「真理」という言葉についてみていきたいと思います。

「真理」。たった2文字の言葉ながらその意味は深く想像以上に私たちにテーマを追求させる言葉です。

「真理」についての正しい意味、使い方などを例文や類義語を使って説明していくことにいたします。

「真理」の意味や使い方を学ぼう


「真理」という言葉の意味や使い方を正しく学びましょう。

「真理」は私たちが生きていくうえにおいて様々なジャンルや分野で使われる言葉です。

正しい意味や使い方をしっかりマスターしてあなたのボキャブラリーの1つに追加していきましょう。

「真理」の読み方

「真理」の読み方は「しんり」です。

読み方は特に難しくありませんね。

「真理」の意味

それでは「真理」の意味についてみていきましょう。

本当のこと

「真理」を簡単に言ってしまえば、それは「本当のこと」という意味に落ち着くでしょう。

「本当」ということですから「嘘」ではないということです。

つまり世の中の人たち100人に聞いたら100人全員が同じ答えを返す。

これが「本当のこと」という意味になるでしょう。

難しく考えずに単純に理解するならばこの「本当のこと」という説明でいいでしょう。

正式な知識内容

「真理」の意味の2つ目は「正式な知識内容」です。

「正式」とただされているように、この知識内容は個人の意見ではなく全地球規模で容認されたレベルのもの、というスケール感を有しているのです。

つまり洋の東西を問わず偏った意見や知識にならないものということになるのです。

「真理」というものはそれくらい世の中にとって「普遍」なものでなければならないことを意味しているのです。

正しい物事の筋道

「真理」の意味の3つ目は「正しい物事の道筋」です。

道筋とは、物事の道理であり条理とも呼ばれます。

つまり行くべき思考・判断などの正しき順番ともいえるでしょうか。

その考え方ややり方を行うことによって世の中の万人に認められる結果に迎えられるような行動様式とでもなるでしょう。

順番ややり方を間違えると思わぬ事故や結果になってしまうことは往々にしてあります。

そういった事態を招かないようにすることが「真理」の本質になるのです。

真実の道理

「真理」の意味の4つ目は「真実の道理」です。

「道理」とは人として行う正しい道筋です。

人間として行ってはいけないやり方をしなければそれは「真理」と呼ばれる形となって結果が出てくる、ということです。

正しき「真理」には間違った方法ややり方ではたどり着きません。

常に邪道にそれず悪意を排除してこそ、真の結果が待っているのです。

「真理」の使い方


それではここからは「真理」の使い方についてみていきましょう。

日常で使われる「真理」

日常の会話や世の中において使われる「真理」の一例をご紹介しておきましょう。

「真理の追究」「真理の解明」「真理を問う」、などといった言い方があります。

日常的には会話の形成として名詞的に用いるケースが多いでしょう。

「真理」自体、言い換えようのない言葉です。

よってかなりかしこまった表現になることは致し方ないでしょう。

哲学においての「真理」

「真理」を哲学的に解釈すると、それは思考と現実の一致、というものになります。

つまり哲学永遠のテーマである「絶対的」と「相対的」という考え方です。

ただ、日常扱われる会話などで哲学を意識した用い方はほとんどないでしょう。

それくらい哲学の発想は一般人には無縁の存在ということになるのでしょう。

仏教においての「真理」

仏教的解釈で「真理」を使った言葉の代表となるものが「諸行無常」でしょう。

この世のあらゆる存在は変化してゆく、という意味になります。

また仏教の創始者となった仏陀の提唱する「この世の苦しみから解放された存在」ともいえるでしょう。

仏教的使われ方の「真理」は日本において広く世の中に浸透したものともいえるでしょう。

「真理」の例文

それではここからは「真理」の例文をいくつかご紹介していきましょう。

正しい真理を知れば豊かな人生になる

豊かな人生を送るためには人として備えておきたい心の充実が欠かせません。

それが正しい「真理」とも呼べるものになります。

すなわち他者に対する感謝の気持ち。

奉仕の気持ちなどを通して心を豊かにして人間同士の信頼を強固にする生き方です。

しかしながら豊かな人生にはお金の存在も不可欠でしょう。

貧乏な生活を送ってしまえばモノに囲まれた豊かな人生は送れないかもわかりません。

しかし、人間が本来持ち合わせなければならない「心」の充実なくして豊かな人生はあり得ないのです。

いくらお金があって裕福な暮らしを送れていたとしても心から信頼できる人が1人もいなかったら無味乾燥な人生になるでしょう。

そういった部分に生きてゆくうえでの「真理」が隠されているのです。

その事件の真理に迫ることは危険だ

その事件の真理に迫ると危険になる。

つまり事件の真相というものを知ってしまう過程において自身の身に死を覚悟しなければならないほどの危険が迫ってくるという意味になります。

この場合の「真理」は事件の隠された内情です。

そこには危害関係や損得勘定が絡まって奇々怪々な人間模様が展開されているでしょう。

特に権力の座に固執する人間にとったら非常に厄介な展開になります。

何事も深入りは禁物なのです。

不変の真理は本当に存在するのだろうか

「不変の真理」。

少々、哲学的なテーマを扱った例文になりますね。

そもそも我が国のように仏教の影響を受けている国においては難解なテーマです。

それは諸行無常に非常にかかわってくるからです。

いかに栄えた国家でもいずれは滅びます。

今の日本の政権も10年後にはどうなっているかわかりません。

あれほど娯楽の王座についていたテレビもいまやネットの勢いに押されてオワコン扱いになっています。

ただ、人の心の内面においては不変の真理があり続けてもらいたいものです。

すなわち人を信頼する気持ちです。

それがなくなってしまうから戦争や争いが絶えず地球のどこかで起こっているということになっていますからね。

彼が発した言葉は人間の真理をついている

人間の「真理」をついているもの。

それは「愛」であったり「感謝」「感動」「信頼」「ありがとう」などに集約されてくるでしょう。

いずれも心を豊かにするためのものばかりです。

ただ、人の真理には「嘘」や「裏切り」も含まれてきます。

つまり「欲」というものの存在です。

「出世欲」や「名誉欲」「権力欲」などといった人間のエゴにかかわる部分は未来永劫、消えることはないでしょう。

人間に心というものがある限り、善悪両方の「真理」がつきまとうでしょう。

長い時間をかけて真理を探求していく

「真理」というものはそう簡単に理解できるものではありません。

「真理」は単なる「マニュアル」でも「規則」でもないからです。

「真理」には常に人間の価値観やエゴといったものが絡み合います。

人よりもお金に執着するのも物欲に一種の真理があるからです。

名もなく貧しいながらもぎりぎりの生活を送っても幸せな人もいます。

これも一種の真理です。

「真理」は単純で画一的なものではありません。

よって探求してゆけば行くほど時間がかかる。

それが「真理」というものでしょう。

その見方も一面の真理であることに違いない

「真理」というものは多種多様です。

常に一定していません。

そういった意味では確かに仏教的な解釈で成り立つものの見方といえるでしょう。

人はどうしていじめをやったり差別をやってしまうのか?そこには様々な意見がありその人間の価値観が影響してきます。

そういった問題の側面を探求すればいくつもの正論や矛盾が出てくるはずです。

「真理」には多方面の見方が出てきます。

そこには人間の欲やエゴの問題が複雑に絡み合ってしまう現状を理解する必要があるでしょう。

「真理」の類語

それではここからは「真理」の類語についてみていきましょう。

事実

「事実」とは、実際に起こった事柄、目の前に存在する現象を指していいます。

つまり目で見て耳で聞いたことや鼻でかいだ匂いなどがそれにあたります。

これらは誰の目からみても明らかなものであり嘘や偽りではありません。

よって「真理」と捉えてもいい意味合いになってきます。

人は過ぎ去った事実を歪曲して表現することもあります。

そのようなときは証拠になるような写真を残すなど事実と認定されるものを揃えておくことが重要でしょう。

真実

「真実」とは、嘘偽りのないさま、本当の事、まこと、といった意味になります。

「真理」とかなり似た意味合いで解釈されている方もいるでしょうが、「真理」の方はものの理(ことわり)を言っているのに対して「真実」の方は目の前の現象が嘘か本当か、といった状況を問うているのが特徴です。

また個人の実態を表現する際にも「真実」が使われます。

歴代総理大臣の真実、といった感じですね。

証明

「証明」とは証拠を提示してある物事の真偽を判断することをいいます。

例えば自身の身分を証明するために免許証を提示する、などといった言い方になります。

「証明」も自身が正しいかそうでないかを問うものですから、大きな意味で考えれば「真理」と似た言葉になるわけです。

現実

「現実」とは今、目の前に起こっていること。

あるいは今の時代や時間、といった意味を持ちます。

また目の前に起こっている現象や事態も「現実」という表現で表します。

「現実」というのはまさしく疑いようのない事実です。

よって広い範囲になりますが「真理」と似た意味の類語扱いになるのです。

実際

「実際」とは、ものごとのあるがままの状態のことをいいます。

よって事実やもののことわりを言い表していますから「真理」の類語扱いとなります。

「実際」も「現実」と意味的にはほぼ同じです。

日常会話でも非常に頻繁に使われる言葉ですのでしっかり意味を頭に入れておきましょう。

嘘偽りない

「嘘偽りない」とは「本当のこと」という意味になります。

つまり一切の隠し事や秘密はしていませんよ、自分の身は潔白ですよ、という解釈になります。

「真理」も当然ながら嘘や偽りは意味の中に含まれません。

よって両者は類語として扱ってよろしいでしょう。

「真理」の対義語

今度は「真理」の対義語についてみていくことにしましょう。

誤謬

「誤謬」は「ごびゅう」と読みます。

意味は間違えることや間違い、となります。

この言葉は明らかに事実と違う状態をさしていますから「真理」とは全く意味の違う言葉になります。

ただ、日常会話のレベルにほとんど登場する機会のない言葉といえます。

よって使うときは使うシーンや参加メンバーをよく考慮して使うようにしましょう。

意味が不明瞭になって会話が途中で中断してしまう可能性もありますからね。

虚偽

「虚偽」とは真実ではないのに真実のようにみせかける行動や様子をいいます。

つまり「嘘・偽り」ということになります。

真実ではないのですから「真理」とは正反対の意味になってしまいます。

よって正真正銘の対義語ということになります。

元々、「真理」とは正しき物事になるためのことわりです。

それを嘘で塗り固めたら全くもって人をだます行為となります。

「真理」は人が人を信じてより良き社会や世の中を形成していくために存在する目に見えないものですからね。

論過

「論過(ろんか)」とは、誤った知識や思考のことをいいます。

また一通り論じきる行為も「論過」と呼びます。

ただ、「論過」には故意に間違いを吹聴する意識はないようですね。

言っている本人が間違いに気づかずに意見や考えを述べているだけです。

悪意はないということがいえるでしょう。

反対に間違いだと知っていて第三者にその意見や考えを吹聴したら「詐欺」になってしまいます。

いずれにしても「真理」とは遠く離れた概念ということになりますね。

「真理」を正しく使いこなそう!

今回は「真理」について紹介してきました。

「真理」というものを口頭で簡単に説明するのは骨が折れるでしょう。

それほど「真理」というものは人間生活に深くかかわる暗黙の了解のごとく性質を持っているからです。

正しき「真理」は本来、普遍です。

ただ時代の推移とともにその時代に合ったものへと変化はします。

でも、本質は大きく変わるものではない。

それが「真理」というものなのです。

「真理」をしっかり学習してあなたのコミュニケーション能力を大きく飛躍させましょう。