学生の頃、誰もが一度は「世界三大美女」という言葉を耳にした覚えがあるのではないでしょうか?

その名の通りに、歴史や世界をまたぐ3人の美女のことを指しますが、それが一体誰のことなのか、あなたは知っていますか?

今回は、世界三大美女とは誰なのか、また世界三大美女と呼ばれる3人の美女の特徴についてご紹介します。

世界三大美女に共通することは?

時代や国によって、美女の定義はさまざまです。

ある国ではふくよかな体型の女性が最も美しいと言われており、またある国では長い髪をした女性が最も美しいと言われています。

その美しさの定義は同じ国でも時代によって変化していきますが、どの時代、そしてどの国でも人を惹きつけるような、ある一定以上の魅力を備え持った女性を美女だとする共通認識があります。

その共通認識は例えば教養を持っていることであったり、人を惹きつける独特のオーラを持っていることであったりします。

目の大きさや鼻の形、体つきなどの具体的な顔のつくりに関しては国や時代で異なりますが、女性の持つ内面の美しさに関しては、いつだって変わらずに世界中で美女の定義とされているのです。

世界三大美女って誰?

日本では世界三大美女といえば、「クレオパトラ」「楊貴妃」「小野小町」の3人です。

クレオパトラはエジプト王朝最後のファラオで、楊貴妃は中国で皇帝から寵愛を受けた美女、そして小野小町は日本が平安時代の頃の女流歌人です。

クレオパトラと楊貴妃に関しては世界共通の認識ですが、小野小町はあくまでも日本国内でのみ言われている世界三大美女の一人です。

こちらに関しては後程詳しくご紹介していきます。

この世界三大美女は、類まれなる美貌と教養を持ち合わせていたと言われています。

外面の美しさは時代によって変わりますので、当時の美的センスとして最も美しいと考えられていたのでしょう。

そしてまた、内面の美しさは時代を超えて現代でもまれなるものとして語り継がれています。

そんな彼女たちが一体どのような人物だったのか、具体的にご紹介していきます。

クレオパトラ7世

クレオパトラは正式名称を「クレオパトラ7世」と言います。

古代エジプト・プトレマイオス朝における最後のファオラとなった人物です。

クレオパトラは18歳の時に実の弟のプトレマイオス13世と結婚し、姉弟で王朝の共同統治を行っていました。

しかし次第に姉弟で統治の方法に擦れ違いが生じ、クレオパトラは立場を危うくさせられてしまいます。

そんな時、当時強さを増していたローマの権力者・カエサルがエジプトに借りを作ろうとして姉弟の内乱に割って入り、そこでクレオパトラに魅了されて2人はたちまち愛人関係となります。

その後カエサルの後ろ盾を得てクレオパトラは弟をエジプトから追いやると、見事にファオラとしての地位に返り咲きます。

その後クレオパトラはもう一人の弟と婚姻関係を結びますが、カエサルとは愛人関係のままで子どもを産み、エジプトの実質的な支配者はカエサルとなります。

しかしその後、ローマ皇帝のような立場を得たカエサルに対して危機感を抱いたローマの重臣たちがカエサルに反旗を翻し、カエサルは暗殺されてしまいます。

カエサルの死後、クレオパトラはカエサルの後継者争いで片側を支援していましたが破れてしまい、敵対勢力であったアントニウスの元に出頭します。

そこで彼女はカエサルの時と同様にアントニウスを魅了し、彼女に夢中になったアントニウスとの愛人関係を結び、3人の子どもをもうけます。

アントニウスはクレオパトラの援助を受けてペルシャ方面へ遠征を行い成功し、彼女抜きでは生きられないほどに骨抜きになってしまいました。

しかしクレオパトラを優先し自国を疎かにした結果、ローマ市民の不満を買いさらには権力を狙っていたオクタヴィアヌスなどの反乱にあい、そのまま内乱が起こってしまったのです。

この戦いが教科書でも有名な「アクティウムの海戦」ですが、結果としてアントニウスとクレオパトラは破れてしまいます。

アントニウスを喪ったクレオパトラは観念し、自ら毒蛇に自分の体を噛ませて自殺しました。

享年39歳だったと言われています。

クレオパトラの一生は、一見恋多き物語に思えるかもしれません。

しかし実際のところは、クレオパトラは弱体化していたエジプトを守るために自らを武器にしてカエサルやアントニウスといった後ろ盾を得て、自分の国を守ろうとしたのです。

その姿は恋に奔放な女などではなく、統治者として優れたまさに王そのものと言えるでしょう。

また、彼女の魅力は外見以上に内面だったと言われています。

クレオパトラは自分の統治する植民地すべての言葉を操り、また巧みな話術や美しい声の持ち主だったと言われています。

彼女の美女としての魅力は、外見の美しさだけでは決して語れるものではないのでしょう。

楊貴妃

楊貴妃は本名を「玉環」といい、楊貴妃という名前は後宮に上がってからの呼称です。

「貴妃」というのは位を示すため固有名詞ではなく、後宮では2番目に偉いという意味を持ちます。

彼女の性は「楊」ですので、「2番目に後宮で偉い楊さん」という意味の名前が楊貴妃です。

楊貴妃は唐(当時の中国)の皇帝・玄宗に嫁いだと言われていますが、元々は玄宗の息子の元へ嫁ぐことが決まっていました。

しかしその美しさに玄宗皇帝が一目惚れしてしまい、息子から嫁を奪って自分の妻としたのです。

そのため当時楊貴妃は21歳、玄宗は55歳と随分な歳の差での結婚となります。

楊貴妃自身は慎ましい性格をしていたと言われており、派手な暮らしぶりを望んだり、豪華な装飾品を欲しがったりすることはなかったようです。

唯一ライチだけは好んで毎日のように食べていたようですが、その程度の贅沢であれば可愛いものと言えるでしょう。

一方で、玄宗はとにかく楊貴妃にベタ惚れしていたため、彼女を喜ばせるためにとにかくあらゆる贅沢なものを彼女に与えました。

その内の一つとして、彼女の身内を高い官職に就けましたが、これに家臣たちは当然不満を抱きます。

加えて楊貴妃の一族である楊国忠が、安禄山という地方の役人について玄宗にあることない事を吹き込んだため、それに怒った安禄山が武器を持って立ち上がり、楊国忠を討つことで玄宗皇帝の目を覚まさせようとしたのです。

この安禄山たちにより起こったクーデターが有名な「安史の乱」です。

安史の乱で敗れた玄宗は楊貴妃と楊国忠、そして自分の部下たちを連れて逃げますが、その途中で玄宗の部下たちが、乱が起こった原因となった楊国忠を殺してしまいます。

そして、こんなことになってしまったすべての原因は楊貴妃にあるとして、玄宗に楊貴妃の処分を求めます。

自分の部下たちに懇願された玄宗は、泣く泣く楊貴妃の首を絞め、死を与えました。

この時楊貴妃は、一切抵抗することなく死を賜ったとされています。

楊貴妃亡き後、国に帰った玄宗はこっそりと楊貴妃の絵を描かせたり、改葬させたりと楊貴妃への未練を思わせる行動を取っています。

1人の女性の存在が、国を傾けるまでに大きな争いとなってしまったため、楊貴妃は正しく「傾国の美女」の名に相応しいと言えるでしょう。

とはいえ、彼女自身は多くを望まず、ごく普通に後宮での生活を望む一人の女性でした。

しかし本人は普通にしているつもりでも、彼女の持つ美しさや知性、そして男性を惑わせる香りが、彼女の周囲だけでなく、人生そのものを狂わせてしまったのかもしれません。

小野小町

小野小町は、日本ではとても有名な女流歌人です。

紀貫之によって、「六歌仙」の1人にも選ばれているほどの優れた歌の才能を持っていましたが、その出自はとにかく謎に包まれています。

平安時代前期に遡るとはいえ、実際に存在したはずなのに、小野小町の生まれや出身地、生年月日や享年など、すべてが不明とされています。

まるで物語の中の人物のように、残された歌以外のほとんどが分かっていないのです。

そんな小野小町は、男性にとてもモテたと言われています。

というのも、当時の女性の魅力は、外見の美しさもさることながら、それ以上に教養や振る舞い、品などが重要視されていました。

恋愛の仕方も特徴的で、まず男性が気になる女性に歌を送り、何通か歌のやり取りを交わした後で、男性の夜這いを許すという形が一般的でした。

そうなると当然女性も男性も歌が上手くなければ、その時点で縁は切れてしまうことでしょう。

小野小町は六歌仙の1人に数えられるくらいですので、歌を詠むことには本当に優れていました。

そのため、歌のやり取りの時点で数多くの男性を虜にしたとされています。

また外見に関しても、美人だったとする説が残されています。

とはいえ、平安時代と現代とでは美の基準が異なりますので、小野小町をイメージした絵を見ても私たちにはピンとこないかもしれません。

しかし、当時の美の定義としてはピタリと当てはまる美しさを持っていたとされています。

小野小町は女性でありながら優れた知性や教養を兼ね備えていましたので、その大きな魅力は外見以上に内面の美しさと言えるかもしれません。

世界三大美女の特徴


世界三大美女の生涯についてざっくりとご紹介しました。

それぞれに生きた時代も違えば、国も違っています。

しかし、三大美女にはどれも共通した特徴が挙げられます。

外見の美しさに関しては、国や時代によって千差万別です。

太っている女性を美しいとする国もあれば、痩せている女性を美しいとするところもあります。

そのため、外見も少なからず関係はしているでしょうが、それ以上に内面に関しての美しさが他よりも群を抜いていると言えるでしょう。

では具体的に、どのような美しさの特徴を持っているのでしょうか?以下に挙げていきます。

語学力が高い


世界三大美女は、3人とも高い語学力を持っています。

クレオパトラは古代エジプト、そしてローマの言葉だけでなく、自分の植民地化であった地域のすべての言語を習得していたと言われています。

また楊貴妃も後宮に上がるためには、当然周囲や皇帝を満足させるだけの高い教養を身に付けていたことでしょう。

さらに小野小町は、教養豊かなために数多くの言葉を自在に操り、優れた歌を生み出しました。

誰もが生まれながらに語学力や優れた知性を身に付けていたわけではありません。

彼女たちは文字通り死に物狂いの努力と勉強を重ねて、それだけの高い教養を身に付けたのでしょう。

美しい声

世界三大美女の中でも、とくにクレオパトラはとても美しい声の持ち主だったと言われています。

同時に話術も巧みだったとされていますが、それも周りの人を惹きつけるような声を持っていたからこそ、集中して自分の話を相手に聞かせることが出来たのでしょう。

映画や物語で目にするクレオパトラはメイクのせいもあってか迫力美人の印象が強いですが、実際にはまるで小鳥のように愛らしく、美しい声をしていたと言われています。

性格美人

世界三大美女はどれも性格美人と言われています。

というのも、好意的な評判ばかりを目や耳にすることは多いものの、「悪女」として歴史にその名を残してはいないためです。

クレオパトラは恋多き女性として描かれることが多いですが、それはあくまでも自分の国を守るためでした。

また楊貴妃は国を傾けたとされていますが、それは彼女が意図したものではなく、彼女自身は慎ましい性格をしていたと言われています。

小野小町も、彼女に惚れた男性が悲劇的な結末を遂げた伝説さえ残っているものの、彼女が望んで男性を破滅へ追いやったわけではありませんでした。

彼女たちに惹かれてしまったために不幸になった男はいても、わざと男性を陥れたわけではないため、元々は性格美人だと言われています。

影響力が高い

世界三大美女はどれも周囲に対して強烈な影響力を持っていました。

クレオパトラは一国の王という立場もあり、自らの振舞いによって国を栄えさせたり、時にはピンチにさせたりしてきました。

楊貴妃はその美しさで玄宗皇帝を虜にしていましたので、楊貴妃自身が望めばもちろんですが、何も望まなくとも一国の主が国を動かすほどの強い影響力を持っていました。

また、小野小町もその高い教養に感化された人は多いですし、後に歴史に残るほどの歌人として伝えられる影響力はあります。

世界三大美女は、本人が望むにせよ望まないにせよ、総じて非常に高い影響力を持っていました。

話術

世界三大美女の中でも、クレオパトラは一国の王であり、政治を動かす立場でもありました。

そこで彼女の持ち前の話術が大いに役立ち、民衆やあらゆる者たちの心を惹きつけたと言われています。

クレオパトラはその聡明さゆえに、人の意識を逸らさないような非常に巧みな話術を持っていました。

カエサルやアントニウスがクレオパトラに惹かれたのも、外見のみでなく、彼女の聡明さが大いに関係しているのでしょう。

また楊貴妃や大野小町も、外見だけではいつまでも皇帝の寵愛や周囲からの好意を受け続けるのは難しかったでしょう。

つまり彼女たちの聡明さや話し上手、聞き上手なところが常に人の心を捉えて離さなかったのです。

美肌

世界三大美女は、三大美女というだけあり、内面のみならず外面にもかなり気を遣っていたと考えられています。

その生涯を謎に包まれた大野小町は、2人の美女に比べるとさほど伝説や逸話が残されていませんので、具体的な情報はありません。

しかし一説には当時の美の基準を全て満たした容姿をしていたと言われていますので、かなり美しい容姿をしていたと考えられています。

また、楊貴妃はライチを好んで食べていましたが、このライチには美肌効果があるとされています。

恐らく当時でもライチが美しさの象徴であることは知られていたのでしょう。

慎ましい性格をしながらも、やはり美を磨くことには余念がなかったと考えられます。

一方で、クレオパトラの美に対する数々の逸話は今でも有名です。

バラの香油を垂らした風呂に浸かったり、死海に入ったりして美肌を磨き、蜂蜜を肌や髪、爪などに塗ってその美しさを保つ努力をしていました。

装いや装飾品、髪型やメイクなどにもとても気を遣い、王として、為政者として、そして女として常に自分を磨き続けていたとされています。

その美へのあくなき追及には、現代の女性でも見習いたいと思う人は多いです。

行動力がある

クレオパトラはもちろんですが、楊貴妃にせよ小野小町にせよ、時代の流れにただ翻弄されることなく、常に自分自身をしっかりと保って生きていました。

自分が周囲に与える影響力をきちんと理解していながら、時に大胆な行動を取る行動力も持ち合わせていました。

彼女たちは世界三大美女と言われていますが、ただか弱く儚いだけの人生ではなく、しっかりと最期の時まで自分の信念を貫き時代を精いっぱい生きてきたのでしょう。

弱いようで強く、また儚いようで芯が強く、時に行動力のある、非常に精神的に強い女性たちだったことでしょう。

実は小野小町は三大美女ではない

日本では世界三大美女と言えば、クレオパトラと楊貴妃、そして小野小町だと言われています。

しかし実のところ、小野小町は正式な世界三大美女には数えられていないのです。

小野小町は日本国内でのみとても有名な存在ですが、海外における知名度はさほど高くはありません。

それどころ、小野小町を知らない外人も多いです。

日本で小野小町が世界三大美女に例えられているのは、日本国内での知名度の高さや人気からです。

ゆえに、世界から見た時の世界三大美女としては、小野小町は存在していないのです。

世界ではギリシャのヘレネと言われる

世界から見た時の世界三大美女は、クレオパトラと楊貴妃、そしてヘレネと言われています。

ヘレネはギリシャ神話に登場する絶世の美女で、スパルタ王の娘です。

彼女がトロイアの王子にさらわれたことがきっかけで、トロイの木馬で有名なトロイア戦争が始まったとされています。

世界三大美女の内、このヘレネだけが神話上で登場する人物、要するに創作物の中の存在です。

そのため、小野小町で世界三大美女を記憶している私たちにとっては、「実在しない人物なのに世界三大美女なの?」と思えてしまうかもしれませんね。

しかし世界では、このヘレネを含めた世界三大美女が基本と考えられています。

小野小町は日本だけ

小野小町は紀貫之の「六歌仙」の1人に例えられるほどに優れた歌の才能を持つ女性歌人です。

彼女の歌は現代でもしっかりと残っていますが、その素性や生涯の歩みに関してはほとんどが謎に包まれたままです。

平安時代前期に活躍したという記録だけが残されており、日本国内ではその存在は有名ですが、海外での知名度はかなり低いです。

そのため、いつからか世界三大美女の一人として讃えられるようにはなったものの、それはあくまでも日本国内のみの話なのです。

海外で「小野小町は世界三大美女の一人だ」と話したところで、一蹴されてしまうことが多いでしょう。

世界三大美女は実は・・・

世界三大美女と聞くと、絶世の美女を想像する人も多いことでしょう。

外面も内面も完璧で、他の女性とは比べ物にならない美しさを持っているというイメージを抱く人もいます。

しかし実際には、そのイメージの通りだったかというと、必ずしもそうではありません。

ここからは、世界三大美女の以外な事実をご紹介していきます。

それほど美人ではない

現代では世界三大美女は、実はそれほど美人ではなかったとする説があります。

例えばクレオパトラは黒髪でおかっぱのイメージがありますが、実際にはギリシャ系の血が入っているため、髪は黒色ではなく、また巻き毛だったとする説があります。

そのため、クレオパトラの横顔をデザインした硬貨は、おかっぱではなく巻き毛になっています。

また派手なメイクや香水の香りで男性を魅了した話が有名ですので、実のところスッピンはごく平凡な顔立ちだった可能性もあります。

中国の楊貴妃も、生まれた時から甘い香りが体から溢れ、それで男性陣や皇帝を虜にした話はありますが、実際の顔立ちは時々見かけるくらいの美人だったかもしれません。

小野小町も、教養の高さは有名ですが、美人だったとする説はあくまでも研究者の推測ですので、実のところはよく分かっていないのです。

とにかく高貴

世界三大美女は、とにかく高貴な立場にありました。

クレオパトラはエジプトの王でしたし、楊貴妃も皇帝に見初められて後宮に入り、皇帝の寵愛を受けながらの贅沢な生活でしたので、出身はどうであれ高貴な存在には違いありません。

小野小町も伝説では最期には老い衰えて、一人寂しく死んでいったとされていますが、少なくとも彼女自身が最も美しく輝いていた時期には、とても高貴な存在だったのでしょう。

世界三大美女は皆、どこか高貴で上品な気品を漂わせていたのです。

トータル的に美人

世界三大美女は、外面の美しさだけで輝いていたわけではありません。

彼女たちが持ち合わせた知性や話術、能力などを総合的に見て、魅力的で美しい美女だと世界的に判断されたのです。

男性でもそうですが、女性の場合は外見の美しさだけでは本物の美人とは称されないことも多いです。

性根の良し悪しや、どれだけ功績を遺したか、その魅力を全て含めた上で美女かどうかを見極められるのです。

世の中に影響を与えた

どんなに美女でも、ただ美しいというだけでは世界的に名を響かせることは出来ません。

その存在がどれだけ国や世界に影響を与えたのか、その行動や功績などの大きさによって、歴史に名を残すことが出来ます。

世界のあらゆる英雄がそうであるように、世界三大美女もまた、良し悪し全てを含めた上で国や世界に影響を与えた女性が選ばれたのです。

声が良かった

世界三大美女は外見や内面、知性や品なども重要視された上で選ばれますが、当時の三大美女はその声の美しさでも周りを虜にしていたようです。

例えばクレオパトラは小鳥のように愛らしく、美しい声をしていたと言われています。

彼女は話術にも長けていましたが、それも彼女の人を惹きつける声があってこそのものだったかもしれません。

どんなに巧みな話術でも、声が汚ければ人は聞く気を失ってしまうでしょう。

世界三大美女に近づくためには?

世界三大美女と聞くと、自分とは遠い存在に思えてしまうかもしれません。

しかし、女性という点でまずは共通しています。

また彼女たち自身、何もせずに美しかったわけではありません。

自ら必死になって美や知性を磨いた結果、世界三大美女とまで言われるようになったのです。

そんな彼女たちに少しでも近づくためには、どんなことをすれば良いのでしょうか?

内面を磨くこと

世界三大美女は、外面のみで三大美女に選ばれたわけではありません。

彼女たちの持つ知性や教養、品などを含めた上で三大美女とされたのです。

そのため、彼女たちに近づきたいと思ったなら、外面のみでなく内面をしっかりと磨くことが重要です。

読書をして知識を身に付けたり、礼儀作法を身に付けて上品さを磨いたりと、出来る限りの範囲で努力をして、内面を磨きましょう。

行動力を高める

自らの行動力を高めることで、より美しさを磨くことが出来ます。

例えば美しくなるために内面を磨く努力をするのも行動ですし、外見を磨くためにダイエットをしたり、食事に気を遣ったりするのも行動の一つです。

それら一つひとつの行動力を高めていくことで、確実にこれまでよりも美しさを磨いていくことが出来ます。

【行動力を高めたいなら、こちらの記事もチェック!】

美へのこだわりも劣らない

美しくなりたいと思うなら、美へのこだわりを持つことが大切です。

例えば美しい肌になりたいと思うのなら、徹底的に美肌に力を入れるべきですし、また体型を整えたいと思うのなら、辛くても食事制限や運動を頑張って、美しくなるために努力をすべきです。

よく自分に甘えて努力を怠ってしまう人がいますが、そんな時、その人は自らの美に対するこだわり諦めてしまっている状態です。

本当に美しくなりたいと思うのなら、どんな時でも美に対するこだわりを持ちましょう。

美肌

美しさというものは、一朝一夕でつくれるものではありません。

長い時間をかけてつくられるものであり、また少し手入れを怠れば直ぐに衰えてしまうものです。

若い頃には何もせずとも美しい肌を保っていられますが、年齢と共に肌は老化しますし、手入れをしてこなかった肌はあっという間にボロボロになってしまいます。

もしいつまでも美肌を保ちたいと思うのなら、今からでも肌の手入れに取り組むべきでしょう。

そうして努力を怠らないことで、いつまでも若々しい美しさを保つことが出来るのです。

語学力を磨く

日本人であれば、まずは正しい日本語をきちんと操れるようになることが必須です。

流行りの若者言葉を知るのは良いですが、自分までそれに染まってしまうと、品のある美しさや知性を磨くことは出来なくなってしまいます。

正しくて美しい日本語を自在に操れるようになった上で、他の国の言葉も勉強しておくと、知性溢れる美しさを手に入れることが出来るようになります。

自分を発信する

美しい人は自然と周囲の噂になりやすいです。

しかし、美しさゆえに嫉妬ややっかみの感情を買ってしまうことも少なくはありません。

ごく普通に男性と接しているつもりでも「その気にさせた」と勘違いをされたり、「男に媚びを売っている」とあらぬ噂を立てられたりすることもあります。

そのため、ただ自分を磨くだけでなく、適度に自分自身を発信することも必要です。

美しさをいかにもひけらかすと、感じの悪い女になってしまいます。

そのため、丁寧な言葉使いや誠実な対応、周囲への気遣いなどを心がけることで、次第に悪い噂は収まっていくでしょう。

キレイな声・言葉を使う

ぼそぼそと、蚊の泣くような声で話す女性がいますが、女性らしいというよりは何を言っているのかが分からずに、印象が悪くなってしまうことがあります。

また、声が大きいと快活な印象がありますが、言葉使いが汚ければそれもがさつだと思われてしまうでしょう。

元々のハスキーボイスの人は、それがセクシーさを演出することもありますが、やはり張りがあって透明感のある声の方が美しいと判断されやすいです。

そのため、のど飴や喉を潤す飲み物を常時欠かさないようにして、美しい声色を出す努力をしましょう。

また、話す時には丁寧な口調で穏やかに話すことを心がけましょう。

イライラすることがあっても決して汚い言葉は使わないように注意します。

そうすることで、いつでも上品で穏やかな女性といった印象を相手に与えやすくなります。

何か世の中のためになることをする

本心はどうであれ、美しさを磨きたいと思うのなら、何か世の中のためになることを行動しましょう。

手っ取り早い方法としては、ボランティア活動に参加することです。

世の為人の為になることをしていると、自らの心の成長に繋がりますし、また周囲からの反応も良くなるでしょう。

世界三大美女はホンモノの美女だった!

美の定義や基準というものは、いつでも自分ではなく他人が決めるものです。

自分が自分の行動を美しいと思っていても、それが他人から見た時に美しくなければ決して美の評価を得ることは出来ません。

自己満足の行動は美ではなく、単なるナルシストに過ぎないのです。

そうした意味では、世界三大美女は、ホンモノの美女だと言えるでしょう。

彼女たち自身が一生懸命に自分磨きを怠らなかったのはもちろんですが、結果として世界がそれを認めたために、世界三大美女の名誉を得ることが出来たのです。

美しさとは外面、内面のどちらのバランスも取れていなければなりません。

もしあなたが世界三大美女に少しでも近づきたいと思うのなら、外見と内面とどちらも同じように磨く努力をしましょう。

そして少しずつでも周囲からそれが評価されるようになれば、確実にあなた自身が目標とする美に近づいていっているのです。

この機会に世界三大美女を習って、あなたも今以上の美しさを手に入れましょう!