あなたの周りには「え!?この状況でそんな態度をとる!?」と驚いてしまうような行動をとる人っていませんか?

だいたいの場合、そのような人たちというのは“配慮”が欠けているものです。

配慮が少ない人、それができていない人と同じ空間や時間を過ごしていると、イライラしてしまうだけではなく、いやな気持になってしまうものです。

「人のふり見て我がふり直せ」なんていうことわざがありますが、果たしてあなたは配慮のかけた人間になってしまっているなんていうことはないでしょうか?!この記事では、“配慮のない人”について特集しています。

配慮が欠けていてもいいじゃないか!自分だけ良ければそれでいいなんて考えはありませんか?そのままでいると他人に“いやな人”とみなされてしまうかも。

ぜひこの記事を読んで、”配慮がない人”というのはどのような人なのか、そして”配慮がないままに行動しているとどのようになるのか”というのを学んでおきましょう。

配慮に欠けているとどうなる?

冒頭でもお伝えしたように、この世界には“配慮に欠けた人”というのが少なからず存在しています。

まさかこの状況でそんな態度をとるなんてありえない!相手の気持ちを何も考えていないのが伝わる!いつも自分のことばかりしか考えていないじゃないか!なんていう人、あなたの周りにも必ず存在しているはずです。

いやいや、もしかしたらあなたの周りではなく、あなた自身がそのような傾向を持っているかもしれないですね。

しかし、周りの人に「あなたは配慮が足りない」と言われても、なかなかピンと来なかった人もいるでしょう。

配慮が欠けた人に出会ったことがなかったり、もしくはあまりにも他人に興味を持っていないことが理由になっているかもしれません。

それでも、他人に配慮のない態度をするのってのちのちあなたに悪い影響を及ぼすことになるんです。

あなたがこれまでに“配慮の欠けた人”と出会ったことがあるのであれば、「配慮すること」がどれくらい大切なことなのかわかっているかと思いますが…。

配慮が欠けた人というのは、いったいどのような行動をとる人なのかを知る前にまず“配慮をかけた行動をすることによって、他人にどのような影響を与えるのか”を見ていきましょう。

あなたは、知らない間に友人などにそのようなことを感じさせてしまっているかもしれないのです。

相手を不快にさせてしまう


配慮のかけた人というのは、“相手の立場に立って物事を考えることができない”からこそ、“相手が嫌がるようなことも平気ですることができる“人のことをいいます。

あなたは、だれかとコミュニケーションをとるときに自分本位の会話をしていませんか?相手の反応を見ながら、もしくは相手が伝えようとしてくれていることを感じ取りながらコミュニケーションを進めることができているでしょうか。

配慮が欠けている人というのは、相手の立場に立って考えることができないため、なにをするにしても相手を不快な思いにさせてしまうことが多いです。

いや、その存在そのものが不快に感じられてしまうことも…。

あなたが誰かに必死に素敵な出来事を説明しているのに、無視をされたり笑顔でバカにされたらどう感じるでしょうか?とても不快に感じますよね。

相手は一緒にいて心地よくはない

相手の気持ちを知ることができない、相手のことをしっかりと理解しようとしていません。

それどころか“自分の目線”での相手しか受け入れることもないので、相手にとっては「自分をしっかりと見てもらっている」という感覚がありません。

コミュニケーションというのは、互いに相手を気遣うことによってよい環境を作り出すことができ、そしてよい人間関係を築くことができるものです。

しかし、配慮が欠けた人はいつでも“自分本位”になっているので、その配慮のかけた人本人がなにも感じなくても―その場の空気が良いものだと感じていても―相手は“一緒にいて心地よくない”ものです。

自分のことばかり話す人、自分の話を無視する人、自分の大切に思っている話を馬鹿にする人がいたらあなたはどのように感じますか?その点を想像してみると、「そんな人と一緒にはいたくないな」と誰もが感じることでしょう。

周りについていけない

これまでにすでに何度もお伝えしていますが、配慮のかけている人というのは自分の気持ちばかりに焦点をあてています。

そのため、一緒にいる人がどのようなことを考えているのか、一緒にいる相手が何を求めているのか、一緒にいる人たちで今なにをしようとしていて自分はどうするべきなのか…ということをくみとることができません。

要するに“周りについていくことができていない”状態です。

配慮のかけた態度をとられると多くの人は「この人は配慮がかけている」と思うと同時に、「周りが見えていなくてかわいそうな人だな」なんて思うものです。

あなたは、周りの“空気”だとか“その雰囲気”にのることができていますか?周りの空気についていかなくちゃ!と気にしすぎるのも問題ですが、気にしなさすぎる、それも気にしてもわからないと諦めてしまうのも少し問題と考えたほうが良いかもしれません。

周りの気持ちが理解できない

周りの人の気持ちをすべて理解することができれば、この人生はもっとうまくいくにちがいない!なんて考えていませんか。

そのように考えてしまう根本にある考えというのは“どうせ人の気持ちなんて知ることができない”というもの。

そりゃあ、すべての人間に相手の心の声をよむことのできる特殊能力があるわけではないのですから、周りの気持ちが理解できないのは当たり前のことです。

しかし、配慮のかけた人というのは、そこで終わりにしてしまいます。

配慮のある人というのは、見えない感情であっても「相手が今何を考えているのか」「今、どのような態度や行動をとったら相手にいやな思いをさせないですむのか」などを考えています。

その結果、周りの気持ちを“なんとなく”でも理解できるんですね。

そのため、浮くこともなく、周りからは「あの人はできる人だ」「わかってくれる」「信用できる」と思われるようになります。

周りの気持ちが理解できないのは当たり前。

でもそこで終わりにしたら、あなたは「かわいそうな人」と思われることにつながります。

相手に良い印象を与えられない

あなたは今、少し悲しい気持ちになっています。

どうしても一人でいたいし、一人で考えごとをしたいという気持ちになっているとしましょう。

そんなときに「どうして悲しんでるの?」「悲しんでる顔おかしい!」「もうその態度むかつくからここで悲しい雰囲気にしないでくれる?」なんて、突っ込んでくるような人がいたらどうでしょうか。

その相手はあなたを元気づけようと、それも悲しい気持ちから解放しようとしてくれていたのかもしれませんが、あなたが今したいこととかけ離れているために「どうして話かけてくるんだろう?どうしてそっとしておいてくれないんだろう?」と思うはずです。

それって、相手の心を読めていないから。

そして、その態度は本来の“元気づけたい”というところから遠く、「なんて無神経な人なんだ」と悪い印象を与えてしまうことになるんですね。

要するに、配慮の欠けた人が相手のためを思って行動していたとしてもそれが自分本位であって、それも相手の気持ちに即していないと“配慮の欠けた人”、そして“なんて態度の悪い人なのだ”という印象にまでつながってしまうのです。

誰でも人には良く思われたいもの。

配慮ができない人という印象を与えてしまう

配慮ができないと一度でも思われてしまうと、「この人は配慮ができない人」という悪いレッテルを張られてしまうことになります。

良いレッテルってなかなかはられないものの、悪いレッテルってすぐにはられるし、それもなかなか取り除くことができないんですよね。

あなただって、誰かに悪いことをされたほうが良いことをされたよりも少し記憶に深く残りやすいのではないでしょうか。

そんな印象を与えたくないはずです。

なぜならば、配慮ができない人という印象を与えてしまうと、そのせいで新しい仕事をまかされなくなったり、素敵な人との出会いができなくなるから。

配慮のない人は自分で不幸を呼び寄せてしまいます。

自然と避けられてしまう

さきほどもお伝えしたように配慮のない人というのは、そのようなレッテルがはられます。

それもなかなか取り除くことのできないものです。

そのため、一度でも“配慮のない人”というレッテルをはられると、「この人は配慮がないし、一緒にいてもいやな気持ちしかしないから」と自然と避けられてしまうんですね。

それに人間ってとても噂好き。

「あの人は配慮がない」とまだその人から実際に配慮のない態度をされたことがなかったとしても、あなたを避けることになります。

つまり、あなたの周りから人がどんどん離れていき、気づいたころには誰も周りにはいない状態になってしまうということなんです。

配慮ができる人のところに集まる

あなたのことを大切に思ってくれる人、それもあなたのために行動してくれる人。

それと、あなたのことをバカにするようなことしか言わない人、あなたのことを傷つけるような行動しかしない人。

あなたは、どちらの人のそばにいたいと思いますか?おそらくすべての方が後者の“自分を大切にしてくれる人”と一緒にいたいと思うはずです。

要するに“配慮ができる人”のそばにいきたくなるんですよね。

そりゃあ誰だって「受け入れてほしい」と思っているものです。

そのため、人が集まる人というのは配慮ができる人であり、配慮ができるからこそ周りに集まってくる人もその人に配慮します。

良い循環を生むことができているってことなんですね。

配慮に欠けている人の10個の特徴と行動


これまでに配慮が欠けた人がいったいどのような影響を周りの人に与えていくのかをお伝えしていきました!いかがでしたか?

あなたの周りにいる配慮のかけた人と一緒の時間や空間を過ごすことによって、あなたもとてもいやな気持になったことがあるかもしれないですね。

そうはいっても、配慮の欠けた人がいったいどのような行動をとるものなのか、そしてどのような特徴をもっているものなのかはわからないはず。

もしかしたら、あなた自身が配慮の欠けた人間なのかもしれないからです。

では、世間一般において「配慮のかけている人」というのはどのような基準でそのように思われているのでしょうか。

ここでは、配慮に欠けている人の10個の特徴と行動をお伝えしていきます。

あなたにあてはまったら、配慮できるように変えていきましょう。

気づくことがまず第一歩です!

1.周りが見えない

配慮のかけた人というのは、驚いてしまうくらいに周りの状況が見えていません。

自分のことしか見えていないのです。

そりゃあ、人生の主人公は自分自身ですがそれにしても周りのことを考えず、自分のことばかりを考えているんです。

それも“当たり前”だと考えているところがあるので、直すこともできませんし、そこがおかしいことも気づきません。

状況や周りの気持ちを考えようとしない

人は変わろうと思えば変わることができる生き物です。

“意志”があり、それに基づき“行動”することができるからですね。

しかし、配慮のかけた人はそもそも“周り”を見ようとしていません。

変わろうともしていないし、周りの状況を“自ら見ないように”しているんですね。

また、周りの人が何か心のシグナルだとか何かのメッセージを送っていたとしても、気づかないふりをします。

要するに“自己中心的な性格”をしているということです。

2.相手の気持ちに立てない

さきほどもお伝えしましたように、配慮のかけている人というのは“相手の立場になって考えることができない人”でもあります。

相手の気持ちになって考えることができる人というのは、行動をおこすとき、何かを伝えるときなどに「こうすることによって、相手はいったいどんな気持ちになるのか?」「そこに不快な要素はないのか?」というところまで考えています。

自分が相手になったつもりで考えることができる想像力を持っている人でもあるんですね。

配慮が欠けた人はそんな想像力を持っていたとしても、他人のためにそれを使いません。

自分の言い分だけで物事を言う

自己中心的なところのある配慮のかけた人というのは、相手の立場に立たないからこそいつでも“自分の立場”だけを中心に世界を見ています。

そのため、自分の言い分だけ、自分の視線で見た世の中・問題についてのことしか語りません。

たしかに自分の目に映る世界というのは、とても大切です。

しかし、それだけでは世界は成り立たないのです。

この世界はどんなに小さなところでも知らない間にだれかに支えられている、そして誰かを支えることで成り立つ世界です。

あなたは自分の見解だけで物事をいっていませんか?相手の言っていることに耳を傾けていないというのであれば、あなたは配慮のかけている人間なのかもしれません。