生涯独身を強い意志で貫いたのか、それともただ流れに身を任せた結果なのか、それによってその人の風韻は違ったものとなります。

しかし晩年になると、見た目はあまり変わらなくなっていきます。

強い意志で押し通した人も本当に後悔をしていないのだろうか、と疑問が湧いて出てきます。

国内旅行会社の主催する募集型観光バスツアーに参加すると、たいていお客の3分の2以上は60代以上の夫婦とその子供や孫たちです。

60代以上の男性4人組グループも見かけますが、彼らもみな結婚していることがわかります。

相変わらず「カミさんがやかましくてさあ、逃げ出してきたよ。」のような話をしているからです。

これも家族がいるからこそできる行動です。

肌ツヤは年相応としても、干からびてはいません。

日本の高齢者たちは、本当にアクティブで元気いっぱいです。

存分に楽しんでいます。

ただしこうしたツアーに参加する高年齢層は、同性同士、または1人参加の人でも、ほとんど結婚している人たちです。

生涯独身の人には、まず誘ってくれる家族がいません。

退職後の行動力には、大きな差がついているようです。

️生涯独身の人が晩年に後悔していること!

筆者の生涯独身を貫いた知人が嘆いていました。

相続した大きな一軒家に一人で住み、兄が亡くなり、甥っ子姪っ子とも疎遠になり、回りにほとんど人がいなくなる。

肺炎で入院したが、果物どころか替えの下着を持ってきてくれる人もいない。

しかしこうなることはわかっていたはずです。

一生独身者が一番困難を抱え込むのは体を壊したときです。

気弱になってしまい、治る病気も治らくなってしまいます。

この先健康寿命が尽きたらどうするのか、民生委員はいても本当に親身に相談に乗ってくれる人はどこにもいません。

最終的にどこの施設へお世話になるのかという決断まで自分で行うことになります。

そこまで考えたことはありますか?

1.寂しさを感じる


大都市の団地では高齢者ばかり目立つようになりました。

80歳を過ぎた人に持ち回りの〇✖係をお願いせざるを得ない、どうしたものか、という悩みの声を聞いたことがあります。

しかし団地の高齢者は一生独身者というわけではありません。

連れあいをなくして1人という人はいらっしゃいます。

子どもたちはすでに巣立ち、大きな家や広いマンションなどが必要なくなって移ってきた人もいます。

最後は公営の賃貸でランニングコストの安い暮らしをしようという人たちです。

しかし一生独身者では、人生の背景が違いすぎていて、こうしたコミュニティにもなかなか入れません。

結局。

親から相続した家に住み続けるか、マンションを買っておくか、ということくらいでしょうか。

とにかく独身者は、引っ越して新しいコミュニティを作るという作業は大変です。

引っ越しもまた寂しさの募る瞬間となってしまうかも知れません。

しかし一生結婚しないというからには、そうしたところにまで想像を拡げておかなければなりません。

2.子どもがいない

子どもがいないということは、当然親になった経験はありません。

いつまで経っても子どものままです。

親の介護はしたことがあるかも知れません。

しかし自分の介護をしてくれる者はいません。

「負け犬の遠吠え」でおなじみの酒井順子さんの著書に、面白い記述がありました。

それによると両親は、娘に対し早く結婚して孫を見せてくれ、などと言い続けますが、どうやらもうだめそうだと見切りを付けるとと、それなら自分たちの老後の面倒をしっかり見てくれ、と気持ちを切り替えてしまうそうです。

この種の期待は息子たちに対してはあまり生じません。

独身女性は両親のこうしたペースに巻き込まれないように注意しなければなりません。

3.看病してくれる人がいない


独身生活において一番こたえるのは病気になったときです。

一人で風邪やインフルエンザで臥せっていると、たちまち部屋全体の空気がよどみ劣化していきます。

とても病気と闘うような環境といえません。

家族もちに比べ養生の期間が長引くのは当然のことでしょう。

まして入院ともなると大変です。

心配してくれる人が身近にいないのは心にこたえます。

着替えや身の回り品でも不自由するでしょう。

入院するならパジャマレンタルから洗濯機まで何でもそろっている、最新の総合病院を選ぶしかありません。

4.最期のときも1人

一生独身の人は、人生の最後はどう迎えるつもりでしょうか。

施設で介護サポートを受けている人ば別でしょうが、家族により看取りは期待できません。

それどころか誰にも気付かれないまま逝ってしまい、遺品整理屋のお世話になるということも十分あり得ます。

一人で逝くためのノウハウ本、みたいなものもいろいろ出ていますから、心配はないのかもしれません。

しかしそれを読みたいと思いますか?よく考えてみましょう。

5.周りからの視線が痛い

なぜ結婚しないの?、誰かいい人はいないの?と言われ続けた挙句、最終的に独身者のことは話題にのぼらなくなります。

うるさいなあ、余計なお世話だ、と思っているうちが華です。

やがて相手ににしてもらえなくなり、将来の孤独への恐怖がゆっくりと頭をもたげてくるようになります。

周囲の人たちの視線は特に変わったわけではないのですが、すでにひがみモードに入っている当人はそれを冷たい、痛いと感じるようになっていきます。

すべて自分の問題なのです。

6.両親に孫を見せられない

両親と孫に囲まれた姿を、誰しも一度は想像したことがあるでしょう。

何しろいずれは結婚したいと答えた未婚者は、男性85.7%、女性89.3%と非常に高い割合です。

(第15回出生動向基本調査2015年)結婚を希望する年齢も男性30.4歳、女性28.7歳と近年はほとんど変わっていません。

理想の通りにことが進めば、まだ双方の両親はそろっているでしょう。

当然そういう図式が想像されます。

しかし同じ調査によると交際相手を持たない未婚者は、男性69.8%、女性59.1%と5年前の同じ調査より10%近く増えています。

理想と現実のギャップは広がるばかりのようです。

7.同年代の友達と話が合わない

ある一定の年齢に到達すると、配偶者や子供の話題が急に増えていきます。

独身者はこれらの輪に入っていけず、黙り込むしかありません。

そして同年代の既婚者とは心理的に、ますます疎遠になっていきます。

仕事関連の話からそれないようにリードでもするしかありません。

しかし疎外感を味わうのはどうしようもありません。

あるとき、筆者のチームには口やかましい独身女性がいました。

彼女を黙らせるために他のメンバー間で結託して、わざと家庭の話に持って行ったこともありました。

何しろ扱いにくかったからです。

8.もし結婚していたら…と考える

何かの拍子に胸にふと疎外感が広がったとき、結婚していれば良かった、と思うことはないのでしょうか。

そうしたことが続くようになると、後悔しないと決めていた人でさえ、きっと後悔の念がわき上がってくるでしょう。

こんなはずじゃなかった。

何か間違えたのでは確かなのではないか。

それはいつどこだったのだろう?いつまでも結論の出ない堂々巡りです。

9.ふとしたときの孤独感

一人は本当に気楽でよい、と自由を満喫している時間も、長くなり過ぎると苦痛にかわります。

放射性廃棄物を抱え込んでいるのと同じ、とでもいえばよいのでしょうか。

貯めているだけで危険です。

次第に本人を蝕んでしまいます。

孤独はふとしたとき感じるだけではなく、次第に長くなり深まる一方となっていきます。

これを払しょくするのは年とともに困難になるばかりです。

10.話相手がいない

独身者の世間は年とともにどんどん狭くなっていきます。

会社関係は別として、地域社会とのつながりは希薄です。

退職してから新たにつながりを深めようとしても、大変な負荷がかかります。

ただし今の時代は人手不足のため、高齢者歓迎という働き口はたくさんあります。

決意さえ確かなものなら、案外簡単に地域社会へ溶け込め、新しい話し相手が見つかるるかもしれません。

しかしそれは自分の望んだことかどうか、よく考えてみましょう。

️最近増えている、生涯独身

先述した第15回出生動向基本調査(2015年)によると、結婚するつもりはないと答えた男性(18歳~34歳)は12.0%、女性(同)は8.0%です。

男性が10%を超えたのは今回が初めてです。

少しずつ増えてはいますが、いずれにしても大きな割合にはなっていません。

人生が想定通りにいかず、図らずも生涯独身という結果になる人が、ますます増えていることを示しています。

ではどうしてうまくいかなかったのでしょうか。

出会いがない

出会いの機会が少なくなっている、とはもう言われ続けて久しいフレーズです。

1945年終戦以前の日本社会では、見合い結婚が70%を超えていたといいます。

中には親が強引に決めた結婚や、引き裂かれた恋愛も相当数あったとは思いますが、立派な社会システムとして機能していました。

戦後になると日本の社会変化は目まぐるしく、このシステムは年を追うごとに働かなくなっていきます。

それに代わるものは現れませんでした。

その結果、男性は自分で相手を探し、口説き、恋愛結婚に持ち込まなければならなくなりました。

一部の男性は水を得た魚のように、伸び伸びと活躍されたことでしょう。

一方では自由恋愛は自分には荷が重いという男性も大勢いました。

彼らには仕事に集中する方が気楽でした。

そうして彼らの出会いの場は減っていったのです。

その間、社会の多様性は増していきました。

生活は一人でも便利になる一方となっていきます。