あなたはどんな時に「やりがい」を感じていますか?

と、こういう質問をぶつけられて即座に答える事が出来る人、果たしてどれくらいいるのでしょうね。

それくらい「やりがい」というものを持って日々、生きている人って少ないのかも分かりません。

本来ならば仕事にやりがいを見出している自分をアピールしてもらいたいところですが、今の時代、かつてのようなわけにもいかないようですね。

ではどうしてこうも「やりがい」を持てなくなってしまったのか。

どうやら個人のレベルだけでは満足いく答えが導けないようです。

もしかしたら社会全体の問題が横たわっているのかも知れません。

そこで今回は「やりがいを感じられない人」に共通する特徴を探しだしていってみたいと思います。

一体、どのような人がやりがいを感じられないのでしょうか?

では参りましょう。

どんな事にもやりがいを感じられない人を見かけたりしませんか?

最近、どんな事に対してもやりがいを感じられない人を見かける機会が増えてきたような気がします。

特に女性よりも男子の方にその傾向を感じてしまいます。

私は昨年まで、ある大手の都市銀行に在籍していました。

名前を聞けばすぐに分かる有名銀行です。

そこに私は約4年間、働いていたのですが大銀行ともなれば毎年、学歴優秀な新人さんが入ってきます。

これも名を聞くだけで「へえー!」と思わず唸ってしまうような学校ばかりです。

アホな三流大学を卒業した私とは月とスッポンくらいの差があるところです。

当然ながら彼らはそのまま頑張ればエリートコースに乗って定年まで働くはずです。

ところが悲しいかな毎年、希望と夢を持って入ってきた彼らの半数以上がリタイヤしています。

結局、最後まで残る人って1割くらいの数になっているのですよね。

勿論、残ってバリバリ働いていらっしゃる方たちは目の輝きが違います。

見事に「やりがい」を体現しているわけです。

それはそれで凄いと思います。

しかし、現実的には過半数以上の人がこの大銀行を志半ばで去っていっているのです。

その人達も一時は「やりがい」を持っていたはずなのにそれを十分、味わうこともなく去っていっているのです。

ちょっと話が長くなりましたが、このように組織の大きい、小さいなどとは関係なく「やりがい」というものは持てるはずなのです。

そういった現実を大組織の最前戦で見てきた結果に、何というか、やるせなさを感じる訳なのですよね。

だから「やりがい」というものは、人も羨む境遇にいるからといって得られるものではないということが言えるのでしょう。

やりがいを感じられない人は必ず理由がある

やりがいというものはその人の意欲や情熱、関心・興味・嗜好性などがミックスされて形成されるはずです。

つまり自分の意思で選び、自分の好奇心をくすぐるテーマを見つけ出さない事には誕生するものではありません。

だから前述致しました大銀行への就職も自らの意志が重要なのです。

周りがいい、というから何となく応募してそれで合格してしまった。

給料も待遇も悪くないから入ってみようかな、という程度の動機だったらやりがいが生まれることは難しいでしょう。

何をやったら自分にとって最高のパフォーマンスを発揮でき、かつ夢中になれるのか。

それを見つけ出して初めて「やりがい」が誕生するのです。

日頃の生活に影響が出る?

見つけたい「やりがい」がなかなか発見出来ない、という方は日頃の生活に大きな影響があるのかも知れません。

私が20代だった頃の日本、戦後既に35年以上という月日が経っていた頃ですが、まだまだ「戦後」という言葉が随所に見られた時代です。

国民全てが中流家庭という恵まれた環境に変わっていく過程でしたがそれでも全ての人が時代に満足していたわけではありません。

欲しいものが十分、備わっていなかった時代です。

欲しければ自分の力で獲得に行かなければならない時代でした。

だから「ハングリー」とか「猛烈」。

あるいは「24時間働けますか?」といった標語が当たり前だったのです。

努力をした者にはそれ相応の成果があったからです。

他人よりもはるかに大きい報酬が。

ところが今の時代、「ゆとり教育」や「学校週休二日制」、子供の頃から携帯電話、パソコンが当たり前のようにあり競争を避ける教育を行ってきました。

会社も働き方改革などの法改革により働く意欲事態を骨抜きにする制度が政府主体によって実行されようとしています。

要するに「楽をさせる」風習が今の時代の最先端なのです。

これで「やりがい」を見つけなさい、と言われても無理もいいところでしょう。

やりがいを感じられない人が増えてしまったのは、個人の問題もあるでしょうが社会全体の流れなのだ、と断定してもいいような勢いなのです。

やりがいを感じられない人に共通する7個の特徴!

では本題に入りましょう。

やりがいを感じられない人に共通する特徴をご紹介致します。

まあ今回、ご紹介致します特徴は、やりがいの分野だけに留まらないものとも言えるでしょう。

即ち、人間が自己実現するために欠かせない条件、とみなしてもいいかも知れませんね。

全部で7個のご紹介となります。

1.ネガティブ


やりがいを感じられない人に共通する特徴の最初の1つ目は「ネガティブ」です。

ネガティブ。

つまり「否定」ですね。

いかなる事柄に対しても素直に褒めたり同意したりせず、相手の短所や不都合な部分ばかりにスポットを当てて「だから自分の方が優れているんだ」と言わんばかりの姿勢を見せる考え方です。

ハッキリ言って、ネガティブ思考からは何も生産されません。

創造的思考能力はゼロと言えるでしょう。

何でもかんでも相手を否定する姿勢は殻に閉じこもってしまい社交性すらも失ってしまって現代社会から取り残されてしまいます。

よって一刻も早いネガティブ思考からの脱却を望みたいところです。

マイナス思考に考えている

まあ、しかしながら口では簡単に言えても現実的にネガティブ思考の人が反対のポジティブ思考に変わるには相当な時間と忍耐とが要求されるでしょう。

全ての事柄をマイナス思考で考える「ネガティブ思考」は、一旦頭の中に組み込まれてしまったらそう簡単には抜け出せません。

何を行うにしても「感謝」という感情を発する事が出来ないのです。

人に対して素直に「ありがとうございます」が言えないのです。

これでは正常な人間関係の構築すら難しいでしょう。

そんな状態で「やりがい」を見つけ出すことなど、不可能に近いかも分かりません。

どうして自分が素直になれないのか。

まずそこからじっくり考えていく必要があります。

やりがいを感じるためには自分以外の人間の「笑顔」を見たいと思わない事には始まりませんからね。

2.やる気がない

やりがいを感じられない人に共通する特徴の2つ目は「やる気がない」です。

「やりがい」には「やる気」が必要不可欠のものです。

「やる気」なき人間にいくら周りからはっぱをかけても何も起こりません。

本人の自覚の元に「やる気」を起こさない行動は何の成果もなく途中で頓挫してしまう事でしょう。

何事も気力がおきない

そもそも「やりがい」というものは「やりたい事」がない事には起こり得ません。

そしてその「やりたい事」や「やる気」が本物であって初めて「やりがい」が生まれるのです。

言わば、「やりがい」と「やる気」は運命共同体。

どちらかが欠けていてはそこからは何も生まれないものなのです。

まずもって、何かをやりたいという「気力」から育まなければなりません。

気力を誕生させるためには好きな事や興味・関心のある事を見つける必要があります。

例えば仕事について考えてみましょう。

仕事というものは何でもやればいいというものではありません。

仕事ほど、その人の好き嫌いがハッキリ分かれるものもないからです。

事務作業が好きな人もいれば嫌いな人もいます。

接客の仕事を好きな人もいればガテン系の力仕事が好きな人もいます。

いずれも何かに対して興味・関心があるからその仕事の魅力に引きずり込まれるのです。

接客の仕事が好きな人は、人の笑顔に接するのが至上の喜び、という方もいらっしゃるでしょう。

力仕事が好きな人は、何かが完成していく醍醐味が嬉しくてたまらないのかもしれません。

このように何かに対しての「こだわり」があるからそれに対して興味・関心が湧き、自分がそれに携わってとことん、追及していってやろう、という気持ちになるのです。

即ち「向上心」の表れともいえるのです。

このような気持ちを起こさせてくれる「何か」を発見した時、「やる気」というものが発揚されて「やりがい」が誕生していくのですよね。

3.消極的

やりがいを感じられない人に共通する特徴の3つ目は「消極的」です。

消極的というのは積極的の反対。

すなわち何を行うにしても、もう一つヤル気が出ない。

あるいは一歩踏み出す勇気がない。

または最初から怖気づいて失敗を恐れて何も始めない、といった行動様式全般を指して言う言葉です。

消極的な生き方を選んでしまったら、人生における「成功」はほど遠い存在になってしまうでしょう。

あなたは一生、目立たなく取り柄もない人間としての認識となってしまいます。

仕事や生活に関しても前向きになれない

消極的な人はとにかく「失敗」を過度に恐れます。

失敗して自分のプライドが傷つくくらいなら最初から何もやらず大人しくしておこう、そうすればほとぼりが冷めた時には自分の事をそっとしておいてもらえる。

といった感情が根底に渦巻いているのかも分かりません。

これでは何かを行うにあたってやりがいを感じる人生など送れないでしょう。

これだけ仕事や生活に関して前向きになれないのでは致し方なしです。

とにかく一度、自分のプライドをかなぐり捨てて遮二無二、何でも挑戦してほしいものです。

人生における「やりがい」は失敗を多く経験することによって真の「やりがい」を発見できます。

それを中途半端な生き方を送って最終的に「消極的な生き方」を選択してしまったら何の魅力もない人間に成り下がってしまうだけ、というのをよく胸に刻み付けておいてもらいたいですね。

4.退屈


やりがいを感じられない人に共通する特徴の4つ目は「退屈」です。

「退屈」。

つまり物事に対して意欲がなくなっている状態を指しています。

興味も関心もその事が好きでもないので仕事に身が入りません。

ついには最後までやり切る気持ちも失せてしまい何も手につきません。

全ては自堕落になってしまった自身の気持ちから発生しています。

退屈状態に陥ってしまうと何をするのも嫌になってしまいます。

何をやっても醍醐味や楽しみ、感動といったものを感じ取れないのですから始末が悪いですね。

無気力・無感動の典型的な症状です。

飽きがきてしまっている

退屈になってしまう原因の一つに挙げられるのが「飽き」でしょう。

人間、ある程度その仕事や作業に没頭していれば熟練してくるので最初の頃のような緊張感が薄れてくるものです。

すると今やっている事に対して、やり始めた頃のような情熱や楽しみを見いだせなくなってしまいます。

ここに「飽き」という感情がはたらいて「退屈」という状態に陥るというわけです。

確かに毎日、同じものを食べ続けたら誰だって飽きるでしょう。

たまには違うものを食べたくなるのは人間の自然な欲求の一つです。

これと同じように仕事にしても趣味にしてもある時期が来れば飽きてきて当初、持っていた「やりがい」を失ってしまうのも頷ける事なのです。

よって人間は何か一つの事に打ち込む際、飽きる場合も想定して何らかの対策を練っておく必要もあります。

ちょっと飽きがやって来たな、と感じたら別の何かをやってみましょう。

それで気分転換を図るのです。

それを行っても飽きが止まらない場合は選択した事柄があなたのレベルに合っていなかった可能性もあります。

その時は直ちに修正をかけて本来、自分が打ち込むべきものが何なのか、をもう一度真剣に考えましょう。

やりがいを見つけるためにも一度や二度の失敗はあってもいいと思いますよ。

5.刺激が足りない

やりがいを感じられない人に共通する特徴の5つ目は「刺激が足りない」です。

この「刺激が足りない」は先程、ご紹介致しました「退屈」につながってゆくであろう特徴ですね。

つまり刺激が足りないから面白くない。

そして段々飽きてゆく。

という訳です。

人間、何かを始めようと思った時、スリルや興奮といった何らかの刺激があれば行っている事に対して長続きできるものです。

しかし「刺激」というものがなくなってしまったら人間の興味はあっという間に冷めてしまって後に残るものは「マンネリ感」という堕落の始まりになるのです。

やりがいを求めるためにはこの「刺激」というものが毎回、与えられるからこそいつまでも熱心に一つの事を行える訳なのです。