しかし大抵の人たちは、自分の言葉に魂が宿っているとは考えもせずに言葉を発しています。
気軽に人を傷つける言葉を発したり、相手を勘違いさせたりする言葉を発していることも少なくはないでしょう。
けれども実際に、目には見えなくても感情の込められた言葉によって相手は喜んだり悲しんだりしていますので、言葉を発する時には自分の言葉に魂が宿っているのだと意識した方が良いでしょう。
発せられた言葉は生きて影響力を持つ
言葉は口から出た単語の一つでしかないと考える人もいるかもしれません。
しかし言葉には魂が宿りますし、魂が宿っている以上、口から発せられた言葉は生きており相手への影響力もあります。
だからこそ、「お前なんて嫌いだ」と言われれば、そう言った相手に対して怒りの感情が込み上げたり、またはショックを受けて悲しくなったりします。
また、「好きだよ」と言われれば、嬉しくなったり困ってしまったりもするでしょう。
相手の言葉によって自分の心が動かされることがあるのなら、相手の言葉はやはり生きていると考えてもおかしくはないでしょう。
言葉にはそれだけの影響力があるため、やはり軽んじて使うことなく、一言一言を意識した上で使うようにしましょう。
言葉をぞんざいに使うのは良くない
言葉には魂が宿るため、ぞんざいに使うとそれだけ周りに対しても自分に対しても悪影響を及ぼしてしまう可能性があります。
誰かに話しかけられた時に、「なに」や「はぁ?」などと、感じの悪い返し方をすると、当然相手はその不愛想な返答にムッとしたり、近づきがたさを感じてしまったりするでしょう。
人間関係が上手くいかないと感じた時に、その原因が相手にある場合もありますが、自分にある場合もあります。
自分では無自覚の内に言葉をぞんざいに使っていることで、相手がこちらに悪印象を抱いてしまって、人間関係が上手くいかなくなってしまうこともあるでしょう。
無自覚で発する言葉には、自分でも意図しない感情が乗ってしまうことがありますので、あまりぞんざいに言葉を使わない方が賢明でしょう。
努力を積み重ねること
努力の成果は結果として出せることはあっても、今まさに努力を積み重ねているという状態の時には、それが目に見えることはあまりないでしょう。
誰かが一生懸命に努力をしていれば、確かに「努力しているんだな」というのは見て分かりますが、実際にどの程度の力で頑張っているのかまでは、やはり目に見えることは難しいでしょう。
また、例えば勉強で努力をしている人は、努力の成果がノートやメモで見て取れることもありますが、それも人目に触れることがなければ、その人がどれだけ努力したのかは一見しただけでは分からないでしょう。
努力の積み重ねもあまり目に見えるものではありませんが、それ自体はとても大切なことです。
努力しなければ得られないものはたくさんありますし、結果を出すことも難しいでしょう。
周囲の人があまり見ていないところでの努力はより素晴らしい
人が一生懸命に努力する姿は素晴らしいですし、見ていて心を打つものがありますが、それはあくまでも努力している人を他の人が見た時に感じるものでしょう。
いくら努力しているからといって、それを自ら自慢げに話してしまうと、せっかくの努力の積み重ねも台無しになってしまうかもしれません。
もちろん努力を積み重ねたこと自体はどんなに貶そうとも素晴らしいことに変わりありませんが、周りからの印象が悪くなってしまうことで、余計な誤解やトラブルを生んでしまうこともあります。
努力すること自体は素晴らしいですが、人目があるよりも周囲に人がいないところで努力をする方がより素晴らしいと言えるでしょう。
真の友情
愛情や思い遣り、絆などの人と人との繋がりは、目に見えるものではありません。
けれども確かに見えない糸のようなものが広がっていて、その広がりに応じて人間関係はさまざまでしょう。
仲が良い友達ができると、その友達と楽しい時間を過ごすのが長いほど、友達との間に友情を感じることがあるでしょう。
自分を想っているからこそ時には叱咤してくれたり、辛い時には自分の時間を割いてでも励ましてくれたりすると、「いい友達を持ったな・・」としみじみと感じることもあるでしょう。
そうした表面上だけでない、真の友情というのは決して目に見えるものではありませんが、お互いに確かに強い絆のようなものを心に感じることがあります。
他人同士なのに、心から相手に対して強い友情を感じられるということ自体そうあることではありませんので、大切にするべきでしょう。
心と心が深くつながった信頼関係を築こう
「あいつなら絶対に自分を裏切らない」「あの子なら何があっても自分の味方でいてくれる」そうキッパリと言い切れるような友達があなたにはいますか?もしもいるのなら、あなた自身が相手のことを強く信頼しているということですので、それだけ信じられる相手がいるということはとても幸運なことでしょう。
また、自分からだけでなく、相手も心からこちらを強く信頼してくれているのなら、お互いに心と心が深くつながった信頼関係を築くことができるでしょう。
いくら仲が良くても、友達の本心は自分には分からないものです。
ちょっとした誤解から喧嘩をしてしまうこともありますし、お互いの本心が分からないからこそ、相手のちょっとした言動で自分が傷つくことや、相手を傷つけてしまうこともあるでしょう。
それでも心底からお互いを信じあえるのなら、その友情は何よりもかけがえのないものですし、できうる限り大切にした方が良いでしょう。
心底からの理解者というのは、そう簡単に得られるものではありません。
たった一人でも自分の理解者がいるのなら、その人をないがしろにして折角の友情を壊してしまうようなことはするべきではないでしょう。
大切なものは目に見えない
あなたにとっての大切なものとは何ですか?長年使っているお気に入りの時計や鞄、または親の形見の指輪など、人によって大切なものはさまざまです。
大切なものが品物である場合もありますが、一方で目には見えないものを大切にしているという人もいるでしょう。
目に見えないものを大切にしている人の場合、人と人との繋がりや絆、愛情や思い遣りといった気持ちの部分を重要視していることが多いでしょう。
人によって大切なものは違いますが、目に見えるものと見えないものとで優劣の差はありませんので、どんなものでも大切なものであることには変わりないでしょう。
大切なものに気付くためにはたくさんの経験が必要
人が自分にとって、本当に大切なものに気付くためには、たくさんの経験が必要です。
例えば社会の中で生きていくためには、時には周りに気を遣ったり、他の人と協力したりと、自分の感情を抑えて行動しなければならないことも多々あるでしょう。