誰にでも馬が合う、馬が合わないというのはあるものです。

職場で気の合わない人がいても、基本的には大人ですからお互いに我慢して、仕事上の付き合いだからと割り切っておつき合いしているものではないでしょうか。

友達としては許せない人でも、仕事だけの付き合いだと思えば、「この人はこういう人だし」とある程度は割り切ることができるものです。

でも、中にはどうしても割り切れない、許せない人というのもいます。

我慢しようとしても堪忍袋の尾がしょっちゅう切られてしまって、もう堪忍袋の尾のストックがないんですけど?!なんていうこともあるでしょう。

どうしても波長が合わないからうまくいかないというパターンもあれば、なかば職場での名物のようになっていて、全員から鼻つまみ者扱いされているような、有名な嫌われ者という人もいます。

「あの人とどうしても合わなくて」と愚痴を言うとみんなが、「ああ、あの人はねぇ」と頷いてしまうような人です。

なぜかどこの会社にもひとりはこんなみんなから嫌われているような悪い意味での有名人がいたりするものなのです。

職場で嫌われる人の11個の行動

人間ですから、合う合わないは当然あります。

とによって許せる事や許せない事も違いますし、好きな事も嫌いなこともバラバラです。

それなのに、十人十色な職場の人たち全員が口を揃えて「あの人は嫌い」と言ってしまいます。

そんなにみんなに嫌われてしまう人には、どのような特徴があるのでしょうか。

自分の話しばかりする


特徴の一つには、自分の話ばかりするという点が挙げられます。

自分の話ばかりする人というのは意外に多いものです。

自分の話ばかりして相手の話をあまり聞かない人というのは、自分にしか興味のない自己中心的な人であることが多いです。

自分のことが大事であり、他人よりも自分の方が優れているという意識があるために、誰かが話しをしていても、すぐに話題を横取りして自分の自慢話へ持って行ってしまいます。

良く言えば自分に自信があるということです。

自信があるので、自分の手柄や実績などの話を人に披露したがることになり、結果的に自慢話ばかりするということになってしまいます。

このようなタイプの人は、自分の自慢話をすることだけでは飽き足らず、素晴らしい自分を認めてほしいと言う感覚でいます。

人から注目を集め、承認されたいという承認欲求が強いようです。

自信家だから自慢話をするのとは反対に、自分に自信がないからこそ、自分のコンプレックスを何とかしたいと思っていて、人に認められることで「自分はダメじゃない」と思いたいから自慢話をするというタイプの人も存在します。

こちらのタイプの人の自慢話は、「自分なんてどうせ」というように自分を卑下するような言い方をする割に、入っている内容は自慢話というパターンが多いようですね。

もしくはためのエピソードばかりを並べて、周りの人に「そんなことないよ」「じゅうぶんすごいよ」と言われたいから入っているということもあります。

どちらのパターンにせよ、周りの人からすると聞きたくもない話を延々と聞かされ、すごいねと言ったりそんなことないよと言ったり、とにかく話している人の機嫌をとるような行為を強いられるので、だんだんとストレスが溜まってきてしまいます。

質問をしない

自分の話さえできれば良いので、自分以外の人に話題を振るような気遣いは当然ありません。

誰かが話している話題を広げるような質問をするということがないです。

「この前美味しいケーキ屋さんをみつけたんだ」という話を始めた人がいたら、普通なら「へー。

どんなお店?」と相づちを打ち、質問をし、話を掘り下げようとするものです。

でも、職場で嫌われる人というのは自己中心的。

自分の話をしたがるので、相手に質問をするのではなくて「わたしもおいしいパン屋さん見つけたんだよー。

あのね、表参道の裏に入ったところでね、テレビでもこの前紹介されていたらしくて、芸能人の○○も来ていたんだって。

それでね、パンはロールパンが有名でー」という感じで、自分の話に持っていってしまいます。

どんな話題でも自分の話に持っていくので、それは嫌われてしまいますよね。

また、自分に自信があるタイプの自己中心的な人の場合は、話題を広げるための質問をしないばかりではなく、普段の業務でも質問をしてきません。

半端に自分に自信があるために間違った理解をしてそのまま突き進みますし、少し疑問に思うことがあっても他人に質問をして確認するということがありません。

プライドも高いので、自分に少しでも落ち度が見えるようなことはしたくないのです。

きちんと話を聞いていなかった、説明を聞き漏らした、などの理由でわからないことがでてきたら、それを確認することイコール自分が聞いていなかったから、ということになるので、そう周りに思われたくないという理由で確認を取らないのです。

結果間違ったやり方でやってしまっても、「でも自分はそう聞いていたので」と言い張って、自分の過ちは認めない傾向にあります。

遅刻や欠勤が多い

遅刻や欠勤が多いと嫌われがちです。

そうは言っても、たとえば通勤電車が人身事故で遅延してしまったからとか、体調が悪いからといった理由で遅刻したり欠勤したりするのはやむを得ないことです。

あまりにも頻繁だと眉をひそめる人も出てくるでしょうが、いたしかたない理由の場合は遅刻や欠勤が多いこと自体が嫌われる理由にはなりにくいものです。

では、嫌われる理由になるのはどこにあるのかというと、遅刻や欠勤をした後の態度であることがほとんどです。

遅刻したことで誰かがカバーに入ってくれて迷惑をかけたという場合なら、まず出社したらその方にお詫びするのが社会人として、人として常識のはず。

でも、嫌われる人というのはまったくわるびれることがなく、迷惑をかけた人にも謝りません。

「もう朝からまいったよー。人身事故で前の電車が止まっちゃってさー。30分も立ちっぱなしでうんざりしちゃったよ。もうほんと勘弁してほしいよねー」と自分の愚痴を言うばかりです。

自分が悪くないというアピールで言っている側面もあります。

また、自分は悪くない、遅刻したのは自分のせいではない、自分も被害者だと本気で思っている部分もあります。

だから、自分は悪くないので、迷惑をかけた人がいても自分が謝る必要はないと思っているのです。

体調不良で欠勤したときも同様で、自分が悪いわけではなく、自分は体調が悪くなってしまったかわいそうな人です。

病み上がりなのに仕事に出勤してきてむしろ偉いとすら思っているでしょう。

自分の代わりに誰かに迷惑をかけていたかもしれない、ということには思い至りません。

そんな態度をしていると、同僚や上司はだんだんと、「仕事に対して責任感がない人なんじゃないのかな……」と感じるようになってしまいます。

特に、その人が遅刻したり欠勤したりしてきた分カバーしてあげていた人にとっては、最初は善意でやっていてある程度仕方ないと思っていたとしても、あまりにもそれが度重なるとフラストレーションがたまってきてしまいます。

「自分の分の仕事だってあるのに頑張ってやってあげたのに、謝罪もお礼もなんにもないのはどういうことなの」と思うようになります。

次に同じようなことがあったときにも「なんでわたしがやらなくちゃならないんだろう」と思うようになります。

担当作業の関係でその人がカバーするしかない状況であればあるほど、いらいらがつのってしまうことでしょう。

こんなことを繰り返していては、嫌われてしまうのも当然と言えるでしょう。

文句や愚痴が多い


文句や愚痴は、聞いていて楽しいものではありません。

たまには文句を言いたいことや愚痴を聞いてもらいたいことがあるのは当り前ですが、不満ばかり言う人はそもそも自分の考え方がネガティブであるケースが多いです。

話を聞いてほしい、自分の言い分を認めてほしいというかまってちゃんな側面もあります。

ただ愚痴を話すだけなら百歩譲って聞いてあげてもよいかもしれませんが、考え方がネガティブ過ぎて聞いているとうんざりしてしまいます。

「昨日の帰り、電車が遅延しちゃってさー」という愚痴なら「そうなんだ、大変だったね。

無事に帰れたの?」という相づちでも打つことができます。

でも、ネガティブな人は「どうせ今日も遅延する」「私はついてない」「あの電車に乗らなければよかった」というようなことを並べ立てたりします。

自分が仕事でミスをして上司に怒られても、「わたしは嫌われている」「わたしがミスしたんじゃなくて他の誰かがファイルを更新したんじゃないかな」「誰かに恨みを買ってるのかも」とありもしない妄想を言い出し、自分に原因があるとは考えません。

誰かのせい、周りのせい、社会のせい、など、とにかく自分以外の誰かのせいで自分が被害を受けているという考え方をします。

言っても仕方ないことをいつまでも繰り返します。

「こんな雨の中帰りたくないなぁ」といつまでもいっていて、

「じゃあ雨宿りがてらご飯を食べに行く?」と提案しても、

「でも帰りが遅くなっちゃうじゃない。早く帰りたかったんだよね」

「じゃあ諦めて帰ろうよ」

「でもビショビショになっちゃうよ」

「それなら地下鉄にしたら少しはマシじゃない?」

「そしたら定期券の範囲じゃないから交通費かかっちゃうじゃない」

と相手のしてくれた提案はことごとく否定します。

そんなこと言っててもしょうがないじゃない、ならどうしたらいいのよ、と言ってあげている側もだんだんといらいらしてくることでしょう。

雨な時点で不満なので、なにがどう転んでも不満なのです。

解決することはありませんし、解決しようとも思っていません。

愚痴ってストレス解消して次に切り替えるというのではない、まったく前向きな要素のない愚痴は聞いている側としても余計に疲れてしまいます。

普通の人なら我慢するようなこともいつまでも文句を言うような人なので、精神年齢が幼いというケースもあります。

自分が不利益になることが嫌で、損をしてしまったら少しでも取り返したい、取り返すことができない現状は許せない、という心理状態なので、どうにもならないこともえんえんと文句を言い続けるのです。

文句を聞いてくれる人=自分より下の立場の人と考えている可能性もあり、相手にとっては文句や愚痴を聞かされるわ、下に見られているわでまったく良いことがありませんよね。

自分に自信がないからこそ、自分より弱い人をみつけて文句をつけて、自分の方が上なのだと自分の優位性を確認しようとしている面があるわけです。

もっと酷いと、文句を言っているという自覚がないケースまであります。

「ただ感想や事実を言っているだけで文句と言われた!」と被害者ぶって、指摘してきた人を悪者にしてくるかもしれません。

同じミスを何度もする

人間ですから、誰でも間違いはあります。

どれだけ真面目に気をつけて仕事をしていても、失敗するときは失敗するものです。

とはいえ、何度も失敗を繰り返すようだと、注意力が散漫なのでは?と疑われてしまいます。

特に、同じミスを何度も繰り返すとなると周囲から疑われてしまっても当然と言えるでしょう。

一度は仕方ないとしても、やり方をメモしたりミスしないために自分なりのチェック項目を作ったりするなど、自分で同じ失敗を繰り返さないように努力するのが当り前のはずです。

それすらもしないとなると、そもそも努力をしているのか、仕事自体やる気があるのか、というところから疑ってしまいます。

楽をすることばかり考えている

「楽をする」というとまるで悪い事のように考える人がいますが、それは間違いです。

面倒だ、やりたくないという感情は人間としてはむしろ当たり前のこと。

そうした面倒なことを、面倒だなぁと思いながらいやいややっていては効率が悪いばかりです。

もちろんやっていても楽しくありませんからなにも良いことがありません。

それよりは、どうしたら楽ができるかを考える方がずっと発展的です。

たとえばケーキ屋さんでケーキを焼く仕事をしていて、大量のメレンゲが毎日必要だというケース。

ひとつひとつ卵を割って白身と黄身とにわけ、白身だけをビーターで泡立てる。

これだけでもなかなか大変な作業なのに、量を多く作らなくてはならないとなると本当に重労働です。

美味しいケーキをみなさんに提供して喜んでもらいたいと思って始めたケーキ屋さんなのに、1日に提供できるケーキの数がとても少なくすぐ品切れになってしまいます。

この大変な作業をどう楽をするか。

電動の泡立て器を導入する、卵の白身だけ分別した業務用のパックを仕入れて使う、メレンゲを泡立てるのを手伝ってくれる人を雇うなど、いろんな方法があります。

ひとつひとつ卵を手で割りビーターでかき混ぜていることにこだわりがあり、それをアピールした販売方法にするというのもひとつの解決策です。

楽をすることばかり考えるのは本当はとても良いことです。

常に、楽しく早く効率良くできるより良い方法を探します。

探して考えて努力して実現する。

その過程があった結果楽になるのですから、楽をすることとサボることはイコールではありません。

ここを勘違いしている人は残念ながら多いです。

ただ、みんなに嫌われてしまうような「楽をすること」を考えている人というのは、自分が努力をするということをしません。

これが大きな違いです。

やらなければいけない仕事をサボったり、他人に押し付けたりします。

「自分が」楽をしたい。

そのために努力することをしない。

ただやらなければいけないことから逃げます。

自分の分担分の作業を人に押し付けたり、終わっていないのに上司に報告もせずに作業を放り出して帰ってしまったりします。

自分の地位をあげることしか考えていない

自分のことしか考えていないというだけでも周りから嫌われてしまいがちですが、更に会社にといて自分の地位をあげることしか考えていないというのもやはり嫌われます。

自分が昇進するために上の人間に媚びを売るだけでも周囲の人間は眉をひそめていることが多いです。

更に自分が評価されたいがために部下の手柄を横取りしたり、自分のミスを部下に押し付けたりするような不届きな人物もいます。

残念ながら上の人間に見る目がなくて、表面に見えている業績報告だけを信用するような場合には、こんな人間の地位があがっていってしまい、適正に評価されない優秀な人たちが平社員に埋没してしまうというケースも多いです。

こんな人間がトップにいると、本社から人間がくるときだけ「オフィスをきれいにしろ」「花を買ってきて飾れ」などと言い出したり。

普段はお客様にお茶をお出したりする習慣がない会社なのに「なんでお茶を出さないんだ!失礼だ」と部下を怒鳴り散らしたりして、自分はきちんとしている、使えない常識のない部下たちばかりだが、頑張って指導して統率しこんなに業績をあげている、というようなアピールをすることになります。

こんな人は、当然嫌われますよね。

周りと協力しない

会社という場所で仕事をしていれば、少なからずチームワークを求められる局面が多いはずです。

普段個別に作業をしているときはまだ良いですが、協力しあいながら業務をしなければならないときにも非協力的な人というのもいます。

わざと協力しない人と、無意識で結果的に非協力的になっている人がいます。

後者の場合は、「自分がやらなくても誰かがやるだろう」という考え方をしていて、とりあえず自分が担当だと指名されたり、この業務をやっておいてくださいと具体的に指示されたりしたこと以外は極力やりません。

チーム全体に任された仕事で、「ではわたしはこれをやります」「ではこちらはわたしが」とみんなが分担している局面でも、けして自分から言い出さずに身を潜めてやり過ごします。

たとえば、パソコンなど機械関係が苦手だとして、チームにはとても得意な人がいるとします。

パソコン作業が不得意なので、得意な人に任せたいというのは一見普通のことのようにも見えますが、毎度毎度それを理由に自分は作業をせずに得意な人にまかせているとなると、いつも一人の人が作業するという負担のかかる状態になってしまいます。

これは実に不平等なことです。

人の能力について勘違いをしており、得意な人はパソコンの勉強をして実務を積んで努力してきたのだという観点がありません。

なので、「いいなぁ、あなたパソコン得意だからちゃちゃっと楽にできちゃうんでしょう。

わたしはああいうの全然だめだから」と相手を羨み、自分は努力をせず、人に押し付けます。

『楽をすることばかり考えている』の項目でご紹介したのと同じような状況ですね。

能力のある人を食いつぶし寄生するような行為なのですが自覚がないためにチームに協力せず、結果仕事をしない人、できない人となって嫌われてしまいます。

わざと協力をしない人の場合は、チームワーク自体をバカにしているパターンが考えられます。

周りの人を見て気を使ったりすることが面倒であり、そんなことをする必要はない、自分は与えられた仕事だけきっちりこなしていればいいという考え方です。

もちろん与えられた仕事をきっちりこなすことは大切なことですし、基本はそれで良いのです。

ですが、まだ定時までに余裕があり、自分は作業が終わっていて、チームのひとりがまだ終わっていない、締切が今日である、などの条件が重なっているときには、それらを見極めて臨機応変に「半分手伝うよ」「わたしがこれをやるからあなたはあっちをやってもらえる?」と申し出るのが良いでしょう。

でも「自分の仕事ではないのになんで自分がやらなければならないのか」と、手伝うことが損だという感覚になっており、たとえ相手から「これを手伝ってもらえませんか」と言われても断ってしまいます。

そもそもやる気がなく、なぜ一生懸命にみんなで協力して仕事をしなければならないのかわからないという人もいます。

また、自分が当事者であるという実感がないという人もいますね。

自分もチームの一員だという実感がまったくなく、なんとなく言われたことだけやってのほほんとしています。

今日が締めきりだからとみんなが焦っていても、まるで他人事のようにのんびりしていて「大変ですねー」と言ってしまうようなタイプです。

本人にしてみれば本当に他人事で自分には関係ないと思っているので、協力してあげようという発想すらありません。

飲み会などに全く参加しない

会社の飲み会に参加する必要があるのかどうかというのは、よく議論されていることです。

これについては、参加しない方が責められて嫌われる方がおかしいケースもあるので、嫌われる理由としてあげるには微妙なテーマでもあります。

そもそも飲み会というのは、仲間たちと集まって美味しいものを飲み食いし、楽しく語らうためにするものです。

会社の飲み会に行きたくない人というのは、会社の飲み会が楽しくないと感じているからです。

たとえば上司と馬が合わず、大嫌いなのに飲み会に参加して一緒に飲まないといけないというのは、苦痛でしかないでしょう。

残業代がつくわけでもなく、それどころか会費として数千円が消えていきます。

何時間もプライベートの時間が無駄になり、帰宅は遅くなり、やりたかったことはやれずに二度と戻ってこない時間が過ぎ去っていきます。

おまけに次の日は二日酔いで辛いのに仕事。

それだけの犠牲を払っていても飲み会が楽しかったのなら良いのですが、離れたかった上司の隣に座らせられて二時間以上もお説教続き、という感じではうんざりしてしまって当たり前です。

苦行でしかありません。

業務時間が終了してからのプライベートの時間の過ごし方は、自分で決めてよいもののはず。

参加したい人は参加すればよいし、参加したくない人は参加しなければ良い。

本来ただそれだけの話なのに、なぜ日本では飲み会に参加しないと協調性がないというような考え方をする人がいるのでしょうか。

そうした考え方をするのは年配の人が多く、時代が変わってきているとはいえ、行きたくない飲み会にいやいや参加している人というのは後を絶ちません。

飲み会が強制参加というような時代錯誤の会社も残念ながらいまだにあります。

飲みニケーションという言葉があるように、コミュニケーション=飲み会だという勘違いをしている人が、企業上層部にいまだに多いからなのです。

社員のモチベーションが下がっている理由をきちんと分析したり、長時間労働問題と正面から向き合ったりせずに、飲み会をやればまるで福利厚生の義務を果たしたかのように考えています。

普段職場でコミュニケーションを取る暇がないほど切羽詰まって仕事をし、昼休みもまともに取れないような環境を改善するのではなくて、飲み会を企画し、それに間に合うように仕事を終えられるように業務を圧迫してしまい、朝はやくきてお昼も返上でなんとか飲み会開始までに業務を終えてくたくたになりながら飲み会に出席する羽目にはるわけです。

しかもそうした日々の働き方や長時間労働に疲れているのに、より詰まった業務を強いられた上にプライベートの時間が削られるわけです。

なんの解決にもなっていないどころか反対に状況を悪化させているにもかかわらず、それで良いと思っているので手におえません。

たいてい飲み会を企画するのは自分はたいした仕事をしておらず、人にふればよいので簡単に帰れます。

そもそも家族を大事にしないし趣味もなく仕事しかすることがない暇人たちなので、家族のために早く帰りたい、友達に会いたい、趣味の時間を取りたいという人たちの邪魔になるようなことしかしないのです。

歓迎会や忘年会などくらいは参加するのが礼儀かもしれませんが、参加するべき催しなら業務時間内にやればよいことですし、わざわざアルコールを入れることも必須事項ではありません。

「飲み会にでないからあの人嫌い」というのは、自分が仲間だと認められていないような気がして悔しいから出てくる感情なのかもしれませんね。

感情の波が激しい

嬉しいとか楽しいとかいった感情表現が激しいだけならまだ良いかもしれません。

悲しいなどのネガティブな感情表現が激しいと、対応に困ってしまいますし、喜怒哀楽の感情表現の波が激しいといっそう困りますね。

なかでも怒り方が激しいのは付き合いづらいもの。

自分に向かっている感情ではなくても、怒っていたり落ち込んでいたりしている人がそばにいるとついひっぱられてしまいます。

にこにこ楽しそうな感情がうつるぶんにはこちらも楽しくなるので良いのですが、ネガティブな感情はどうしても対処に困ります。

誰かに対して八つ当たりして怒鳴っていたら耳にするだけで嫌な気持ちにもなります。

一人でもそういう人がいるだけで職場の雰囲気が左右されますので、嫌われてしまいがちです。

感情の波が激しい人というのは、自己主張が強い人が多いようです。

主張したいことがあるから感情がたかぶり、特に主張が通らないような局面で興奮してしまいがちになるのです。

細かすぎる

細やかな人は好かれますが、細かい人は敬遠されがちです。

仕事ですから細かく丁寧に気を配ってすることはとても大切なこと。

しかしながら細かすぎると他人から思われる人の場合は、側から見るとどうでもいいような些細なことにこだわりを見せるところがあります。

たとえば給湯室のコーヒー用シュガーやミルクを補充しているときに、いつもとまったく違う場所に置いてしまったらみんながどこに置いてあるのかわからなくなってしまって困ります。

人が違う場所に入れようとしていたら、「あ、それはそっちじゃなくてここに入れてください」と教えてあげるのは正しいし親切な行いでしょう。

これが、人から嫌われる細かすぎる人だと、「スティックシュガーは包装紙のピンク色側を上にして入れた方が綺麗に見える」というような指摘内容だったりします。

たてていれてあるスティックシュガーを取り出してすぐに使うか、お客様に出すときにはコーヒーソーサーにセッティングしてだすものですから、そこにこだわる必用はありません。

スティックシュガーの包装紙もたまたま今のロットがそうなっているだけで、ロットが変わったり別のメーカーのものを買ったりすれば包装紙の柄が変わりますし、そろえる意味がありません。

単純に自分の好みで、自分がスティックシュガーを使うときに自分の好きなピンク色が上側に揃って並んでいるときれいで気持ちが良いから、という理由です。

自分1人が自分のためだけにこだわる分には、個人の好きにしたら良いことです。

ですが、細かすぎて嫌われる人というのは自分の好みを人に押し付けて、口出しをし、従わせようするので嫌われてしまうのです。