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悲壮感が漂っている人の18個の特徴


雰囲気やオーラというのは、その人の表情、行動の仕方、発言などを観察して、人が受ける印象のことですが、あなたはどんな雰囲気の人だと言われますか?

「元気だね」と言われる人は、きっといつも笑顔で、人の目を見てハキハキ話したり、堂々とした立ち振る舞いをしていることでしょう。

反対に「暗いね」と言われる人は、目を合わせなかったり、うつむきがちで小さな声で話したり、おどおどとした仕草をしているかもしれません。

その時の気分や体調もありますが、大抵人が感じる空気感というのは同じで、その人自身も、自分自身に対して同じように感じている場合が多いです。

人の雰囲気を表す表現には様々なものがありますが、時々聞く「悲壮感がある人」とはどんな人のことでしょうか?

あなた自身が言われたことや、誰かに対してそのように感じたことはあるでしょうか?

早速、言葉の意味から考えていきましょう。

この記事の目次

️悲壮感とは

悲壮感という漢字から、悲しげ、壮絶というイメージがありますよね。

ですから、明るく積極的な意味というよりは、どちらかというと、辛くて大変な状態に見えるということは想像がつくでしょう。

ただし言葉の意味や由来を調べるなら、世間で広く使われている意味合いよりも深かかったり、実は勘違いしていることがわかったり、意味を正しく理解する助けになりますので調べて見ましょう。

悲壮感の意味

悲壮感が漂う女性
まず「悲壮」とは、美学上の用語で、美の多様で、特殊なあり方を特徴付ける、優美・崇高・わび・さびなどの形容詞を名詞化した美的範疇の一つです。

例えば、悲劇の主人公が、彼を破滅させようとする諸々の敵と戦うことや、人間や世界の本質的な構造から主人公の没落が生じ、いかなる力を持ってもそれを止めることができないことを指して「悲壮」と使われていました。

悲劇という芸術的な響きを元として、一般的にも用いられるようになったことを知ると、悲壮感というのがより具体的に描きやすくなりますね。

悲壮感の意味は、ただ悲しいというだけではなく、その中に見られる強さやドラマを感じることが含まれているのです。

では、悲壮感の意味についてより詳しく見ていきましょう。

辛くても健気に立ち向かう様子

悲劇に出てくるヒロインを思い描いてください。

大抵、健気な頑張り屋さんですよね。

子供用のアニメの主人公もだいたいそうです。

シンデレラも、意地悪な継母や義理の姉妹たちから意地悪をされても、甲斐甲斐しく世話をやき、愚痴をこぼすことなく一生懸命に働きます。

そのように、自分ではどうしようもできない状況でも強く、しっかりといきていく人を悲壮感があるといいます。

辛い出来事の中で立派に振る舞う様子

衝撃的な出来事に直面すると、ショックから放心状態になったり、やけになって刹那的な態度になってしまうのも無理がないかもしれません。

しかし中には、パニックを起こしたり、逆恨みすることなく、その事実を冷静に受け止めて、立派に振舞える人がいます。

そのような人のことを「悲壮感が漂う人」というのは適切な表現です。

なぜなら、悲壮感という意味には、そのような辛い出来事に遭遇しても、自分の感情を制し、決して無作法なことはせずに、立派に振る舞う様子という意味が含まれるからです。

悲しい出来事にあって心を奮い立たせる様子

悲しい出来事にあって心を奮い立たせる様子
心を奮い立たせるとは、自分自身で自分の気持ちを切り替えたり、前向きにしたり、勇気を持って前に進むという意味があります。

それを悲しい出来事にあった時にするのは容易なことではありません。

ましてやそれが自分の責任ではなく誰かのせいで引き起こされていたり、どうしようもない力が働いた結果だった場合は、無力感に襲われたり、恨みの気持ちが強くなり、とてもそんな気にはなれないことでしょう。

しかし、それだとごく普通な大多数と同じ人で終わってしまいます。

ヒロインや主人公というのは、やりたくても難しいと多くの人が感じるようなことをするから人を魅了するのです。

悲壮感の中には、そんな悲しい出来事にあっても、心を奮い立たせることができるという意味も含まれていることを覚えておきましょう。

悲愴と間違えやすいので注意

悲壮感の意味が、悲しさや辛さをメインに捕らえられているのは、この「悲愴」という似た言葉のせいもあるでしょう。

気をつけて漢字を見てください。

同じ「ひそう」という読み方でも「悲壮」ではなく「悲愴」で、漢字が違います。