1996年生まれってどんな人?今をときめく世代は何を考えているのだろう?

令和元年9月現在、満22~23歳の世代です。

社会人なりたて、あるいは社会人2~3年目の青春時代が忘れられない大人になりたての複雑な世代です。

芸能人や1996年生まれの人が青春時代に流行った懐かしいことや人気の芸能人に触れ、少し近づいてみたいと思います。

1996年生まれは他の年とちょっと違う?!


1996年生まれは他の年とちょっと違うところがあります。

1996年生まれはゆとり教育からゆとり教育をぬけるまでの移行期間に義務教育を受けてきた世代です。

小学校6年間はゆとり教育を受け、中学校3年間は移行期間として教育を受けました。

ゆとり世代と聞くとまったりしていて、少し上の世代から批判をくらうイメージがあります。

確かにゆとり教育を受けていて、社会的なマナーが乏しく、先輩や上司の悩みの種となるような若者もいます。

その反面、驚くような才能を持っている人もいます。

1996年生まれは才能を持つ若者が多く、意外と注目するべき世代でもあります。

以降の項目で今をときめく若者を紹介します。

干支は「ねずみ年」


1996年生まれの干支はねずみ年、方角は真北を指します。

時間帯で言うと午後11時から午前1時までです。

夜行性のねずみにあてはめ、ねずみ年としたと考えられています。

ねずみ年の人はタフなメンタルを持ち、大変な状況下でも心をしっかり持ち、乗り越えるだけのスキルを持つ人が多いです。

そういった強さは周囲の人の目にも留まり、頼られることが多いです。

ねずみ年の人はひらめきの才能を持ち、色々なアイディアを提案したり、新商品の案を出したり、新しい改革案を出したりすることを得意とします。

1996年生まれの人は才能を持つ若者が多いことが納得できます。

ゆとり世代に当てはまるものの、タフな精神力をバネに社会人としても経験を積んでいくことが多いのだと思います。

ねずみ年の人はひらめきの才能がある反面、あまり深く考えずに飛び込むことがあります。

美味しい話があると思って飛びついたら騙されていたり、恋愛で失敗したりすることが多いです。

過去に色々な失敗を経験している1996年生まれの人たちは色々な人と人間関係を作るのが上手な反面、時々損をしてしまうことがあると思って貰えたらと思います。

1996年生まれは才能豊かな芸能人、有名人が多い

1996年生まれは才能豊かな芸能人、有名人が多いです。

ゆとり世代でありながら、従来の教育方針に戻るまでの複雑な期間を過ごした経験を持っています。

1996年生まれであることで、面白いくらい臨機応変な対応をするのが上手です。

1996年生まれの人は深く考える前に何事も行動してしまうタイプが多いように思います。

まずは自分の身の回りができるようになってから、気になる男性に色々指摘して欲しいと思う乙女心があります。

1996年生まれの才能豊かな有名人、芸能人を紹介します。

白井健三

1996年生まれの白井健三さんは日本を代表する体操選手です。

2013年に史上最年少である17歳で世界選手権金メダルを獲得した経歴の持ち主です。

床運動と跳馬において6個の華やかな技を披露し、白井健三選手の名前にちなんだ「シライ」という名前が刻まれた技もあります。

自分の名前が刻まれた技を持つ体操選手は稀だと思います。

それだけ白井健三選手には華やかな才能があり、努力も重ねてきたということです。

幼いころからお兄さんたちが体操をしていたことから、影響を受けて育った白井健三選手は中学生あたりから注目を浴びるようになります。

2015年の世界体操技術選手権では金メダルを獲得しています。

以降も華々しい実績を残し、2017年にも世界体操技術選手権で金メダル、銅メダルを獲得しました。

その実績は内村選手も認めるほどの素晴らしさです。

1996年生まれである白井健三さんの今後の活躍にも期待したいです。

池田エライザ

1996年生まれの池田エライザさんはモデルであり女優である美しい人です。

見事なプロポーションと吸い込まれそうな美しい目は女性から見ても憧れる存在です。

池田エライザさんは過去に若者向けファッション雑誌のモデルを務め、東京ガールズコレクションでも美しくランウェイを歩いています。

女性としてはとても羨ましく、一度変わってみたい存在でもあります。

モデルbookも発売していて、池田エライザさんファンの人は是非手にして欲しい一冊となっています。

資金はクラウドファンディングで集めたところが驚きです。

若者の間ではSNSに投稿する自撮り写真がとても可愛らしく、お気に入り登録している人が多い様子です。

今どきの若者という感じがします。

1996年生まれは令和元年現在まだ20代前半、青春時代は走り去ったものの、まだまだ毎日が楽しくて仕方ない時期です。

1996年生まれである池田エライザさんの今後の活躍にも期待したいです。

高梨沙羅

1996年生まれの高梨沙羅選手は日本のスキージャンプ選手です。

過去にはオリンピックで金メダル、銅メダルを手にしたことがあります。

高梨沙羅選手は見た目の可愛らしさでもファンが多く、ひとつひとつのコメントにたくさんの注目が行きます。

そんな素敵な高梨沙羅がスキーを始めたきっかけはテレビで華々しく活躍するプロを見たことが始まりです。

高梨沙羅さんはインターナショナルスクールを卒業しています。

海外遠征を踏まえると日本語よりも英語にタフになりたいと考えていると思います。

10代のうちから先を見据えて進路選択をできるのは素晴らしいと思います。

今もその素晴らしい功績は続いており、国内でも海外でも美しい成績を残しています。

1996年生まれは華々しい実績を残しているプロのスポーツ選手が多いことがすごくよく分かります。

1996年生まれの高梨沙羅選手にも今後の活躍にも期待したいです。

真剣佑

1996年生まれの真剣佑さんは日本の俳優の一人です。

お父さんは千葉真一さん、他にも親族に著名な人がいる芸能人一家です。

若いころは学業優先で高校を卒業するまではハリウッドで過ごしたという真剣佑さんには、ご両親の子育て方針がきちんとしていたことが感じられます。

長い目で見て真剣佑さんを一人前に育てていたのですね。

最初はアメリカのみでの活躍でしたが、ここ数年は日本での活躍が中心となっています。

バラエティー番組にも出演しますし、ドラマや映画にも出演しています。

日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した経歴もあり、お父様を上回るくらいの才能を持っていることが期待できます。

1996年生まれでタフなメンタルを持つ真剣佑さん、今後の活躍に期待しつつ、男性としての魅力や俳優としての成長がすごく楽しみになりそうです。

佐藤詩織

1996年生まれの砂糖詩織さんは欅坂48のアイドルグループに在籍していた一人です。

1996年生まれで細かいことはあまり気にしていない佐藤詩織さん、もう少し室温保管の時間を増やすべきかどうかなど、話し合う内容はたくさんあります。

1996年生まれの佐藤詩織さんは毎年気にも止めていない雰囲気でした。

相手の子がピンク色だったので、詩織は我慢しながら髪に買ってほしいと訴えていました。

須藤凛々花

1996年生まれの須藤凛々花はアイドルグループNMB48の元メンバーであり、たくさんの才能を持っている人でもあります。

現在は2019年に結婚したことを理由に芸能界を引退していますが、アイドルとして活躍していた期間は華々しい経歴をたくさん残してくれました。

愛くるしい表情や力強い目力、そしてきれいな黒髪はたくさんの人の目に留まったと思います。

できることならもう一度芸能界復帰して欲しい人です。

須藤凛々花さんはアイドル活動が忙しく学業に専念できなかった時間があるようですので、引退したこれからはプライベートの充実を応援したいところです。

1996年生まれの才能ある須藤凛々花さんが引退したことはとても勿体ないと思いますが、それもちょうどいい引き際を考えてだったのかもしれませんね。

これからも頑張ってほしいです。

大原櫻子

1996年生まれの大原櫻子さんは日本の歌手、女優、ラジオパーソナリティーと幅広く活躍するくりっとした目の可愛らしい女性です。

ナレーターの父親と共に育ち、幼いころから女優に憧れることがあったそうです。

クラシック音楽も幼いころから習っていたので、女優になることをきっかけにボイストレーニングもスタートしたようです。

もともとの可愛らしさに加えて、生まれ育った環境に恵まれていたことから大原櫻子さんがメジャーになったのかもしれないです。

大原櫻子さんのラジオは聞いていても楽しくて、女性目線なので元気が出ます。

放送時間帯をチェックし、ぜひ一度聞いてみてください。

ラジオをきっかけに大原櫻子さんのファンになる人も多いのではなるかと思います。

絶妙な声のトーンで聞いている側も感情移入することができます。

高杉真宙

高杉真宙さんは今をときめく俳優です。

仮面ライダーに出演したことがあり、世代を問わずに人気のある俳優さんです。

わりとイケメンで演技派なので、女性ファンも多いです。

幼いころは幼稚園の先生を目指した時期もあったそうです。

見た目が優しい雰囲気なので、子供から人気があるのも頷けます。

兄のような優しいオーラを持っています。

本当にカッコイイ人です。

テレビドラマ、映画、CM、舞台と幅広く活躍しています。

これからも高杉真宙さんが日本のカッコイイ俳優として活躍されることを楽しみにします。

佐藤勝利(SexyZone)

佐藤勝利さんはジャニーズ事務所所属のSexyZoneのアイドルです。

SexyZoneのメンバー中でも特に人気があり、追っかけのファンも多いです。

SexyZoneのコンサートチケットは毎回大人気で、激しい争奪戦が繰り広げられています。

今後も同じように人気があることと思われます。

佐藤勝利さんはドラマやバラエティー番組にも出ていて、グループで参加することもあれば一人で参加することもあります。

これからも佐藤勝利さんが華やかな活躍をすることを願っています。

1996年生まれが青春時代に流行った8個の懐かしいこととは?

1996年生まれが青春時代に流行った8個の懐かしいことがあります。

1996年生まれが青春時代を過ごした頃、華やかな出来事もある中で、災害や大きな事件といった悲しい出来事もたくさんあったのが事実です。

そういった色々な出来事を吹っ飛ばしてくれるような明るい流行がありましたし、様々な進化を感じることができる時代でもありました。

1996年生まれが青春時代を過ごしたころ、何が一番華やかでもてはやされたのでしょうか?8個の懐かしいことを振り返ってみたいと思います。

マツケンサンバ

1996年生まれが青春時代、マツケンサンバが大流行しました。

派手な着物を着た松平健さんが熱唱しながらマツケンサンバを口ずさみ、激しく踊るのがとても印象的です。

周りの人も同じように派手な着物を着て笑顔で踊っていました。

1996年当時、今も不況ですが1996年も不況でしたので、少しでも世の中を生きていくための明るい話題が欲しいという私たちの気持ちをそのまま表しているかのようにも思います。

遠山の金さんを演じた松平健さんのマツケンサンバ、今聞いてもすごくリズミカルで心が踊るような気がします。

老若男女で踊っていた

マツケンサンバは大ヒットし、老若男女で踊っていました。

誰でも歌いやすいメロディーと歌詞となっており、たくさんの人で口ずさみながら元気になれるのがマツケンサンバです。

行事の出し物や運動会でマツケンサンバを使った例も多いのではないかと思います。

華やかな着物とノリのいい歌はいつ聞いても私たちの気持ちをすごく上げてくれます。

1996年生まれが青春時代を過ごした時代を少しでも元気にさせるためにマツケンサンバもヒットしたのかもしれません。

令和元年現在、マツケンサンバを上回るほどの名曲はまだ出ていないようにも思います。

若者から年上の世代までみんなで踊れるマツケンサンバはこれからもたくさんのシーンで使っていくべきだと思います。

映画『電車男』

1996年生まれが青春時代、映画「電車男」が大ヒットしました。

電車男役は山田孝之さん、熱演が印象的でした。

ヒロイン役はエルメスさんと呼ばれ、中谷美紀さんが熱演しました。

映画「電車男」は見た目も中身もすごくオタクの男性が電車の中で出会った素敵な女性をサポートし、少しずつ恋に発展していく素敵なお話です。

電車男は今まで恋愛経験なんてほとんどないので、その相談をネット上の掲示板で行います。

色々な人が電車男にアドバイスして、電車男も掲示板の十人も一体となって恋愛にエネルギーを向けていました。

ただの恋愛じゃない、オタクが一生懸命美しい人に恋をする姿を描いたところがとても印象的でした。

ネット上の掲示板である2ちゃんねるのこともうまく表現されていました。

今でも映画「電車男」のことを覚えている人は多いと思います。

また同じような名作が出てきてほしいものです。

バトルエンピツ

バトルエンピツも1996年生まれが青春時代を過ごした頃に人気がありました。

バトルエンピツは六角形のエンピツになっていて、転がしたときに出た数字でバトルするものです。

普通のエンピツとして使うこともできます。

バトルエンピツは子供でも手に入りやすい価格で集めやすいことから、当時とてもヒットしました。

また、そういった子供たちの白熱に頭を悩ませたお母さんも多かった時代です。

バトルエンピツ、いつだって子供たちの心をワクワクさせるようなものがあります。

休み時間はこればかりやっていた男子も多い

休み時間はバトルエンピツばかりやっていた男子も多いです。

バトルエンピツは学校にも持ち込めて授業にも使えるので、休み時間は教室でバトルエンピツばかりをやっていた男子も多いです。

何かに夢中になれて、少しゲーム要素もあって、短時間でも楽しめるので男子にとっては楽しくて仕方ないものだったと思います。

その背景で休み時間ではおさまらず、授業中もバトルエンピツで遊ぶ生徒が増えたことからバトルエンピツの持ち込みを禁止した学校もあります。

確かにバトルエンピツで遊ぶのは自由ですが、学業がおろそかになってはいけないですからね。

分かる気はします。

iPad

1996年生まれが青春時代を過ごしたころ、iPadが大ヒットしていました。

iPadは好きな曲を移動中に聞くことができ、電車通学の若者たちにとっては便利なアイテムだったと思います。

少し高額なので、誕生日やクリスマスに買ってもらった人も多いと思います。

iPadで音楽を聞く憧れの人を電車で見つめていたけれど、告白できないまま終わってしまったといった感じで青春エピソードを持っている人も多いです。

今はスマホでスマートに音楽や動画か聞けるので当時ほどiPadを持つ人は見かけなくなりましたが、便利なものに変わりないです。

iPadがヒットしていた当時、今よりも音楽業界がとても盛り上がっていて、歌姫と呼ばれるような人たちがいたことがうかがわれます。

ソフトモヒカン

1996年生まれが青春時代を過ごした頃、ソフトモヒカンが流行りました。

ソフトモヒカンは野暮ったくなりがちな男子のヘアスタイルを一瞬で爽やかにしてくれて、オシャレ男子の定番とも言えるヘアスタイルでした。

男子向けの肌ケアや髪ケア商品がヒットするようになり、男子だって女子と同じくらいお洒落したいという気持ちが芽生えてきた頃でもあります。

ソフトモヒカンをきっかけに理容院から美容院へシフトする男子も多かったかもしれません。

オシャレ男子の見せるかっこよさは半端ないこだわりを持ちます。

今でも男子のオシャレ心は引き継がれ、ソフトモヒカンなカッコイイスタイルは今の青春時代を駆け抜けている人たちにも大切にされています。

妖怪ウォッチ

1996年生まれが青春時代を過ごしたころ、妖怪ウォッチが大ヒットしました。

妖怪ウォッチのグッズを求めて早朝からおもちゃ売り場に並んだ人も多かったです。

何も知らずにおもちゃ売り場に行った他の人たちが妖怪ウォッチの大ヒットに驚いたのも記憶に新しいです。

妖怪ウォッチは今も地上波でテレビ放送されていて、当時ほどの激しさはないものの子供を中心に人気があります。

主人公であるジバニャンがとても可愛いので、あの見た目に夢中になる大人も多いと思います。

ジバニャンをはじめとしたキャラクターのぬいぐるみなどもたくさん発売されています。

妖怪ウォッチの人気がこれからも続くと共に、同じくらい素敵なアニメがこれからも大ヒットすることを応援したいと思います。

サブカルチャーの流行

1996年生まれが青春時代を過ごしたころ、サブカルチャーも流行しました。

サブカルチャーとは、学校関係で研究対象となったり、マスコミに紹介される対象となったりすることはないもののなどを言います。

古き良き伝統の裏側で、自分たちだけのマイナーなものを貫くこともサブカルチャーと言います。

日本の伝統的なものや今まで大切にされてきたものとはまた別格で、若者たちが独自に築き上げてきたようなものがサブカルチャーです。

1996年生まれの子供たちはわりと独立志向の子が多いかと思いますので、サブカルチャーが流行したのも納得できます。

サブカルチャーは若者の文化、都会の文化とも言えます。

今、若者たちの間でヒットしているものとはまた別で、独自の何かを作り上げようとしています。

ヴィレッジヴァンガードはわかりやすい例で、今までの書店のイメージを覆すものです。

遊べる本屋は斬新です。

今でもサブカルチャーは色々なところに引き継がれていますので、1996年生まれの若者たちが作ったものを見て貰えたらと思います。

SNSを使いこなす

1996年生まれ世代が青春時代を過ごしたいた頃、SNSを使いこなす若者がぐんと増えた頃でもありました。

まずmixiからスタートし、Facebook、Instagram、LINEなど様々なものが世の中に生まれました。

他にも様々なSNSがあり、SNSを通じて色々な人と知り合うことができる時代にもなりました。

SNSを使いこなすことで楽しい気持ちや嬉しい気持ちを一緒にいる以外の人ともシェアできたり、きれいな風景や美味しいスイーツを自慢できたりするようになりました。

便利で楽しい反面、SNSにまつわるストレスが出てきた世代でもあります。

SNSを通じて人間関係がこじれてしまったり、ストレスを感じたりする子もいたと思います。

いつの時代も適度な距離感は必要かもしれません。

1996年に青春時代を駆け抜けた若者たちも、これから青春時代を駆け抜ける子供たちもSNSを楽しみ、時に悩む時があります。

依存しすぎない程度に楽しむことが大切です。

1996年はどんな時代だった?

1996年はアトランタオリンピックの開催による金メダルの獲得といった華々しいスポーツ界での成績が目立ちました。

若者たちのファッションに活気があり、アムラー、へそ出しルック、腰のところでだぼだぼパンツを履きこなすといった独自のスタイルが生まれた時代でもあります。

今ではできないようなコーディネートも数多くあります。

テレビも今より視聴率のとれる時代でしたので、ロングバケーションなど月9と呼ばれるドラマが数々のヒットを飛ばしました。

月9といえばキムタクの時代でもありました。

1996年代は若者たちに活気があり、今よりも動いて主張するタイプの人たちが多かったように思います。

長いものには巻かれろという思想ではなく、自分で一番を取りに行くという考えの人が多かったです。

その時代によって色々な考え方がありますが、時に自分を主張することは大切なことです。

1996年を振り返り、当時を歩いてきた人の道のりを探ります。

O157が流行

1996年はO157が流行した時期でした。

O157が流行して社会問題となり、学校給食にも多大な影響が出ました。

学校給食は子供たちにとってなくてはならない存在です。

お弁当持ちとなったことで頭を悩ませたご家庭も多かったと思います。

O157が原因となった飲食店では営業停止になることもありました。

O157の怖いところは、ノロウイルスやロタウイルスのようにその時だけで終わるものではなく、数年先にも体に影響が出ることがあることです。

今は飲食店で生のお肉を食べることがなくなりましたが、自宅でも十分に加熱調理して食べることが大切です。

食の安全を見直すきっかけにもなりました。

ルーズソックスが流行

1996年はルーズソックスが流行し、女子高生の定番コーデとして記憶に残っている人も多いと思います。

学校の校則が厳しいとルーズソックスがNGで、駅の構内でルーズソックスに履き替える女子高生を見かけました。

必須アイテムはソックタッチですね。

トップスはシャツとベストをダボっと着こなし、スカートは膝より上が定番です。

その下にゆるっとルーズソックスを履けば、可愛い女子高生の完成です。

今でもそうですが、1996年あたりから急に女子高生がもてはやされるようになったように思います。

10代という若さ、勢い余るほどの可愛さ、何をしても許されるようなオーラなど全て無敵です。

女子高生時代は難しい女子の人間関係に悩まされた人も多いかと思いますが、1996年代に青春時代を過ごした人たちにとって、ルーズソックスは外せない定番のアイテムだったのではないかと思います。

2019年現在はルーズソックスは当時ほど見かけなくなりましたが、今振り返っても可愛らしいコーデです。

チョベリバ、チョベリグといった女子高生だけで理解し合える独自の言葉がいくつもできた頃でもありました。

当時青春時代を過ごした人にとっては懐かしい存在だと思います。

海の日が誕生

海の日が祝日として誕生したのは1996年でした。

もともと海の日は海の記念日として、1876年7月20日に明治天皇が無事横浜港に帰港されたことを記念して1941年にできたものです。

海の日記念日を世の中にもっと浸透させたいという思いから、1995年に海の日が記念日となり、1996年から施行されました。

その後2003年からハッピーマンデー制度(月曜日に祝日を固定しようという制度)がスタートし、7月の第三月曜日が海の日と変わりました。

日本は島国ですので、色々と海の恩恵を受けることもあれば、災害を受けることもあります。

奥深い関係なので、海の日が祝日とされることは納得できます。

海の日にちなむ歴史を知りつつ、この三連休に毎年旅行に行かれる人も多いと思います。

今年も海の日にまつわる夏旅行を企画し、楽しみとするのも素敵です。

ポケベルの流行

1996年はポケベルの流行が真っ只中だった時代です。

ポケベルが次第に女子高生や女子中学生にも浸透し、友達とポケベルでやり取りをするために駅構内の公衆電話でメッセージを入力したり、自宅電話から同じようにしたりした時代です。

ポケットに入るサイズの可愛らしいポケベル、メッセージが入るとすごくワクワクする気持ちになったものです。

今の若い世代の人はポケベル自体を知らないかもしれませんが、当時は青春時代のアイテムでした。

その後ポケベルに変わるように携帯電話が急速に普及し、ポケベルの流行はあっという間に終わる時がきます。

1996年代を象徴する上では、ポケベルはとても懐かしいアイテムだと言えます。

今ほど便利でなかった1996年代だからこそ、素晴らしい人材がたくさん育ったのかもしれないです。

プリクラブーム

1996年代はプリクラブームが一生を風靡していた頃です。

プリクラは今ほど種類がなく画質も限られていましたが、様々なフレームがありました。

仲のいい友達やカップルとプリクラを撮るのが放課後の定番の遊びだったのではないかと思います。

プリクラはショッピングモール内やゲーセンなど色々なところにあり、プリクラを求める若者でいつも賑わっていた記憶があります。

まだまだ勢いのあった1996年代を伺わせます。

プリクラを友人同士で交換することも定番となっており、好感したプリクラを無印良品などお気に入りのノートに貼っていくのも好きだった人が多いです。

今でもプリクラはありますが、当時は友達と非日常の写真を残せるのがすごく新鮮でした。

すごくワクワクするような気持ちになれたのではないでしょうか。

ゲームボーイ発売

1996年はゲームボーイが発売された年です。

従来のゲームボーイが小さいサイズになり、乾電池を入れると携帯してどこででもゲームができる便利な優れモノでした。

令和元年の今だとニンテンドーDSのような存在になります。

当時の子供たちや若者を中心にゲームボーイは大ヒットし、お誕生日やクリスマスにゲームボーイをねだった子も多かったと思います。

ゲームソフトも多数発売され、今人気のアニメのものやマリオなど色々なものがありました。

今後もニンテンドーのゲームは進化を遂げていくことだと思います。

1996年のゲームボーイは不況な時代であっても、子供たちのハートをつかむための研究は続けられていたことが分かります。

まとめ

1996年という時代はどういった時代だったのか、そして1996年に生まれた著名な若者、1996年生まれの若者が過ごした青春時代について触れました。

1996年生まれは日本の厳しい時代を駆け抜け、ゆとり世代の移り変わりで翻弄される先生たちとともに走り抜けた時代です。

今も進化を続ける日本とともに、1996年生まれの若者が今よりもっと楽しめる世の中となることを願って終わります。

令和元年現在、1996年生まれは20代前半といちばん楽しい頃です。

これから仕事に燃える人もいれば、家庭を持って子育てをする人もいると思います。

いつだって自分をしっかり持ち、楽しむことをメインとして頑張ってください。