もうダメだと思うときでも、視点を変えればまだまだやれる、ということは多いです。

底知れない沼にハマって身動きがとれない、後一歩が踏み出せないという人の助けになる言葉の数々を集めましたので、気持ちを切り替える参考にしてみましょう。

自分に自信をつける言葉


なんだかよくわからないけど落ち込む。

そんなときは、とりあえず自信がつく言葉を脳内で繰り返したり、声に出してみましょう。

筆者は仕事が全然進まないときに「進捗が神がかってるわ。これはすぐ終わる」と言ってみることにしています。

実際は全然終わらないんですけど、気持ちだけは不思議と明るくなって手を動かせるからです。

「嘘から出た真」なんて言葉もあるくらいですから、とりあえず言葉から入って気分を盛り上げ、現実が追い付いてくればOK。

では、どんな言葉が自信をもたらしてくれるのか、例を見てみましょう。

他人にも出来るのだから自分にも出来る

「他人にできて自分にできないことはない」でも良いですが、これは結構効き目があります。

デキる人と比べて落ち込むこともあるでしょうけど、スタートダッシュはみんな赤ちゃんで、それほどスペック変わらず生まれてきています。

他人にできることを自分はできないと考える方が、むしろ不合理です。

金持ちの家に生まれていたら塾にも通えて頭が良かったと思ったり、容姿が優れていれば幸せになれただろうと思う気持ちもわかります。

でも金持ちの子供がバカすぎて資産の全てを食いつぶすこともあるし、容姿が整っているのに横暴すぎて恋人どころか友達もいない人だっています。

前提となる条件を活かすも殺すも自分次第なので、他人に出来るのだから自分にも出来るの精神で色々やってみましょう。

失敗してもいい

完璧を求めて自分を追い詰めるより「失敗してもいいや」くらいで挑戦を重ねることが大切。

あと、完璧主義の人の完璧はかなり胡散臭いです。

完璧主義が胡散臭いのは、あくまでも自分の中での完璧にすぎないからです。

自分では100%到達していると思っても、結果的に失敗することもあるし、不足を指摘されることもあります。

仕事においては80%完成度くらいで、上司や仲間に確認してもらって修正する方が捗るでしょう。

失敗してもいいと考えることは、早めに披露して修正点を探る姿勢に繋がります。

細かな失敗があってこそ、大きな成功を掴みやすくなるため、恥やプライドを意識せずに取り組みましょう。

諦めたらそこで終わり

そこで試合終了…という某漫画であまりにも有名な言葉。

たしかにその通りです。

向いていないことをストレス抱えてまで続けろとは言いませんが、大体のことは途中で諦めると失敗の経験すらできずに終わってしまいます。

失敗でもいいので、何らかの結論を見た上で次に活かせることを見出した方が成長できるでしょう。

また、自分で始めたことを、とりあえずやりきるというだけでも、自信を持つことに繋がります。

結果が思わしくなく、他人が叩いてきたとしても、他人はこちらの人生には無責任なのですから気にする必要はありません。

諦めずに何かをやり遂げたこともないような人々の追求は無価値です。

耳を傾けるべき意見を間違えないことだけ心得ていればOKです。

自分の限界を自分で決めない

限界というのは自分で決められるものではありません。

よく、自分がお酒を飲める限界を知るには、誰も煽らずに何かあれば助けてくれる人たちと一緒にいるときに、気持ち悪くなるまで飲んでみると良いなんて言われます。

これから先、自分のペースでは飲みづらい場においても限界を超えないように、セーブすべき段階を知るための方法です。

これと同じように、限界というのは、そこに達してみないとわからないものなので、自分で想像して決めても限界はまだ先にあるかもしれないのです。

むしろ、限界を想像して決めてしまうと、本当にそれが限界になります。

実際には10kmも走ることができるのに3kmが限界だと思えば、そこに到達した時点で体が疲労を感じたり、脚が動かなくなったりします。

限界を決めないでやってみると、本当の限界を迎えたときにだけ、ぶっ倒れるでしょう。

もちろん、頑張るべきでもないこと、やりたくもないことで倒れるまでになる必要はありませんが、自分の意志でやりたいことについては限界を見るまでやってみても良いのではないでしょうか。

何事も楽しむ


生きていれば、なんにも面白くないのに必要に迫られてやらざるを得ないことが山ほど出てきますよね。

本当は家でずっと寝ていたいのに仕事に行かなきゃいけない、お菓子だけ食べてぼーっとしていたいのに栄養のある食事を作らなきゃいけない、嫌いな人の突然の訪問や電話、おかしな相手への謝罪…。

どれもこれも、ちっとも面白くなんかないのですが、やらざるを得ないなら、それで凹まないように楽しむしかありません。

仕事に行くのも金のためと割り切る、食事を作るのは相手のおいしそうな顔を見るため、嫌いな相手の存在は世の中甘くないことを教えてくれるアラーム、おかしな相手への謝罪はそれが仕事の一つなら金に向かって謝っていると思う、などなど。

ちょっとずつ脳内変換して楽しい要素を付随させましょう。

そうすれば、そこまで嫌なことではなくなってきます。

辛いのに「これも人生の勉強だ」と何でもかんでも受け入れろという話ではありません。

やらざるを得ないことに限っては、楽しむことで乗り切ろうというわけです。

結果じゃなくて過程が大事

まず真逆のことから話しますが、仕事ができる人は「過程で評価してくれ」とは言いません。

1件の契約も取れない営業マンが「毎日複数社を訪問して頑張っているのだから給料を上げてくれ」と言い出したら社内の人たちは「は?」と言うに決まっています。

とはいえ、評価は得られずとも自分自身は過程を重視してあげましょう。

結果だけに執着していると、過程における細かな成功を見逃し、自己評価が不当に下がってしまうからです。

自信を失いかねず、最終的には何をやっても失敗するような不安感に襲われるようになります。

たとえ結果が悪くても、過程の全てが間違っていたわけではないはずです。

どこが間違っていたのかを冷静に見直して修正すれば、次は成功できるかもしれません。

落ち込みすぎず、未来に向かえる精神力を保ちましょう。

何事も経験

「経験」なんていうと、たいそうなものを想像しがちですが“したことがないこと”が“したこと”に変化した状態を指すので、何でも経験になることは間違いありません。

結果として成長したりスキルを身に着けたりすることはありますが、経験すること自体は「とりあえずやってみたけどダメだった」でも構わないわけです。

どんな人でも生きているだけで経験の連続なので、それほど意識する必要はなく機会を得られています。

たとえば先週まで100円だったキャベツが今週は200円になっていたというのに気付くのも、気づかなかったことから気づいたことへ変化しているので“経験”です。

ただ、経験としてはそこまで。

「なんでかな」と調べて「春キャベツは品種が違うのか!」とわかると“知識”に変化します。

経験はとっかかりで、その後どう活かすかが大切。

まずはその、とっかかりを得ることが自分の世界を広げることに繋がるので、臆する暇があったらやってみればOKです。

過去より今が大事

過去は文字通り、過ぎ去ったこと。

タイムマシンでもなければ修正不可能なので、「あのときこうしていれば」なんて考えても仕方がありません。

というより、今が過去になるので、なんとかできる今を大事にした方が有意義です。

そして未来も同様に、いずれ今になる時が来ます。

さて、問題は何をもって大事とするかですね。

毎日毎時間、毎分ごとに全力出し切るなんて無理ですし、全力を出すことが今を大事にするということでもないでしょう。

今を大事にすることは「今最も大切なものが何なのかを、見誤らないこと」といえるかもしれません。

「子どもの頃にもっと勉強しておけばよかった」という大人が多いのは、子どもにとっては最も重要である学びを積極的に行わなかったから。

遊びもたしかに大切ではありますが、遊びばかりではいけなかったはずですよね。

大切だとわかっているのに、面倒だからやらなかったツケを今になって支払っているわけです。

年齢が上がるにつれ、大事にすべきことが、対人関係、貯金、家族と変化していきます。

その時々に最優先すべきことを見誤らないよう心がけましょう。

過去に執着するな

今を大事にすること以前に、過去に執着している人はいますぐにやめるべきです。

繰り返しになりますが、過ぎたことを修正することはできません。

執着というのは、単に思い出して心がギュッと苦しくなったりするレベルではなく、強く惹かれる、または心を囚われてどうしても忘れられないようなものを指します。

つまり、全く関係のないことをしていても、常に心あらずの状況です。

その対象が過去なんて、あまりにも生産性がありません。

そして何より、記憶の中の過去は多くの場合において事実とは異なっています。

考えることの全てが妄想になりかねないのです。

ある番組で、芸能人が学生時代に恋をした相手と再会しようという企画をやっていました。

そのとき、男性芸能人が「俺はモテていた」と言い、さらに「○○さんから告白された」と言いっていました。

その記憶を頼りに番組スタッフが○○さんと当時の仲間たちを集めて話を聞いたところ、事実は「モテていない。子供からは人気だった」「告白していない。してきたのはそっちでしょ」という話でした。

…なんともいえない結末でしたが、何が言いたいのかというと、これくらい記憶はズレるということです。

ズレているかもしれない過去に執着するのが、どれだけ無駄なことかよくわかる例ではないでしょうか。

努力は裏切らない

かの有名な作曲家ベートーヴェンがとても良いことを言っています。

「努力した者が成功するとは限らないが、成功した者は皆努力している」。

まさにこの通りで、努力は必ずしも報われるとは限りませんが、裏切りはしません。

先にも記載したように、自己評価だけは過程を重視して良いので、努力したという自負が自信をもたらしてくれます。

ただし、努力はあくまでも自己評価の範疇なので、他者へアピールしてはいけません。

野球の長嶋茂雄さんは「努力してますと練習を売り物にする選手は、プロフェッショナルといえない」と言っています。

努力は裏切らない、と合わせて肝に銘じておきましょう。

自分に大事なものは何があっても離すな

漫画や歌詞に出てきそうな言葉ですね。

なんだかヒーロー感が溢れてますが、改めて大切なことでもあります。

大事なものを離してしまうと、他のことがより一層どうでもよくなってしまうのです。

わかりやすい例としては、家族のために頑張って仕事をしていたつもりが、家族をないがしろにして仕事に明け暮れる、などが挙げられます。

それで愛想を尽かした家族がいなくなってしまったら、なんのために働くんだか、わけがわからなくなりますよね。

独身に戻るなら、もうそこまで稼がなくてもいいわけだし。

じゃあ無理矢理家族を縛り付ければいいのかという話でもありません。

大事なものはちゃんと大事にしておきましょう。

それがあるからこそ、何かを頑張ろう、続けよう、今は耐えようという力が湧いてきます。

がむしゃらにやってみろ

どれだけ頭を使っても正解が見えないようなことも世の中にはあります。

そういうときは、もうがむしゃらにやってみるしかないです。

とりあえず出来る限りのことをやって、そこで初めて視界が開けることも少なくありません。

ロックスターが叫ぶような熱意溢れる雰囲気は不要です。

これもまたアピールのためではありませんからね。

ちなみに「がむしゃら」の意味を改めて確認しておきますと「後先考えずに夢中で突き進むこと」です。

他人から見れば「無鉄砲」「バカ」としか映らないかもしれませんが、夢中になれることがある時点で幸せ者です。

十分誇っていいことですから、周りがアレコレ言ってきても、自分が思うままに突き進んでみましょう。

カッコ悪くたっていい

精神年齢が若い内はカッコつけたがるものですが、だんだんと「世の中にカッコいい人なんてあんまりいないんだな」というのが分かってきます。

むしろ細部に目を向ければカッコ悪いことばっかりで、その積み重ねの中で生じた一瞬がカッコよかったりするくらいのもの。

大きな仕事を成し遂げた人も、その過程では慎重な根回し、ときには嘘も方便、下げたくもない頭を下げて回り、愚痴だって言うときは言っています。

それでも結果がカッコよければカッコいいのです。

過程の段階でどれだけカッコ悪くても、何の問題もありません。

それどころか、そのカッコ悪い言動がなぜ必要なのかを理解できる人だけが付いてくるようになります。

それこそが本当に、最後まで仲間になる人達です。

自分を信じろ

他人に信じて欲しいと思う前に自分で自分を信じましょう。

他人の評価に厳しすぎるところがある気もするので、自信を損ないやすいのも仕方ありません。

極論、今生きてるだけで「かなりすごいことやってるんだ」と思って良いです。

まず餓死しないくらいにご飯食べれてるだけで十分。

ご飯が買える状況に自分を持って行けているのですから、かなり頑張ってきたはずです。

欲望のまま寝て遊んでいたらそうはいきませんもの。

そういうところから自分を肯定し始めると、できていないことより、今までにできたことの方がいっぱいあることに気付くでしょう。

だからといって他人に「ご飯食べれてるんだぜ、すごいだろ」と言えば「お、おう…」としか返されないし、ちょっと引かれるので口に出すのはやめておいた方がいいですよ。

チャンスをつかめ

「美人は三日で飽きる、ブスには初日がこない」なんて身も蓋もない言葉もありますけど、自分のスペックを鑑みてもチャンスなんてあちこちに転がっています。

ただ、何故か気付きづらいんですよね。

チャンスの方からはアピールしてくれませんが、ちゃんと目を向ければ確実にそこにあるので、あとは掴むだけです。

運の良し悪しは関係ありません。

もし何のチャンスも無いと思ってしまうなら、それは視点を変える余裕がないほど忙しいか、あるいは現状から変化する勇気がないだけかのどちらか。

また、チャンスには気付くことができても、掴めないことはあります。

たとえば株価が上昇する銘柄がわかったとしても、運用できる資金がなければどうしようもないですよね。

仕事で良いポジションが空いても自分がぺーぺーの平社員だったら今はまだそこに収まることはできませんし、素敵な人と出会える場があっても、そこに招待されるまでの人間関係がなければ参加できません。

どこでいつどんなチャンスが転がっているかわからないので、視野と行動範囲は広く、交流も積極的に行って、チャンスをつかむ準備を整えましょう。

思っているほど人は自分を見ていない

人目を気にして色々な行動を諦めてきた人は結構多いのではないでしょうか。

「年齢的にこの服はもう着れないか」「一人で焼肉に行くのはちょっと恥ずかしい」などはありがちです。

でもそれはちょっと自意識過剰。

まず注目される前提になっていること自体、認識がズレています。

さすがに真夏にサンタの格好をして歩いていれば「え?なんで?」と注目を浴びるでしょうけど、多くの場合、そう気になる人なんていません。

今日電車で目の前に座った人の靴の色すら思い出せないくらいです。

そんなものいちいち覚えていたら脳がキャパオーバーするので、それは当然のこと。

自分で思っているほど、他人はこちらを見てはいない・記憶に留めていないので気にする必要はありません。

逆に、注目を浴びるほどの美人やイケメンだったら、大体何をしたって似合うし許されるのですから、なおさら気にしなくてOKです。

一歩踏み出さなければ始まらない

たまにはジッと立ち止まって考えることも大事ですが、それはいつも進んでいる人の場合。

ずっと同じところにいては考えることも枯渇していきます。

新しいこと、レベルの高いことへの一歩目を躊躇する気持ちはわかります。

でも、いつの日か「あのとき一歩踏み出していたら違ったのに」という後悔の方が強くなるので、迷ったらやってみるのがおすすめです。

自信がないから一歩を踏み出せないという人もいますが、それは卵が先か鶏が先かと同じ話で、一歩踏み出してこなかったから自信を失ったともいえます。

これまでに提示してきた「何事も経験」「楽しめばいい」「カッコ悪くてもいい」を胸に、まぁとりあえずやってみますか、で始めてみましょう。

やまない雨はない

「やまない雨はない」は、どうせその内やむのだから大丈夫、という意味で使われます。

ただ、リアルに雨のことを考えると、もっと深い意味がありそうです。

雨が降っている最中は出歩くのも面倒だし、寒いし、洗濯ものは乾かないし、遠足は中止になるし…散々な記憶のオンパレードですが、雨が降ってくれないと人間は生きていられません。

雨が降りにくい地域では水不足問題が頻発しますし、草木も育たず食糧問題にもなります。

空気も常にカラカラで、喉へのダメージはハンパじゃないし、道端の汚れも誰かが掃除しなければそのまんまです。

雨が降るから生きていけます。

比喩表現ですから、ここでいう雨はなんらかのストレスを与えてくる代物ですが、それが全くない人生というのも張り合いに欠けるというものです。

雨が止んだとき、そこからもたらされるメリットに目を向けてみましょう。

明日は明日の風が吹く

「明日は明日の風邪が吹く」は大体、今は向かい風が強くてシンドくても、明日は違う風が服かもしれないから気にしなくていいよ、といった意味で使われます。

ただ、裏を返せば今追い風で楽々進んでいる人も、明日には向かい風にぶつかられて大変になるかもしれないというリスクをはらんでいる言葉です。

まぁ要するに、明日のことなんて誰にもわかあないということですね。

期待しようと心配しようと、明日は勝手にやってくるし、止めることはできません。

どんな風の中にあっても、とりあえず立っていれば上々、歩を進められたら最高くらいに考えて気楽にやりましょう。

自信をつける熟語

熟語の中でも四字熟語から自信がつきそうな言葉を集めてみました。

文字通りの解釈はもちろん、それを自信につなげる考え方も記載しています。

日進月歩(にっしんげっぽ)

「ハイテク技術は日進月歩でライバルの多い世界である」というように使います。

語源は不明ですが「進歩」に「日月」を加えて語呂が良いようにしたと考えるとわかりやすいです。

要するに、毎日はもちろん毎月ごとに進歩していること、絶え間なく進化を遂げていることを指します。

技術分野においてよく使われるのは、昔ほどの大変革と呼べるような事が少なくなってきたからでしょう。

蒸気から電気へとエネルギーが変化してからは、その変革は細かなものになってきました。

初めての電話が登場した1870年代から200年と経たぬ内に今のスマートフォンまで進化したのも、驚くべき速さです。

技術を扱う環境に身を置いていると、少しぼーっとしているだけで世界がガラッと変わっているような印象を受けやすく、自分の技術がたった5年で時代遅れになることも少なくありません。

ただ、冷静に周囲を見渡してみると、全ての物事が日進月歩だと気付くでしょう。

日々変化し、ときには退行することもありながら、全体像は進化を遂げています。

そういう時代の中にいると自らも、日々何かしらの変容を遂げながら生きていった方が有利であるとわかるはずです。

七転八起(しちてんはっき)

文字通り、7回転んでも8回起き上がることです。

まず1回転んだだけでその場でくじけてのたうちまわっていたら一転一起です。

しかも、それは最初立っていたときから転んだだけなので、転んでからは起き上がっていません。

7回も転べるということは、6回は起き上がったということです。

その前に6回も転ぶようなことがあったのに、めげることなく起き上がって進もうとしたから7回目に転べたというわけなので、その時点で大分タフネス。

さらにまた起き上がって七転び八起きまでいったら、もう誰からみたって称賛に価する努力家といえましょう。

まぁ、七と八は単に回数の多いことを意味しているので、実際には7回や8回どころではなく繰り返すという意味ではありますが。

ともかく、1度転んだくらいでのたうちまわっていたら何にもならないので、起き上がるまではしましょう。

そこで歩き出せるかどうかはまた躊躇を感じるとは思いますが、歩かないと転べもしないし、また転んでもいいのです。

それを繰り返しながら歩を進めれば、その内着きたい場所に到達します。

意志堅固(いしけんご)

意志堅固はそのまんま、何かを成し遂げようとする心がしっかりしている、ということです。

対義語は意志薄弱で、何をするにも忍耐がなくて決行できない心を指します。

頑固と意志堅固は別物です。

頑固は「頑(かたく)なに固い」ことで、何が合っても頑なで融通が利かず、わからずや、意地っ張り、強情というもの。

意志堅固は、目的に対して忍耐を持って取り組む心の強さを指しているので、個々の事象においては柔軟な考え方をします。

目的に対して意志堅固に取り組むことができれば、周囲からもその姿勢を支持されて自信がみなぎってくることでしょう。

志操堅固(しそうけんご)

「志(こころざし)」はまだしも「操」がちょっと分かりづらいですよね。

「操」はそれ自体に「意志を変えずに身を固く持すること」という意味があります。

「あの人は節操がなくて困るわね」の「操」も同じ意味です。

よって「志操堅固」は「意志堅固」とも大差ないですが、志操堅固の方がどちらかというと全体的な意志で、目的別というよりは主義を指します。

一本筋が通っている人間という印象です。

不撓不屈(ふとうふくつ)

「撓」の字なんて日常ではまずお目にかかりませんけれど、これは「撓む(たわむ)」と読みます。

外部の力によって弓なりに曲がること、転じて飽きて疲れたり心がくじけることです。

「屈」はそのまま「屈する」、つまり意欲がなくなる、くじける、服従するという意味なので、撓みもしなけりゃ屈しもしない、という四字熟語です。

めちゃくちゃ強いメンタル。

「不撓不屈の精神で勝利を目指そう!」などと使います。

ブラック企業の社長がこれを言い放っていたら即座に逃げるべきですが、自分自身が不撓不屈の精神で物事にあたるのは素晴らしいです。

何かに立ち向かおうとすれば困難や苦労は付き物で、それにくじけることなく意志をもって取り組む姿は周囲にも良い影響を与えます。

自信をつける英語

ポップなノリで切り抜けたいときに役に立つのが英語のことわざ。

メモ帳にちょろっと走り書きするだけでもなんだかおしゃれです。

参考までに見ておきましょう。

ちょっぴり英語の勉強も兼ねてそれぞれの単語の意味も解説します。

nevergiveup

「nevergiveup」を和訳するときは「諦めないで」とされることが多いですが、ニュアンスとしてはちょっと間違っています。

「never」はかなり強い単語。

映画などで登場人物が「Never!」と言っていれば、それはブチ切れ気味に断っている姿です。

「never」は「not」や「no」よりも強いと覚えておきましょう。

さて、「giveup」ですが、これはたしかに「諦める」と和訳しても間違いではないものの、日本語の感覚とはズレています。

「今日は雨だからお花見を諦めた」くらいの文章では用いません。

ここでいう「諦める」は「関係を断つ」「放棄する」「解決を断念する」といったニュアンスを含み、これもまた強めの言葉。

単体で用いるときは「Hegaveupsmoking(彼は煙草をやめた)」のように一般によくないとされることをやめるときが多いです。

つまり、「nevergiveup」は超強い意味を持って「絶対やめない」ということになります。

人生における決断レベルの話ですね。

英語圏の人へ気軽な気持ちで「nevergiveup」というと「こんなことでマジレスすぎるだろ」と思われますから要注意。

Everydayisanewday.

有名な小説家ヘミングウェイの『老人と海』で用いられた一文。

直訳のまま「毎日が新しい日だ」です。

日本的にすると「明日は明日の風が吹く」とも似ていますが、それだと「Tomorrowisanotherday.」が適切で、「Everydayisanewday.」はもうちょっと明るいニュアンスを含んでいます。

「new」は「新しい」「最新」の他に「良い方向に変化して生まれ変わる・若返る」という意味を持っています。

つまり「毎日は何か素敵な変化がある日だよ」と解するのが妥当です。

この考えで明るく元気に過ごしていれば本当に良いことに出会えるでしょう。

Changebeforeyouhaveto.

「Changebeforeyouhaveto.」はジャック・ウィルチというアメリカの実業家の言葉として有名です。

日本語にすると「迫られる前に変革しろ」となります。

「change」はそのまま変化や変革。

「haveto」は学校で「~する必要がある」なんて習うと思いますが、これが強制力のある言葉だという感覚がある人は少ないかもしれません。

もはや「義務」と言ってもいいほど「やらざるをえないこと」に使います。

人に向かって使えば命令口調です。

それだけ「変革は迫られた時じゃ遅いんだ、自ら気づいてやれ」ということを短い言葉の中で伝えてくれる文章ですね。

自信をつけることで乗り越えられる

困難な状況にあっても、自分の人生の責任は自分しかとってくれないので、気持ちを切り替えて乗り越えていきましょう。

その助けとして、これまで挙げてきた言葉の数々を参考にしてみてください。

先にも記載したように「嘘から出た真」なんて言葉もありますから、自信が無い中でも脳内で自信をつける言葉を繰り返すことで自信が出てくることも少なくありません。