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いささかとはどういう意味?昔の言葉...(続き3)

すずめはとても小さい鳥ですから、涙も微量しか出ないという例えです。

これも量が少なくてわずかしか出ないということで、「いささか」と類語ということです。

️いささかの使い方

前に書いた類語の数でお分かりだと思います。

こんなに類語が沢山ある中で、何故、わざわざ古臭い「いささか」なんて言葉を使うのでしょうね?

現代で使われている言葉を使えば良いものを、「いささか」という古文的な言葉を使うのは、使い慣れていないと、なかなか出て来ないと思います。

ここで「いささか」の使い方をご紹介したいと思います。

いささか買いすぎたようだ

これは、「少し(いささか)買いすぎたようだ」ということですね。

現代的に「少し」というより、「いささか」という言葉を用いることで、少しだけ残念感が救われるような感じがしませんか?

彼の行動にはいささか困った

同じ「いささか」でも、内容によっては、意味合いが多少変わってくるものですね。

「困った」という言葉が後にくることによって、「少し」というより、「もう少し」というイメージに感じられます。

「彼の行動にはちょっと困った」という意味に捉えると、「少し困った」と言うより、「いささか困った」の方が、困っている加減が多少強めに感じられますよね?

今日はいささか食べ過ぎた

ただストレートに、「今日は少し食べ過ぎた」というよりも、「今日はいささか食べ過ぎた」と、「いささか」という言葉を使うと、「少し食べ過ぎた」というより、哀愁というか、かなり落ち込んでいるように感じますよね。

また余談ですが、「~過ぎた」と後に付けることで、本来は標準より「少なめ」のはずの言葉が、標準より「多め」にも感じますね。

「過ぎた」という言葉を付けると、「少ない」から「多い」という反対の意味に思えます。

今日はいささか言い過ぎた

前に書いたように、「少し」という言葉よりも、「いささか」という言葉を使うことによって、反省している様子の度合いが違います。

「少し」よりも「いささか」の方が、深く反省しているように感じます。

これは、「少し」という言葉が持つ意味は少ないけれど、「いささか」には、多くの意味があるからです。

「いささか」を使うことで、もっと繊細な意味に感じるからではないでしょうか?

そして、またこれも、「~過ぎた」という言葉を付けることで、「いささか」は「少し」ではなく、「ちょっと」という言葉と同じような捉え方が合いますね。

腕っ節にはいささか自信がある

古文的に使う「いささか」と現代文的に使う「いささか」は、少し意味合いが変わってきているようです。

現代文的に使う「いささか」は、人が行う行為や物量などが、標準ではない時に使うようです。

また、自分に対して使う時は、かなり自信があることに近い意味で使われているようです。

そういう意味で考えると、「腕っ節にはいささか自信がある」ということは、かなり自信があるということになります。

古文的な「いささか」は「少し」という控え目な意味なのに、現代文的には、「過信」しているように感じてしまいますよね。

️サザエさんのいささか先生は?

文頭にも書きましたが、「いささか」という言葉を聞くと、一番最初に思い浮かぶのが、サザエさんの「いささか先生」さんです。

いったい、「いささか先生」とは何者で、「いささか」という言葉から名付けたのでしょうか?

あまり「いささか」という言葉とは、関係ないかもしれません。

しかし、「いささか気になる人物」なので、探ってみることにしました。

本名は伊佐坂難物

本名はなんと、「伊佐坂難物」という頭の固そうなイメージの名前でした。

この伊佐坂家は磯野家の隣に住んでいて、サザエさんの前に連載されていた「似たもの一家」の登場人物です。

「似たもの一家」の連載を終了した3年後に、サザエさんで再登場したそうです。

伊佐坂先生の家族構成は、奥さんの軽さん、長女の浮江さん、長男で浪人生の甚六さんの4人家族で、ハチという名前の犬を飼っています。