「計算が苦手だな」「場の空気を察することができない」など、自分自身で「欠けている」と思ってしまう部分ってありますよね。

自分の短所や欠点を自覚するのは良いことですが、それをネガティブに捉えすぎてしまうと、物事を前向きに考えられなくなってしまいます。

欠けていると思う部分があれば、それは補えばいいだけのことです。

欠けている部分を補うコツや、欠けていると思われがちな事柄などについてご紹介します!

自分の欠けている部分を補う7個のコツ

自分が欠けていると思う部分に対しては、誰でもついネガティブに捉えてしまいがちです。

「自分は不細工だから・・」「飽き性で何事も長続きしないから・・」など、欠けている部分にばかり目を向けて、それを悪いものだと思い込んでしまうと、いつまで経ってもネガティブな思考から抜け出すことはできません。

自分の欠けている部分を自覚している人は、その時点で冷静に自己分析ができているのですから、欠けている部分を補う方法だって考えれば思いつくはずです。

ではどうすれば欠けている部分を補うことができるのか、その方法を考えるためのコツを以下にご紹介していきます。

自分の欠けている部分を補いたいと思う人は、ぜひ参考にしてみて下さい。

自分の個性として認める

自分の欠けていると思う部分、すなわち欠点や短所に対しては、誰でも嫌悪感を覚えてしまうものです。

「こんなこともできないから・・」「自分がこんな風だから・・」と、自分の良い部分よりも欠けている部分にばかり目を向けてしまうと、そんな自分自身を嫌いになってしまうかもしれません。

実際に、自分のことが嫌いな人というのは、自分を欠点だらけだと思い込んでいたり、自分の悪い部分ばかりを挙げて良い分を認めようとしなかったりすることが多いです。

けれども、自分のことを世界中の誰よりも一番理解して、大切にしてあげられるのは自分自身です。

周りが全員敵になったとしても、自分だけは自分の味方でいてあげることもできます。

どんな時でも最後まで自分の味方でいられるのは自分自身なのに、自分で自分のことを嫌いになってしまったら、一体誰が心底あなたの味方でいてくれるのでしょうか?例え欠けている部分があるとしても、それも自分の個性の一つなのだと認めてあげることができれば、欠点も含めて自分自身を大切にできるようになります。

また、欠けている部分を責める気持ちもなくなりますので、精神的な部分で欠けている部分を補うこともできるでしょう。

負い目に感じる必要はない

自分で自分の欠点を認めてあげるのは中々難しいことでしょう。

何故なら、自分の欠けていると思う部分に対しては、どうしても悪く考えてしまいやすいですし、それを負い目に感じてしまうこともあるからです。

けれども、欠けている部分があったとして、それであなたの人生が致命的に終わってしまうわけではありませんよね。

人間は誰しも良い面と悪い面を持ち合わせています。

欠点があるのが自分だけではないからこそ、他人に対して親近感を覚えることもありますし、同じ欠けている部分があれば、それを慰め合ったり励まし合ったりすることもできます。

欠けているからといって、それを負い目に感じてしまう必要など一切ありません。

欠点があったとしても、それも含めて自分自身を認めてあげられるようになる努力をしていきましょう。

プライドを捨てる

プライドが高い人は、自分の弱みや欠点を他人に知られることに強い抵抗があります。

だからこそ自分の欠けている部分が他人にバレそうになった時には、無理して強がったり平気なフリをしたりします。

そうして「何でもできる人」「あの人はすごい」と思われる自分をどうにかして演出しようとします。

プライドが高いのも立派な個性ですし、プライドを保つために必死で努力することも、決して悪いことではないでしょう。

けれど、プライドが高い人ほど、一度自分のダメな部分が周りに露見してしまうと、途端にそれで心が折れてしまい、最悪そのまま挫折の人生に転落していってしまうこともあります。

プライドの高さゆえに自分の欠けている部分も認めることはできないため、欠けている部分を補おうと思ったら、プライドを捨てるしかありません。

絶対に自分が譲れない、根本的な部分のプライドまで捨てる必要はありません。

ただ見栄や意地といったプライドを捨てることができれば、自分の欠けている部分に対しても、それを完全否定することなく自分の個として認められるようになるでしょう。

欠けている部分を周囲の人に隠さない

プライドを捨てる手っ取り早い方法として、自分の欠けている部分を周囲の人に隠さないというやり方があります。

いきなりこれができる人はなかなかいませんので、まずは親しい友人や身内など、自分が信頼できる限られた相手に対して自分の欠点を徐々に見せていきましょう。

自分の欠けている部分を、「他人も知っている」という状態を作ることができれば、次第に周りの人たちに対しても、隠さずにいられるようになってきます。

そして初対面の人に対しても、「自分は〇〇が苦手で・・」など、隠さずに自分の欠けている部分を口に出せるようになれば、上手にプライドを捨てることに成功したと言えるでしょう。

お手本を見つける


人によって得意・不得意があるように、自分の欠けている部分でも、他人にとっては足りていることがあります。

そこで、自分の欠けていると思う部分が足りている人を見つけて、その人をお手本にしましょう。

例えば人前で上手く話せない人は、自分とは正反対で上手に話している人をお手本にして、「どうすればあんな風に話せるのか」を研究してみましょう。

分からなければ直接本人に上手く話すコツを聞くのも良いでしょう。

ただし、元々の性格の差もありますので、できれば本質的な部分では似ているけれども、自分の欠けている部分が足りている人を見つけるようにしましょう。

本来は同じ引っ込み思案な性格をしているけれども、人前で話す時には自分とは違い、堂々と話せている人は、少なからず上手に話すための努力をしているはずです。

どんな努力をしているのか聞いたり、実際に話し方を見たりしてお手本にしていれば、自分でも欠けている部分を補えるようになるかもしれません。

最初は人の真似で良い

どんなに優れた芸術家や職人も、最初は人真似から始めるものです。

自分がお手本にしたい人物を見つけたら、その人物のやっている通りに真似をして、その内に自分流のやり方へと変わっていきます。

今では優れた漫画家も小説家も、最初は憧れる作家がいてこそ、自分でも同じように書きたい、描きたいと思い、真似をし始めるものです。

そのため、人の真似をすることは何も恥ずかしいことではありません。

最初は真似だと言われても、お手本の通りに真似をし続けましょう。

ずっとやり続けていれば、その内に自分なりのやり方が身につき、欠けている部分を補えるようになるでしょう。

親しい友人に率直にアドバイスをもらう

本心で話せる友人がいる人は、率直にアドバイスをもらうのも良いでしょう。

自分の欠けている部分に対しては、どうしても否定や嫌悪感の気持ちが混じってしまい、冷静にどうすれば補えるのかを考えられないこともあります。

そこで、親しい友人にどうすれば補えるかアドバイスをもらいましょう。

本音で話し合える仲だからこそ、例え辛辣な意見であっても素直にアドバイスとして受け入れることができます。

自分にはどんな部分が欠けていて、それを補うためにはどうすればいいのかを、包み隠さずにしっかりと打ち明けましょう。

親しい友人なら、きっと親身になってアドバイスをしてくれることでしょう。

次は失敗しないよう、メモをしておく


「自分のここが欠点だな」と自覚している部分については、次は同じ失敗をしないように、きちんとメモに残しておきましょう。

その際に、単に失敗した事実を書くだけではなく、どんな場面で、どんな原因によって失敗したのかをしっかりと反省して、具体的に書きつけておきます。

そうすることでメモを読み返した時に、自分が失敗した状況について詳細に思い出すことができます。

また、反省点を明確にしておくことで、次は失敗しないために自分がどうすればいいのかを考えて行動することができるようになります。

人間は学習する生き物ですので、学ぼうとする気持ちさえあれば、そう何度も同じ失敗を繰り返すことはありません。

何度やっても同じ失敗をしてしまう人は、失敗しないように気をつけていないか、気を付けているつもりでも、実際には注意できていないことが多いです。

また、せっかくメモに残したところで、それを読み返さなければ学習できませんので、失敗したメモは必ずきちんと読み返して、次に活かすようにしましょう。

書くことで記憶に残りやすくなる

失敗したことをメモとして書くことによって、記憶に残りやすくなります。

よく、「その場で集中して聞いたことは忘れてしまっても、メモに残したことだけは読み返す必要もなく覚えている」という話を聞きますが、これはその良い例でしょう。

自分の手を動かして書く作業は、それほど脳には記憶として残りやすいのです。

反対に、どれだけ頭では集中していたとしても、何の形にも残していないことに関しては、意外とすぐに忘れてしまうものです。

何も書かずに頭の中だけで失敗を反省しようとしても、次の時にはもう忘れてしまっていることも多いので、失敗した時には面倒臭がらずにきちんとメモに取る作業をしましょう。

常に新しいことを学ぶ姿勢を忘れない

後悔した時や失敗した時には、過去の出来事にいつまでも囚われてしまいがちです。

けれども、それらを次に活かそうと考えた時に、どうすれば活かせるのかという答えは、過去にはないことも多いです。

同じように、自分の欠けている部分を補う方法を、自分の過去から探し出そうとしても、どこにも補う方法が見つけられないこともあります。

欠けている部分を補いたいと考えた時にこそ、過去ではなく新しいことに目を向けて、そこから補える部分があるかを学び、探し出そうとする姿勢が大切です。

常に新しいことを学ぶ姿勢を忘れなければ、徐々に自分の欠けている部分を補えるようになるかもしれません。

欠けている部分にばかり囚われて落ち込むのではなく、それを補うためにも前を向いて、常に新しい可能性を模索して、自ら解決策を探し出す気持ちを持つように心がけましょう。

欠けている部分が徐々に減っていく

常に新しいものに目を向けて行動していれば、今までの自分では考えられなかった思考を持つようになったり、できることが増えたりします。

するとこれまでの限界を超えて、新たな領域へと自分で進めるようになりますので、欠けていると感じていた部分に対しても、その部分を埋められるようになっていきます。

自分がどんどん新しいことをすればするほど、欠けている部分も徐々に減っていき、最後には欠けている部分のない自分になれるかもしれません。

もしくは、例え欠けている部分があったとしても、「それも含めて自分なんだ」と受け入れられるようになるかもしれません。

新しいことを学べば、その都度これまでにはなかった発見や経験を得られます。

前向きに行動し続けていれば、自然とこれまで欠けていた部分も、自分が意図せずして埋められるようになるかもしれませんね。

毎日小さな目標を設定し、クリアしていく

自分の欠けていると思う部分を補いたければ、毎日小さな目標を設定して、コツコツとクリアしていくのがおすすめです。

例えば人の目を見て話をすることができないことが欠点だという人では、毎日ほんの数秒程度でもいいので、会話の際に相手の目を見ることを目標にして、クリアを目指しましょう。

最初はたった2秒しか相手の目を見て話せなかったとしても、それを毎日続けていれば、次第に5秒、10秒と目を見る時間を伸ばしていくことができるようになります。

「今日は何秒目を見るぞ」と目標を立てて、それをクリアしていくことを毎日続ければ、次第に相手の目を見てしっかりと会話ができるようになっていきます。

いきなり大きな目標をクリアするのは誰でも難しいので、まずは小さな目標を立てて、そこから地道にクリアして次第に大きな目標へと近づいていきましょう。

それができるようになれば、自分の欠けている部分もいずれは補えるようになっていきます。

自分に自信が積み上がっていく

どんなに小さな目標でも、毎日それを確実にクリアしていくことで自分の中に自信が積みあがっていきます。

自信は積み重ねれば積み重ねるほど、一つひとつはたいしたことでなくとも、いざという時には「自分はあれだけのことをクリアしてきた」という自負に繋がります。

何かを行動しようとする時に、躊躇いや不安をかき消すのはいつだって自分が積み重ねてきた自信です。

そのため、小さなことでも毎日目標を立てて、確実にそれをクリアすることを目指しましょう。

誰に褒められなくても、自分でクリアできた時にはそれが必ず自分の自信になることでしょう。

自分に欠けている部分があると自覚している人は多い

余程の自信家でもない限りは、自分に長所と短所の両方があることを自覚している人が多いです。

また、自他共に悪い部分は特に目に付きやすいため、自己PRなどの際にも、自分の長所よりもまずは短所の方が思い浮かぶことが多い、という人も少なくはないでしょう。

短所は言い換えれば長所にもなりますが、それでも自分にとっては欠点、すなわち自分に欠けている部分に思えてしまいますよね。

どんなものが欠けているのかは人それぞれですが、世の中の大抵の人は、自分に何かしらの欠けている部分があることを自覚しています。

それを補おうとしてせっせと努力する人もいれば、頭では分かっていてもなかなか行動に移せないという人もいるでしょう。

もしくは、欠けている部分は欠けている部分として、それも自分の個性の一つだと認めて受け入れている人もいるかもしれません。

または、「欠点はどうしようもない」と諦めてさじを投げてしまっている人もいるかもしれませんね。

自分の欠けている部分との付き合い方も人それぞれですが、なるべくならばネガティブになり過ぎず、上手に補っていきたいと思う人は多いでしょう。

完璧な人間なんていない

世の中に完璧な人間など、ほぼいないと言ってもいいでしょう。

一見周りから見た時には完璧に思える人でも、心中は穏やかでなかったり、実は裏の顔を持っていたりすることもあります。

誰にでも優しいかと思えば、実は自分が嫌われたくなくて必死なだけだという人もいますし、スポーツが万能でも、勉強は苦手だという人もいるでしょう。

自分から見れば完璧に思える人であっても、その人自身にとっては、自分に欠けている部分があると考えていることは非常に多いです。

特に人間の場合には、感情や理性など、さまざまなことを頭で考えながら行動していますので、何もかもが機械のように完璧な人間などいません。

それでも時折「あの人は完璧だ」という意見が生まれるのは、そう評価している人にとって、対象となる人物が自分の完璧の理想像に当てはまっているからでしょう。

実際に当人がどう思っているのかまで含めたら、自他共に完璧な人間など、世の中には存在しないのかもしれませんね。

完璧じゃないからこそ人間味がある

完璧な存在と聞いて直ぐに思い浮かんでくるのは機械でしょう。

機械は人間のようにあれこれと感情的に考えることはありませんし、インプットされたマニュアル通りに動きますので、ある意味完璧な存在と言えます。

けれどその機械でさえ、時にはバグを起こしたり、故障してしまったりしますよね。

人間の場合には、そんな機械のような完璧さを持っているとしたら、そこには何の人間らしさも感じられなくなってしまうでしょう。

不完全で、時に失敗や間違いを犯し、感情的になることもある人間だからこそ人間味があり、私たちが親近感や共感を覚えやすくなるのです。

そう考えれば、欠点や欠けている部分があるとしても、必ずしもそれが悪いものだとは思えなくなるでしょう。

もちろん欠けている部分は補うに越したことはありませんが、欠けている部分があるからと言って、その人が人間的に劣っているだとか、悪いものだと決めつけることはできないでしょう。

欠けていると思いがちな事柄とは?

どんな部分が欠けていると思えるのかは人それぞれです。

身長が低いことを欠点だと思っている人もいれば、人前で話すのが苦手なことが欠点だと感じている人もいます。

自分にとってはたいしたことでなくても、それが他人にとっては致命的に「欠けている」と思えてしまう部分もありますので、一概に何が欠けているのかと決定することは難しいです。

けれど一般的に欠けていると思われることの多い事柄はあります。

どんな事柄について、「欠けている」と思われやすいのか具体例を以下に挙げていきます。

容姿

生まれ持った容姿は、メイクで変身したり、整形したりしなければ変えることはできません。

目の大きさや鼻の高さなどは、お金を貯めれば整形することも可能ですが、身長を伸ばしたり、頭の形まで変えたりすることはできませんよね。

容姿に関しては、弄れる部分もあれば、そうでない部分もあります。

また、メイクや整形でどうにもならない部分に関して、悩みを抱く人はそれを「欠けている」「劣っている」と思ってしまいがちです。

自分では変えられない容姿でコンプレックスを抱いてしまう人は、自分の容姿への見方や考え方を変えない限り、いつまでも自分の容姿を欠けていると悩んでしまうでしょう。

誰かが自分の欠けていると感じる部分を認めてくれたり、もしくは自分自身で認めてあげることができれば、欠けている部分を補うこともできます。

それをするかしないかは人によって差がありますので、前向きな人や積極性のある人ほど、容姿に関する「欠けている」部分を補うこともできるでしょう。

経済力

経済力も、容姿と同様に人によってさまざまです。

ものすごくイケメンでも、経済力に恵まれなければその日暮らしをすることになるでしょう。

一方で、お世辞にも格好いいとは言えない容姿の人でも、経済力があれば高級マンションの最上階に住むことだってできます。

経済力は、どんな職種に就き、どんな仕事をするかによって大きく差が生まれます。

「こんなうだつの上がらない仕事は嫌だ」と感じていても、一流企業に勤めるだけの能力が自分になければ、どんなに必死で働いても楽な生活を送ることはできません。

反対に、仕事における能力がある人ほど、そう苦労せずして高収入を得ることも可能です。

働いてお金を稼ぐからには、誰だってたくさん収入は欲しいですし、良い仕事に就けばそれが自分のステイタスにもなるでしょう。

経済力の部分で自分が「欠けている」と思う人は、恐らく今の経済状況に不満があり、もっとたくさんの収入を望んでいるのでしょう。

仕事の能力

仕事の出来不出来、能力差は集団社会の中にいれば必ず生まれるものです。

個人が集団の中でどの程度仕事の能力があるのかを、売上げなどの数値として明確に示している会社もあれば、そうでない会社もあります。

数値にしない会社の場合でも、「あの人はあの程度の仕事もできない」とか、「あの人なら安心して仕事を任せられる」など、同僚や上司からの評判によって、何となく組織の中で能力差が生まれることも多いでしょう。

少なくとも、仕事の能力があると周囲から評価されている人は、「まだまだ物足りない」とは感じても、能力が欠けていると感じることはあまりないでしょう。

一方で、頑張っているのに周囲から評価されない人や、自分で「仕事ができない」と自覚している人では、仕事の能力の部分において、欠けていると感じることがあるでしょう。

忍耐力

何かをしていても、すぐに飽きてしまう人や、我慢ができない人は、そんな自分のことを「忍耐力が欠けている」と自覚していることが多いです。

忍耐力がない人は、少しの間でもジッと静かに黙っていることを苦痛に感じたり、やらなければならないことがあるのに、すぐ誘惑に負けてしまったりします。

試験が近づいているのに、勉強よりも遊びや部屋の片づけをついやってしまう人や、仕事に集中しなければならないのについスマホを触ってしまったりする人などは、自分でも「分かっているんだけどね・・」と忍耐力の無さを自覚していることでしょう。

忍耐力は我慢を積み重ねて身に付けるものですので、そうした我慢の積み重ねの経験がない人ほど、自分でも忍耐力が欠けていることを感じていることが多いです。

愛情深さ

愛情は人間ならば誰しもが持っている感情です。

子どもに対する愛情や、弱いものを慈しむ心、家族や友人、恋人への愛情など、誰かをとても大切に思う気持ちが愛情です。

そうした愛情は誰しもが本来持ち合わせているものですが、それが深くない人も中にはいます。

いわゆる「博愛主義」の人では、誰に対しても平等に愛情を向けることができますが、その代わりに特定の個人に対して深い愛情を抱くことはあまりありません。

また、育った環境によっては、自分のことばかりが大事で、他人に対する愛情がそこまで深くない人もいます。

愛情深さに欠けている人の場合、本人よりも第三者から「あの人は愛情深さに欠けている」と認識されることが多いです。

それが良くないというわけではありませんが、時には愛情深さが欠けていることによって、人間関係でトラブルが起きてしまうこともあるかもしれません。

気配り力

気配り力に欠けている人は、基本的に何でも自分中心に物事を捉えています。

もちろん誰でも自分が一番大切ではありますが、自分よりも弱い立場の人がいれば、自然とその人を気遣って、自分よりも優先させてあげようとする思い遣りの気持ちはあるでしょう。

しかし、気配り力に欠けている人の場合は、相手が自分よりも弱者であったとしても、それでも自分の都合を最優先にしようとしがちです。

時々、電車で人が倒れて助けた人が緊急停止ボタンを押したというニュースがありますが、その際に「電車を止めたせいで会社に遅刻する羽目になった」とか、「倒れるなら別の電車で倒れればよかったのに」などと心無い一言をSNSなどで呟いている人がいますよね。

そうした人たちは気配り力に欠けていると言わざるを得ないでしょう。

他人の気持ちや事情を考えられずに、常に自分中心でしか物事を考えられない人にこのタイプが多いです。

計画性

計画性に欠けている人は、自分でもそのことを自覚していることが少なくありません。

友達とどこかに出かける約束をしたのは良いものの、いざ相手から当日の待ち合わせやスケジュールについての相談がない限り、自分では何も計画を立てようとしない人に特に多いです。

計画性がない人は、プライベートでも仕事でも同じように予め計画を立てて行動しようとはしないため、いつもギリギリになって慌てたり、いざ行動に移しても穴だらけだったりすることがよくあります。

それで失敗をした人は、自分の計画性に欠けている部分を自覚して直そうとしますが、実際に直せるかどうかはその人次第です。

勇気

言いたいことがあっても、周りの反応が怖くて何も言えない人や、やりたいことがあっても失敗した時のことを考えてしまって行動できない人など、世の中には勇気が欠けている人もたくさんいます。

誰しも心の奥底には勇気を持っていますが、勇気に欠けている人は、自分の勇気を必要な場面で出すことが苦手です。

そのためいつも自分の格好いい姿は想像の世界だけで、現実ではやりたいことができずに後悔ばかりしてしまうことも多いのです。

ほんの一歩勇気を出して前に出てみれば、それでがらりと世界が変わってしまうことはよくあります。

けれどもその一歩を踏み出せないからこそ、いつも代わり映えのない人生になってしまうのでしょう。

勇気が欠けている人というのは、実際に勇気を出した経験が少ないことが多いです。

欠けているものよりもあるものを意識しよう

自分に何が欠けているのか自覚している人は、それを失くそうと努力したり、別の形で補おうとしたりします。

その行動も素晴らしいものですが、欠けている部分によっては、自分ではどうすることもできないこともあります。

すると欠けている部分にばかり目がいって、気持ちが落ち込んでしまいやすいですが、そんな時には欠けているものよりも、今自分が持っているものやあるものに対して目を向けるようにしましょう。

「これができない」と思うよりは、「これができる」と考えた方が、気持ちも前向きになりますし、自分に対しても肯定的でいられます。

ないものねだりをするのではなくて、今自分にあるものを意識して、そこから欠けている部分を補ったり、気持ちを切り替えたりしていきましょう!