ビジネスシーンやプライベートなどで、会話の際に物事をハッキリとさせたくない時には、お茶を濁すことがありますよね。

例えば人から「あなたの年収はいくらなの?」と聞かれて、明確な数字で答えたくない時には「まあごく一般的な会社員と同じくらいですよ。」と曖昧な答え方をすることがあるでしょう。

それがいわゆる「お茶を濁す」ということですが、この言葉の本来の意味や語源について、あなたは知っていますか?

曖昧に意味を知っておくよりも、きちんと言葉の起りまで理解を深めておいた方が、よりその言葉が使いやすくなるでしょう。

今回は「お茶を濁す」という言葉の意味や、お茶を濁すべきではない場面についてご紹介します!

「お茶を濁す」とは?

あなたはどんな場面で「お茶を濁し」ますか?

これまでの人生で人から答え辛いことを聞かれたり、無理なことを求められたりした時には、それとなくはぐらかして交わした経験がある人もいるでしょう。

その行為こそが「お茶を濁す」ことであり、自分ではお茶を濁している気はなくても、無意識に行っている人は多いでしょう。

とくに日本人の場合には、聞かれたことに対してストレートに答えずに、曖昧な返答をすることがとても多いです。

ストレートに聞くことすらも「デリカシーがない」と思われることが多いため、人から嫌われるのが嫌でハッキリとものを言わずに、「オブラートに包んだ」ものの言い方をすることも多いです。

言う方も答える方も、曖昧になってしまうのは、日本人特有の責任を分散させて誰に原因があるのかをハッキリさせようとしない考え方や、他者との争い事や議論を好まない傾向からきていると言われています。

物事をハッキリさせないことで、周りに対する気遣いになる場合もありますし、そうしておけば自分もまた、他人から同じように曖昧にしてもらえるため、何かあれば積極的に曖昧にするという、矛盾した行動を取ることも少なくはないでしょう。

そんな「お茶を濁す」ことについて、これから詳しくご紹介していきます。

語源

そもそも、「お茶を濁す」とはどのような語源からきているのでしょうか?

それを知らなければ、「お茶を濁さないで」と人から言われた時に、「え?お茶?何のこと?」と意味が分からずに困惑してしまいます。

他の多くのことわざでも同じですが、その言葉の意味をきちんと理解していなければ、人が言っていることの意味を理解することが出来ずに、相手と自分との間で誤解が生じてしまうこともあるでしょう。

学生であればその場で素直に「お茶を濁すってなんですか?」と質問できますが、いい大人になってから質問をするのは恥ずかしく感じて、そのまま言われた言葉を聞き流してしまうこともあります。

しかし聞き流すといつまでも言葉の意味を理解できないままですし、場合によっては相手を怒らせてしまうこともありますので、耳慣れない言葉なら恥ずかしくてもその場で確認した方が自分のためになるでしょう。

とはいえ、やはり予め知っていた方がわざわざ聞き直す恥も手間もありませんので、この機会に「お茶を濁す」の語源についても知っておきましょう。

茶道の抹茶から生まれた言葉


「お茶を濁す」の「お茶」とは、元々は抹茶のことでした。

茶道の作法の心得がある人ならば、手際よくお茶をたてることができますが、茶道の作法をよく知らなければ、当然まともにお茶をたてることはできません。

しかしお茶をたてられないとなると恥ですので、茶道の作法をよく知らない人は、程よく茶を濁らせたところで、それをいかにも抹茶に見えるように取り繕いました。

この適当に見かけや上辺だけを取り繕うところから、「お茶を濁す」という言葉が生まれたとされています。

抹茶は濁っていますので、いかにもそれらしくお茶を濁らせることができれば、実際に飲まなければそれが抹茶ではないと気付かれにくかったのでしょう。

かなり適当でいい加減なやり方ですが、これが転じて物事を曖昧にさせるという意味になったと言われています。

これをお茶以外に例えるのであれば、いかにも達筆に見せて習字を書いたり、また芸術的な絵に見せて描いたりすることなどでしょう。

本物ではないものの、それらしく上辺を取り繕うことができれば、少なくともその場しのぎはできるでしょう。

「お茶を濁す」こともまた、物事を曖昧にしてその場をしのごうとする人の気持ちが表れているようです。

その場しのぎで話を逸らすという説もある

「お茶を濁す」の語源には、「出されたお茶の濁り具合を話題にして、その場しのぎで話を逸らす」という説もありますが、こちらに関しては俗説と考えられています。

例えばある人が茶会の席に呼ばれた際に、茶道の専門的な話を振られて答えることができずに、咄嗟に「いやぁ、この茶の濁り具合はまた味があって素晴らしいですね。たてた人の腕の良さが窺えます。」などと茶の濁り具合を話題にして話を逸らしたとします。

自分が聞かれて答えられないことを、咄嗟に他のことで誤魔化してその場しのぎをしようとするところからこのような説が生まれましたが、これは語源としては確証も説得力もなく、いかにも俗説さが感じられる説でしょう。

実際に辞書で調べてみれば、前者の語源は多くの辞書に載っていますが、こちらの語源に関しては記載されていないものも多いです。

そのため「お茶を濁す」の正式な語源は前者と捉えておくのがいいでしょう。

意味

「お茶を濁す」の語源から、「いかにもそれらしく振舞ったり取り繕ったりする」といった意味合いは誰でも感じ取れることでしょう。

そしてこの語源から転じて、いくつかの意味が生まれました。

「お茶を濁す」は、現在ではその語源よりも、そこから転じた「誤魔化す」「はぐらかす」「表面だけ取り繕う」などの意味の方がよく知られています。

実際に「あの人はお茶を濁している」などと使っている人も、これらの意味として言葉を用いていることが多いでしょう。

これらの意味は誰でもよく分かっていることですが、さらに詳しく一つひとつの意味を見ていくことで、より「お茶を濁す」という言葉の真意を理解出来るようになるでしょう。

以下に一つずつその意味を解説していきます。

誤魔化す

「誤魔化す」とは、「都合の悪いことを隠したりうやむやにすること」です。

また、質問などにまともに答えずに、うやむやにするという意味もあります。

例えば会社で経費の計算のミスをしてしまった人が、自分のミスだと周りにバレないようにするために、データを改ざんした場合、その行為は誤魔化しになります。

また、例えば友人同士で会話をしている時に、「あなたは結婚の予定はあるの?」と聞かれ、本当のことを答えたくない時には「まあ、その内にね。」とハッキリ答えないことがありますが、これもまた誤魔化しです。

誤魔化しは悪いことをした人が、それを隠すための行為をした時に使われることが多いため、あまり良い意味としては使われていません。

また、人の質問に答えたくない時には、わざと返答を曖昧にして誤魔化すことがありますが、それ自体は必ずしも悪いことではないでしょう。

とはいえ誤魔化された人がそれを不快に思ったり、怪しく思ったりすることが多いため、やはりあまり良い意味としては捉えられていないでしょう。

はぐらかす

「はぐらかす」とは、「話題を変えるなどして相手の関心を逸らすこと」です。

他に「連れに気付かれないように離れ去る」という意味もありますが、ほとんどは前者の意味で使われています。

「はぐらかす」は、「誤魔化す」よりも曖昧にするといったイメージがあり、また誤魔化す場合には会話だけでなく行動も含まれますが、はぐらかす場合には主に会話の流れを変えることを意味します。

例えば同性同士のおしゃべりの中で好きな人の話題になった時に、どうしても自分の好きな人を言いたくなくて、咄嗟に他の人の恋愛話を持ち出したり、別の人の恋愛の進行具合に話をすり替えたりして、自分の話題をはぐらかすことがあるでしょう。

はぐらすのが上手い人は、同じ話をしている人たちの中でも、とくにおしゃべりな人や自分語りが大好きな人にわざと話題を振ります。

すると他の人では「はぐらかさないで!」と突っ込まれるところを、話題を振られた方は自分が好きにおしゃべりできますので、満更でもなくそのまま自分の話に入ってくれるでしょう。

表面だけ取り繕う

「取り繕う」とは、「外見だけを飾って体裁を良くすること」や、「過失などをその場だけでなんとかうまく誤魔化すこと」です。

要するに見てくれだけを良くして、中身はまったくそれに伴っていないという状態です。

例えば急に義理の親が家に来ることになってしまい、家の中がぐちゃぐちゃで、とても人など迎えられない状態の時には、まず見てくれを良くするため目に付く場所はきれいに掃除するでしょう。

けれども細かく掃除していてはとても間に合わないため、夫婦の寝室や子ども部屋、物置などの他人が勝手に開けない場所に、そこらに散らばっているものを適当に押し込んで片付けてしまいます。

そして玄関やリビング、トイレやキッチンなどの誰もが足を踏み入れる場所だけ綺麗に整えておけば、義理の親が訪問した時にも表面上は綺麗な状態で迎え入れることが出来るでしょう。

けれども一歩寝室に足を踏み入れたり、物置を開けたりすれば直ぐに中身のだらしなさは露見してしまいます。

そうした表面だけは整えて、実際には中身が整っていない状態が表面だけ取り繕われた状態なのです。

「お茶を濁す」という言葉も、こうした表面だけは取り繕われた状態を示しています。

「お茶を濁す」の類語や関連語

「お茶を濁す」とは、上辺だけで中身が伴っていないことを意味します。

表面上だけ取り繕ったり、誤魔化したりしても、鋭い人にはそれが一時しのぎのものだということは直ぐに露見してしまうでしょう。

けれども何もしないよりはマシというものですので、よく人は突然の出来事や、予測不能な状況に陥った時には咄嗟にお茶を濁すことがあるでしょう。

そんな「お茶を濁す」という言葉と似た意味を持つ類語や関連語がいくつかあります。

知っておけば別の表現をすることが出来ますし、また場面に合わせて使い分けることも出来ますので、この機会にぜひ類語や関連語についても知っておきましょう。

物事の悪い部分を隠したり問題に上げなかったりすること


「お茶を濁す」には、物事の悪い部分を隠したり、敢えて問題に挙げなかったりすることという意味もあります。

この言葉自体はすべてが悪いというわけではありませんが、悪い意味として使われることも多いため、自分にとって都合の悪いものを隠す、または敢えて見ないようにするといった意味も含まれています。

そんな意味から用いられる類語には、以下のようなものがあります。

上辺を取り繕う

「上辺」とは、物事の外に表れて見えている姿のことです。

氷山の一角の情景で例えるなら、水面から顔を出した部分が上辺の部分ということになります。

また、上辺には内実の伴わない表面的な態度という意味もあり、これは私たちが人と接する際に、おべっかやお世辞、社交辞令などを使っている時の態度と言えるでしょう。

氷山の一角では、水面下に隠された巨大な氷は私たちの目には見えません。

また、誰に対してもにこやかに接していれば、心の内に隠した本心には誰も気付くことはないでしょう。

そうした表面上の部分が上辺であり、これを良く見せるために取り繕うことで、私たちは周りからの自分に対する印象を操作することも出来ます。

すなわち、自分にとって何か都合の悪いことがあったとしても、上辺を取り繕ってしまえば、他の人にはその悪い部分を知られずに済むということです。

これを利用して、都合の悪いことはすべて隠そうとする人も世の中にはいるでしょう。

隠蔽する

隠蔽とは、あるものを他のもので覆い隠したり、見られては都合の悪いことを隠すことです。

つまり自分にとって都合が悪いとされることをわざと他人から隠して気付かれないようにするということですので、明確な意図をもって隠そうとする行為であり、隠す内容によっては罪になることもあるでしょう。

よくニュースなどで「犯罪を組織がらみで隠蔽した」や「会社員が横領の事実を隠蔽した」などと流されることがあるため、隠蔽という言葉を完全に悪いものとして捉えている人も少なくはないでしょう。

実際に、隠蔽された内容の大半は犯罪であったり、周りに知られた時に当人の立場が不味くなるものであったりするため、悪い意味の言葉として捉えられても仕方がないでしょう。

「お茶を濁す」の場合には、言いたくないことを曖昧にぼかすといった可愛げがまだありますが、隠蔽の場合には悪いものを隠すため、よりタチが悪いでしょう。

犯罪がらみや事が大きい場合、とくに明確な悪意を持って都合の悪いものを隠した時などには、隠蔽の方が用いられることが多いです。

ひた隠しにする

ひた隠しは、ひたすらに隠すことです。

「ひたすら」が、状況が以前と今とまったく変わらないことや、ひたむきにといった意味の言葉ですので、とにかくずっと隠した状態のままを、「ひた隠しにする」と表現することがあります。

例えば好きな人のことを誰にも言えずに、また告白するつもりもなくずっと思い続けている気持ちを他人に隠し続ける時には、「好きな気持ちをひた隠しにする」と言います。

「お茶を濁す」の場合には、その場しのぎをするという意味ですので、その後で真実が露見することも多いですし、仮に露見することになっても今だけは事実を隠そうとする場合に用いられます。

一方で「ひた隠し」の場合には、真実をその後も決して露見させるつもりはないという強い意思がありますので、本人が一時しのぎだけでなく、長く真実を隠し続けようとする際に用いられることが多いです。

相手の気持ちを別の方向に向けて追及を逃れること

「お茶を濁す」には、話題逸らしをしようとする意図も含まれています。

今話している内容のままでは自分にとって都合が悪いため、何か他の話題を持ち出して、そちらに話題を切り替えようとすることですので、お茶を濁す当人からすれば必死なことも少なくないでしょう。

相手の気持ちを別の方向に向けて追及を逃れようとする行為は、他の人からあからさまな場合もあれば、上手く誤魔化せる場合もあります。

例えば年収や仕事の内容、プライベートに関する話題の場合には、詮索好きな人やおしゃべり好きな人からの追及を避けるために、何とか他のことへ相手の気持ちを向けさせようとするでしょう。

詮索好きな人の場合は厄介ですが、他人と自分とを比較して自慢したがっている人の場合には、「うちなんてたいしたことないよ。

それよりそっちはすごいんでしょう?」と話題を振れば喜んで話の流れを自分の方へと持っていってくれるでしょう。

このように、相手の気持ちを別の方向へと向けさせるという意味での類語もあります。

惑わせる

「惑わせる」とは、心を乱れさせることや困惑させることです。

例えばマラソンをしている人がゴールテープに向かって真っすぐに走ってくるとします。

そしてゴールする直前でそのゴールテープを消してしまったら?いきなりゴールを見失った人はおろおろと困惑して、そこかしこを見渡したり、ゴールテープを探し回ったりするでしょう。

このように、何かに向かって進んでいる人の矛先を他へと変えさせてしまうことで、相手を惑わせることができます。

これを会話に当てはめれば、収入に関する話をしていたのに、いきなり他の人から出費に関する話題に切り替えられたら、一瞬頭が混乱して、心が乱れてしまうでしょう。

賢い人はその隙をついて上手く乱れた相手の心を丸め込み、自分の思う方向へと新たに会話を向けさせることができます。

煙に巻く

「煙に巻く」とは、大袈裟なことや相手の知らないことばかりをまくし立てて、相手を圧倒して誤魔化すことです。

例えば誰かに仕事振りを追及された時に、「他人のことばかり追求していても、それで自分が成長できるわけではないだろう?それともなにか?自分と他人との仕事振りを比較して喜びたいのか?そんなことばかりしていると周りからの評価は下がる一方だぞ。〇〇課長も前に似たようなことを言っていたぞ。確かこうだ・・・」と一方的にまくしたてることで、追究していた相手は一瞬たじろぎます。

その間にたたみかけて、さらには他の人の情報を持ち出すことによって、自然と話の流れをそちらへと向けることができるでしょう。

そして終わってみれば、こちらの仕事振りについて結局相手は追及できなかったことに気付くでしょう。

けれども気付いた時には「時すでに遅し」なのです。

そんなふうに言葉によって相手を言いくるめて誤魔化すことが煙に巻くことなのです。

連想される言葉

「お茶を濁す」とは、自分にとって都合の悪いことを隠そうとする時に、それに気づかせないために話題をすり替えたり、誤魔化したりすることです。

そうした行為から連想されるいくつかの言葉がありますので、それも以下にご紹介しておきます。

目をごまかす

目をごまかすとは、そのまま「人の目を誤魔化すこと」です。

マジックを例に挙げると理解しやすいでしょう。

マジックでは器用な指捌きや語り口、演出などによって、人の目をごまかしてさまざまなイリュージョンを起こします。

人を真っ二つにしたり、一瞬で人が消えたり、コップの中にあったコインを移動させたりと、どんなに目をこらしても、ほんの一瞬で驚くようなマジックが繰り広げられますので、私たちの目は大いに誤魔化されます。

そんな楽しめる誤魔化しならばいいのですが、これが売上げを誤魔化したり、盗みを働いたりと悪いことに用いられると、目を誤魔化すことの意味は一気に悪くなってしまいます。

いんちき

いんちきとは、博打などで相手の目を誤魔化して不正をすることです。

または本物ではないという意味もありますが、大抵は前者の意味で用いられます。

人の目に触れては不味いことを、その目を誤魔化して自分の都合の良いように振舞いますので、最初は騙される人も次第に「この人はいんちきじゃないか」と疑うようになるでしょう。

「お茶を濁す」よりも随分と悪い意味の言葉ですが、人の目を誤魔化したり、話題を逸らそうとしたりするという点では、お茶を濁すことから連想される言葉と言えるでしょう。

一杯食わせる

「一杯食わされた!」とは、自分が誰かに騙されたと感じた時に思わず口から出てしまう悔し紛れの言葉です。

反対に、「一杯食わせてやった!」は、企みが成功した人が口にする言葉です。

言葉の意味としては、「うまく人を騙すこと」です。

「お茶を濁す」の場合には、自分の本音や都合の悪いことを言いたくなくて曖昧な表現をしますが、「一杯食わせる」では明確に相手を騙そうという意図があって行動する際の言葉です。

そのため悪意の有無では「お茶を濁す」とは意味が違っていることもあります。

お茶を濁すべきではない3個の場面

普段の会話であれば、自分にとって都合が悪いことはお茶を濁しても問題はないでしょう。

それで相手に「はぐらかされた」と思われたところで、肝心なことさえ言わずに済むのなら安いものですし、自分が嫌な思いをせずに済みます。

しかし、世の中にはお茶を濁すべきではない場面もあります。

お茶を濁してもいい場面とそうでない場面との判断を誤ると、大変なことになりかねませんので、きちんとその場に合わせて対応出来るようにしておきましょう。

どのような場面がお茶を濁すべきではないのかを以下にご紹介していきます。

1.YES・NOをはっきりさせる時

場合によっては、イエスかノーかをハッキリさせなければならないこともあります。

例えば自分が人事担当であれば、名前の挙がった人物を昇進させるべきかさせないべきか、また候補に挙がっている人物をリストラするかしないべきかなど、究極の選択を迫られる時もあるでしょう。

そこまで極端でなくても、例えば取引先の会社の希望通りに受注してもいいのか、それとも断るのかという場面では、お茶を濁すことは出来ません。

もしもお茶を濁そうとすれば、取引先は「ハッキリしてください」と追及してくるでしょう。

また、プライベートでもイエスかノーかをハッキリさせなければならない場面はあります。

例えばあまり好きではない人にお茶に誘われた時に、気が弱い人では本当は断りたいけれど、体裁を気にして頷くべきか悩むことがあります。

しかしそこでお茶を濁してしまうと、誘った相手は「結局行くの?行かないの?」とやきもきしてしまうことでしょう。

イエスかノーかの答えしかない時にお茶を濁してしまうと、相手に誤解を与えてしまうこともありますので注意しなければなりません。

曖昧な表現を嫌う人にはとくに使ってはいけない

日本人は争い事や議論を好まない傾向がありますので、あまり物事を白黒ハッキリとつけたがらない人が多いです。

なんとなくやんわりとその場を治めれば、それで皆が揉めることなく穏やかに過ごせるという考えを持っている人も少なくはないでしょう。

しかし、世の中には何でも白黒ハッキリとさせたがる性格の人もいます。

対象が人物であれ物事であれ、あらゆることに対してイエスかノーかで判断したがる人もいるでしょう。

そんな人にとっては、グレーゾーンというものは存在しませんので、お茶を濁そうとすると極端にそれを嫌がったり、しつこく追及したりすることがあります。

プライベートな話題であればどんなに追究されてもお茶を濁せばいいでしょう。

けれどもイエスかノーかを求められている場面では、曖昧な表現を嫌う人の前ではとくにお茶を濁そうとしてはいけません。

その途端にここぞとばかりに追及されて、余計なことまで露見させられてしまうことになりかねないでしょう。

そうなるくらいなら、最初からシンプルにイエスかノーかどちらかだけを答えるようにしましょう。

2.ビジネスにおいて

ビジネスにおいては、あまりお茶を濁さない方が良いでしょう。

「今度食事でも」という社交辞令程度であればお茶を濁しても問題はありません。

しかし重要な取引の最中にお茶を濁すような発言をしてしまうと、その煮え切らない態度に相手が気分を害してしまうこともあります。

また、相手の求めてきたことに対して、「いや~」「そうですね~」などと曖昧な返しをしていると、相手が勝手にイエスだと勘違いをして話を進めてしまい、取り返しがつかなくなってからその責任が全部自分に降りかかってくることもあります。

とくに仕事がバリバリと出来る人ほど白黒はっきりつけたがり、お茶を濁すような態度を嫌う傾向にあります。

そんな人が上司や取引先相手だった場合には、お茶を濁すことで自分の評価や立場を下げてしまうこともあるでしょう。

3.遅かれ早かれ、事実がわかってしまう時

例えば近所の井戸端会議で、各家庭の生活スタイルの話をしていたとします。

もしも話題が年収のように、確かめようがないことであれば、お茶を濁してもそのまま誰にも事実が分かることはないでしょう。

けれども子どもがどんな学校に通っているか、いつも家族でどのように過ごしているのかは、その場でお茶を濁したところでいずれは事実が周りに露見してしまうこともあります。

例えばお茶を濁しながらもちょっと見栄を張って、「息子はこのあたりでもいい塾に通っているんですけど、まあたいしたことはありませんよ。」と他の人たちに話したとします。

しかし実際には子どもが近所でも一番レベルの低い塾に通っていた場合、後日それを見かけた近所の人によって、話した内容が嘘だと露見してしまうでしょう。

このように、遅かれ早かれ事実がわかってしまう時には、あまりお茶を濁すのも悪い結果になることがありますので注意しましょう。

お茶を濁すべきではない場面でははっきりと!

日本人は昔から物事を曖昧にしようとする傾向があります。

とくに会話の中でそれが目立つことが多く、お茶を濁して事実を隠すことで、周りからの印象を操作しようとしたり、自分の都合の悪い部分を隠そうとしたりします。

自分にとって都合の悪いことは、わざわざ他人に教える必要はありませんので、普段はお茶を濁しても問題はないでしょう。

けれども、答えがイエスかノーかの二択の時や、ビジネスシーンなどでは、お茶を濁すべきではありませんので、必要な場面では事実や本音を隠さずに、ハッキリと自分の意思を表示しましょう。

その方がかえって、「分かりやすくていい」と周りからの印象が良くなることも多いでしょう。