あなたは自己主張ができる人ですか?

世の中では自己主張をすること、つまりは自分の意見を口にすることはとても大事だと言われています。

自分の意見を持たない人間は使うことができないし、自分らしく生きることもできませんよね。

ですが、一方で、自己主張をするということはとても怖いことでもあります。

自分の意見を述べてくださいと言われて、何のためらいもなく自己主張をできる人もいれば、自己主張が全くできない人もいるのです。

自分の意見を持つことさえも難しいと思っている人もいるかもしれませんね。

自分の意見を躊躇いなく述べられる人にとっては、自分の意見を簡単に言えない人の気持ちはなかなか分かりません。

それでは、どうして自分の意見が言えなくなってしまうのでしょうか。

また、自分の意見を人前できちんと主張できるようになるためには、いったいどのようなことに気をつければ良いのでしょうか。

自分の意見を述べるのが苦手な方、自己主張できない後輩や部下の気持ちを理解しなければいけない方は特に、自分の意見が述べられない理由や改善の方法について詳しくならなければいけませんね。

意見が言えない6個の原因

自分の意見を忌憚なく口にすることができる人は、とても精神的に強いのではないでしょうか。

世の中には、自分の意見を言うことが怖くて仕方ないという人がいます。

年齢に関係なく、自分の意見を言うことができなくなってしまうのです。

自己主張をするということは、その場に自分がいる意味を全員に知らせるという意味合いでもあります。

何も主張せずにそこに座っているだけでは誰でもできますよね。

ですが、自分の意見を主張するというのは誰にでもできること絵ではありません。

だからこそ、会議などの場ではしっかりと意見を口にできるようにならなければいけないのです。

ところが、意見を言うのはそう簡単な話ではなく、色々な理由から、口にできなくなってしまっていることが考えられます。

それでは、自己主張できず、自分の意見を主張することができない理由には何があるのか見てみることにしましょう。

1.拒絶されるのが怖い

自分の意見を主張することができない理由の一つには、拒絶されるのが怖いというものがあります。

自分の意見を主張するときには、主張して終わりということは絶対にありません。

主張するということは、その意見について他の人が話し合うということになるのです。

その中では、必ずしも絶賛されることはないでしょう。

否定されたり拒絶されることももちろんあるのです。

自分が未熟ものであればあるほど、自分の意見も未熟になってしまいますから、それだけ拒絶される可能性は高くなるのです。

自分の意見を拒絶されるということは、要するに自分自身を拒絶されるような感覚を味わうということでもあります。

そんな拒絶が怖いために自分の意見を主張できないという人はかなりいるのではないでしょうか。

自分の意見を主張しなければ、拒絶されることもありませんよね。

過去のトラウマから

拒絶されることが怖いというのは、過去のトラウマに起因しているかもしれません。

以前に自分の意見を主張した時に、コテンパンに意見を却下されたことがある人なら、意見を主張することの怖さを知っているでしょう。

自分の意見を出すということが、誰かからこっぴどく拒絶されるという意味になるのであれば、確かに自己主張することなどできるはずがありません。

トラウマは心を縛ってしまうものですから、「必ずしも否定されるわけではない」という慰めも心には届かないでしょう。

その人にとっては、自己主張をするということこそが自己否定につながるのですから、自分の意見を持っていても、それを口に出すことはできないのです。

否定に敏感である

否定されることに敏感な人も、自分の意見を述べることはできないでしょう。

世の中には、自分を否定されることに対して鈍感な人もいます。

「そんなこともあるよね」と流してしまうことができる人もいるのです。

また、否定の意見を純粋に受け取って、自分の意見が負けたと感じればそれを受け入れられる人もいます。

ですが、人のネガティブな感情や否定に対して敏感な人であれば、それはできないでしょう。

相手からの否定の意見の中に、自分を見下すような色を感じてしまえば、それが怖くて意見を主張することはできなくなってしまいます。

他人の感情に敏感であったり、他人のネガティブさを強く感じ取ることができるからこそ、誰かのことを恐れるようになってしまうのです。

2.そもそも自分の意見がわからない


自分の意見を主張することができない人の中には、そもそも自分の意見が分からないという人もいます。

何かを主張しようとしても、自分の中に意見と呼べるほどのものがないので、そもそも声をあげることができないのです。

主張というのは、自分の意見があってこそですから、その意見がないような人に主張をしろと言っても難しい話ですよね。

そもそも自分の主張が分からないような人は、まずは自分の意見を持つというところから始めなければいけません。

ただ、意見がない人には自分の意見を持つということ自体がとても難しく、それにも何か深い原因を持っていると考えた方が良いでしょう。

周囲を優先させている

そもそも自分の意見が分からないという人は、周囲を優先させてしまう傾向にあります。

他人のことを考えすぎているのです。

自分以外の誰かの方が重要なので、自分のことなどどうでも良くなってしまうのです。

二つの意見があるとき、意見が対立しているときでも、常に周囲を優先できる人の場合は、それを続けていると、自分が意見を述べる必要性を感じなくなってしまいます。

自分が意見を持つ必要さえも感じなくなるのです。

自分の意見を常に自分自身で追って来たのだとすれば、最初から持たなくても良いでしょう。

むしろ、持たない方が、折る手間が省けて良いはずです。

こんなことを繰り返していると、自分の意見は生まれなくなってしまいます。

これには本人の気質が関わっているので、買えるのはなかなか難しいでしょう。

大勢の意見と一緒だと安心できる

自分の意見を持っていない人の中には、大勢の意見と一緒だと杏氏できるという人もいます。

自分の意見を主張することよりも、大勢の意見に合わせることで安心を求めているのです。

こういった人は、自己主張することによって拒絶されることを恐れている人にも当てはまるでしょう。

誰かの意見、特にマジョリティの意見に従えば、何が合っても怖くないと思えるのです。

例えトラブルがあっても、自分一人の責任ではありません。

成功しても自分の手柄になることはありませんが、少なくとも、成功したという立場の方に存在することができる安心感があります。

何があっても一人ではないという安心感を常に選んでいる人は、自己主張することでマイノリティになってしまうことを恐れます。

下手なことを言わないように気を付けていると、いつの間にか、自分の意見というものは生まれなくなるでしょう。

優柔不断である

優柔不断な人も自分の意見を持つことはできないのではないでしょうか。

自分の意見を持つというのは、自分の中の意思を統一するということでもあります。

自分自身でメリットやデメリットについて考え、その上で一番良いものを選んで自分の意見として主張するのです。

優柔不断な人は、自分の中で意見を統一することができません。

主張しようにも、色々な考えが自分の中を巡っているだけで、統一して主張できそうな意見というものが出てこないのです。

こういったタイプの人は、自分の意見を決めることができないというだけではなく、普段の生活の中でも優柔不断という特徴があります。

普段の生活の中で見られる優柔不断は、他の人の声を取り入れるのが難しいだけ、自分の中ではさらに迷走してしまいます。

結果的に、自己主張できるほどの強い意志を持つことができない状態になってしまうのです。

3.発言を難しく考えすぎている

自分の意見を主張することができない人は、発言ということ自体を難しく考えすぎているという可能性も考えられます。

発言するということは、確かに自分の意見を何らかの形で取り入れてほしいという意志の元に成り立つ行動です。

ただ、自己主張にそこまで大袈裟なものを求めていないということもありますよね。

少なくとも、自分の意見を何のためらいもなく口にできる人は、自分の意見がすべてを変えると思って発言しているわけではありません。

時には、思ったことをちょっと口にしてみたということもあるのではないでしょうか。

ですが、発言を難しく考えている人にとって、自分の意見を主張するというのは、そう簡単な話ではないのです。

周囲を納得させることを言わないといけないと思っている

発言を難しく考えている人にとっては、意見とは周囲を納得させるものという定義になります。

誰かに拒絶されることが怖いというだけではなく、自分の意見が周囲を変えるほどの威力を持っていなければいけないという気持ちでいるのです。

ですが、これはなかなかに難しいですよね。

周囲を納得させられる意見を毎回自分の中に作るというのは、とても骨が折れる作業です。

話しているうちに良い案が思いつくこともありますし、他の人の意見を補強するようなことを言うのも、会議の中では大事なパートです。

ですが、主張できない人の頭の中では、大きなことを言わなければいけないというルールに縛られてしまっているのです。

こんなルールが常に自分の中にあるのだとすれば、そう簡単に自分の意見を外に出すことはできませんよね。

4.反論が怖い


自分の意見を主張することができないという人は、反論を恐れているということもあります。

意見を戦わせるということは、常に反論が自分の前にあるということでもあります。

ですが、反論に対して自分も反論しなければいけないと考えると、だんだんと自分の意見を口にすることが億劫になるのではないでしょうか。

一言口にしただけで、誰かと舌戦を繰り広げなければいけないということがあれば、それは面倒くさいですよね。

要するに、自己主張をした後の議論というものが苦手な人は、そもそも自分の意見を主張するということ自体を避けてしまうのです。

言い負かされたくない

議論をすることが嫌だというだけではなく、反論を恐れている人は、言い負かされることもとても嫌がります。

誇り高いので、自分の意見が他人におられてしまうというのが嫌なのです。

負けず嫌いとも言えるかもしれません。

戦えば、必ず負ける可能性はありますよね。

自分が思ってもみなかった方向から反論されたときに、武器がなくてすぐに負けてしまう可能性もあります。

こうして言い負かされるのが怖くて、そもそも主張することが嫌だという人もいるのです。

自分のプライドのために戦うのではなく、戦わずして自分のプライドを守れないものかと考えてしまうのです。

他の人にはこのプライドは理解することはできません。

誰に誇示することもできないプライドを持っていても仕方ないだろうと思うのですが、誇示しなければおられることがないというのも事実ですよね。

プライドを折られるような自己主張、反論、そして議論そのものを避けようとすれば、少なくとも自分は傷つかずに済むでしょう。

言い負かされたくないという気持ちが、自己主張という行動をプライドという鎖で縛ってしまうのです。

5.人に合わせた方が楽

自分の意見を主張することができない人は、ただ単に面倒くさがりという可能性もありますね。

自分の意見を口にするということは骨が折れる作業です。

口にしてしまった以上は、そう簡単に取り下げるようなことはできません。

すぐに取り下げてしまうような意見なら、口にしない方がマシですよね。

ですが、主張して議論をするのは面倒くさい話です。

そして、自分の意見が通ってしまったときに責任を負わなければいけないのも面倒ですよね。

自分の意見を主張するというのは、その後のことを考えると、主張しないよりもずっとたくさんの労力を使うのです。

その代わりに得られる他人からの褒め言葉に価値を感じていなければ、主張しない方がずっと楽でしょう。

頷いていればいいだけ

自分の意見を主張しないときのことを考えると、頷いていれば良いだけなので楽ですよね。

人の意見に合わせている方が、自分に責任が回ってくることもありませんし、楽なことは確かなのです。

誰かと議論をする必要もありません。

会議の場でうなずいていれば良いだけというのは、多少眠くなるかもしれませんが、自分の意見を戦わせて、反論に打ち勝って、さらには意見を進めた責任者として何らかの仕事をしなければいけなくなるよりはずっと楽でしょう。

面倒くさがり屋の人にとっては、自分の意見を主張する意味も感じていないはずです。