日本人はどうも没個性であるように言われることが多いようです。

ビジネス界では、集団での協業を尊び、強い個性を持つリーダーの功績は小さく評価されがちです。

スポーツ界でも、基本に忠実にと称して、選手の個性を否定する指導者は、まだまだ多いようです。

成功した指導者はみなその反対をやったように見えます。

日本のビジネス界やスポーツ界は、強い個性を否定しがちなところであるといえます。

芸能界も、日本の没個性を象徴しているように見えます。

筆者のような中高年男性にとってはAKB48など没個性の代表です。

吉永小百合、栗原小巻など昭和の大女優を引っ張り出すまでもなく、松田聖子や中森明菜らと比べても、みな同じような雰囲気しかなく、没個性なのは明らかです。

もっとも彼女らはスターではなく、ファンと等身大の存在らしいですから、下手に個性的だと困るのかもしれません。

いずれにしろ当面大スターの出ることはないでしょう。

観衆であるわれわれの方にも問題があります。

強烈な個性と表現力で圧倒されるより、お気楽な二世タレントでも眺めて安心している方が、気分が落ち着くのかも知れません 。

個性を伸ばすことの大切さ

これに対し同じ芸能界でも、お笑いの世界では従来通りの法則が支配しているようです。

個性を強く押し出さないと、とてもやっていけません。

外見も芸でもで人より目立つ、強力な差別化が必要です。

今生き残っているお笑い芸人は、そうした環境でもまれ、頭角をあらわしてきました。

さすがにみな個性的な連中です。

彼らは今やバラエティー番組に限らず、NHKの「ドクターG」や「凄技対決」「オイコノミア」のようなまともな正統派の番組でもMCの座を握っています。

これは厳しい競争下で、個性を磨いてきた成果であると考えられます。

1. 「個性」とは?


個性とは、他人とは違うその人の持つ特徴です。

それによって他人とは違う自分の人生を、はっきり認識することができます。

何をすべきか、自分の使命は何か、決める上での指針です。

問題は周囲の理解です。

わがままと個性とは違います。

生きていく上で最低限のスキルさえ学んでいないうちは、まだ好きなことを探す段階です。

この個性を育てる段階で、わがまま放題にしてしまうと禍根を残します。

矯正するのに時間と労力がかかってしまうからです。

2. 昔はみんな画一的に教育されていた

昔の指導者は、自分の指導後進に従うことを求めました。

しかし各界の大物には、それに従った人よりも、反発した人のほうが多かったように思います。

例えばプロ野球で大きな足跡を残し、三冠王を3度もとった「オレ流」の落合光博満です。

彼は体育会系の雰囲気を嫌い、野球の強豪高校には進みませんでした。

それでも普通の高校で、7度にわたって野球部への入退部を繰り返しています。

進学した東洋大学でもやはり体育会体質がいやで半年でやめてしまいます。

社会人野球の東芝府中では、やっと大人扱いされたのでしょう、大活躍します。

そして25歳と当時としては非常に遅いプロ入り(ロッテ・オリオンズ)を果たします。

しかしそこでも個性的なバッティング・フォームを酷評されています。

しかし守ってくれるコーチがいたこと、巨人からロッテへ移籍してきた大打者・張本勲がそれでいい、と太鼓判を押してくれたことで救われました。

やがて彼にしかできないバッティングを確立し、すばらしい業績を上げました。

彼の軌跡は、基本には忠実にと言いつつ、個性を封じ込めようとする2流の指導者たちとの戦いだったのでしょう。

3. 没個性からは新しいものは生まれない


大相撲の初代・貴乃花の二子山親方という人がいました。

現役時代も名大関として人気者でしたが、この人は指導者としての方が優れた才能を発揮しました。

実子の2人、若貴兄弟を横綱に、貴ノ浪を大関に、貴闘力や安芸乃島を関脇に、その他数多くの関取を育成しました。

すごいな、と思ったのは、二子山部屋の力士には同じようなタイプが一人もいなかったことです。

どの力士も、顔つき、体型、取り口、すべて個性的でした。

一番凄かったのは貴ノ浪(後の音羽山親方2015年急逝)です。

相手にもろ差しを許し、土俵際に攻め込まれてから自分の相撲が始まるという、ちょっとあり得ない相撲取りでした。

それでも二子山親方は、型にはめようとはしませんでした。

また出世をあきらめて、若手力士いじめが生きがいとなっているような古参力士には、意を含んで辞めてもらったそうです。

若手がのびのび稽古できる環境作りを、徹底して行っていたのです。

二子山部屋から個性的な力士が育ったのは必然でした。

4. 個性がある人に対する世間の目が変わってきた

役所や名門といわれるような大企業では、あまり個性的にすぎる人は出世できません。

重役にはなれたとしても、事務方のトップや社長には、敵の少ない、当たり障りのない凡庸な人がなるケースの方が多いようです。

凡庸な人は組織を守ることには誰よりも熱心で、構成員に安心感を与えます。

例えば東芝の社長たちは、凡庸なくせに野心だけは人一倍でした。

それも社業とは関係ない、経団連会長になりたい、などという個人的なそれです。

そのため結果として粉飾決算にまで手を染めてしまいます。

そしてそんなことを指示した覚えはない、と開き直っているのですから、彼ら本来の人品レベルは簡単に察しがつきます。

そのため社員と家族は塗炭の苦しみに合っています。

東芝は、なぜろくでもない権威主義の社長ばかり続いたのでしょうか。

みなすっかり個性をなくしてしまい、この人でだめだったから、次は別の個性とビジョンをもつこの人で、というわけにはいかなくなっている面も大きいのではないでしょうか。

東芝問題は日本の組織の危うさを白日の下にさらしました。

没個性はその一つでしょう。

5. 自分を持つということの大切さ

自分をしっかり持つことは大切です。

しかし地位のある人たちは、それを自分の立場を守ることに転化するばかりです。

森友学園や加計学園問題を見てれば、多くの人が実感しているでしょう。

登場するメンバーは一見個性的でも、彼らの振舞いは個性を発露していることとは違う、という思った人は多いのではないでしょうか。

どの人も保身ばかり考えているようにしか見えませんでした。

他の目標はまるで持っていないようです。

彼らのようになrないように、他人にも自分の良心にも恥じない、しっかりした自分というものを確立したいものです。

6. 個性的な人は大化けする可能性がある

個性的な人は、組織の中で微妙な立場に置かれていることが多いものです。

上司や同僚の評価は2つに分かれ、本人の好き嫌いもはっきり分かれているからです。

まず懐の深い上司に、潜在能力を理解してもらっていることです。

同期や後輩の中にファンがいることも必要でしょう。

新しいプロジェクトや、部門がピンチに陥ったときに、本命として登場するイメージです。

実際そうしたワンポイントリリーフの成功から、社長にまで上り詰めた人もまれではありません。

組織のなかではこうした人材のストックが絶対に必要です。

7. 個性を伸ばすには親の教育が肝心

口やかましい両親のもとでは、個性を伸ばすことは難しいでしょう。

箸や鉛筆の持ち方を矯正する分にはかまいませんが、親の好みで子どもの趣味趣向まで選別してしまってはいけません。

あるとき将棋のプロ棋士の自伝を読んでいたところ、「ウチの遺伝子で、お前が将棋のプロでやっていけるわけがないじゃない。」と母親に言われ、落ち込んだという記述がありました。

子どもの決意を試すためには有効かもしれませんが、まだ気持ちの強くない子にとっては、ひどい仕打ちといえるものです。

ちなみに今話題の史上最年少の中学生棋士、誰もが認める天才・藤井聡太四段の両親は、将棋とはまったく関係ない人たちです。

両親とも体操選手というサラブレッド、内村航平選手とは全然違います。

どんな才能があるかなど、誰にもわかりません。

否定からはいるのは百害あって一利なしです。

8. 十人十色を受け入れる心を持とう

狭い交際範囲のなかで過ごしていると、多種多様な個性に接することができません。

そうして過ごしていると、思いがけないタイプの人に遭遇した場合、感動するよりも、受け入れがたいと警戒してしまうことでしょう。

これでは人間としての成長が止まってしまいます。

交際範囲を拡げ、十人十色な他人の個性を受け入れていきましょう。

これは人格を磨くことに直結します。

そして人生に大きなプラス効果をもたらしてくれます。

個性があると言われる人の20個の特徴

以下個性的と言われる人の特徴を、できるだけ多方面にわたって探ってみることにしましょう。

当てはまるものが少ない人は、少し人生の軌道修正を考えてみましょう。

1. 人生を楽しんでいる

個性的な人は、あまり社会の規範にしばられない振舞いが多いようです。

かといって反社会行為にまで染まるようなことはありません。

知人、友人の範囲内たしなめられるレベルで留まっています。

その範囲内を、自由気ままにに泳いでいるイメージです。

人生を楽しんでいるように見えるでしょうが、それは単なるゆるキャラを意味しているわけではありません。

人の心にアピールする尖ったと才能なり資質はちゃんと持っています。

それが期待感をもたらし、周囲の包容力を大きくしてくれます。

2. 自分は個性的であることに気付いている場合が多い

個性的な人は、自分が普通の人とは違っていることを、概ね理解しています。

それは周囲の見解とも一致しています。

ですからそれらの不一致による大きなトラブルは、発生しにくいものです。

小さなトラブルであれば、周囲の気付かいによって、小さなまま終わっているということでしょう。

ただし当の本人は、気を使わせていることについて、どこまで気が付いているかどうか定かではありません。

3. 自分に自信がある

個性的と称される人たちは、自分のスキルには、かなりの自信を持っています。

自分の最大のよりどころですから当然といえます。

彼らの自由気ままな振舞いとは、周囲が依然として自分のスキルを認めてくれているのかどうか、確認をしているのだけなのかもしれません。

それらの行為は、あまり頻繁にはならないようにしましょう。

何事も限度はわきまえまておくべきです。

4. ポリシーを曲げない

個性的な人は、他人のアドバイスを聞き入れて、意見やポリシーが簡単にぶれるようなことはありません。

それをぶれない姿勢として肯定する人もいれば、かたくなな姿勢を嫌い否定する人もいるでしょう。

評価の振幅が大きくなるのは、このタイプの人間では仕方ありません。

肯定してくれる人、つまりファンを失わないようにしましょう。

それには余計なトラブルを起こさないことです。

5. 好きなものをとことん追求する

個性的な人が個性的と言われる所以は、人よりも目立つ強烈な売り物を持っているからです。

天性の才能というケースはもちろんあります。

しかし好きなものをとことん追求することによって、強い印象を放っているケースもたくさんあります。

後者のケースでは、周囲の理解によって、じっくり育てていきたいところです。

好きこそものの上手なれ、という通りです。

うまく伸びれば、将来大化けするかも知れません。

6. ある分野で特筆すべき才能がある

ある分野で特筆すべき才能があることによって個性的な人、といわれる場合もあります。

そして突出した才能の持ち主は、それを持て余し、あちこち頭をぶつけてしまいます。

ビートルズのジョン・レノンは、両親から切り離され、叔母の家で育ちました。

叔母夫婦は可愛がってくれましたが、真の両親から安定した愛情を得られない心の空虚は埋められせん。

さらにたぐいまれな芸術的才能も、自分ではどう扱っていいか図りかねていました。

小学校の教師はそんな彼のことを「針のように鋭い子だ。」と評しています。

もしポール・マッカートニーと出会えていなければ、針は折れ、誰からも理解されない、アルコール中毒の自称前衛芸術家で終わった可能性は十分にあります。

7. あまり客観的に自分が見えていない

ジョン・レノンは子どものころ自分は天才ではないか、と思ったことがあったそうです。

後に成し遂げたことを評価するなら、それは紛れもない事実でした。

しかし彼はそのとき、客観的に自分が見えていたといえるのでしょうか。

おそらくそうではないでしょう。

客観的に自分を見るということは不可能に近いのです。

ですからそのこと自体を問題とすべきではありません。

周囲の人間たちは、できるだけ温かく見守り続けることが必要です。

8. 感情表現が下手

またジョン・レノンになりますが、彼は中学、高校に進学すると、すっかり皮肉屋となってしまい、残酷な人を傷つけるジョークばかり言っていたそうです。