日常生活を送っていると、様々な人と出会いますが、様々な人と出会うということは様々な性格の人と関わると言うことです。

例えば良い性格をしている人もいれば悪い性格をしている人もいます。

良いと悪いの定義については難しい部分があるかもしれませんが、例えば愛想がなかったり普段から発言がとげとげしかったり、文句ばかり言う様な人は一般的には性格が良いと思いません。

その反対に常にポジティブな人だったり、 常に明るかったり人に対する反応が優しかったりする人は性格が良いと思うことができます。

当然ながら人によって何かしらの考え方や対応などが全く違うのでしょうがない部分があるかもしれませんが、どうしても苦手だと感じたり、関わりたくないと思ってしまう様な人が存在するのは事実です。

関わりたくないと思ってしまう様な人は、特徴として大きく当てはまるのが、人としてのモラルがない人が嫌われてしまう傾向があります。

あなたの周りにも、モラルや倫理が欠けていると思うような人はいませんか?
今回は、そんな倫理がないということをテーマにして人気がない人の特徴や行動についてご紹介していきます。

倫理観とは何か

日常生活の中で人として行うべきではない行為を行えば当然倫理観がないと判断されてしまいます。

自らの行動を客観的に見て注意していなければ時には、倫理観がないような行動をとってしまいがちですが、倫理観とは何かということについて問われるとなかなか具体的な意味を述べることができない方もいます。

などで倫理観があるなしを判断する前に、倫理観の正しい意味について理解する事が大事です。

倫理観の正しい意味を知る事で、倫理があるなしが適切に判断できるようになります。

倫理の定義

まず倫理と言う言葉の定義について考えに入っていきたいと思います。

倫理という言葉は難しい言葉ですし、普段の日常生活などではあまり使わないので、比較的意味合いを知る機会が少ないので、なんとなくという意味で理解されてしまいがちな単語です。

なので、知らないうちに間違った意味として使用されている可能性などもありますので、必ず注意して理解ください。

辞書的な意味

まず倫理という言葉を考えてみると人として守り行うべき道という意味合いを持っており、善悪・正邪の判断において、普遍的な基準となるもの、そして道徳、モラル、という言葉の意味を持っています。

このままでは若干意味合いとしては難しいかもしれませんね。

いってみれば、モラルが欠如しているという言葉があるように、モラル=倫理というとらえ方ができます。

このように表現してみればなんとなく意味を理解しやすいかと思います。

一般的な意味

倫理という言葉の辞書的な意味についてご紹介しましたが、具体的に一般的な会話の中でどういう風に使われているのかということを簡単にご紹介します。

例えばあなたの周りにある人がいてその人がいつもルールを破ったり人に暴言を吐いたりするなど、人に対する接し方や行動が著しくひどかったとします。

例えば会社のルールでお菓子を食べてはいけないというルールがあるのにいつもお菓子を食べていたり、人と接する時にはすぐに怒り出して自分のことしか考えていない目線で人に暴言を吐いたりしてしまっている姿を見たとします。

そのような人に対してあの人は倫理がないな、若しくは人としてのモラルが欠如しているという風に表現することができます。

なので簡単に言えば人としてのルールを守っていなかったり、人としての行動でおかしい部分がある場合にそれを指摘するような意味合いとして用いられています。

本来人間であれば決められたルールは守るべき事ですし他人に対しては思いやりをもって接することが求められています。

もちろんルールは人によって違うかもしれませんが、会社に属しているのであればそれはルールを守ると言う概念を理解したうえで会社に所属していることを自分自身で判断しているわけですから、当然守らなければいけないという風な考え方になります。

自分が望んで入っている場所のルールも守れないということは、倫理的に見てもおかしいという風な判断が取れるので、だからこそ人としての倫理に反してると言う言葉でその人を表現することができるのです。

個人を超えて、問われる倫理

ちなみに先ほどの例では個人に対しての倫理観をお伝えしましたが、倫理観が問われるのは何も個人だけではありません。

個人を越えてさらに会社だったり企業などの倫理観についても表現できる言葉です。

個人に関しての意味合いと会社に対してないとしてはどういう風な違いがあるのでしょうか。

個人はその個人の考えてることや行動などについて指し示すことができますが企業と言うと人ではなくて存在なので、具体的にどういう風な持ち方をすれば良いのか分からない方もいると思いますので簡単に解説していきます。

企業の社会的責任

個人を超えて企業に問われる倫理観としては企業の社会的責任に関して問われる場合が多いです。

個人に関して言えば先ほどお伝えした様に個人の行う行動や考え方、言動など、様々な面で表現する事が出来ましたが、企業の場合は人ではないので行動などはありませんが、企業側の判断や対応といった社会的責任について表現することが出来ます。

例えば、 最近話題になっているブラック企業と言う言葉があります。

一般的にブラック企業と言うと残業代を支払わないとか過酷な労働を強制させるなどといった、一般的な企業としてはあるまじき行為を平然と行っている会社だと認識されています。

企業として存在しているからには人を雇うのは当然ですが、人を雇うからには当然ながら労働に関しての法律などを熟知した上で、間違いのないように規律を守りながら雇用を行わなければいけません。

ブラック企業のように雇用をする上で違反をしているような、ルールを破っているような雇用の仕方を行っていることは企業の社会的責任が問われてモラルがないと表現することができると言えます。

このように企業としてのあり方や業としての対応などを社会的責任と絡めた結果、モラルがない、倫理観のない会社であるという風に表現する事が出来ます。

コンプライアンス

現在の世の中で企業に対してはコンプライアンスが求められています。

コンプライアンスと言うとどういう意味合いかと理解されていなかったりされがちですが、コンプライアンスは企業コンプライアンスとも呼ばれており、コーポレートガバナンスの基本原理の一つとして理解されており、簡単に言えば、企業が法律や内規などの基本的なルールに対して従って行動を行うことを意味しています。

またはそのようにしなければいけないという概念について指し示している言葉です。

コンプライアンスと聞くとなかなかパッドしない印象ですが法令遵守という言葉を聞くとある程度想像がつきやすいと思います。

コンプライアンスは日本語では法令遵守と訳されたりすることが多いので、法令遵守と聞くと法律や規則などの法令を守らなければいけないという意味となり、コンプライアンスという言葉よりかは分かりやすいといえます。

昔はサービス残業だったり長時間の労働などは当たり前とされてきました。

日本は仕事に対して情熱を持つ取り込むことができる国なので、その情熱が大きければ大きいほど自分の時間を削ってまで仕事に従事してきた背景などもあります。

長時間の仕事を行っていることが美徳とされており、ながいしか働いてる人間ほど評価されたりする傾向がありました。

しかしながら昨今のブラック企業の存在が明らかになり、長時間労働が理由による肉体的、精神的な病気であったり、 自殺者などが増加傾向にあるということから社会全体でも問題視されるようになり、より企業に対するコンプライアンスの徹底が求められるようになっています。

例えば企業で言えば最近話題の電通などもそうですが、新入社員が長時間の労働を強制されていたり、上司から精神的に圧迫されるような言葉を日常的に言われていたとして企業としてのコンプライアンスが問われています。

このコンプライアンスと言う言葉は言い換えてみれば倫理観ということで言い表すことができます。

つまり企業の社会的責任が問われているということにもつながるので同じような意味合いとして用いることができると言えます。

倫理観がない人の特徴

ここまでは倫理という言葉について簡単にご紹介してきましたが、ここからは倫理観がない人の特徴についてご紹介していきます。

世の中にはたくさんの人間が存在し、人によって物事の判断基準だったり伝え方とは全く違います。

世の中に存在するたくさんの人が全く物事に対して同じ意見を持ったり同じ行動をとるのであれば当然ながら倫理観がないということが存在しないはずです。

しかしながら育ってきた環境であったり自分自身の考え方にたくさんの影響を及ぼされてきた結果、人間は誰しもが考えることや行動が違うようになるので、時には身の回りにいる人で倫理がないと感じる人もいるかもしれません。

ピント倫理観と言う言葉の意味を理解しておかないと本来は自分が倫理観がないのに倫理観がないと誤って判断してしまうことにもつながりかねませんので、正しく倫理の意味を理解した上で客観的に物事を見ることが大切だといえます。

嘘をつくことに抵抗がない

倫理観がない人の特徴として嘘をつくことに抵抗がない人が挙げられます。

あなたの周りにも平気で嘘をついたり日常会話のように嘘をついてしまう人はいませんか?
嘘をつくことに慣れていない人間はそもそも嘘をつくことをほとんどしません。

嘘をつき慣れていない人は嘘をつくことによって自分自身が動揺したり後ろめたいような気持ちになってしまうことを理解しているからこそ、よっぽどのことがない限りは嘘をつかないと思います。

しかしながら嘘をつくことが日常的に行っており嘘をつくことに何の後悔も感じてない人は、相手に対して誠意がないという事になります。

相手のためを思って嘘をついたりすることもあるかもしれませんがそれを除けば基本的に嘘と言うのは自分が見栄を張ったり相手に自分を良く見せようという思いから取る行動です。

相手に真実ではないことを伝えた上で自分を良い立場にしようとするということは、 結局は何事に対しても自分を主体的に考えてしまい相手のことを考えていないという結果になります。

だからこそ嘘を平気でつくことが出来る人は倫理観がない行動をとってしまいがちだといえます。

嘘つきは泥棒の始まり

嘘つきは泥棒の始まりという言葉があるように嘘をつくということはねじ曲がった考え方を持っているということです。

先ほどお伝えしてはに自分が見栄を張ったりして自分の立場を良くしたりしようとする考えが根底にあるので、他人を蹴落としてでも自分が優位な立場に立ちたいと考えてることがあるといえます。

なので自分を下に考えてしまっており、他人の事などどうでもいいという風に考えてしまいがちです。

また嘘をつくとどこか辻褄が悪くなったりして、また新しい嘘をつかなければいけなくなったりして、最終的にちょっとしたらそが大きな嘘に発展してしまい取り返しがつかないようなことになってしまいます。

嘘をつくということはたくさんのリスクが発生してしまいます。

良いことをすれば自分に返ってくるように悪いことをすれば全てそれも自分に返ってきます。

嘘をついていることが判明した場合周りの人からは信頼感がなくなってしまい、あまり関わりたくないとも思われてしまう可能性がありますので倫理観がないと判断されてしまいます。

嘘をつくということは人間として行うべきではない行為であり、最低の行為でもありますので嘘をつかないようにしてください。

貞操観念が希薄

倫理観がない人の特徴として貞操観念が気薄だという特徴が挙げられます。

貞操観念とは女性が異性関係について純潔を守ろうと考えていることを幅広く示している表現です。

しかしながら日常での一般的な意味としては、男女がお互いに性的な純潔を保つことというような意味で使われる場合が多いので、女性限定ではなく男性も含めて結局は男女がお互いに純潔を保つということにつながります。

つまりとても簡単に言えば男女関係を良い関係にしようという考え方のことです。

なので貞操観念が低いということは異性との性的関係が簡単に行ったり、男女の付き合いに関して軽薄な考え方をしているような人のことを指し示しています。

なので日常的な事例でお答えすると、浮気をしたりだとか男女の関係になればではペースが速い人、たくさんの不特定多数の相手と性的関係を持っているという人間に対しては貞操観念が希薄であると判断することができます。

特定の交際相手や配偶者がいても恋愛をやめられない

例えば交際している特定の相手がいても恋愛をやめられないと言う方が該当する場合が多いです。

あなたの周りにも恋愛体質な人間はいませんか?

常に恋人がいないと落ち着かないような寂しがりな人間であり、すぐに距離を縮めて来ようとする貞操観念が低い人がひとりくらいはいるはずです。

常に恋愛をしていないと落ち着かない様な人間は、特定の相手がいたとしても恋愛のドキドキ感を味わいたいがために他に人を見つけて浮気をしたりする可能性が高いです。

特定の交際相手がいるのに恋愛をやめられない人は一般的に見て軽薄な考え方をしており貞操観念が低く倫理観を持っていない人間だと判断されてしまいます。

既婚者の異性にも隙を見て挑んでくる

貞操観念が低い女性の場合はよくある例として既婚者が相手でも何の躊躇もなく誘ってきたりする場合が考えられます。

男性にも問題がありますが基本的に男性が女性から誘われてしまうとなかなか断ることができずにそのままの流れで関係を結んでしまうことも多いといえます。

基本的に恋愛やそのような誘い事に関しては男性が主体となって誘う場合が多いのでその逆の場合があった時に男性の中にはせっかくの機会だからもったいないと考えてしまう様な価値観を持っている人も存在しています。

しかしながら一番の問題としては既婚者だと言うことを理解しているのにも関わらず誘ってくるような貞操観念が低い女性が問題でもあります。

貞操観念が低いことによって一般的には考えられないような行動をとってしまいがちになり、そのようなことが明らかとなった場合は周りの人からは信頼感もなくなります倫理観がない人だと思われてモラルのない人間だという烙印を押されてしまいます。

周りの人間関係をなくさないためにも、自分の行動を客観的に見て間違っていることは間違っていると認識することが大切だと言えます。

仕事でもトラブルメーカーになりがち

倫理観がない人の特徴として仕事の場面でもトラブルメーカーになりがちな特徴を持っています。

これまでご紹介してきたとおり倫理観がない人と言うのは社会のルールを守らないと言う場合や、自分の行動が自分の目線でしか物事を判断していないので自分勝手な発言や行動などが顕著に目立つ場合を指し示します。

当然ながらこのような考え方や行動をとっている人と一緒に仕事をしてうまくいくはずがありませんよね。

時には問題行動が原因でチームワークが見られて満足のいく質の良い仕事ができなかったり、問題行動が原因によって同じ会社に勤めている人とトラブルになってしまったりして仕事がやりにくくなってしまったりするなど仕事の面でも何かとトラブルを起こしがちになるので、周りから見ると倫理観がない、モラルがないという判断を受けてしまいます。

冷静に考えてみれば会社として問題がないようにするためにルールを定めているのにそのルールを守らないということは問題が起こらないはずがありません。

ちょっと考えれば分かるような事でも、倫理観がない人からすると理解ができないし、守る必要もないと自分勝手な考え方で判断してしまいましすので、必ず自分の行動を客観的に見る事が大切だといえます。

倫理観をもつには

ここまでは倫理観がない人の特徴についてご紹介していきましたが、ここから倫理観を持つにはどうすれば良いか、ということをご紹介していきます。

既にある程度の倫理観を持っている方からすれば今更と思うかもしれませんが、 常に注意していないと、もしかすると何らかのきっかけで急に倫理観を持たないような行動をとってしまうことにもつながりかねません。

倫理観を常に失わずにいるためには自分を常に客観的に見て判断することが大切です。

自分を客観的に見ると言うことは簡単そうで少し難しいことですが、普段から意識していればそこまで難しいことではありませんので自分を客観的に見る癖をつけた上でご紹介する倫理観を持つための注意点を常に心がけてみてください。

自分は社会の一員に過ぎないと知る

倫理観を持つためには自分自身は社会全体の一員に過ぎないと言うことを理解することが大切です。

どうしても自分自身が主役だと思ってしまいがちですが冷静に考えてみると社会全体で見ると自分はその大きな社会の中のたった一つの要因に過ぎないということを考えることで倫理観を持つことができるようになります。

たとえば自分が主役であると考えて行動するのと、自分自身は全体の中の一つでありチームの中の一つなんだという認識を持って行動するのとでは全く考え方も違えば行動も変わってきます。

自分が主役であると考えるならば何をするにしても自分が主体になりますが、全体の中の一つ、つまりチームの中の一つなんだと言う事を考えて行動すると自分ではなくチームが主体として考えるようになります。

普段から自分自身が傲慢な考え方であったり自分の目線でしか物事を判断できない場合は自分が主体になっている可能性が極めて高いので、そんな自分を変えたいのであれば自分が主体ではなく全体が主体であると言うことを理解することが解決方法の一つになるといえます。

歯車のひとつ

自分は社会の一員に過ぎないということを知ることは自分自身が大きな歯車の中の小さい歯車であると言うことを理解することができます。

歯車を見たことがある人であれば、理解できると思いますが、 大きな歯車が回っている中でその歯車に連動して小さい歯車がいくつも動いてる様子を想像することができると思います。

その見た目と全く同じで、世界全体が大きな歯車だとすると、自分自身はそれによって動かされている小さい歯車であると認識することができます。

小さな歯車は、大きな歯車に動かされており大きな歯車が主体となって動いているからこそ小さな歯車が回るので全く同じように大きな歯車である全体を見ることが大切で、その中の歯車の一つであるという認識を持つことができれば自分の行動基準も変わってくると言えます。

自分目線ばかりでなく、ときに俯瞰して周囲を見回す

倫理観を持ちたいと思うのであれば、 自分自身が社会全体の中の一つの要因に過ぎないと言うことを理解することが大切だとお伝えしましたがそのためには自分の目線ばかりではなく、時には俯瞰して周囲を見渡したり、 自分の行動を客観的にみることが大切です。

自分の行動を客観的に見ることができれば自分の行動が周りから見てどういう風に受け止められているのか、周りと比べたときに自分の行動がおかしくないかということを正しく判断することができます。

客観的に見て何も違和感を感じないのであればそれは正しいことですし、違和感を感じるのであればそれは倫理観が欠けた行動につながる可能性を導き出すことができます。

たくさんの目線から物事を見て、客観的に把握する事は、たくさんのことに気付ける可能性を秘めています。

普段から傲慢な考え方をしてしまいがちな方は自分の行動を客観的に見て周囲と照らし合わせて自分の行動を冷静に受け止めてみてください。

気付く点があれば改善すれば良いだけの話であり、これまでのことを悔いるのであればこれから正しい行為を行っていくことを注意してみてください。

自分は周囲に生かされていると知る

倫理観を持つためには自分は周囲に生かされているということを知るべきです。

周囲に生かされているということは先ほどお伝えした通り社会全体の歯車の中の一つ何だったと言うことを理解することと若干似ている点はあります。

例えばあなたが企業に属しているとして、普段から会社員として働いていると考えると当然ながら自分一人だけではなく自分の周りにたくさんの一緒に働いている人たちが存在していますよね。

たくさんの人たちと一緒に仕事をしているという事が自分が認識していなくてもどこかで他の人に助けられている点があるということです。

例えば叱られることはないくらいの小さなミスだったとしても必ずどこかで他の人がカバーしてくれていることもありますし、いま自分が行ってる仕事は仕事全体見たときの一部でありその他の部分は他の人たちがカバーしてくれているからこそ仕事が回っているという風に考えることができます。

このように自分が気づいていなくても実は週に助けられていたり生かされているということを知ることができれば自然と周りに対して感謝の気持ちを持つことができるようになります。

感謝の気持ちを持っているのと持っていないのとでは大きく考え方や行動が変わってきます。

感謝の気持ちを本当の意味で持っているのであれば自然と相手に対しては気遣いであったり、敬いの気持ちが表れて、それが行動となって相手に伝わります。

相手にこちらの気持ちが伝われば相手もこちらに対してその気持ちに対して誠意をもって答えてくれると言います。

だからこそ自分が周囲に生かされているということを知るという事は、倫理観を持つことにもつながるといえます。

他人のためになることが自分のためにもなる

周囲に自分が生かされていることを知れば人に対して思いやりや気遣いの気持ちをもって接することができるのでそれが自然と自分に返ってくるようになります。

あなたの周りにも対応が素晴らしい人は一人ぐらいはいるはずです。

対応が素晴らしい人は自分もその人が少なからず好きである可能性が高いですし、自分もこうなりたいと思うはずです。

相手に対して尊敬の念が生まれるのであれば必ず相手と接する時に好意的に接するようにになりますので、相手からしてもそれはとても嬉しいことだと言えます。

つまり相手のために気遣いをするということは最終的に自分のためにもなるという事です。

相手のことを思いやっていることができれば、相手も自分のために何かしてくれるという状況が生まれるからです。

自分のために相手に優しくするという考えは、一見正しいかもしれませんが、結局は自分が主体になってしまっているので、あくまで見返りを求めずに、相手に対して敬いの気持ちを持ち続けて行動すれば、自然と自分に良い状況が生まれてくるはずです。

相手のためにできる事を進んでおこなえるような人間になれれば、あなたの周りには自分を支持してくれる頼もしい仲間にあふれることが間違いありません。

それはあなたの魅力に繋がり、結果的に自分の力となって返ってくるので、周りに対して普段から感謝の気持ちを持つようにしてください。

情けは人の為ならず

情けは人の為ならずという言葉があるとおり必ず自分の行いは自分に返ってきます。

情けは人の為ならずと言う言葉を間違って解釈している人もいるかもしれませんので、正しい言葉の意味を伝えると、 情けは人の為だけではなく何巡り巡って自分自身にその恩恵が帰ってくるので誰にでも親切にせよという意味合いとなっています。

情けをかける言葉曲その人自身のためにならないので情けをかける言葉すべきではないという意味だと思っている人もいるのですが、これは間違いです。

情けをかける事は自分に良い事が返ってくるという意味なので、昔の言葉ではありますが人に対して優しくすれば、人の気持ちが返ってくるという事は以前から知られていた事だという事です。

人間の心理描写の結果を表した言葉ですが、 自分自身で考えてみれば納得がいく事だと思いませんか?

例えばあなたがとても困っている時に無条件で手を差し伸べてくれて親切にしてくれたという経験が必ずひとつはこれまでの人生であるはずです。

困っている時に助けてくれた人に対してあなたもその人の力になりたい恩返しをしたいと人間であれば思うはずです。

その結果助けてくれた人がいつか困っている姿を見て自分が力になってあげよーと助けてあげる行動を取れるようになるからこそ感謝の気持ちは忘れることなく持ち続け、いつか相手の為に返す時が来るという事です。