「神聖」のイメージはつかめましたか?
4. 畏敬の念
畏怖の念の類義語を見ていきましたが、似てはいるけれど違う部分も多かったですね。
ですが、畏敬の念のほうは畏怖の念に大変近いものがあります。
読み方は「いけいのねん」と読みます。
この言葉も主に神や仏に対して使われるようですね。
そのような使い方から「敬虔な気持ち」と似ているところがありますが、敬虔な気持ちのほうは慈しむ気持ちがありますが、畏敬の念は畏怖の念と同じく恐れつつも敬うような感じの意味合いです。
一番近い類義語はこの畏敬の念かもしれませんね。
どういうものに対して感じる感情?
普段なかなか恐れおののきつつも尊敬するという事は現代社会においては大分減ってきました。
先ほども触れたように富士山の噴火は昔は「神の怒り」と恐れられてきました。
ですが、今は科学的に噴火のメカニズムもわかってきています。
ですので、日本でもまだ噴火している山はありますが、「神の怒り」と恐れつつ敬うことは減りました。
病気に関しても昔は「祟り」と言われてきましたが、医学的にいろいろなことが証明されるようになってからは、もうそこは神の領域ではなくなりました。
現代社会においてなかなか感じる機会がない「畏怖の念」ですが、どのようなときに感じるものかを掘り下げてみていきましょう。
1. 神や仏
普段私たちが生活しているところで神や仏を意識することは減りましたよね。
何か窮地に陥ったときに少し「神様!仏様!」と心の中で祈るくらいでしょうか?
先ほども触れたように昔は科学的に発達していなかったために「神の怒り」とか「祟り」などでただひたすら恐れられていたところがあります。
ですので、昔の人こそが常に畏怖の念を感じることは多かったのではないでしょうか?
確かにこのように仏事や神事に熱心ではなくなってきましたが、人が亡くなった時の葬儀時に神や仏に対する畏怖の念を少し感じることがあるくらいです。
2. 不思議な現象
確かに現代では基本的にいろいろな現象が科学的に証明されています。
でも、こんなに発達した科学をもとにしても未だに解明されていないことがあります。
不思議な現象って?と思いますが、例えばプラシーボ効果について皆さんはご存知ですか?
著者も聞いたことがありますが、パニック障害を患っている方に精神科医の先生が「お薬だよ。」とビタミン剤の錠剤を渡すと(パニック障害をお持ちの多くの方が苦手な)電車に乗ることも発作を起こすことなくすんなりとできるのだそうです。
もちろん、ビタミン剤にパニック障害の発作を止める効果は全くありません。
なんと、手術に関しても同じことが言えるようですよ。
手術不可能で閉じる形になったとしてもお医者さんから「手術できたよ!」と言われると本当に手術したような効果が出ることもあるとか!
また、地球に当然のようにある水ですが、この水がなぜできたのかの科学的証明はまだまだ時間がかかるようです。
昨今地球に似た惑星を発見すると水があるかどうかの確認はなされますね。
でも、なかなか水がある惑星の発見に至らないところからすると、地球は奇跡の惑星なのかもしれませんね。
3. 素晴らしい人に対して
中には人間的に恐ろしいまでに素晴らしい人はいます。
伝記でもそのような偉人の方は多くいますね。