老老介護は、一家庭が背負って対処すべき問題ではありません。

高齢化社会が急速化している日本の大きな社会問題として考えるべき課題と言えます。

社会全体の高齢化が進んでいる日本の現状を考えるとき、老老介護は我々にとって身近な課題です。

核家族化が進んでいなかった、ひと昔前の社会に存在した、親子二世代で暮らす家族が日常的にあった時代には、「老老介護」というコトバは世間に存在していませんでした。

当時の介護は、子供世代も係わっていたこともあり、今の時代のような、老夫婦が一方の配偶者を一対一の関係で介護する状況は少なかったと言えます。

しかし、核家族化が進んだ今の時代は、老夫婦同士が、介護する側と介護される側として、心身ともに疲労困憊する日々の生活が繰り返されています。

介護する側にとっては、体力面や精神的な面の負担を重く感じて、心身ともに余裕のない追い詰められた状況にあります。

一方、介護される側も配偶者に心身の負担をかけている肩身の狭さを感じて心が休まらない日々を送っています。

また、老老介護が増えている要因に拍車をかけているのが、高齢者家庭の収入面の格差の増大が挙げられます。

高齢者世帯の収入の拠りどころである年金を考えたとき、国民年金の収入に頼っている高齢者夫婦の家庭は少なくありません。

国民年金を生活の糧にしている高齢者の家庭にとっては、外部の介護施設の存在は『高嶺の花』になっています。

このため、介護を自分たちで『自己解決』しなければならない老老介護の世帯が益々増えている現状の姿があります。

世帯収入の面で余裕のある家庭であれば、高齢者向けの外部の介護サービスのお世話になる選択肢があります。

しかし、収入面で余裕のない家庭では、介護施設を利用することが出来ずに、老老介護という厳しい選択をせざるを得なくなります。

このため、老老介護の世帯が益々増えて、大きな社会問題に陥っている現実の姿があります。

老老介護の増加を食い止めるためには、一家庭が乗り越えることの出来るレベルではありません。

個人の家庭では難しい課題ですので、国の施策に頼ることしかできないのが実態と言えます。

今の若い世代にとって、『老老介護』は、よそ事のように見えますが、直ぐに自分たちの目の前に立ちはだかってきます。

『老老介護』は、高齢者に留まらずに、全世代が取り組むべき大切な課題と言えます。

老老介護の実態は、弱者が弱者の面倒を見るという『蟻地獄』的な切実さがあります。

老老介護の家庭では、金銭面の切実さに加えて、介護する高齢者の体力的な衰えと精神的疲労が重なり、日々の生活が『共倒れ』状態に陥っています。

今後益々進む高齢化社会にあって、時間的猶予のない国の大きな課題と言えます。

日本の未来が危うい?!老老介護問題を考える

日本の厳しい現状と将来を表す言葉に『少子高齢化』があります。

近い将来、日本は全国津々浦々まで、高齢者大国になっていくと言われています。

高齢者大国になると、慢性的な勤労者不足から経済が衰退化し、各家庭の収入が減傾向となり、介護施設を利用できない高齢者世帯が増大します。

このため、老老介護家庭の増加に拍車がかかることになります。

国を挙げて、『少子高齢化』から脱却する取り組みをしなければ、日本の未来社会は衰退の一途を辿ることになります。

また、今の日本の現状を見渡すと、若者の貧困化の増加が問題として表れています。

若者が夢を抱いて、働くことができるように支援する社会の仕組みが少ないため、夢を抱く若者が少なくなっています。

若者の活気が減退することに伴ない、社会の活性化も減退の一途を辿っています。

老老介護が抱える問題を掘り下げていくと、高齢者だけの問題に留まらずに、若い世代を含めた全世代を巻き込んだ根の深い問題に広がっていることが分かります。

日本の未来が危うい状況に陥る前に抜本的な対策を立てて、全ての世代の人々が暮らし易い社会に好転させる取り組みが急務と言えます。

老老介護とは?

老老介護とは、高齢者が居る家庭内で、高齢者の介護を高齢者が行うことをいいます。

65歳以上の高齢者が同じく65歳以上の高齢者の介護を担っている家庭は、年々増加し続けて大きな社会問題になっています。

高齢の親を65歳以上の息子や娘が介護する姿は、今の日本では日常的に見られる光景となっています。

また、高齢な配偶者同士で、高齢の夫が高齢の妻を介護するケースも増え続けています。

家庭内の65歳以上の高齢者が、それぞれ介護する側と介護される側の関係で『息の詰まる疲労困憊』する日々の生活を送っている姿が日常的に見られるのが今の日本の置かれている実態と言えます。

更に深刻なケースとしては、認知症の要介護な高齢者を認知症の高齢者が介護する『認認介護』という実態も増え続けていると言われています。

『認認介護』というコトバは、日本の置かれている少子高齢化社会を如実に表しています。

体力の衰えに加えて、精神面の疲労を抱えながら介護に従事する高齢者家族にとって、『共倒れ』の心配が付きまといます。

老老介護のため、介護する立場の疲労困憊やストレスのうっ積による家庭崩壊や介護者が被介護者を虐待するなどの問題も増えています。

介護することの精神的負担や体力面の負担が全て、介護する個人に覆い被さる現状の中で『出口』のない、『介護地獄』に陥っている家庭が日本全国で増え続けているのです。

老老介護にはデメリットがたくさん

毎日毎日繰り返される老老介護は、介護する高齢者にとっては、日々闘いと言えます。

介護する立場の高齢者は、体力面の疲労と精神的疲れがうっ積したストレスのため、心身ともに疲れ切っています。

心身の疲労のため、適切な判断力を欠いた介護になり、ケガをさせるなどのトラブルを招くことも少なくありません。

また、精神的な疲労困憊から、心の余裕がなくなり、優しい介護が出来ない実態もあります。

高齢な介護者の体力減退や精神力の衰えのため、被介護者に適切な介護の施しが出来ないケースが日常化しており、老老介護にはデメリットがたくさんあります。

高齢な夫が高齢な妻を介護するケースでは、お風呂の入浴や食事の準備など、男性にとって苦手な世話により、充分な介助が出来ないケースも多々あります。

被介護者が十分な食事ができずに、低栄養状態に陥ることもあります。

高齢な息子が高齢な母親を介護するケースでも、お風呂の入浴や食事の世話が十分に出来ないケースも少なくありません。

また、高齢な親を介護するために、息子が仕事をリタイアし、実家に戻るケースも増えています。

介護する立場の高齢者にとって、日々の介護の辛さに追い詰められて、外部に相談もできずに精神的な疲労から被介護者を虐待する悲劇が起きることも少なくありません。

このように、老老介護には様々な面でデメリットがたくさんあるのです。

互いに体力が衰えていて、身体を持ち上げたり支えられない

介護の現場で、体力が衰えた被介護者の身体を、体力が減退した介護者が持ち上げる場面では、身体を支えることが出来ずに、お互いに転倒して骨折やケガをすることも増えていると言われています。

体力を必要とする介護は、身体の衰えが増す高齢者にとっては、自らの身体を犠牲にする場面も多々あります。

介護の日々を送っている高齢家庭では、互いに体力が衰えている中で、身体を持ち上げたり支えられない状況に直面して、トイレや入浴の困難さのため出来ない高齢家庭が増え続けているのです。

互いに病気を抱えている場合が多い

今の日本は病人大国と言われていて、65歳以上の高齢者にとって病院通いは日常的な場面になっています。

病気を抱えている高齢者は、日常生活の中で増え続けているのです。

高齢な夫婦が共に病気を抱えていることは珍しくありません。

ごく普通のことと言えます。

老老介護は、病気を抱えている夫婦同士が介護する側と介護される側の立場で、日々、病気と介護の両方と戦っている実態があります。

介護する立場の高齢者は自分の病気の状態によっては、体力面に支障をきたし、被介護者の身体を持ち上げることが出来ずにトイレや入浴の介助が不十分な状態を招くこともあります。

共倒れする場合も

介護者にとって、被介護者の身体を起こしたり持ち上げたりするため、体力面に大きな負担が掛かります。

介護職に就いている人の中に腰痛の人が多いのは、高齢者を介助することには、体力面に大きな負担がかかることを物語っています。

また、被介護者自身が身体の自由が利かないことからくるストレスのうっ積があります。

ストレスのうっ積は、介護者への暴言による不満の爆発を招くことがあります。

高齢な被介護者の衰えと介護者の慢性的な疲労困ぱいのため、夫婦共倒れするケースも増えていると言われています。

高齢な介護者にとっては、年齢と共に体力面と精神面が日々衰えていくことは避けられません。

高齢者の心身の衰えは、介護することの難しさを招きます。

また、介護を受ける立場の高齢者にとっては、自身のトイレや入浴などデリケートな面を他人である第三者に介護のサポートを受けることに拒否反応を示すことが多々あります。

このため、第三者の手を借りない老老介護が増加し、共倒れするケースが増えていると言われています。

老老介護が増加している6個の理由とは

日本は、少子高齢化が年を追うごとに進んでいますので、老老介護は今後益々増えていく傾向にあります。

核家族化が進んでいる現状の中で、高齢者家庭が増加の一途を辿っていることから、高齢者による高齢者への介護が増えている実態があります。

今の日本の夫婦には、世帯収入の低迷化や女性の社会進出により、子供をつくらない夫婦が増えています。

子供を持つことで育児の時間が取られることを避けて、自分たちの充実した時間を持つことを優先する夫婦が増えています。

子供を持たない夫婦が高齢になると、老老介護の現実に直面します。

また一方、子供を持っていても、子供が就職のために地元を離れて暮らすことで、子供が身近に居ない夫婦も増えています。

今の世の中を見渡すと、世代を問わず自分たちの生活を維持することに一生懸命になり余裕のもてない状況に陥っています。

このため、親の介護まで考える余裕が無いことが挙げられます。

世帯収入の面からも親の面倒をみる余裕を持てない状況が増加しています。

今の格差社会は、各家庭の世帯収入の面でも大きな格差が生じていますので、親の介護まで考えることのできる家庭はごく少数と言えます。

二世帯家族が減少し、子供世帯が親から独立して別居することが一般化している現状の中で、介護を子供世帯に頼ることが出来ない『壁』があります。

お嫁さんの立場から観ると「お姑さんの介護は難しいので出来ない!」という本音があります。

晩婚化


晩婚化により婚姻年齢が高くなることで、子供を持たない夫婦が増えています。

子供を持たない夫婦が高齢化したとき、介護を頼ることのできるのは、伴侶に限られてきます。

晩婚化の風潮には、社会的な要因があります。

日本全体を覆っている、世帯収入の格差により、若い世代の収入では家庭を持てない若者が増えています。

このため、家庭を持つことのできる収入に達した頃には、晩婚の年齢になってしまう若い世代が増えていることが晩婚化に拍車をかけています。

世の中の経済状況が活性化して、若者の収入が増える方向に改善されるなら、晩婚化は減少し、少子化が解消されてくることも期待できます。

晩婚だったために子供がいない

今の日本の若い世代には、結婚して家庭をもつことに消極的になっている傾向があります。

また、若い女性の中には、仕事への生きがいを見出すことで、結婚年齢が上がってきている状況があります。

晩婚傾向が進むことで、子供がいない夫婦家庭が増えています。

更に、日本経済の閉塞状況のため、世代を問わず、世帯収入の低迷化が子供の居ない家庭の増加に拍車をかけています。

少子化


今の日本の少子化には様々な要因が考えられます。

若い世代の結婚観の変化や女性の社会進出への増加、女性が抱く人生観の中で出産よりも仕事に生きがいを見出す意欲の増大があります。

更に、若い世代の所得が伸びないため、家庭を持つ際の金銭面のバックボーンが不十分な現状もあります。

また、女性が家庭を持ち子供を出産した後も仕事を続けていくための保育所不足が慢性化しているため、子供を出産すると仕事を続けることが出来ずにリタイアせざるを得ない社会的整備の遅れがあります。

出産のため一度リタイアすると、仕事への復帰が難しく復職できない厳しい現実があります。

日本の女性格差は先進国の中で最下位クラスに低迷している現実があります。

国際機関である世界経済フォーラムが毎年発表している「世界男女格差ランキング2017」は、男女格差の少なさを表す国際的な指標になっています。

この中で日本は世界144ヵ国中で114位に低迷し1年前の103位から後退しています。

この数字から分かるように、女性の立場が省みられていない日本の女性差別の実態が浮き彫りになっています。

この数字が示すように、日本の女性にとって仕事や出産の面などで不利な状況に置かれていることが分かります。

若い世代が仕事から得る収入では、子供を育てて充分な教育をさせることができないケースもあります。

また、子供の貧困問題も抱えている日本の現状を見たとき、結婚や出産には消極的になる女性が増えている現実があります。

女性に優しくない日本の現状を見ると、子供を育てることが難い環境が浮かび上がってきて、女性が結婚や出産に消極的にならざるを得ないと言えます。