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世界三大美女は誰?その美女と言われる3人の特徴とは?


学生の頃、誰もが一度は「世界三大美女」という言葉を耳にした覚えがあるのではないでしょうか?

その名の通りに、歴史や世界をまたぐ3人の美女のことを指しますが、それが一体誰のことなのか、あなたは知っていますか?

今回は、世界三大美女とは誰なのか、また世界三大美女と呼ばれる3人の美女の特徴についてご紹介します。

この記事の目次

世界三大美女に共通することは?

時代や国によって、美女の定義はさまざまです。

ある国ではふくよかな体型の女性が最も美しいと言われており、またある国では長い髪をした女性が最も美しいと言われています。

その美しさの定義は同じ国でも時代によって変化していきますが、どの時代、そしてどの国でも人を惹きつけるような、ある一定以上の魅力を備え持った女性を美女だとする共通認識があります。

その共通認識は例えば教養を持っていることであったり、人を惹きつける独特のオーラを持っていることであったりします。

目の大きさや鼻の形、体つきなどの具体的な顔のつくりに関しては国や時代で異なりますが、女性の持つ内面の美しさに関しては、いつだって変わらずに世界中で美女の定義とされているのです。

世界三大美女って誰?

日本では世界三大美女といえば、「クレオパトラ」「楊貴妃」「小野小町」の3人です。

クレオパトラはエジプト王朝最後のファラオで、楊貴妃は中国で皇帝から寵愛を受けた美女、そして小野小町は日本が平安時代の頃の女流歌人です。

クレオパトラと楊貴妃に関しては世界共通の認識ですが、小野小町はあくまでも日本国内でのみ言われている世界三大美女の一人です。

こちらに関しては後程詳しくご紹介していきます。

この世界三大美女は、類まれなる美貌と教養を持ち合わせていたと言われています。

外面の美しさは時代によって変わりますので、当時の美的センスとして最も美しいと考えられていたのでしょう。

そしてまた、内面の美しさは時代を超えて現代でもまれなるものとして語り継がれています。

そんな彼女たちが一体どのような人物だったのか、具体的にご紹介していきます。

クレオパトラ7世

クレオパトラは正式名称を「クレオパトラ7世」と言います。

古代エジプト・プトレマイオス朝における最後のファオラとなった人物です。

クレオパトラは18歳の時に実の弟のプトレマイオス13世と結婚し、姉弟で王朝の共同統治を行っていました。

しかし次第に姉弟で統治の方法に擦れ違いが生じ、クレオパトラは立場を危うくさせられてしまいます。

そんな時、当時強さを増していたローマの権力者・カエサルがエジプトに借りを作ろうとして姉弟の内乱に割って入り、そこでクレオパトラに魅了されて2人はたちまち愛人関係となります。

その後カエサルの後ろ盾を得てクレオパトラは弟をエジプトから追いやると、見事にファオラとしての地位に返り咲きます。

その後クレオパトラはもう一人の弟と婚姻関係を結びますが、カエサルとは愛人関係のままで子どもを産み、エジプトの実質的な支配者はカエサルとなります。

しかしその後、ローマ皇帝のような立場を得たカエサルに対して危機感を抱いたローマの重臣たちがカエサルに反旗を翻し、カエサルは暗殺されてしまいます。

カエサルの死後、クレオパトラはカエサルの後継者争いで片側を支援していましたが破れてしまい、敵対勢力であったアントニウスの元に出頭します。

そこで彼女はカエサルの時と同様にアントニウスを魅了し、彼女に夢中になったアントニウスとの愛人関係を結び、3人の子どもをもうけます。

アントニウスはクレオパトラの援助を受けてペルシャ方面へ遠征を行い成功し、彼女抜きでは生きられないほどに骨抜きになってしまいました。

しかしクレオパトラを優先し自国を疎かにした結果、ローマ市民の不満を買いさらには権力を狙っていたオクタヴィアヌスなどの反乱にあい、そのまま内乱が起こってしまったのです。

この戦いが教科書でも有名な「アクティウムの海戦」ですが、結果としてアントニウスとクレオパトラは破れてしまいます。

アントニウスを喪ったクレオパトラは観念し、自ら毒蛇に自分の体を噛ませて自殺しました。

享年39歳だったと言われています。

クレオパトラの一生は、一見恋多き物語に思えるかもしれません。

しかし実際のところは、クレオパトラは弱体化していたエジプトを守るために自らを武器にしてカエサルやアントニウスといった後ろ盾を得て、自分の国を守ろうとしたのです。

その姿は恋に奔放な女などではなく、統治者として優れたまさに王そのものと言えるでしょう。

また、彼女の魅力は外見以上に内面だったと言われています。

クレオパトラは自分の統治する植民地すべての言葉を操り、また巧みな話術や美しい声の持ち主だったと言われています。