にあなたの気持ちから「ONとOFF」のメリハリを奪ってしまう要素があることをあなたは認識しなければなりません。

例えば勉強中の「ながらテレビ」です。

こんなことをやっていたら勉強に対する集中力が上がるはずもなく、ONとOFFの区別も永久にないままにダラダラとながら勉強をやって、勉強をした気分だけに浸っているでしょう。

人間というものは同時に2つの精神状態を持つことは出来ません。

テレビを見るなら見る。

勉強をするなら勉強をする。

どちらか一つです。

同時にこの2つを完璧に自分のものに出来るはずがないのです。

気持ちの「ONとOFF」のメリハリをつけることがいかに大事な事な事なのか。

分かっていただけましたでしょうか?

計画性が無い

物事を行うに当たって、無計画なやり方でその事案が完璧に成し遂げられることは恐らくないでしょう。

それくらい、人間というものは「計画」というものによって偉大な事業を行えてきたのです。

「計画無し」で大きな成果を挙げることなど、ほぼ不可能というのが過去からの偉人たちの「声なき声」なのです。

「計画」というものはそれくらい非常に重要であり、大切なものなのです。

その「計画」を立てることもしないで物事に当たれば、間違いなく進むべき方向が分からなくなり気分は支離滅裂となり集中力は一気になくなってしまうでしょう。

そうなってしまえば、後待つものは「注意力散漫」というお馴染みの失敗パターンだけです。

無計画で物事が円滑に進むほど世の中は甘くありませんよ。

きちんと筋道を立てて計画を立てましょう。

それが最も早く且つ効率的に「成功」を収めるための近道なのですよ。

ながら作業をする癖が付いてしまっている

「ONとOFF」のところでも触れました通り、物事を行う時に「ながら作業」をやってしまうと、その完成度は見る影もなく低いものとなってしまいます。

この事実はいかなる優れた人間が行っても同じ結果なのです。

何度も申しますように、人間の脳は同時に違う事を処理することは出来ません。

だから短時間でも物事に集中できるような仕組みが出来上がっているのです。

集中さえしておけば、その物事は短時間で終了するでしょう。

そうすれば次の事案を片づけてゆけばいいのです。

但し多少の休憩を挟まないと人間の脳は疲れから回復出来ませんがね。

とにかく「ながら作業」をする癖が付いてしまったらどんな物事も自分の思ったような結果が付いてこなくなることを悟りましょう。

一刻も早くその癖から脱失しましょうね。

病気の場合もある

確かにそうですね。

病気にかかっていたら集中力など発揮できるはずがありませんよね。

例えば38度の熱を出してしまって、明日の学校のテストの勉強が出来るでしょうか?きっと頭がフラフラしてしまって勉強など無理でしょう。

いえ、勉強どころかこういった体調の時は何をやっても気分は散漫。

はかどるはずがありません。

こういった時は薬を飲んで早く寝て、体力の回復を待つしかありません。

体調さえ元にもどればいつものように気合を込めて集中力を発揮できるでしょう。

注意力散漫を改善する方法とは?

それでは次に参りましょう。

ではこの困った症状である「注意力散漫」。

これを改善するための方法を考えてみましょう。

きっと皆さんのお役に立つ方法があると思いますよ。

全部で8個のご紹介です。

計画表を作る

今回のテーマで何度も触れました通り、人間というものは物事を進めていくには何らかの工程表のようなものがあるとナイトでは、作業効率において各断の差が生じてきます。

それを大きくみたのが「計画表」という訳ですが、実際にこの「計画表」がないと自身の進捗具合や軌道修正などを行うのが非常に困難になってしまいます。

要するに自分が今、どのあたりにいるのかが分からなくなるのですよね。

そうなってしまうと具体的な方策を立てにくくなるため、自然と気持ちが散漫になってしまうのです。

注意力散漫の防止に「計画表」が大いなる効力を発揮する。

これは万人が認めざるを得ない世の中の常識といえるでしょうね。

【計画を上手に立てるためのポイントは、こちらの記事もチェック!】

周囲からのアドバイスを素直に受け入れる

あなたが何かの仕事を手掛けていた、とします。

しかし、いかんせん経験不足がたたってうまく前に進めません。

自分の力だけでは八方ふさがり。

もうどうしようもありません。

そうなるとそれまでの気力が一気に減退してしまい、注意力も散漫になっていってしまいます。

そういった時にありがたいのが、周囲の人からのアドバイスです。

これこそが「藁をも掴む」心境なのでしょうね。

何らかのヒントを得たら俄然、ヤル気が戻ってきて集中力も再びアップするでしょう。

このように自分の殻に閉じこもって物事を進めようと思っても、思うようにいかないのが現実です。

こうなってしまったらヤル気が失せて、注意力も散漫になってしまうでしょう。

なので、頭を柔らかくして周囲の人達からアドバイスをもらいに行くのです。

勿論、謙虚な姿勢と素直な気持ちを持ってですよ。

タイムリーで的確なアドバイスはあなたの気持ちを再び奮い立たせてくれるでしょうね。

論理的思考をするようにする

あなたが何かを行うのならば、その行いたい事を自分の頭の中で論理的に構築して誰かからその事に聞かれたとしても、理路整然と論理的に説明出来るようにしておくべきなのです。

この工程を疎かにしてしまうと、あなたが挫折しかけた時に思わぬ救いの神となってくれるのです。

漠然とした行き当たりばったりな言動をしない

そもそも、今あなたが行おうとしていることは、どうして行わなければならないのか?

その理由づけとそれを行った際の結果とが論理的に結びついていないとヤル気や集中力が途中で潰えてしまうかの分からないのです。

つまり、漠然としや行き当たりばったりな動機で行わない事なのです。

漠然とした動機や行き当たりばったりな理由で始めたことは、最初のうちは勢いで何とかこなしていますが、ちょっとでも壁に当たったり障害が出たりすると、それを乗り超えるべき正当な論理的な根拠を持っていないため、すぐに挫折への道を歩んでしまうのです。

だからこそ、失敗が続いた時でもそれは成功するために通っていかなければならない道、というような発想がないことには、あなたの初心は貫けないでしょう。

すぐに注意力散漫状態になってしまってやっていたことを投げ出してしまうでしょう。

自分のやりたい事には、絶対の自信を持つ。

そのためには誰から聞かれても揺るがない信念をもつ。

これが注意力散漫にならないようにするための秘訣なのでしょうね。

規則的な生活をする

規則的な生活を送る、という事は「時間管理」がしっかり出来ている、という事になります。

つまり、いついつまでにこれをやって、この作業は明日に行う、というような事が可能に出来るよう、生活の中にリズムを作り、体調を整えて頭をスッキリさせる、という意味合いも込められているのです。

深夜までダラダラとテレビを見る。

夜更かしをする。

朝の起床時間が遅い、などではとても規則正しい生活とは言えませんよね。

時間を常に意識する

「規則正しい生活」を送る事によって、あなたは時間を有効に使える達人になれる、という事なのです。

そして「時」というものは有限です。

1日はどう考えても24時間しかありません。

この24時間をいかにして有効に使ったなら頭も冴えて作業が効率的になるか、そのためには時間をどうやって使うべきなのか、を常に意識するようにしておくのです。

「規則正しい生活」も「計画性」が頭に入っていないと成り立ちません。

両者とも相反する勝手なものではないのです。

お互いの一方が欠けてしまったら一気にその人の行動力は減退してしまうのです。

行動力が落ちるということは、頭で何も考えていない事と同じですね。

つまり「注意力散漫」になっているのです。

「時間の管理」を常に頭にいれて意識していましょうね。

気持ちにメリハリをつける

いくらあなたが完璧だと思えるような「計画表」を作ったとしても、朝起きてから寝る間での間、ずっと仕事や勉強の計画ばかり立てていては、必ずやどこかで「計画倒れ」になってしまうでしょう。

人間は「緊張感」と「休憩」の2つが上手く噛み合っていないと心身のバランスが崩れ何を行うにしても一向に効率が上がらない、という事態に陥ってしまう事が往々にしてあります。

つまりメリハリをつける、と言う事ですね。

張り切る時とだらっとするときを交互に用意する。

この気持ちの入れ替えが人間の脳にとったら必要となるのです。

人間の脳は機械ではありませんからね。

脳も使えば疲れます。

適度な栄養補給と休憩と与えないとあなたの脳は一気に「注意力散漫」になってしまいますよ。

OFF時間にも没頭できる趣味を持つ

OFF時間というのは確かに頭の休眠タイムです。

仕事のことや勉強のことを忘れるための時間です。

だからONとOFFの切り替えをしっかり行わないと脳が勘違いを起こし、いつまでたってもだらだらと仕事の事や勉強の事を意識してしまい、かえって脳の効率が下がってしまい本来の目的であるところの物事が出来なくなってしまうのです。

だからといってOFFタイムにあまりにもダラダラし過ぎるのも考え物ですよね。

いくらOFFタイムでも脳の活動をしっかりとさせておかないといざONタイムになった時にエンジンのかかりが遅くなり、正常な判断が鈍くなる可能性もあり得ます。

そこでお薦めしたいのはOFFタイムの「趣味」です。

なにか気晴らしになるような、あるいは気持ちが引き込まれてゆくような趣味を持つことです。

脳というものは同じ作業の連続は、効率が落ちることが結構ありますが目先を変えて興味のあることを行っていれば案外、頭の回転がよくなって気持ちのハリがいい方向に向く事もあるのですよね。

OFF時間をも有効に使うために何か没頭できる趣味を持つことで、注意力散漫防止にも役に立ってゆきますよ。

自分を甘やかしすぎない

自分の気持ちが世間に対して「甘い」という事は、考え方の深さがそれだけ浅い、という事になります。

何事にも物事を決定するときというのは考えに考えたあげく、一切の選択肢がないかのように自分を追い込んで決めるべきものです。

その考えを「甘い」考えで決めていたら、真剣に考える必要もなくなるわけですからそりゃあ、注力が散漫になるはずです。

「注意力」というのは絶えず自分に降りかかってくる危険を予知して、それを巧みにかわしてゆく一種の自己防衛能力のようなものです。

それを甘い判断に委ねていたら、注意力散漫になって事故を引き起こしてしまう、と言う事になってしまう訳ですね。

日記を付けて日々を記録する

これは一種の「日報」のようなものですね。

ただ単にその日、1日あったことを時系列に並べて書いているだけではあなたの注意力は一向に改善されないでしょう。

そうではなくて、この日記を誰かに読んでもらってそれに対する評価を受けるようにする。

こうなったらあなたはダラダラした書き方はできなくなり1本筋の通った報告文形式の日記が出来上がるはずです。

振り返りと記憶する癖をつける

日記を付ける目的は、「振り返りと記憶する癖」を養うことです。

要するにあなたの注意力が散漫になるのは日々の生活を何の意味もなく過ごしているからです。

そうではなくてその日起こった出来事に対してどのような心境があったのか。

それを克明に記していくのです。

このようにして書きあげられた日記は確実にあなたの心に印象として残るでしょう。

そして適度な時の経過を待って再度、日記を読み返し自分の心の在り様を押さえるのです。

振り返りと記憶の練習。

散漫な注意力を改善するにはまたとない方法ですよ。

まとめ

如何だったでしょうか?

今回は「散漫」という事取り上げました。

そのポイントをもう一度振り返ってみますと、

・ついつい散漫になっていませんか?

・注意力が散漫になってしまう11個の原因
・注意力散漫を改善する方法とは?

という事になっていましたね。

さて、人間の注意力が散漫になってしまうのは、やはり気持ちのどこかに「危機感」というか「明日はどうなるか分からない」という切迫した緊張感がなくなってきているからでしょう。

人間、食べるものや住むところ、着るものが何不自由なく備われば当然ながら気持ちが安心してそれまで持っていた「緊張感」というものが廃れていってしまいます。

勿論、文化的で衛生的な生活は人間が人間らしく生きてゆくために必要な要素です。

今更。

生活水準を落としてギリギリの生活を強いられるのは意味がまた違った問題です。

ただ、今の平和な時代に長らく安住してしまえば、悲しいかな人間の心にいい意味での緊張感が消失してしまうのも、これまた事実。

俗に言う「ハングリーパワー」というものがなくなってしまった人々がこの世にわんさかいる、という事です。

だからと言ってまた100年前の時代に戻れ、と言っているのではありませんよ。

兵器による国家同士の争いだけはもう二度とやってはいけません。

そんな状況に追い込まれての「ハングリーパワー」はまた意味合いが違ってきてしまいます。

本当の「ハングリーパワー」の持ち主は、「心」を失わず且つ、常に「危機感」を感じつつ生きてゆく人達です。

そういう精神構造を持っていれば「注意力が散漫」になる事など、まずあり得ないでしょうね。

よって私たちは、努めてそういった方向性を間違わない素晴らしい人物になってゆきたいと思うようにしたいものですね。