雰囲気やオーラというのは、その人の表情、行動の仕方、発言などを観察して、人が受ける印象のことですが、あなたはどんな雰囲気の人だと言われますか?

「元気だね」と言われる人は、きっといつも笑顔で、人の目を見てハキハキ話したり、堂々とした立ち振る舞いをしていることでしょう。

反対に「暗いね」と言われる人は、目を合わせなかったり、うつむきがちで小さな声で話したり、おどおどとした仕草をしているかもしれません。

その時の気分や体調もありますが、大抵人が感じる空気感というのは同じで、その人自身も、自分自身に対して同じように感じている場合が多いです。

人の雰囲気を表す表現には様々なものがありますが、時々聞く「悲壮感がある人」とはどんな人のことでしょうか?

あなた自身が言われたことや、誰かに対してそのように感じたことはあるでしょうか?

早速、言葉の意味から考えていきましょう。

️悲壮感とは

悲壮感という漢字から、悲しげ、壮絶というイメージがありますよね。

ですから、明るく積極的な意味というよりは、どちらかというと、辛くて大変な状態に見えるということは想像がつくでしょう。

ただし言葉の意味や由来を調べるなら、世間で広く使われている意味合いよりも深かかったり、実は勘違いしていることがわかったり、意味を正しく理解する助けになりますので調べて見ましょう。

悲壮感の意味


まず「悲壮」とは、美学上の用語で、美の多様で、特殊なあり方を特徴付ける、優美・崇高・わび・さびなどの形容詞を名詞化した美的範疇の一つです。

例えば、悲劇の主人公が、彼を破滅させようとする諸々の敵と戦うことや、人間や世界の本質的な構造から主人公の没落が生じ、いかなる力を持ってもそれを止めることができないことを指して「悲壮」と使われていました。

悲劇という芸術的な響きを元として、一般的にも用いられるようになったことを知ると、悲壮感というのがより具体的に描きやすくなりますね。

悲壮感の意味は、ただ悲しいというだけではなく、その中に見られる強さやドラマを感じることが含まれているのです。

では、悲壮感の意味についてより詳しく見ていきましょう。

辛くても健気に立ち向かう様子

悲劇に出てくるヒロインを思い描いてください。

大抵、健気な頑張り屋さんですよね。

子供用のアニメの主人公もだいたいそうです。

シンデレラも、意地悪な継母や義理の姉妹たちから意地悪をされても、甲斐甲斐しく世話をやき、愚痴をこぼすことなく一生懸命に働きます。

そのように、自分ではどうしようもできない状況でも強く、しっかりといきていく人を悲壮感があるといいます。

辛い出来事の中で立派に振る舞う様子

衝撃的な出来事に直面すると、ショックから放心状態になったり、やけになって刹那的な態度になってしまうのも無理がないかもしれません。

しかし中には、パニックを起こしたり、逆恨みすることなく、その事実を冷静に受け止めて、立派に振舞える人がいます。

そのような人のことを「悲壮感が漂う人」というのは適切な表現です。

なぜなら、悲壮感という意味には、そのような辛い出来事に遭遇しても、自分の感情を制し、決して無作法なことはせずに、立派に振る舞う様子という意味が含まれるからです。

悲しい出来事にあって心を奮い立たせる様子


心を奮い立たせるとは、自分自身で自分の気持ちを切り替えたり、前向きにしたり、勇気を持って前に進むという意味があります。

それを悲しい出来事にあった時にするのは容易なことではありません。

ましてやそれが自分の責任ではなく誰かのせいで引き起こされていたり、どうしようもない力が働いた結果だった場合は、無力感に襲われたり、恨みの気持ちが強くなり、とてもそんな気にはなれないことでしょう。

しかし、それだとごく普通な大多数と同じ人で終わってしまいます。

ヒロインや主人公というのは、やりたくても難しいと多くの人が感じるようなことをするから人を魅了するのです。

悲壮感の中には、そんな悲しい出来事にあっても、心を奮い立たせることができるという意味も含まれていることを覚えておきましょう。

悲愴と間違えやすいので注意

悲壮感の意味が、悲しさや辛さをメインに捕らえられているのは、この「悲愴」という似た言葉のせいもあるでしょう。

気をつけて漢字を見てください。

同じ「ひそう」という読み方でも「悲壮」ではなく「悲愴」で、漢字が違います。

悲愴とは

辞書によると、「悲しく痛ましいことやそのさま」という意味で、「悲愴な面持ち」「悲愴感」という使い方をするとなっています。

読み方も一緒で、意味も被っているところもあり、使い方も似ているので、この二つの言葉は非常に紛らわしいですね。

でも、先ほど考えた「悲壮」とは、はっきりとした違いがあるのに気づかれたでしょうか?

悲しく痛ましいこと

悲しくて痛ましいというと、悲しみの中でも、より深く、やりきれない気持ち、耐えられない気持ちを想像します。

がっかりしたり、残念に思ったりするというものではなく、胸や心が痛みを感じるほどに辛い気持ち、悲しい気持ちを表現する時に使う言葉が「悲愴」です。

愛する人を亡くした時に感じるような、胸が張り裂けるような感じとも言えます。

悲愴はただ悲しんでいる

このように悲愴には、健気さや、心を奮い立たせるというような前向きな要素は一切ありません。

ただただ悲しんで、憔悴しきっている様子を指して用いられます。

ちなみに、ベートーベンのピアノソナタ第8番の表題は、こちらの「悲愴」です。

悲壮感は悲しくても頑張っている

一方「悲壮感」は、悲しい状況でも、辛い出来事があったとしても、なんとか踏ん張っている様子や、前を見て必死に生きようとしていることが意味合いに含まれます。

悲しみにのまれて、ただただ泣いたり、嘆いている「悲愴」と、悲しみを抱きつつも、心を奮い立たせて、頑張っている「悲壮」の違いを理解していただけたでしょうか?

似ているようで、全く意味合いが違うことがわかりましたね。

一般的には、「悲壮」の方でも、悲しんでいる様子と思われがちなので、頭をきちんとリセットして、正しい意味でこれから考える「悲壮感漂う人の特徴」を見てくださいね。

️悲壮感漂う人の18個の特徴

ここまで悲壮感の意味を考えてきましたが、真の強さや前向きな様子など、積極的な面が含まれることから、悲壮感がある人に対する見方にも、少し変化が生まれたかもしれません。

悲劇の主人公やヒロインをイメージすると、わかりやすいですよね。

しかし、褒め言葉として使えるかというと少し微妙で、その場の状況や交友関係の深さを考えて、慎重に使う方が良いでしょう。

その理由は、これから見る、人が悲壮感を感じる見た目や態度が、必ずしも万人ウケするものではないからです。

しかし悲壮感漂う人は、なんか気になる存在であったり、応援したくなったり、守ってあげたくなるような人を惹きつける雰囲気があるのも事実なので、そんな複雑で奥が深い悲壮感というオーラを持った人の特徴をじっくり紐解いていきましょう。

表情が暗い

周囲の人に「怒ってる?」「落ち込んでるの?」とよく聞かれるなら、表情が暗いと自覚した方が良いでしょう。

自分では普通にしているつもりでも、周りからは暗い表情に見えるのです。

眉間にシワが寄っていたり、目が笑っていなかったり、口角が下がっていたり、目に覇気がない場合に、人は表情が暗いと感じます。

元々の顔の作りもありますが、表情は内面が出てきます。

ですから、嫌なことを考えていたり、辛いことを思い出していれば当然沈んだ表情になりますし、楽しいことを考えていれば明るい表情になります。

いつも楽しいことだけを考えていることはできませんが、やはり明るい表情の人と一緒にいると元気をもらえますし、気分も上がります。

表情が暗いと、悲壮感の中でも悲しみの方を人に印象づけてしまうことでしょう。

笑顔が悲しそう

笑顔なのに影が見える瞬間は、まさに悲壮感が漂っている瞬間でしょう。

「目」は口ほどにモノを言うという言葉もあるように、どんなに笑顔を作っていても目が笑っていないなら、悲しげな様子や、奥に秘めた闇みたいなものを相手は感じ取ります。

ですから、笑顔という明るさと反比例するその感情に、なんとも言えない複雑な気持ち、悲壮感を感じるのです。

自分に自信がない

自信がないのは、謙虚なこととは違います。

自分に自信のない人の特徴として、自己評価が極端に低いことや、人の評価に過敏に反応するというものがあります。

どんな人でも、短所と長所があるのに、自分の短所ばかりに目を向けて、「自分は何をやってもダメだ」と自分で勝手に落ち込んだり、萎縮したり、諦めたりしてしまうのです。

また、他の人の目を気にして、批判されることを過度に恐れたり、自分の意見を言わないことも自分で自分を認めていないからでしょう。

そういう人は、周りとトラブルは起こしにくいかもしれませんが、信頼されたり、尊敬されることは少ないかもしれません。

何かの出来事をきっかけに自信を失ってしまったのかもしれませんが、自分の評価を自分から下げる必要は全くありませんし、ネガティブな面ばかりに目を向けないで、時には思いっきた行動を取って見るのも、自分に自信を取り戻す良い機会になるかもしれません。

【自分に自信がない人については、こちらの記事もチェック!】

マイナス思考

同じ状況に面した時に、感じることや取る行動が、その人の思考によって変わってきます。

例えば、恋人からの連絡がしばらくない場合、プラス思考の人は「色々と忙しいのだろう。

それとも何かの事情があるのかも、自分から連絡して聞いてみよう」と考えます。

一方、マイナス思考の人は「もう私のこと好きじゃなくなったのかも。

自分から連絡すると余計嫌われそうだから、もう諦めよう」と考えます。

同じ状況でも、考え方が違うと、物事の捉え方や、結論が全く違うことがわかりますね。

あなたはどちらのタイプでしょうか?恋愛だけでなく、仕事への考え方、人間関係の捉え方など、プラス思考かマイナス思考かによって、同じように違いが出ます。

物事を悲観的な方向から見るマイナス思考の人は、まず最初に、自動的にネガティブなことが浮かんでしまうので、悲壮感が漂ってしまうのでしょう。

【マイナス思考については、こちらの記事もチェック!】

引きずりやすい

引きずるとは、何かショックな出来事があった時に、それを受け入れたり処理することができず、思い出しては暗い気持ちになったり、あの時にこうしていれば・・と悔やみ続けることを言います。

「元彼をまだ引きずっていて、新しい恋が始められない」「この前の失敗を引きずっているんだ・・」などと使います。

時を巻き戻すことは不可能で、過ぎたことや、してしまったことはどうにもならないことはもちろん理解しているけど、どうしても考えてしまうのです。

心が現実についていけないということができるでしょう。

落ち込みやすい

落ち込みやすいというのも、前述の「マイナス思考」「引きずりやすい」という項目と関係して、まず何かがあった時にネガティブにとらえてしまい、マイナスな思考で頭がいっぱいになってしまいます。

そしてそのことについてずっと考え続けるので、気持ちが晴れず落ち込みやすくなってしまうのです。

マイナスなことを引きずると落ち込むという、見事な負のスパイパルが出来上がってしまいます。

落ち込むことは、立ち止まって自分自身を見直す機会になったり、冷静に物事を分析する良い機会にもすることができるので、負のスパイラルを断ち切るためにも、”これからは上がるだけだ”と気持ちを切り替えて前向きなアクションを起こすようにしましょう。

切り替えが下手

切り替え上手な人は、自分なりの切り替え方法を持っています。

悲しい気持ちになったらこの音楽を聴くとか、辛い時はこの友達と過ごすとか、寂しくなったらある場所を訪れるなど、自分だけのエネルギチャージの方法を知っているのです。

さらに、自分自身のこともよく理解していて、ベストなラインから落ちているか、上がっているかを早めに気づいて、その状況に沿ったベストか切り替え方法で対処するのです。

しかし、切り替えが上手にできないと、辛い気持ちや怒りという重い鉛のようなものを抱えながら走り続けるので、疲れ切ってしまいます。

気持ちを切り替えるのは、美味しいお菓子を食べたり、お気に入りの入浴剤を使うというごく簡単なことでも十分可能です。

自分が何をしたらワクワクするか、どんな時に幸せな気持ちになるかを考えて試してみましょう。

健気

健気とは、「心がけがよく、しっかりしているさま」「年少者や力の弱いものが、困難なことに立ち向かっていくさま」「勇ましく気丈なさま」と辞書に書かれていました。

悲壮感を表すのにぴったりな言葉ですよね。

例えば、呑んだくれな父と病弱な母親を抱えた子供が、一生懸命に家のことを手伝いながら、少しでも家計の足しにと、朝早く起きて学校に行く前に新聞配達をしている場合、その子供に対して「なんて健気な子」「健気で涙が出る」などと使います。

さらに女性に対して褒め言葉で「健気な人」と使うこともありますが、これには「一途」「自分を犠牲にしても尽くしてくれる」「素直で粗探しをしない」「嫌なことがあっても人知れず影で泣いて頑張る」というイメージで使うそうです。

確かに一生懸命に物事に取り組み、利他的な人は、性別や年齢に関係なく非常に魅力的ですよね。

良い意味で痛々しい

痛々しいの同意語は、「憐れ」「気の毒」「かわいそう」となっており、その人の置かれた境遇ゆえに哀れに感じだり、同情を覚える様子を表しています。

さらには、軽蔑と哀れみが混同したような、「不愍」「無残」などや、「心がズキズキする」「やりきれない」など、悲しいことに接して心が痛む意味合いもあります。

では、それらの意味の痛々しいに「良い意味で」とついた場合は、どんなことを言いたいのでしょうか?

あくまでニュアンス的な話になってしまいますが、より同情心をこめて、対象のことをかわいそうに思ったり、その人の辛さを考えてやりきれない気持ちになることと言えるでしょう。

ですから、そう思わせるような純粋さや、無垢さをその人が持っていることになります。

例えば、無理難題を押し付ける上司の元で働いている2人の部下がいるとして、一人は、上司の陰口を言いながら仕事をしたり、自分が受けた理不尽な扱いで不機嫌になり、そのイライラを他の人にぶつけたりします。

もう一人の方は、理不尽なことを言われても、黙々と仕事をこなし、文句も言わなければ、他の人に対して当たることもしません。

さらには、他の人に上司のミスを誤りにも行きます。

この二人のうちどちらが良い意味で痛々しい人でしょうか?断然、後者ですよね。

その人の健気な姿が、見ている人の同情をかい、やりきれない気持ちにするような人のこと良い意味で痛々しい人と表現します。

支えてあげたくなる

もともと人の世話を焼いたり、尽くすタイプの人もいますが、そんなタイプの人でなくても、思わず”支えてあげたい”と思わせる人っていますよね?

それはやはり一生懸命な人ではないでしょうか?時には周りが見えないほどに、純粋にひたむきに生きていたり、何事にも全力で取り組んでいる人を見ると、ついつい手を差し伸べたくなりますよね?

また、優しい人のことも支えたくなります。

人間関係は気持ちの繋がりがとても大事で、義務感や人から矯正された場合は、いやいやしたり、最小限のことしかしたくないですが、いつもよくしてくれる人に対する感謝の気持ち、人に優しい人に対する敬意を動機として何かを行う時には、求められる以上のことをしてあげたくなるのが感情というものです。

心配になる

悲壮感の漂う人は、どこか儚げで影があったり、健気に頑張っているので、人に心配されることでしょう。

表情がくらい人を見ると、「何かあったのかな?」「大丈夫かな?」と自然と思いますし、口数が少なくうつむきがちにいるなら、気になって「どうしたの?」と声をかけたくなりますよね。

また、自分の置かれている悲惨な状況がわかっているのかないのかわからないほど健気な子を見ると、「騙されないように守ってあげないと」「頑張りすぎて倒れないかな」と心配になります。

心配するということは、その人のことを気にかけ、愛情を持って見ている証拠ですので、悲劇のヒロインのように、悲壮感のある人はやはり周りを魅了する不思議なオーラがあるのでしょう。

ため息が多い

ため息をつくときはどんなときでしょうか?それは、ストレスや緊張、不安が溜まって、体がリラックスが必要と感じたときです。

ため息は体の防衛本能の一つで、精神的緊張をほぐす必要性を本能的に感じ、ため息をつくことによって自分を守ろうとうるのです。

ため息をつくと、深く呼吸し、血液の流れを促進し、酸素を取り入れ二酸化炭素を出すことができるので、緊張が緩和され、気持ちが和らぎます。

深呼吸するのと同じ、リラックス効果があるのです。

ですからため息をよくつく人は、精神的に緊張している状態が続いていて、心が疲れ、しんどくなってきているサインなので注意が必要です。

早めに改善策を講じないと、うつ病になったり、体の不調としてストレスが出てしまうかもしれません。

たとえため息の原因を知らなかったとしても、隣の人がため息を頻繁についていると、やる気が削がれるような嫌な気持ちになったり、疲れているのかと心配になりますよね。

しかもため息は無意識で出ていることが多いので、本人はそれほど気にならなくても周りの方がきになることが多いです。

これからは、ストレスを吐き出して、精神のバランスを保っているんだと暖かい目で見るとともに、あまりに酷いようなら、それとなく教えてあげることもできるでしょう。

鈍感になっている

他の人から見たら、考えられないような状況や条件を甘んじて受けている人っていますよね。

あまりに辛ことがあったり、悲惨なことに慣れてしまうと、正邪の感覚や自尊心、自分を保護したり、権利を主張する感覚が鈍感になって、正常な感覚の人なら、屈辱と感じることや受け入れがたいことを、仕方ないと思ったり、言われるがままの屁理屈で納得してしまうことがあります。

これは、職場や家庭という小さな世界で、一人の暴君が威張り散らしたり、気持ちを否定され続けたり、主張しても力でねじ伏せられるという劣悪な環境を強いられている場合によく見られます。

あまりに辛く悲惨な境遇にいる場合、「どうせ無理なら、何も感じないようにしよう」という身の守り方をするしかないのかもしれませんが、非常に恐ろしいことです。

自分の尊厳を守る感覚が徐々に鈍くなり、ずれていってしまうのですから、劣悪な環境でも何も感じなくなってしまうのです。

そんな風に鈍感になってしまった人には、親身になってくれる人の助けが必要でしょう。

弱さを隠そうとする

そもそもなぜ弱さを隠したいと思うのでしょうか?それは、小さい頃から刷り込まれている、良い子や強い子は褒められ、いつも笑顔明るい子はちやほやされるという固定観念かもしれません。

ですから、グジグジしている自分や、弱くてくらい部分を人に見せることに恐怖心を感じ、隠してしまうのです。

しかし隠すのは大変なことです。

エネルギーも使いますし、気を使うので精神的疲労も大きいです。

また、人に認められたいという思いが強すぎても、本当の自分以上のものを出そうと頑張ります。

つまり、見栄を張ることですが、それも自分を隠していることと同じです。

例えば、お金持ちに思われたくて、ブランド物の商品を借金してまで買ったり、頭が良いと思われたくて、難しそうな本を読みもしないのに買って家の本棚に並べたりすると、一瞬は、すごいね〜と言われて気分の良い思いをするかもしれませんが、あとあと虚しさが襲うことでしょう。

ですから、ありのままの自分をさらけ出して、身軽になりませんか?いきなり全部を出すのは当然無理なので、少しづつ、信頼できる人の前で正直になることから始めることもできるでしょう。

自分を隠すことは、人に踏み込まれたくない部分があることとも取れますので、悲壮感という悲しみを抱えながらも健気に頑張っている人という特徴にマッチします。

努力家である

努力家とは「怠けずによく励む人」「目標を実現するために熱心に訓練を続けている人」「自分の能力や技能を磨いている人」と言えるでしょう。

何をやってもすぐにやめてしまったり、フェードアウトしてしまう三日坊主のひとから見れば、本当に羨ましい人たちですが、努力することは生まれ持った能力ではありません。

ですから、考え方や気持ちの持ちようで誰でもがなれるものなのです。

努力家の特徴としては、楽観的で、何事にもポジティブに取り組むというものがあります。

ネガティブなことに注目すると、苦痛になりますが、良い面に注意を集中して、どうすればできるか積極的に考えるのです。

さらに、努力家になるために絶対的に必要なことは、はっきりとした目標を持つことと、コツコツすることを恥ずかしく思わないことです。

明確なビジョンがないなら、どこに向かって努力するべきなのか目的意識を失い、努力する意義がわからなくなってしまいます。

そうすると当然続かないですよね。

また、どんなに能力のある人でも、地道な作業を繰り返したり、面白みのない基本的なことを積んでいかないと、何かを成し遂げることはできません。

ですから、コツコツすることを、つまらないとか、かっこ悪いと感じるようでは努力家にはなれないのです。

素直に甘えられない

甘え上手な人は、いとも簡単に恋人や親、友達や上司にまで甘えて、可愛がられたり、要領よく思い通りにことを進めていますよね。

一方、本当は甘えてもいい人や状況でも、甘えられられずに、一人で抱え込んでいる人がいます。

そういう人達は、なぜ甘えることができないのでしょうか?よくある理由が、「甘え方がわからない」というものです。

小さいことから親にも甘えずにきて、今まで甘えたことがないので、どう甘えたら良いのかわからないのです。

甘えるタイミングや方法は習うものではく、一番甘えて良い子供時代に自然と身に付けるものなのかもしれませんね。

他の理由は「キャラじゃない」というものもあります。

自分自身で甘える姿を想像して、気持ちが悪いと感じたり、恥ずかしいという思いから甘えられないのです。

今まで人に頼らずにやってきていると、自分自身の中で、人に甘えるという選択肢がないので違和感を感じたり、自分を客観的に見て気恥ずかしくなるのかもしれません。

しかし、そのキャラは自分で作り上げたものなので、自分自身の手で壊したり、広げるようにしましょう。

あなたが頼られて嬉しいことがあるように、甘えられても嫌な気になるどころか、喜んでくれることさえあるかもしれません。

大変な状況の中で、必死に頑張ることを求められた人ほど、自分に厳しく、人に期待をしたり頼らないように来たのかもしれませんが、たまには素直になって、人の力を借りるのもいいのではないでしょうか?

尊敬される

逆境に負けずに、誠実に、自分のやるべきことをやり、かつ前を向いて進み続けている人は、人の敬意を勝ち取ります。

なぜならそれはとても大変なことで、並大抵の気持ちではできないことをみんな分かっているからです。

悲壮感のある人は、悲しみを抱えながらも、強く、自分を奮い立たせながら健気に頑張っている人なので、人から尊敬されるでしょう。

優しさを持っている

よく優しさを弱さの現れと考えている人がいますが、それは間違いで、本当に強い人は、優しいです。

強さとは、力があったり、自己主張が得意であったり、味方をたくさん持っていることでありません。

むしろ、人を思いやり、助けを差し伸べ、自分の気持ちや関心事を犠牲にしてまで相手の益のために行動できる人のこを強い人と言います。

それを大変な状況や、自分にとってメリットのない状況でもできる人は、本当の優しさを持った素晴らしい人でしょう。

ある程度余裕のある状況では、優しい気持ちで人に接することができても、切羽詰まった状況で、自分も追い込まれていると、自分を守ることで手いっぱいになってしまいがちです。

そんな時にも無私の気持ちから手を差し伸べられる、本当の強さと優しさを持った人になりたいものです。

️悲壮感を漂わせている人には力になってあげよう

悲壮感を漂わせている人は、光と陰、明るさと暗さ、ポジティブさとネガティブな要素という両極端な特質を持ち合わせていることが、18個の特徴を見てわかりましたね。

ですから、魅力的であると同時に心配になるような、とても気になる存在でしょう。

もし、あなたの近くに悲壮感がある人がいるなら、きっと助けや支えを必要としているはずなので、手を差し伸べてあげましょう。

そのようにしてよく知り合うなら、きっとその人の奥にある、より魅力的な特質が見えてくるかもしれません。