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ロイホで食べれるおすすめメニュー10選

家族でも、友達同士、恋人同士、そして一人でも絶対に楽しめるファミリーレストラン「ロイヤルホスト」!

みなさんの街にもありますか?

おいしいのはもちろん、サービスも文句なしで、行くとやっぱりホッとする安心感がありますよね。

あの、タカアンドトシさんが司会を務めている人気番組「帰れま10」にも登場しました。

そんなロイヤルホストで人気のメニューをご紹介しちゃいます!

ファミリーレストランでもいろいろなお店がありますけど、ロイヤルホストがどうして長年愛されているのかひも解いてみましょう♪

この記事の目次

みんな大好き!ロイホに行こう

みなさんにとって、ファミレスといえばどこですか?

いっぱい人気のファミリーレストランがありますけど、忘れてはならないのが「ロイヤルホスト」の存在です。

よく「ロイホ」って言われています。

ロイヤルホストといえば、パンケーキやオニオングラタンスープが有名ですよね!
パンケーキが大きなブームになる前から話題になっていました。

そして、今や北は北海道、そして南は沖縄にも店舗を持っています。

仲間といっても、家族と行っても、そして一人で行っても心地よくって、絶対にハズレないファミレスです。

皆さんにとっても、ロイヤルホストでの思い出がいろいろとあるかもしれませんね。

恋人と一緒に行って、シェアして食べたデザートとか、友達と一緒にいつまでもおしゃべりをしたりとか、そして家族で外食といえばロイホだった、という方もいるでしょう。

そんな、世代を問わず大好きになっちゃうロイホの魅力を発掘していきましょう♪

1. ロイホの歴史をひも解こう

ロイホではどんなメニューが人気なのかを調べる前に、まず、ロイホの歴史について考えてみましょう。

みなさん、ロイヤルホストはいつ頃、どこで第一号店が開店したのか知っていますか?
いつも通っていてお気に入りのファミレスだとしても、じつはその歴史なんて全然知らなかったりしますよね。

食べることやゆっくりとすることに必死で、全然お店としての歴史や過去については考えたことがなかったかもしれません。

ではこの機会に、ロイヤルホストがもともとどんなお店だったのか、どのようにして人気店として知名度が高くなったのか、いつごろから全国に展開するようになったのか、そんな点を少し探ってみましょう!

創業者

ロイヤルホストは、日本の実業家である江頭匡一さんがロイヤル株式会社(現在はロイヤルホールディングス株式会社)を設立し、展開していったお店です。

江頭匡一さんは、ファミリーレストランの草分け的存在としてその世界では有名な方です。

江頭匡一さんは1923年3月25日、福岡県の現在の久留米市に生まれました。

現在の福岡県立嘉穂高等学校を卒業し、その後、米子地方航空機乗員養成所に入所します。

もともと見習いのパイロット、そして見習いのコックなどをされていたようですが、その後、福岡にあった米軍基地で理髪店やタクシーなどの多くのサービスを行う便利屋さんとしての商売をされていたようです。

それが儲かるようになりきっかけとなって、1950年にロイヤルの全身会社・キルロイ特殊貿易株式会社を設立されました。

先見の明があった江頭さんは戦争が終わると米軍相手の商売の需要がなくなることを見越して、コネを使って日本では作れないようなおいしい粉を入手し、日本人相手にパンやケーキを作ってそれが人気となりました。

そして、1951年には質の高い商品を提供する会社として、「ロイヤル」と新たに会社をスタートさせます。

その年には、福岡空港の国内線運航開始という出来事がありました。

その時に同空港内に食堂運営を始め、機内食の納入もスタートさせます。

さらに1953年には福島市の中州にフランス料理のお店「ロイヤル中州本店(現在は花の木)」を開業しました。

なんとそのお店には、あのマリリン・モンローがジョー・ディマジオとの新婚旅行で日本に来日していた時に3日間も通っていたそうです。

それも、お店はオープンしてまだ3か月の時でした。

あのマリリン・モンローとジョー・ディマジオの舌もうならせたわけですね!

そのエピソードはロイヤルホストのメニューにも載っているそうですが、マリリン・モンローがお気に入りとして連日通い詰めたのは、オニオンスープが目当てだったようですよ。

ちなみに、江頭匡一さんのお父さんである佳造さんは、剣道の九段で、範士の資格も持ち、居合も教士の資格を持つほどの武道家だったそうです。

江頭家には婿養子として入ったようですが、その妻、つまり匡一さんのお母さんは福島県城島町で400年も続いた酒屋、江頭酒造の一人娘だったようです。

江頭匡一さんは、そこに生まれた長男であったので、食に関しては小さいころからこだわりを持っていたのかもしれませんね。

江頭匡一さんは、お店で出される予定の料理をすべて、自分自身の舌で味わい試食し、ダメだしをしていたそうです。

それも、すべての料理を完食していたので、一日に10回以上の試食をこなしていたこともあったようで、大量の消化剤と下剤を飲み、浣腸まで打ちながらそのようなことをこなしていたと伝えられています。

そのようなことから、体調を壊すことも多く、何度も開腹手術を受けてもいたようです。

ものすごく、ストイックでこだわりと信念をもった方だったんですね!
それまでの食へのこだわりと情熱が、多くの人から今も愛されるお店を作り上げたことがわかります。