少し前にとても流行ったものでも、時がたち今では全く忘れてしまっていたようなものってありますよね!?

でも、ふとした時に思い出したり、テレビなどで見て「わぁ!これ懐かしい!!」って思うことあります。

その時代に流行したものって、その時代の雰囲気や風潮をとても表すものです。

だから、その時代に流行ったちょっと懐かしいアイテムを見たり、もう一度触れるだけで、その時の温かい思い出がよみがえったり、さらにその時代の風というものを思い出せたりするものです。

そこで、今回はそんなちょっと前に流行った昔懐かしいものを年代別にご紹介♪

あなたが昔かなりハマっていたものや、友達と盛り上がったものまでいろいろと見つけられるかも!

きっと、あの時の風景や感情なども同時に思い出せて、最近忘れがちだった心とか気持ちがよみがえってくることでしょう。

今度同窓会がある方や、昔の友達を会う機会がある方も、話題づくりのきっかけとしてチェックしてみてくださいね。

1950年代

どんな出来事があった?

今から60年以上も前になる、1950年代。

この時代、日本ではどんな出来事があったのでしょうか?
1950年代は、冷戦構造の固定した時代として位置づけられているようです。

日本でも経済が急速に発展し、テレビ放送がスタートした時代でもあります。

1951年には、ラジオ放送にてNHK第一回紅白歌合戦が放送されました。

そして同じ年手にはLPレコードやソフトクリームが登場。

人々の暮らしに多くの娯楽が増えてきた時代です。

さらに翌年の1952年には、ホンダのカブが発売されたり、公衆電話も登場しています。

テレビ放送がスタートしたのが1953年。

日本初のスーパーマーケット紀伊国屋が開店したのもこの年です。

1954年には第一回モーターショーが開かれたり、この年にゴジラが生まれています。

そして、1955年に三種の神器といわれた、電気冷蔵庫・電気洗濯機・テレビジョンが登場してかなりの話題になりました。

今では当たり前に使っている電化製品ですが、この時代に初めて人々の生活の中に出てきたのですね。

その後、1956年から石原裕次郎さんが主演の「太陽の季節」などの映画が人気になったり、犯罪専用電話「110番」も全国に広がりました。

なんといっても忘れてはならないのが、1958年にあの東京タワーが完成しています。

ロマンチックで日本を象徴するものとして、誰もが憧れるタワーですね。

その年に、チキンラーメン、缶コーヒーなどが発売され、翌年には第一回日本レコード大賞もスタートしました。

「週刊少年サンデー」と「週刊少年マガジン」も1959年が創刊です。

さらに「カミナリ族」や「タフガイ」が流行った時代でもありました。

戦後の経済発展が進み、その後、生活も人々も娯楽もどんどんと豊かになっていった時代であることがわかりますね。

ではこの1950年代には、どんなものが流行していたのでしょうか??

1950年代に流行った懐かしいもの

クラッカーボール

この時代、子供たちも含めてみんなが夢中になったものの一つが”クラッカーボール”です。

なにそれ?という若い世代の人たちもいると思いますが、きっとこのころ少年だったりした人たちにとっては「懐かしー!」と叫びたくなるようなものではないでしょうか?

クラッカーボールは、花火の一種です。

直径は約7~8㎜で玉の形をしていて、色とりどりに塗られています。

黒とかピンクとか、赤、緑、青などいろいろな色がありました。

京都名物の「五色豆」に似ているともいわれているようです。

この玉の中には火薬と小石が入っていて、地面に叩きつけたり、踏んだりすると大きな音を立てるんです。

パチンコなどを使って思いっきり地面に叩きつけて楽しんだ人たちも多いのではないでしょうか?

ミルク飲み人形

現代でも女の子たちが必ずと言いていいほど持っている”お人形さん”の元祖、それが”ミルクのみ人形”です。

この人形、その名の通りただのお人形さんではないところに注目がいきました。

なんと口から哺乳瓶で水を飲ませることができ、なんとお尻から水が出てくるのです。

かなり話題性がありますよね。

そして、横にすると目を閉じるのでまるで赤ちゃんにミルクを飲ませて、そして寝かしつけることができる、という赤ちゃんごっこができたわけです。

1954年には国産のミルクのみ人形が発売され、日本橋の百貨店ではこの人形を買うために大勢の人が開店前から長蛇の列を作っていたそうです。

一日の約2,400個も販売されたというほどで、きっと女の子たちがみんな欲しがった思い出があるのではないでしょうか?

このころには、着せ替えの洋服なども発売されていたようで、別売りでベットやソファーも売られていたようですよ。

野球盤

1958年にエポック社が創立し、創立と同時に発売され、大人気となったのが野球盤です。

こけし人形がついている盤面は家具職人が作っていたという代物。

当時としてはとても高額だったため、みんなが持っているわけではなかったようです。

でも、男の子たちはこれに夢中になりましたよね。

初期のころの野球盤は変化球がなく、直球だけの勝負でしたが、毎年のように改良されていき、かなり高性能なゲームへと変化していった歴史があります。

ミルキー

「ミルキーはママの味♪」。

このメロディーで思い出す、みんな大好きミルキーキャンディー。

甘くて優しい口どけで、ミルクのこく深い味わいが癖になる飴ですよね。

このミルキーは、日本のお菓子業界を代表するロングセラー商品として、たぶん知らない日本人はほとんどいないのではないでしょうか?
このミルキーが不二家から初めて発売されたのは1951年です。

北海道産の牛乳を使った優しいミルク味のキャンディーで、初期には箱の表にはペコちゃん、裏側にはポコちゃんがイラストとして描かれていました。

そして、小箱にはモールの取っ手がついていて、箱をゆするとペコちゃんの黒目が動くということでみんなで箱を振っていましたね。

今では、不二家の誰もが知るマスコットキャラクターであるペコちゃんも、このころはこのミルキーのみのキャラクターだったそうです。

60年以上がたった今でも、みんなに愛されている日本人にとって心を癒してくれる大人気キャンディーです。

ホッピング

今でも、たまあに子どもだちが遊んでいるのを見かけるホッピング。

1950年代に大流行したものだったんですね!
かなり息の長いアイテムです。

1956年に発売され、当初の発信地は大阪付近だったようです。

そこからどんどんと東西に人気が拡大していきました。

価格は600円台~900円台だったようです。

小さい子供たち用のものから、高校生や大人用のものまで6種類が販売されていたようです。

ホッピングが大流行して、大人も子供も夢中になっていたころは、ただただ回数を競うのではなくて、いろいろな乗り方をして楽しんでいた模様。

片手乗りや手放し乗りなど、自由に飛び跳ねられる感覚がみんなを虜にしたようです。

1960年代

どんな出来事があった?

1960年代は、ベトナム戦争が激化した時代。

さらに、ビートルズが世界の音楽シーンに大きな変化をもたらした時代でもあります。

そのころ日本では、ジャイアント馬場さんやアントニオ猪木さんがデビューし、大勢のプロレスファンを魅了していました。

今でも、その人気は衰えることを知りませんね。

さらに1960年にカラーテレビが登場。

1961年には、テープレコーダーも登場しています。

NHKでは連続テレビ小説がこの年から始まっていて、プラレールやプラモデルも人気になりました。

首都高速道路が開通したのもこの頃で1962年なんです。

1964年には東京オリンピックが開催されましたね。

この頃の日本は、世界に大きくその存在をアピールしていくことになりました。

そして、アニメ界にも進展があり、1965年には初のカラーアニメである「ジャングル大帝レオ」が公開されました。

1966年に日本に初めてビートルズが来日し、多くの若者たちが熱狂しました。

そして、同じ年にウルトラマンシリーズが始まり、ミリタリールックも大流行。

今も続く大人気大喜利番組「笑点」もこの年にスタートしています。

翌年からは、ボーリングがブームになり、スカートめくりなども流行www。

1969年には、アポロ11号は人類として初めて月に行き、その年に国民的アニメ番組の「サザエさん」や、「8時だョ!全員集合」も放送を開始しました。

1960年代に流行った懐かしいもの

プラレール

今でも、大人気で男の子も女の子もみんなで遊べるおもちゃの”プラレール”。

今でもオークションなどで、高値でこの1960年代のものが取引されていて多くのファンをもちます。

最初のころは、プラレールという名称ではなく、「電動プラ汽車セット」などの名称で売られていたようですが、青いプラスチックのレールの上を、汽車が電池で走るという、大人も子供もわくわくする玩具でした。

今でもそのレールのサイズは変わっていないようですよ。

次々と実物の鉄道車両に合わせたアイテムが登場していくので、子どもたちのわくわくは止まらず、鉄道好きの大人たちにとっても魅力いっぱいのアイテムです。

最近では「プラレール博」というイベントもあって、プラレールが大好きなこ子供たちと、その親がみんな夢中になって遊んでいますね。

リカちゃん人形

女の子ならだれでもきっと知っている”リカちゃん人形”。

タカラトミー製の着せ替え人形で、累計出荷数はなんと5300万体を超えるそうです。

1967年に発売されてからというもの、女の子たちのお人形遊び、着せ替え遊びとして愛されています。

漫画の世界から抜け出してきたかのようなかわいいお顔、そして小さな女の子の手の中にも納まる21㎝の身長で、日本の少女たちがより身近に感じられるようなファッションドールとして登場しました。

その時代のおしゃれなかわいい洋服を着せ替えることで、いつも女の子たちの夢と希望が詰まったお人形として愛されています。

ちなみにリカちゃんのフルネームって知っていますか?
フルネームは香山リカで、小学5年生の11歳、明るくてちょっぴりあわてんぼうの女の子です。

リカちゃんは、時代に合わせて顔つきも体系も変化していることをご存知でしたか?
いつもその時代の子供たちの好みにぴったりとハマる存在なんですね。

人生ゲーム

日本版の人生ゲームは、1968年にタカラトミーから発売されました、
プレイヤーはルーレットを回して、出た目によって進み、人生の道筋がきまります。

各マス目には人生になぞらえたイベントがいろいろあって、それをこなしていき最後に一番お金持ちになった人が勝ちます。

マイホームを買ったり、結婚したり、土地を買ったり売ったり、いろいろな仕事をしたり、人生最大の賭けをしたり・・・リアルなイベントと波乱万丈な人生を楽しめるので、大人もかなりハマりましたよね。

時代に合わせて、新しいバージョンが登場し、そのイベントの内容はその時代に合わせて変えてありますので、いろいろな時代のものを見比べるんとその時代の社会の風潮などがよくw買って面白いですよ。

ロケット鉛筆

1960年代の子供たちの必須アイテムだったロケット鉛筆。

鉛筆のような形の筒のなかにたくさんの弾丸のような芯が入っていて、一つの芯が丸くなったらその芯を向いて再語尾にさすと、次の芯が出てきます。

そのようにして、別のまだ使っていない芯に変えればいつも先のとがった鉛筆になるというもので、小学生の時などはみんな持っていましたよね。

このころはまだシャープペンシルを持っていなかったので、このようなロケット鉛筆はかなり画期的でした。

ただ、芯は10個しか入っていなくて、そのすべての先が丸くなると悲しかった思い出があります。

さらに一つでも芯をなくすと書けなくなる、というデメリットもありましたが、いずれもいい思い出ですよね。

赤青えんぴつ

1960年代に青春を過ごしていた人たちにとって、赤青えんぴつも懐かしいのではないでしょうか?
先端のカラーが二色になっていて、片方は赤、片方は青になっているえんぴつです。

一本で2色も使い分けられるということで、今でも愛用している人たちはけっこウイル用なんですよ。

昔からこのようなえんぴつがあったようなのですが、60年代の学生たちはみんなが持っていたアイテムでした。

1970年代

どんな出来事があった?

欧米ではロックがポップミュージックの主流となっていた1970年代。

世界的にはオイルショックやベトナム戦争などがあった時代です。

この頃日本は、高度経済成長期が終わって、安定成長期に移行しました。

1970年、日本万国博覧会(大阪万博)が開催されました。

アメリカンクラッカーが大流行し、この年にビートルズが解散しています。

さらに1971年にはマクドナルドが銀座に開店。

カップヌードルが初めて発売されたりしています。

ボーリングがブームだったり、第二次ベビーブームが起きたのもこの頃です。

1972年には有名なあさま山荘事件が起き、札幌オリンピックも開催。

上野動物園にパンダが来日しました。

1973年は、アイドルブームが始まり、1977年にピンクレディー旋風が巻き起こります。

そしてあのキティーちゃんは1975年にデビューしています。

1978年に成田空港が開港し、ディスコなども登場しました。

1973年にオイルショックがあり、1979年にも第二次オイルショックが起きました。

1970年代に流行った懐かしいもの

トミカ

タカラトミーが発売しているトミカは、1970年に第一号が発売されました。

この当時、トミカが発売されるまでは、国産車の本格的小スケールのミニカーはありませんでした。

手ごろな値段と本物に忠実な造形で、男の子の心を掴みましたよね。

スーパーカーブームとともに大ヒットしました。

車は男の子にとって憧れでトミカのミニカーでよく遊んだのを思い出される方は多いのではないでしょうか。

当初は国産車のみでしたが、1976年には外国車のシリーズも登場しています。

これまでに6億台以上が販売されているトミカですが、今では30以上の国と地域で販売され世界中にファンがいて、なんと昔のものはプレミアがついて販売当時は180円ほどだったものが、今では10万円や100万円以上の値が付くものもあるそうですよ!

オセロ

オセロは、2人用のボードゲームです。

交互に盤面に石を打ちますが、石は片面が白、もう片面が黒になっていて、自分のカラーの石で相手の石を挟み込むと、自分の色に変えることができます。

最終的に自分の石が多いほうが勝ちになります。

単純ながら、ゲームとして頭を使うので大人たちはかなり真剣な勝負をしましたよね。

1973年に日本の長谷川五郎さんが現在のオセロのパッケージを発表しました。

インベーダーゲーム

株式会社タイトーが1978年に「スペースインベーダー」を発表し、瞬く間に社会現象のようにもなったインベーダーゲーム。

敵キャラクターが攻撃してくるゲームとして世界で初めてヒットしたゲームです。

シューティングゲームで、敵の撃ち落とします。

街には「インベーダーハウス」と呼ばれるゲームセンターが登場したり、喫茶店やスナックにこのインベーダーゲーム用のテーブルがあって、そのテーブルで店が埋まってしまうほどの大ブームとなりました。

練り消しゴム

消しゴムなのに、粘土のように伸びて、いろいろな形に変えることができる練り消しゴム。

引っ張るとみよーんと伸びて、そしてまだ練って伸ばしてと、授業中もずっと遊んでいた人もいたと思います。

日本でこの練り消しのブームが起きたのが1970年代なんです。

今でも、いろいろな練り消しが販売されていて、いい香りのするものとか、きれいなカラーのものもたくさんありますよね。

いつの時代も子供たちのツボなんですね。

どうぶつのり

1975年発売された”どうぶつのり”は、かわいいキュートなパッケージで注目を集めましたね。

黄色のケースに赤いふた。

キュートな目がついている持っているだけで楽しくなっちゃう文房具です。

今でも使っているという人もいると思いますが、あの動物って「犬」なんですよ。

え、犬だったの!?とびっくりされた方もいるかもしれませんが、じつは1970年代の発売当初は犬だけでなく、ウサギやゾウもいて、どうぶつシリーズとして販売されていました。

園児や学童の集合教育に適した安全設計になっていて、使い終わったら小物入れとしても貯金箱としても使えます。

あの頃の雰囲気を感じるデザインが今でもキュートですね!

1980年代

どんな出来事があった?

1980年代はごくごく最近のように感じる方も多いと思います。

1980年に漫才ブームが巻き起こりました。

松田聖子さんの「青いサンゴ礁」がヒットしたのもこの頃です。

校内暴力が急増し社会問題になりました。

その後、キャプテン翼が人気となったり、スペースシャトルが初飛行します。

1982年には「笑っていいとも」がスタートし、若い女の子たちはミニスカートにレッグウォーマーを身に着けていました。

1983年にインターネットが登場します。

東京ディズニーランドが開園したのもこの年です。

そして、ファミコンも発売され、1984年にはスケボーが流行しました。

1986年に男女雇用機会均等法が施行されます。

1987年にはマイケルジャクソンが来日したり、アメカジが流行りましたね。

国鉄が民営化したのもこの年でした。

翌年にはカラオケボックスが大人気となっています。

1989年は年号が昭和から平成に代わり、消費税がスタートしています。

1980年代に流行った懐かしいもの

ルービックキューブ

ルービックキューブは、ハンガリーの建築学者のエルノー・ルービックが考案した立方体パズルです。

日本では1980年の7月にツクダオリジナルから発売されました。

その年に朝日新聞もルービックキューブは数学者に注目されているパズルとして紹介していて、1980年~1981年にかけて日本で大ブームとなっています。

正規品のルービックキューブは発売から約8か月で400万個以上が販売され、1981年には「全日本キュービック大会」が開催されるなど、幅広い年齢層がこのパズルにドはまりしました。

ファミリーコンピュータ

1980年代に大ヒットした家庭用ゲーム機、”ファミリーコンピューター”通称”ファミコン”。

学校の帰りに友達とずっと遊んでいた人たちも多いことでしょう。

ゲーム機本体のスロットにロムカセットを差し込んで、いろいろなゲームを楽しむことができるというもので、当初「ドンキーコング」や「ポパイ」などのカセットが販売されえちました。

それからというもの、いろいろなカセットが発売され「マリオブラザーズ」は家族みんなで楽しめるものでしたね。

ファミコンは1983年に発売されてから、世界でなんと6,000万台以上も売り上げています。

最近では、このファミコンは小型化されて発表されましたね。

そのミニファミコンを手にしたら、当時の思い出がよみがえってきた人は少なくないでしょう。

ビックリマンシール

あなたもビックリマンシールを一生懸命に集めたおひとりかもしれません。

「ビックリマン」は1977年から発売されているチョコレートのお菓子です。

このお菓子にはおまけのシールが入っていて、1985年ごろ、「悪魔VS天使」というシリーズが登場し、それが小学生の間で大ブームとなりました。

このシリーズでは、天使と悪魔のお守りのシールが3枚一組で各種12種類づつありました。

それも2か月ごとにバージョンが変わり、その中でも40個中1枚か2枚しか入っていないレアなシールもあり、そのシールを集めようと必死におこずかいを貯めましたね。

シールはストーリー性があり、キャラクターもおもしろく、すべての種類を集めたくなるようになっていて、なんと毎月の販売数は1,300万個にも上ったそうですよ。

なめ猫

最近でもまたCMで起用されている”なめ猫”。

1980年代の初頭に名古屋で生まれて流行した、猫のキャラクターです。

猫なのに暴走族の恰好をしていて、本物の子猫に暴走疾風の衣装を着せています。

正式名称は「全日本暴猫連盟なめんなよ」というものです。

ポスターから文具、写真集、レコード、ゲームなどかなり幅広くキャラクター商品が販売されました。

ポスターは600万枚、自動車の免許証風のプロマイドは1,200万枚を売り上げたそうです。

もしかして、あなたの机の中にもなめ猫の免許証プロマイドがまだ眠っているかも!?

キン消し

”キン消し”とは、キン肉マン消しゴムのことです。

漫画とアニメで大人気となった「キン肉マン」のキャラクターが消しゴムになっているものです。

消しゴムといっても、字を消すことはできなくてあくまで玩具です。

この”キン消し”には、バンダイが発売した正規品のレギュラーシリーズだけで418種類もあります。

そのほとんどは基本的にオレンジ・赤・青・黄色・緑の5色なのですが、中には黒やベージュ、クリア、ラメ入りなどのものもあります。

これをなん百個も集めるのが男の子たちの目的でしたね。

段ボールいっぱいに集めて、みんなで見せ合いっこしていました。

この”キン消し”で収集癖がついた、という人もいるかも。

1990年代

1990年代に流行った懐かしいもの

平成がスタートしたこの時代。

「東京ラブストーリー」や「101回目のプロポーズ」などのドラマの影響を受けていた人たちが大勢いましたね。

コギャルの登場やアムラーがいた時代です。

たまごっちが発売され長蛇の列を作ったり、プリクラも大流行。

1997年には消費税は5%に引き上げられ、1998年には長野オリンピックが開催されました。

1999年iオードサービスがスタートし、ガングロ女子たちがいたのもこの頃です。

スーパーファミコン

任天堂が1990年に発売したスーパーファミコン。

現代の家庭用ゲーム機の先駆け的存在でもあります。

マリオカートやドラゴンクエスト、ぷよぷよなど、社会現象にもなったソフトはたくさんありますね。

2つのコントローラーがついてきて、友達や兄弟で勝負することができました。

きっとみんなでコントローラーの取り合いをした経験があるのではないでしょうか?

プレイステーション

プレイステーション通称プレステは、1994年に発売されました。

プレステのソフトは、3Dグラフィックスのゲームタイトルが流行の兆しを見せていた時代に、3Dゲームの方向性を示しました。

初代のプレステは1990年代後半で最も売れたハードです。

ミニ四駆

”ミニ四駆”とは、タミヤが発売して小型の動力付き自動車模型(自動車プラモデル)です。

モーターを搭載しているので、電池を入れると走ります。

1982年に模型メーカーの大手であるタミヤが発売してから、なんと販売台数は約1億7,500万台にも上ります。

最近でもものブームが再来していて、公式レースが2012年に復活したりもしました。

たまごっち

1996年にバンダイが販売した小さなゲームです。

子供の手の中に納まる程度の大きさで、卵を育てていろいろなキャラクターを育てます。

「たまごっち」というキャラクターたちにご飯を上げたり、フンの掃除をしたり、ゲームで遊んであげたりすることで成長します。

そのキャラクターのかわいさや、いつも持ち歩いてお世話できる楽しさが子供たちの間で大人気となり、キャラクターグッズもいろいろと登場しました。

ハイパーヨーヨー

1997年にバンダイが発売した競技用のヨーヨーが”ハイパーヨーヨー”です。

価格や品質、性能までも異なる様々なラインナップがあり、小中学生を中心に大ブームとなりました。

1997年~1998年の大ブーム中には、品切れも続出し、全国大会なども開かれそこで入賞した人たちはテレビにも出演することもあるほど、社会現象となりました。

ハイパーヨーヨーのパフォーマーなども現れ、各地でイベントも行われていましたね。

2000年代

どんな出来事があった?

いよいよ21世紀を迎えた2000年代。

2000年にはIT革命があり、2001年にはiPodも発売されました。

そしてアメリカ同時多発テロがあったのもこの年でした。

2003年には地上デジタル放送が開始し、2004年新潟県の中越沖地震が発生。

2005年には愛・地球博が開催されました。

2007年、第一回東京マラソンが行われ、この年に郵政民営化になりました。

この年日本では最高気温40.9℃を記録しています。

2008年リーマンショックがおき、2009年には裁判員制度がスタートしました。

2000年代に流行った懐かしいもの

ベイブレード

”ベイブレード”とは、タカラトミーが1999年に発売を開始した現代版のベーゴマです。

2001年から2002年にかけて全国の小学生の男子たちの大流行しました。

月間コロコロコミックや小学館の学年別楽手雑誌と組んで記事や漫画を連載していたこともあり、2001年に開始した「爆転シュートベイブレード」が爆発的人気になり、大流行しました。

バウリンガル

”バウリンガル”は、2002年に発売された犬の首輪に装着して犬とコミュニケーションがとれるというツール。

マイクでとらえた医務の鳴き声を本体が分析し、日本語に翻訳して液晶画面に表示するというものです。

このアイテムは国内外で約30万個も売り上げ、2002年度のイグノーベル賞平和賞を受賞しています。

へぇボタン

フジテレビ系列で2002年~2012年にかけて放送されてた、大人気番組「トリビアの泉」で出てくる「へぇボタン」。

「トリビアの泉」は世の中の雑学を紹介している番組内では「へぇ」と思った回数をボタンで押すというものがあり、そのボタンが大人気となりました。

学校でも職場でも、ちょっとした雑学を聞いたときなんかは、みんなで「へぇ」ボタンを押す真似をしていましたよね?!
今でいうfacebookの「いいね!」ボタンの先駆け的存在なのかもしれません。