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情で物事を決めないほうが良い5個の理由

「情けをかける」という日本語を聞いたことがある人は多いと思います。

あまり日常的には使用されない言葉ですが、言葉通りに相手に対して同情したり、親切にしたり、相手の立場に立って考えてあげることを意味します。

情の感情は日本人にとってそれだけ馴染み深くもありますが、情で物事を判断するのは止めた方がいいこともあります。

情で物事を決めない方が良い5個の理由を解説していきます。

この記事の目次

情で物事を決めないほうが良い5個の理由

情というものは、いわば相手に対する同情や肩入れを意味します。

つまり、情をかける相手に対して自分の感情を強く入れてしまうあまり、判断基準がそちらへと偏ってしまいがちです。

物事を公平に判断しようと思うなら、常に冷静に、そして客観的な立場で相手を見る必要がありますが、情が入ってしまうとなかなかそれが上手くはいかなくなってしまいます。

1、バランスよく検討されない

例えばある犯罪について、二人の人物を裁判にかけたとします。

片方は無罪で、もう片方は有罪です。

普通ならば有罪の人物の方が裁かれなくてはなりません。

しかし、もし有罪の人物と裁判官が親しい間柄であったとしたら?

裁判官が有罪人に情を抱いていた場合に、もしかしたら有罪判決を間違ったもので下すかもしれません。

このように、情は時に正義や法律を捻じ曲げてしまう恐れもあります。

それだけ情で物事を判断することは、バランスよく検討されない可能性が高いのです。

合理的な中身にならない

情で物事を判断すると、客観的な視点で捉えることが出来なくなってしまいます。

物事を判断する際には当人の主観的な判断になってしまうことが多いため、まったく合理的な中身にはならないことも多いです。

とりわけ物事の判断を下す立場にある人間は、仕事であればそれなりの役職や地位を持っていることが多いです。

上に立つ人間が合理的な中身にすることが出来なければ、下の人間が不満を抱くのも仕方がないと言えるでしょう。

2、心から結論を信用できない

情で物事の判断を下す人間の決断は、あまり信用することが出来ません。

何故ならばその判断は一時の感情に依って下されたものであるため、それが翌日以降も同じように続くかというと、必ずしもそうではないからです。

もし今日出た結論が、明日や明後日になってころころと変わったとしたら?

言うまでもなく、周りの人間はその下された判断の結論を心から信用することは出来ず、またその判断を下す人間のことも信用することは難しいでしょう。

常に疑心感が付きまとう

下した判断に一貫性のない人や、ころころと結論を変える人のことは、誰しも心から信用することは出来ません。

そうなると、常にその人に対しては疑心感が付きまとうことになります。

「あんなこと言っているけど、どうせ明日には意見がまた変わるだろう」と思われてしまい、一つ一つの結論を軽んじる人が増えてしまいます。

そうなると、皆が心を一つにして集中することは不可能でしょう。

3、冷静な判断をし損なう

情で物事の判断を決める人は、常に主観的な判断をしています。

すなわち、その時の自分の感情によって判断を下すため、公平で客観的な判断をすることが出来ません。

そうなると、冷静ではない状態で下された判断は正しいものとは言えず、正しい判断をし損なった結果時間が経ってから後悔することも少なくはありません。

特に自分がカッと頭に血が昇っている状態で下した判断はむちゃくちゃで、何の理論も根拠もないものがほとんどです。

そんな判断に対して周りの人間も付いていくことには当然抵抗を持つことでしょう。

大きな間違いが生じる

その場の感情によって下された判断は、後に大きな間違いを生じさせる原因にもなります。

例えば会社にとってとても有益な人材がいたとします。

しかしその人物から、正当な間違いの指摘を受けた上司がプライドを刺激されて、怒りの感情に任せてその人物を解雇してしまいます。

すると後になって解雇された人間が別の会社で上役まで昇りつめ、ライバル社であった自分をクビにした会社をあっという間に業績で追い抜かしてしまいます。

こうなってからでは、優秀な人材をクビにしてしまった会社は後悔しても遅いのです。

このように、一時の主観的な判断は、後になって「やらなければ良かった」と後悔するような結果を引き起こす恐れがあるのです。

4、自分の考えを言い辛くなる

下手に情を持ってしまうと、相手に対して時に自分の考えを言い辛くなってしまうことがあります。

例えば相手が間違った行動を取っていても、自分が嫌われたくはない、または相手を傷つけたくないからその間違いを指摘せず、結局は相手が自滅してしまうという流れは現代社会においても特に珍しいことではありません。

一見日本人の優しさ故の悲劇とも思えますが、実際には相手のためにならないと分かっていてもそれを口には出さないということは、相手にとっては残酷で冷たい仕打ちとなるのです。