自分以外の人間のことが信じられなくなった時がありますか?

特定の誰かを信じられないというのなら、それはその特定の誰かが信用のおけない人間ということになりますが、今回は、「自分以外の不特定多数の人間」を信じられなくなった「人間不信」について考えてみたいと思います。

そして、人間不信の特徴と、ちょっと視点を変えて、人間不信になっている人がする恋愛のカタチを見ていきましょう。

人間不信特徴をチェック!

その人が人間不信かどうかは自分はもちろん、他人から見ても外見だけでは解らないところがあります。

ですので、これから人間不信になっている人の一般的な特徴を紹介しますので、周りにいる人の言動と照らし合わせて、人間不信になっている人を見つけてみてください。

もちろん、自分もどれぐらい当てはまるかチェックしておきましょう。

人間不信とは心で人を信じられないこと

外見からではあまり解らない人間不信。

それは、心の問題であるため、見えない問題なのです。

そして、自分の心の問題なのに、自分自身が人間不信になっていることに気づいていない人も結構います。

いつも仲良く遊んでいる友達だからといって、信じあっているとは限りません。

頭と口では「この人頼れるな、好きだな」と考えたり、言ったりしていても、心の中、心の底というべきところでしょうか、自分でも気づかないような心の片隅には、「でも、ここぞというときには裏切られるのでは」という不安があるのではないでしょうか。

人間不信特徴チェックリスト


では、自分や友達が人間不信かどうかチェックするための、人間不信特徴を以下に紹介していきます。

1、表情が乏しい

例えば、何か面白いことを友達が言って、皆が大笑いしているのに、どうも腹の底から笑っていないような気がする笑顔。

または、表情が乏しいとは言えないかもしれませんが、喜怒哀楽どの場面の表情も、イマイチ物足りなさを感じさせるとか。

自分をこういった気持ちにさせる表情を見たことありませんでしょうか。

何か人の言うことを一歩引いて聞いている、皆の輪の外側から皆を見ているような心境でいる人は、おそらく役者でもない限り、上手くその場の雰囲気に入り込めず、表情も「何か物足りない」感が出てしまいます。

人間不信の人にはよくあることで、他人を信じられないわけですから、自然に一歩引いた感情表現になるでしょう。

これ、自分をチェックするときには、「自分の表情をその時に鏡でチェックする」ようなことはしなくても構いません。

やろうとしても無理です。

それにこれは心の問題ですから、表情をチェックするのではなく、自分の心をチェックすれば良いのです。

友達たちと話した後、一人になってからちょっと振り返ってみましょう。

本気で笑えたか、本気で同情して腹が立ったか、本気で共感して悲しくなったか、彼らと話して心から楽しかったか。

こんなところでしょう。

しかし、こんなことを毎回チェックしていては、次からは何をするにも自分の気持ちを意識しすぎて、本当に本気で笑えなくなったりします。

自他を人間不信かどうかチェックするのは、あくまで何か違和感を感じたときにしましょう。

「気にしすぎ」、そこから人間不信が始まる可能性もあります。

2、人との関わりを避けたがる

人を信じられなくなっているのが人間不信ですので、信じられないものとは関わりたくないと考えると思います。

自分が勝手にそう思っているだけなんですが、下手に他人と関わって、相手の嫌な部分を見てしまったり、会話が変に裏切られた感じのする展開になったり、そんな空気を感じたりするのが嫌で、極力他人を避けたがります。

一人でいる方が断然心安らかにいられる気がします。

飲み会に参加しない

誰しも、お酒を飲むと、ついつい心がオープンになってしまうと思います。

でも、お酒が入っていない状態で心をオープンにする時って、一人の時か、本当に心の許せる人といるときだけだと思います。

だから、そんな状況でもないのに心をオープンにしたくなくて、飲み会には行かないと決めています。

意識したことはないかもしれませんが、飲み会というのは、参加者全員が善人であるという前提で開かれるべきなのです。

心がオープンになってしまう場に、悪人が数人混じると、色々弊害が起こります。

どんなものかは皆さんのご経験やご想像にお任せしますが、大なり小なり酷い結果になったこともあるでしょう。

だから、他人を善人と思えない人間不信に飲み会は無理なのです。

善意で誘っても、何らかの理由で断り、もしくは、直前に仮病を使って出席キャンセルの連絡をいれたりします。

実はこの時、人間不信の人は「人が信じられない」と言いながら、自分も「何らかの理由」や「仮病」といった「嘘」をついているのがお分かりになるでしょうか。

人は裏切るもの、嘘をつくもの、と思っているだけに、自分も自己防衛のために嘘をつき、裏切ることだってあります。

もしかすると、その考え方の順序は逆で、自分を人間不信にしてしまったのは、「自分も嘘をつくことがあるから、人もそうするものだ」という心理からかもしれませんね。

3、目を合わせることもしない

会話する時、だいたい相手の目を見て話す人は意識的にそうしています。

その視線には、いわゆる「目ヂカラ」があり、その人が話す内容に何ポイントかの説得力がプラスされています。

だからなのか、この手法、正直者も嘘つきも、両者得意とする技であるために、非常に厄介です。

人を信じられなくなっている人間不信な人は当然、自分の目を見てくる相手が苦手です。

正直者か嘘つきかも解らない、その人の話を信じて、その人が嘘つきだったらどうしよう?そう考えてしまい、相手の両目から発せられるレーザービームをかわすようにしています。

自分の気持ちを目から読み取られたくないという心理もあるかもしれませんが、本当に相手の心が読める人は、その目を反らす行動から、相手の気持ちを読み取ってしまうものなので、おそらく、人間不信の人が警戒しているのは、前者、「嘘つきの視線」であると思います。

4、深読みすることが多い

警察や探偵でもないのに、まずは相手を疑ってかかる傾向にあります。

相手のちょっとした態度の変化を察知し、何か思わしくないことが相手の背後でうごめいているかのように考えてしまいがちです。

単なる風邪で調子悪いだけだとか、たまたま、いつもと違ったリアクションになったなんてことはしょっちゅうあると思います。

それが人間不信になっている人は気になってしかたがないのです。

気にしてしまい、深読みしすぎて、マイナスな方向へ考えてしまい、また人を信じられなくなる。

といったスパイラルの流れにはまっている可能性があります。

ですので、先の項でも注意しましたが、自他が人間不信かどうかを調べるのは本当に違和感を感じた時にしましょう。

5、動物や植物など、自然のものに信頼をおいている

つまり、人間が信じられないので、人間以外の動植物にしか心を開けない傾向があります。

しかし、人間以外の動植物は人を裏切らないかと言えば、そうでもありません。

そもそも、裏切る裏切らないなどという関係がうまれる対象ではないことはお分かりかと思います。

単に人間が信じられなくなっているから、人間以外のものに、人間によって疲れさせられた心を癒してもらおうとしているだけだと、周りの目には写ります。

しかし、一方で人間不信になってしまった人にとって、それらが唯一の救いであることは否めないところではあります。

また、パソコンやスマホの普及により、インターネットが身近になった現代では、動物や植物でなはない人間以外のものとして、コンピューターなどにのめり込む人も多いようです。

確かに、コンピューターは嘘をつきませんしね。

6、友達といても孤独オーラ全開

人間不信がさほど重症化していない頃は、まだ友達と遊んだり、一緒に協力して何かをすることはできます。

しかし、そういう時でさえ、心のどこかで友達との間に壁を作ってしまい、体は友達の隣にあるのに心はその体の奥底に隠してしまっています。

それが、「グループトークに入らない」「みんなの話だけ聞いている」「意見を求められても何も言わない」と言った行動に現れ、周りもひしひしと感じることができる「孤独オーラ」となって体から滲み出してきます。

皆さんは思春期などで経験があるかと思います。

本当はトークの輪に入りたいのですが、上手くしゃべれず、気後れして、諦めてしまい、黙り込む。

そういった態度が、自分から壁を作っているわけではないはずなのに、周りから壁として感じられてしまう。

そして、また、周りは自分をどう思っているのだろうと気になるようになり、友達の気持ちを探る(疑う)ようになってしまう。

ここまで来てしまった人は少ないかもしれませんが、この気持ちと空気の流れ、よくよく思い返せば、感じたことあるのではないでしょうか。

7、自分が失敗することを恐れている


自分の失敗というものは、自分だけで解決するものはあまりありません。

大なり小なり、何らかの形で他人に迷惑をかけているし、他人の力を借りなければ直せないものが多いはずです。

ですので、他人を信じられない、頼りたくないと思っている人間不信な人は、極力失敗をしないように生きていこうとします。

失敗すれば、誰かに足元をすくわれる、というよりは、失敗して、それを修正するのに、誰かの手を借りなければならない状況になってしまうのを恐れています。

しかし、実は人との信頼関係は、仲間のミスを補いあって生まれるものでもあるんですが…

8、相手を疑うところから入る

先程も言った通り、人間不信になっている人は、警察や探偵でもないのに、まずは人を疑ってかかります。

他人を信じられなくなっているのですから、仕方がないと言えば仕方ありません。

しかし、少したちが悪いところは、「マイナスの事実をプラス方向に疑えない」と言うところです。

どういうことか言いますと、例えば、「あなたが好き」と言ったら、「嘘つけ、本当は嫌ってるくせに」と思います。

これはプラスの事実を疑ってマイナスに考えています。

しかし、「あんたが嫌いだ」と言うと「ほうら、やっぱり」と信じてくれるのです。

「嘘つけ、ホントは好きなくせに」とは考えてくれないのです。

だからつまり、人間不信とは物事をとりわけ他人がすることなすことネガティブに考えてしまう特徴があるということです。

ポジティブなことは「そんなはずはない」と考え、ネガティブなことは「やはりそうか」と納得してどんどんと物事をポジティブに捉えられなくなっていきます。

9、とにかく確認しまくる

仕事でも、日常会話でも、自分が関係する話になると、とにかく確認しまくる傾向があります。

というのは、他人の口から自分のことに関することが出たなら、誰でもかなり気になるはずです。

人間不信になると、最終的に疑ってしまうのに、他人が自分をどう思っているかをしっかり聞いておきたく、一言一句余さず聴いておきたいという心理が働いています。

また、仕事の指示などは、先程も言ったように、絶対にミスはしたくないという気持ちから、指示を、これもしっかり聞いて、間違いないようにしようとします。

しっかり者なのか、保身のためなのか、指示は全てメモをして、なんども指示した人に確認するのは、後になって「言ったことと違う」と言われないようにするためです。

確かに、曖昧な指示を出しておいて、最後は「指示通りにやれ!」と怒るブラック上司はどこにでもいますので、指示内容をメモにとるのは間違ってはいませんが、人間不信になると、要点だけをメモしても、いいように指示を言い換えられるので、できるだけ細かくとろうとします。

人間不信の部下と、指示が下手くそな上司と、どっちが病的かわかりませんが、メモや確認を何度もしていると、それだけで二人の間に見えない壁ができそうです。

10、さりげなく相手を試す

相手の本音を聞き出そうと、何らかの形で相手を試そうとします。

結局それで得た情報も最後は信じられず、相変わらず不安で仕方のない毎日を生きていかなくてはなりません。

人間不信になりやすい人は、得てして、他人の自分に対する評価を気にしがちなところがあります。

自分は周りからどう思われているのか、常に気にしてしまい、自分の考える自分と他人が見ている自分に違いがあるのを嫌う傾向にあります。

それを確かめる上でも、「私って、どう?」と直接質問できませんので、間接的に探りを入れるというわけです。

また、自分に対する事だけでなく、自分と同じ価値観を持っていてほしい相手には、その人の価値観を調べるために、さりげなく質問したり、試すような事をしがちです。

11、いつも緊張している

自分以外の人が信じられないせいか、いつも周りを気にして、神経を研ぎ澄ませ、防衛線を張っているような感じといいますか、話しかけても、話をしていても何か緊張した面持ちでいます。

だから、人間不信になっている人と話をしていると、相手が人間不信になっているかはもちろんわかりませんが、何かしら違和感を感じるのだと思います。

12、感情を素直に表現できない

人を信頼できなければ、自分のプライベートな部分は見せたいとは思いません。

素直な感情もしかり、「うれしい」「腹が立つ」「悲しい」「楽しい」の喜怒哀楽の感情も、信じていない人間の前では絶対に100%は見せません。

何かしてもらって普通なら「うれしい」と思うところを、「下心があるんじゃないか」と深読みしたり、本気で怒らなければ解らない人に対して、「挙げ足をとられて逆に悪者にされそう」と弱腰になったり。

悲しい話、感動的な物語を聞いても、「どうせ作り話で
、最近流行りの泣けるナントカなんでしょ」と冷え冷えに冷めています。

素直に感情を表現すると、騙されやすいということはありません。

嫌だと思うことにはちゃんと嫌だと言えるということですので、逆に騙されにくいはずです。

それが、素直な気持ちを表現しない人は、人の心理を巧妙に操れる犯罪者などからすれば、なんてことはないカモになってしまっていることでしょう。

人から何度か騙されて人間不信になったのに、また更に騙されてしまい、もっともっと心を閉ざす羽目になったりする人も少なくないようです。

13、人付き合いがなくなる

人間不信になってしまった人は、人を信じられず、人から騙されたくなければ、人から遠ざかるのが1番だと考えます。

ですので、人付き合いがなくなるのは当然のことでしょう。

ご近所とも挨拶ぐらい、出掛けるのもいつも1人。

こんなかんじで生きて行くようになります。

しかし、本人にとってはこれが1番楽な生き方となるでしょう。

ただ、注意しなければならないのは、人付き合いをなくしたのなら、自分も他人のことはいっさい気にしないようにしなければなりません。

他人から遠ざかっている人ほど、案外他人の事を気にしがちです。

あまり気にすると、他人の目が気になり始め、たまたま道ばたですれ違い様に挨拶を交わしただけなのに、「あの人、笑顔で挨拶してくれたけど、ほんとうは私の事をどういう風に見ているのだろう?」とか、ご近所同士がいわゆる井戸端会議をしているのを見ては「何か私の悪口を言っているんではないだろうか?」と疑心暗鬼にとらわれます。

もともと、人間不信な人がそのような念にかられるようになったら、少し本人にとって危険です。

14、SNS更新率が高め

人間不信になると、他人のことが余計に気になります。

他人の自分に対する評価、他人が本当の事を言っているのかどうか等、何らかの方法で確認しようとします。

その方法の一つとして、現代では、インターネットで世界中どこにいても繋がることのできるSNS(ソーシャルネットワーキングシステム)があります。

自分の投稿に対して、誰がリアクションしてくれるのか、前もって自分の誕生日を友達に連絡してくれるシステムもあり、自分の誕生日に対して、誰がお祝いコメントをくれるのか、非常に気にしてSNSを毎日確認しています。

そして、そのために自己のSNSの更新もかなり高めの割合で更新してしまう傾向にあります。

ネット住民のように徘徊している

上記のようなタイプの人は自分のSNSのみならず、そのなかで友達となっている人のSNSも非常に気にして閲覧しています。

その目的はだいたい次のようなかんじです。

まず、相手のあら探し的な動機で、「実際にいつも言っていることと、SNSに投稿している内容がマッチしているか」とか、仲がいい友達と思っている人のSNSに対しては、「自分と遊んだことがちゃんとアップされているか、自分に関することが投稿されているか」などで、少し怖くなります。

そんな、気持ちで他人のSNSを見たりはしないと思うかもしれませんが、上記の動機は「潜在的なもの」です。

ですので、自分は人間不信ではないと思っている人にもあながち無いとは言い切れません。

15、物事を否定的に見る

「否定的に見る」ということは、つまり「疑う」ということですので、人間不信になってしまった人は、他人の言うこと為すこと否定的に見てしまいます。

前項で説明した、SNSの更新や閲覧行為も、ある意味、人の投稿やリアクションを否定的に捉え、ある意味、それを肯定するための確認作業であると言えます。

とにかく、人間不信になっていると、「疑う」という心理がベースとなっており、自分に対してポジティブな事柄、例えば友達が笑顔で挨拶してくれたとしても「実は偽りだ、私に対する悪意を隠すための笑顔だ」と考え、そのネガティブな考えを肯定できる事実をSNSなどで見つけようとしてしまいます。

人間不信の人に見られる恋愛傾向

ここまで、人間不信になっている人の一般的な傾向や特徴をご紹介してきましたが、ここからは、もう少し具体的に踏み込んで、「人間不信の人がする恋愛の特徴」をご紹介したいと思います。

「恋は盲目」という言葉もあります。

人が恋をしてしまうと、皆毎日不安でたまらなくなり、愛する相手を疑ってしまうこともありそうです。

ある意味、恋愛をすると皆、人間不信になってしまうのかもしれません。

恋って精神的にも肉体的にも強くなければいけないのかもしれません。

おっと、余談はさておき、人間不信の人の恋愛傾向、見ていきましょう。

自分で恋人を遠ざける

かなり最終局面を迎えているはずです。

恋人の事が好きなのに、愛しているのに、その強い気持ちと、強力な独占欲がぶつかり、ごっちゃ混ぜになり、「こいつ、本当に俺のこと好きなのか?」という疑心に24時間苛まされ、耐えきれなくなり、とうとう恋人を遠ざけ、遠ざかり、相手の気持ちも知らないで、勝手にこの恋を終わらせよう、そして、早く忘れようとしています。

おそらく、ここに至るまでに、恋人には自分への気持ちを確かめるための質問などを執拗に浴びせかけ、恋人を疲れさせてきているはずです。

そして、その恋人の疲れた態度を見て、尚更自分への気持ちの薄さを感じとり、「自分はもう愛されてはいない」などと勝手に思い込んで苦しんでいることでしょう。

感情の幅が狭く、愛情表現が苦手

人間不信になってしまった人は、相手がどんなポジティブな様子を見せても、否定的に捉え、「実は(逆のこと)だ」と考えてしまいます。

そういった自分の癖を解っているからか、もしくは無意識にか、他の人間も自分の行為を否定的に捉える(こともあるかもしれない)と思ってしまい、「今ここで思いっきり愛情を表現しても、ちゃんと伝わらないかもしれない」と考えてしまいます。

そのせいで、嬉しさや相手に対するいとおしさを言葉や表情で表すことを躊躇い、逆に相手からは「感情の幅が狭く、愛情表現が苦手な人」と見られてしまうことがあります。

信頼されると、愛の喜びが倍増する

人間不信になっているということは、他人の事を信じられない状態にいます。

そんな中で、恋人をつくるというのは、おそらく、心のどこかでは「人間嘘つきばかりじゃない」ということはわかっているからだと思います。

しかしながら、だからこそ恋人に対しては、「この人だけは裏切らないでほしい」「私には本当の事を言ってほしい」といった「あなただけは(信じるに値するひとであってほしい)」という気持ちも強大です。

そういうところが、困ったところであり、行き過ぎた束縛心や拘束欲に繋がって行くわけなんですが、その反面、自分が望む形で恋人が自分への信頼感を示すと、これまた強大なる幸福感を得ることができます。

確かに恋人から信頼されたいのは誰にでも言えることなので、気持ちがわからなくもありませんが、ポイントは「自分が望む形で」というところで、異常なわがままと言っても過言ではない気もします。

恋人の携帯や過去などを探りたがる

この気持ちや行為は、付き合っているにも関わらず、恋人の気持ちを信じることができない為に持ってしまう気持ちであり、やってしまう行為です。

しかし、これは恋愛あるあるのレベルともいえ、人間不信の人でなくても、誰にでもあると言えばあり、仕方のないことです。

ただ、やはりそのなかでも人間不信に陥っている人は尚更恋人の過去や携帯が気になるところです。

前項で述べた通り、人間不信の人は「恋人だけには」という気持ちがあります。

なので、恋人の現在も過去も知りたいと思ってしまうし、携帯のアドレス帳に登録されている名前は全員知っておきたい、更にはその人たちとはいつもどんな会話やメール、LINEのやり取りをしているのか知りたくて仕方がなくなるのです。

本当に困ったものです。

スマホを見られる可能性も

もちろん、あります。

例え、隠すようなことはしていないので、見られても構わない人も少なくないでしょうが、何より、スマホを見ようとする動機が、見られる側からすると、少し心外ではないでしょうか。

もしくは、気持ち悪さまで感じる人も少なくないようです。

「動機」とは上で述べた通りです。

皆さんはいかがでしょうか?

信頼すると結構一途

これは、その恋人が人間不信の相手を信頼すると人間不信の相手は結構一途になってくれるという意味です。

何度も言いますが、他人の事を信じられなくなった人間が、それでも誰かを愛したわけです。

その愛した相手だけには騙されたくない、自分の考えるイメージどおりの人であってほしいという、欲望に近い願望をもっています。

そこで、相手の恋人さんはもちろん、自分の恋人を騙そうなんて思ってもいないし、自分の事を信じてほしいと思っているんですが、相手は自分以外の人間を信じられない人間不信、どうすれば自分のことを、自分の愛を信じてもらえるのか考えます。

なんともめんどくさい話ですね。

こんな素敵な恋人、人間不信で何でもかんでも疑ってかかるようなヤツには勿体ない。

と思うのですが、その人間不信なヤツに信じてもらおうと思うなら、まずこちら側からその人のことを信じること、信頼してあげることが大切です。

信じてもらうために相手の思うような人間になろうとするのではなく、そのままの自分で相手を信じてあげる、という行為が、人間不信の相手にとって1番分かりやすい答えです。

もちろん、最初はそんな行為も否定的に捉え、「なんか下心がありそうだ」と思われるかもしれません。

しかし、時間をかけて信頼し続ければ、必ず、とりあえず、相手はその恋人のことだけは疑うのをやめるはずです。

しかし、まあ、これも何度も言いますが、なんともめんどくさいですね。

別れるのが大変

ここまで何度も言ってきたことから、良くお分かりのように、人間不信になった人にとって、恋人とという存在は「最後の砦」でもあります。

恋人と付き合っていくというよりは、「この人に捨てられたら、私はもう本当に誰のことも信じない」という、別れない理由としてはかなり一方的な理由で別れられない人も多くいます。

その一方的な思いは、時として狂気じみたものとなりえ、別れ話をしようものなら、大変なことになった例もいくつかあります。

更に別れた後もしつこく付きまとわれ、犯罪レベルの行為に至る例もよくニュースなどで耳にするのではないでしょうか。

まとめ

いかがでしたでしょうか、人間不信の特徴。

すべてではなくても当てはまるものはいくつかあったのではないでしょうか。

特に恋愛傾向に関して。

それはつまり、誰でも人間不信の要素はあるということで、人間としてのキャラの一つだと考えてもいいのではないかと思います。

問題はこのネガティブなキャラが重症化すると、自分にとっても他人にとっても「危険」ともいえる状況になってしまう可能性があるということです。

ですから、皆さん極度な人間不信に陥らないためにも、時々、自分を戒める必要があります。

戒めといっても、「人を疑ってはいけない」とか「ダマされても、自分の不徳のいたすところと思うべし」とか、宗教的な厳しいことではありません。

この記事を読んでみて、お気づきかもしれませんが、「人間不信」とは、誰かにダマされてなってしまうパターンと、自分の心の弱さから、自分発信で疑いの心を持つようになるパターンがあります。

後者の「心の弱さ」とは、「欲」と言い換えてもいいでしょう。

つまり、自分の周りの人や物事が自分の思い通りにいかないからと言って、それらを疑いはじめ、それがエスカレートし、とうとう人間不信になる人がかなり多いのです。

ですので、ここで言いたい「戒め」というのは、「ちょっと我慢する」「上手くいかなくても気にしない、くよくよしない」とか、そういった類いです。

何も難しいことはありませんので、日頃から心がけましょう。