無難という言葉は、きっと「優れている点がない」という意味だけ切り取られてイメージが先行しているように思えます。

でも危険や間違い、欠点もない無難な生き方というのは、誰もができるものではありませんよね。

これはすごいことなのではないでしょうか。

今回は、そんな無難な人生を求める人の特徴と、無難に生きるための注意点をご紹介します。

️自分らしい人生を…とは言うけれど


では聞きますが、あなたらしい人生って何ですか?

こう聞かれてすぐに答えられる人は少ないのではないでしょうか。

「◯◯らしい」という表現は、他人が使うものであって、自分が自分自身に使う言葉ではないはずです。

「A君らしいよね」と他人が言うのがそもそもの使い方であって、A君が「俺らしいだろ!」というのは、不自然ですよね。

ですが、自分の生き方はこうだ!!と決めることはできます。

自分らしい人生とは、きっと厳密な意味合いとして、「自分の心の赴くままに人生をまっとうしましょう」ということなのではないでしょうか。

無難な人生も悪くない?


もちろんそのとおりです。

「無難」という言葉自体に悪いイメージが付いているだけです。

無難とは言い換えれば、安定です。

安定が継続されればこれに勝るものはないかもしれません。

例えば、人生における充実度を棒グラフに見立てると、チャレンジャーのグラフは時期によって大きく変動しています。

高い時は非常に高く、低い時はもはや最低くらいに、振り幅が大きくなりますよね。

一方安定してる人はほぼ変わりません。

むしろ時間がたつごとに、少しずつですが、高くなっていくでしょう。

無難な人達は「負けそうな試合」は絶対にしないので、グラフが下がるということはほぼありません。

現状キープか、上がるか、どちらかです。

このグラフをイメージすると、悪くないですよね?

今より下がることはないということです。

しかもそれが最低ラインにいる、ということでもないのです。

よくよく冷静に考えると、無難に生きるとは素晴らしいことなのかもしれませんね。

無難とは

ちらっとすでに書いてしまいましたが、改めて説明しましょう。

これと言った特色がなく、格別非難されるような点もない

可もなく不可もない、それこそが不可だ、と思う人もいるかもしれません。

確かにそう言いたくなる気持ちも分かります。

やはり短所があって初めて長所も活きる、というものです。

欠点がない人、という人はいないでしょうが、もしいたとしたら、あまり人間味ない人に見えてしまうかもしれませんよね。

こういうイメージが「人生観として無難でいい」という人に対しての悪印象に繋がってもいるのでしょう。

でも性格的に無難と人生そのものが無難では、大きく意味が違いますよね?

平凡でまずまず無事

さらに「平凡」というイメージが退屈さに拍車をかけますね。

可もなく不可もなく平凡と言われて、「なんかものすごく楽しそう!!」と思う人はまずいませんよね。

そういう意味ではやはりチャレンジ精神旺盛で、いつまでも夢を追いかけている人の方が、キラキラして見えるのは間違いないでしょう。

それがいわゆるカリスマ性と言われる部分で、これに関しては無難に生きている人が圧倒的に劣勢と言えるでしょう。

ただし、それを「いい悪い」という尺度で見れば、別次元の話になります。

カリスマ性があるからいい、平凡が悪いという話には決してなりません。

平凡で些細でも、幸せが常に側にある安定した人生を無難に送ることは、とても幸せなことなのではないでしょうか。

無難こそが自分らしさという人も

こういう使い方をする人は、かなりメンタルがタフな人でしょう。

さっき書いた「自分らしく生きる」というやや甘ったるい幻想ではなく、しっかりと地に足をつけて歩いている人の言葉ですから、信用できますし、何よりとてつもない説得力を持っています。

「些細でも平凡でもいい!俺は無難こそを愛す!」

もしかしたら女性はこういう人と恋愛した方が幸せになれるかもしれませんね。

もはやちょっとかっこよく見えます。

ここまで割り切ると、それこそカリスマ性すら感じますね笑。

そうなんです、結局はイメージや偏見に負けず、自分の信念を持っている人が素晴らしいということですよね。

たとえその信念が一般的には笑われるような信念でも強く持っていれば、尊敬に値する美点ともなります。

️無難な人生を求める人の特徴とは?

それでは、無難な人生を求める人にはどのような特徴があるのでしょうか。

現実主義

無難な人生には、夢は夢、現実は現実と、完全に一線を引いてることが大前提です。

シビアに現実を見つめ、生活内での取捨選択を決して間違えないように心がけています。

人生とは選択の連続ですが、ここで大きく性格がものを言います。

良い選択を望むか?悪い選択をしないようにするか?これだけでその後の人生は大きく変動します。

現実主義とはまさに後者です。

「マイナス」にさえならなければその選択は正しいという認識をしているのでしょう。

一方前者は「プラス」がなければその選択は間違っていたという認識をします。

もちろん「マイナス」は完全敗北です。

つまりギャンブラーのようなものですね。

勝たなければ意味がない、勝つための選択をするのが前者です。

現実主義の人はこの時考えるでしょう。

「じゃあ勝ちって何??何を指して勝ちなの??」と。

何をもって人生の勝者と定義するのか?地位?名声?お金?

「いえいえ、毎日が平和であればそれでいいのです。地位も名声もお金も必要以上にはいりませんよ。くれるならもらいますが。」というのが、現実主義の根本ですね。

変化を嫌う

変化とは、まさしくハイリスクハイリターンを意味していますから、無難に生きたいと願っている人は、とにかく変化を嫌います。

変化すると、必ず初めは「不安定」になります。

その波に乗るのは、かなり不本意でしょう。

その結果、もしかしたら、今より状況が良くなるかもしれませんが、彼らにとっては、そんな曖昧な未来のことよりも、今目の前にある安定こそが全てです。

きっと職場の環境改善などが行われた場合は、誰よりもストレスを感じていることでしょう。

安定が一番

無難こそ安定、安定こそ無難です。

とにもかくにもこれを世界中の何よりも愛しているでしょうね。

余計な夢は見ず、現実をきちんと見据えて、それを変化させずに日々を安定させる。

彼らにとってこれはもう使命とも言えるでしょう。

その日々に対して楽しい、つまらないという感情はかなり優先順位が低いのでしょう。

きっと彼らは「そういう問題じゃないんだ」と言うでしょう。

仮に本人が「もう少し日々が刺激的でもいいかな」と思ったとしても…きっとその直後、思い直すでしょう。

「いかんいかん!!今の安定が崩れてしまう!!いいんだこのままで!!」と。

徹底した自己管理とも言えますね。

のんびり穏やかが幸せ

きっと性格的にものんびりして穏やかな人が多いのでしょう。

エゴが強く、刺激を求める人が「無難最高!」とは間違っても叫びません。

これは僕の勝手なイメージなんですが、昔話に出てくる、山奥に住んでいるおじいちゃんおばあちゃんが、かなり近いような気がします。

現代社会ではあの生活はほぼ不可能ですが、家が古くても、仲良く家族とつつましくも温かい生活を営むことが幸せ。

きっと無難に生きようとする人達は、これで充分なのでしょうね。

欲深いと、人生あまりいいことは起きないものですから。

それで幸せを感じられるのであれば、とても素晴らしいと思います。

️無難に生きるための9個の注意点

これからは、無難に生きたい!と思ってる人達へエールを贈りたいと思います。

僕なりに真剣に考えて、今の社会を見つめた上で、無難に生きるということはどういうことか、かなり深く思索したつもりです。

欲張らない

まずは煩悩を捨てることですね。

というのは言い過ぎですが、人間には大なり小なり欲はあります。

無難でいたいというのも欲の一つです。

それをきちんとした姿勢でコントロールすることが必須でしょう。

欲には限度がありませんから、誰でもどこかで理性的にコントロールしているものですが、安定を心がけるには、一般的な欲もだいぶコントロールする必要があるでしょう。

例えば物欲や食欲も最低限に留めておかなければいけません。

性欲などはもってのほかです。

自分の身の周りにあるもので納得できるのであれば、それ以上は絶対に望まないようにしましょう。

一つの欲はさらなる欲を生みます。

欲の渦に巻き込まれると、自覚しないまま安定性が失われていきますから、まずは欲張らずに今ある生活のみで満足を得るよう心がけましょう。

空気を読む

無難というのは社会ではあまり目立たないものです。

空気を読まずにその場における「異分子」になると、途端に目立ち、状況での立場が不安定になります。

目立つということは、良くも悪くも変化を与えてしまうので、安定を望む時は、その場の空気の邪魔にならないようにしなければいけません。

極端に言えば、むしろその場の空気そのものになってしまうのもいいでしょう。

空気みたいな存在感というとかなり希薄に感じられますが、いいのです。

問題なく平和にその場が済めば、それで充分です。

周囲に「あいつ存在感ないよな。空気みたいな奴だな」と言われても気にしないようにしましょう。

そんな時は胸の中でこっそり思えばいいのです。

「日々幸せだから問題無し!」と。

そういう文句を言う人は、相手にしてはいけません。

ルールを守る

欲張らないことと同じくらい大切な要素です。

ルールを守ることも必須事項ですね。

チャレンジャー達はこのルールを「いかにうまく壊して自分のものにするか?」を考えますが、無難に生きたいと思う人は絶対に壊してはいけません。

ルールに沿って生きる、これすなわち安定です。

たとえどんなに中身がないルールでも沿ってさえいれば、問題が起きてもマイナスにはなりません。

もちろんプラスもありませんが、それが無難ということでもあります。

欲深くなると「このルールはおかしい!」となりがちですが、そこで目立つと、後々不安定になりますから、ルールの内容は放置して、とにかく順守しましょう。

多数派の選択を選ぶ

多数派の選択を選ぶということは、つまり長いものに巻かれましょうということですね。

意思が弱く、従順なサラリーマンのようなイメージですが、これも決して悪いことばかりではありません。

むしろ空気を読んでいるとも言えます。

少数派の方がもしかしたら正しいのかもしれません。

でもそれはプラスを求めているということになります。

無難に生きることはマイナスを避けることです。

もし少数派を選んで敗北したら、大きなマイナスです。

多数派を選んで失敗しても多数の人が一緒なので、プラスはありませんが、マイナスも最小限に抑えることができるでしょう。

下手なギャンブルをするくらいなら、前向きに長いものに巻かれてしまいましょう。

定番を選ぶ

なにせ定番ですから、可もなく不可もありません。

定番とは、大多数の人がそれを選んでいるわけですから、これもまた失敗しても最小限で済みます。

そして可能性としては、失敗はすること自体が低いですね。

もちろん成功した時の実入りも少ないでしょう。

競馬で言えば、常に一番人気を買うようなものですね。

くれぐれも万馬券などを狙ってはいけません。

安定こそが一番です。

同じ毎日を送る

同じ毎日を送るとは、毎日を「安定させる」という意味です。

特にこれといった特筆すべきことがない平凡な毎日。

でも、充実した幸福感があり、それでいいしそれがいいというのが無難な人生を歩く人の神髄です。

日々をルーティン化し、危ない橋は絶対に渡らないことを常に心がけましょう。

石橋は叩いても渡ってはいけません。

反抗しない

否定的な気持ちは非常にエネルギーが強いので、不安定なりがちです。

さらに相手からの反発もあるでしょう。

とはいえ嫌な人を前にして、肯定するということではありません。

反抗しなければいいだけです。

こういう人もいるくらいの意識で接するのがいいでしょう。

無難な人生にはそういった知人友人は必要ありません。

関係ない人、とドライに切り捨てて、あまり関わりを持たないようにすればいいだけです。

これがけっこう難しいかもしれませんね。

肯定否定は欲とも言えますので、理性でコントロールしましょう。

家族を幸せにする

穏やかな幸せを噛みしめるには、家族の存在が最も大きいかもしれません。

独り身では感じられないわけではありませんが、心休めるには、家族との時間が一番効果があるでしょう。

家族を守り、幸せにすることそれが本人の幸せにもつながるということですね。

無難な人生の最終目的地はここなのかもしれませんね。

建前を上手に使う

無難な人は気弱で、存在感がない人というイメージは完全なる誤解です。

世渡り上手で、建前も充分に練っています。

そうしなければ安定さを維持することができないからですね。

例えば上司を相手にしても、上司に目を付けられると職場での安定性が失われます。

ここは断固死守したいところでしょう。

そのために必要なのが建前です。

上手くその場の空気を読んでやり過ごすというのは一種のテクニックですから、無難に生きるのであれば、このテクニックは必須スキルとも言えるでしょう。

かといって、見栄を張ってはいけません。

見栄は後々、面倒を引き起こします。

見栄を張らずに、冷静に建て前を活かし、どんな状況でも安定させてしまいましょう。

【建前については、こちらの記事もチェック!】

️無難な人生で満足するためには

これら注意点を活かしても、結局は満足できるかどうかが最終的なポイントになるでしょう。

充実という感覚はあまりその瞬間に体感することはできません。

後々振り返った時に「充実してるなあ」と感じたり、ふとした瞬間に「これが幸せなんだろう」と噛みしめたりするものです。

無難な人生で満足する為には、上記のような注意点を守りながら、常に下記のような心構えでいることが良いと思われます。

些細な幸せに敏感になる

本当に些細なことでも、敏感に受け取り、それだけでも充分という謙虚な姿勢ですね。

例えばご飯がおいしかった。

それだけで、充分な幸せと感じるような心構えが大切かと思われます。

こういった些細なことに対する「アンテナ」は、意識しなければ絶対に維持することはできません。

謙虚な姿勢もしかり、これには、強い意識とメンタルコントロールが必要です。

よく考えれば、誰の側にもこういった幸せはありふれているはずです。

にも関わらず、大概の人は欲深なので、これら些細な幸せを幸せと感じていません。

もっともっと、と上ばかり眺めています。

これに関しては、無難に生きる人だけではなく、どんな人にも当てはまると思います。

言ってしまえば、生きているだけでも幸せです。

命というものに対しての感謝と謙虚な気持ちは、誰であれ忘れてはいけないでしょう。

大切な人の笑顔を大事にする

大切な人、みなさんいますよね?

家族だったり恋人だったり…そういった人達を笑顔にすることは、自分達の笑顔に繋がります。

無難に生きようとする人の根本的な考え方はまさにここにあるのでしょう。

大切な人の幸せが自分の幸せ、この幸せはお金でも物でも得られない唯一の幸せです。

ただそれだけで満足して自分の人生をまっとうする。

生きるには充分な理由ですよね。

問題がないことに有り難さを感じる

つまり平和を愛するということですよね。

平和こそすべて、愛こそは全てというわけです。

とはいえ、それで満足しないのが、我々欲深な人間の正体でもあります。

問題ないのに、どうして我々はそれだけで満足できないのでしょう。

謙虚な姿勢を心掛ける

謙虚な姿勢を維持するという心構えも必要ですね。

世の中には、生活的に不安定で、命すらも日々危険にさらされている人がたくさんいます。

日本は世界的に見れば、本当に平和な国なのです。

だからといっていわゆる平和ボケしてはいけません。

せっかく平和な国に生まれたのですから、それに感謝しなければいけません。

無力な人が世界中の命に対して思いを馳せても、偽善と言われるかもしれませんが、平和な国に生まれた幸運に素直に感謝する気持ちは持っていなければいけないと思います。

日々貪欲に夢を追いかけて苦しい思いをしている人もたくさんいるでしょう。

生きてても辛いだけと悲観している人もいるかもしれません。

いえいえ、五体満足で生きているだけ幸せなのです。

些細なことでも充分に幸せを感じる姿勢というのは、本当に素晴らしいと思います。

️無難な人生、あなたはどう思う?

いかがだったでしょうか?

無難に生きるためには謙虚な姿勢で、日々の小さなことに感謝していくことが大切です。

それができれば毎日安定した無難な人生を送ることができるかもしれません。