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甲斐甲斐しい人の13個の特徴(続き4)

しかし甲斐甲斐しい恋人の場合は、とにかく自分が相手に何かしてあげたいという気持ちが強いため、相手が一人にしてほしいと言ったところで、部屋の外でいつでも動けるように待機していることでしょう。

気持ちが苛立っている時には、そうした見えない気遣いでさえも容易に想像出来てしまい、余計にストレスに感じてしまうこともあります。

重い

甲斐甲斐しい恋人は、いつでも自分に一生懸命に尽くしてくれます。

体調が悪いからと言えば家のことや料理を積極的に引き受けてくれたり、飲み会の帰りにはわざわざ店の前まで車で迎えに来てくれたりします。

そんなふうに自分に尽くしてくれることに気持ちが癒されることもあれば、毎日のように続く甲斐甲斐しさに、「気持ちが重たい」と感じてしまうこともあるでしょう。

例えば最初の内は、仕事が長引き帰りが遅くなった時には、自分も寝ずに帰りを待ってくれたことに対して、いじらしさや愛しさを覚えることでしょう。

しかしその後に「先に寝ていて欲しい」と頼んだにも関わらず、毎回寝ずに起きて待たれると、それがかえって気持ちの負担になることもあるでしょう。

「恋人のために何かしてあげたい」という一途な気持ちが、甲斐甲斐しい人の場合には行動になって表れることが多いため、それだけ行動が目について気持ちが重いと思われてしまうこともあるでしょう。

母親みたいでうざい

甲斐甲斐しい恋人の姿は、相手にとっては時に母親のように感じられ、鬱陶しく思えてしまうこともあります。

ちゃんと食事を摂っているのか、仕事の調子はどうかなど、公私どちらに関しても事細かに確認しようとしてくる恋人の存在は、自由気ままに過ごしていたい相手にとってはストレスに感じることもあるでしょう。

また、甲斐甲斐しい恋人はとても頼りになりますが、一緒に過ごしている時には家事だの仕事だのを忘れて、二人でまったりと過ごしたいのに、あれこれと世話を焼かれてしまうと、まるで母親と一緒にいるかのような錯覚を覚えてしまい、うんざりしてしまう人もいるでしょう。

母親のような人を恋人にしたいという人もいれば、そうでない人もいます。

前者の人なら甲斐甲斐しい恋人の存在はピッタリですが、後者の場合には鬱陶しく思えてしまうこともあるでしょう。

完璧主義で疲れる

甲斐甲斐しい人には、完璧主義の人も少なくありません。

自分や他人のことに一生懸命になる分、その内容まで細かく完璧にしたいというこだわりがあり、融通が利かないこともあります。

例えば同棲しているカップルの場合、自分はのんびりと一緒にテレビでも見ながら過ごしたいのに、恋人がその日一日のやることをすべて終わらせてからでないとゆっくり出来ないため、気持ちがすれ違ったりお互いのしたいことができなかったりして、もやもやしてしまうことがあるでしょう。

完璧主義の恋人を持つと、恋人が一人でせかせかと動いているのを目にするだけでも、こちらも疲れてしまうことがあるため、常にせわしなく動き回るその姿に、一緒にいることも苦痛になってしまうという人も中にはいるかもしれません。

放っておいてほしい

誰だって、一人になりたい時ってありますよね。

気持ちが落ち込んでいる時や、反対にイライラと気が立っている時、深く考え事をしたい時など、さまざまな理由で一人になりたいことがあるでしょう。

甲斐甲斐しい人は恋人が落ち込んでいる時には、ここぞとばかりに役に立ちたいと思いますので、周りをうろうろして恋人のために一生懸命に尽くそうとします。

しかし一人になりたい時ほどそうした気を遣う行動がうっとうしく思えてしまうため、言葉にして一人になりたいと伝えるでしょう。

放っておいてほしいと言われればそうするしかないため、恋人は大人しく一人にしてくれるでしょうが、やはり心配な気持ちがあるためこそこそと様子をうかがいにきたり、励ますようなメールやLINEを送ってくることがよくあります。

放っておいてほしい時にはとことん一人になりたいのに、そんな風にあれこれと周りをうろつかれると迷惑に思えてしまうこともあるでしょう。

甲斐甲斐しい人に向いている職業とは?

甲斐甲斐しい人に向いている職業には、どんなものがあるのでしょうか?よく想像される職業は、看護師や介護士、保育士や教員、また家政婦や専業主婦といったものもあります。

どれも直接人のためになる職業ばかりですので、誰かのために一生懸命になれる甲斐甲斐しい人にとってはピッタリの職業でしょう。

自分の性格をよく理解している人は、自分の甲斐甲斐しさを仕事でも活かそうとして、上記の職種を選ぶことも多いです。

甲斐甲斐しいは褒め言葉です

甲斐甲斐しいという言葉そのものは褒め言葉です。

しかし、実際に甲斐甲斐しい性格の人によっては、それをそのままいい意味として他人に捉えられることもあれば、余計なお節介や迷惑だと捉えられることもあります。

ですが積極的に他人の役に立とうとすることも、自分以外の誰かのために一生懸命になれることも、普通の人にはなかなかできないことでしょう。

時と場合によっては甲斐甲斐しさが鬱陶しさに思われてしまうこともありますが、やはり人のために尽くせる甲斐甲斐しさは、得難い素晴らしいものであると言えるでしょう。