皆さんは「清々とした」と思った時は、どんな時ですか。

清々すると、とても気分がいいですよね。

では清々した気持ちとは、どのようなものかや、毎日どのようにして清々と過ごしていくかなどを見ていきましょう。

清々して気分良く毎日を過ごそう!

やはり毎日を鬱々と過ごしているよりかは、できれば清々として気分よく過ごすことができればいいですよね。

では、この清々するというのは、どのような状態なのでしょうか?

せいせいする、とはどういう意味?


よく何かあった時に、清々したという言葉を聞くことはありますよね。

ニュアンス的には、なんとなくわかりますが、具体的に言葉で説明しろと言われると少し考えてしまうかもしれませんね。

では、この「清々とする」という意味について見ていきましょう。

気持ちが心底すっきりすること

清々するとは、気持ちは心底すっきりとするということを指します。

長く悩みだったことが解決したりすると、とてもすっきりしますよね。

このような気持ちこそが清々するといった意味なのです。

スッキリする、晴れ晴れする、吹っ切れるとほぼ同義

清々とするという意味は、すっきりとするということばかりではありません。

晴れ晴れとするというような意味と、吹っ切れるというのとほぼ同意語で、ともすれば失恋して、ずっと引きずっていたけど、そこから吹っ切れたというような感じでも、清々とするというような言い方をすることがあります。

背景には心穏やかではない出来事がある

なぜ、この清々とする状態になったのかと言うと、その背景には基本的に心が穏やかになれないことがあったからです。

いろいろな背景の嫌なことについて、取り上げていきましょう。

心配事があった

例えば心配事があって、この心配事から解放されたときに、清々としたと思うところがあります。

例えば心配だったけれど、無事に解決したという時でも、非常に清々とするでしょう。

ただその一方で、事態は解決していないけれど、吹っ切れたということもあるかもしれません。

嫌な思いをしていた

嫌な思いをしたという時も、それをやり返したときに、清々としたというところもあるでしょう。

ずっといじめられてきたけれど、反発をして改心した態度を見て清々としたと思う人もいるかもしれません。

このように嫌な思いをしてきたけれど、それを跳ね返すことができれば清々とできるというところがありますよね。

もちろんそればかりではなく、いじめっ子で嫌なことをばっかり言ってくるけど、テストで勝ったというような感じで、ちょっとしたことで清々とするということはよくあることです。

清々すれば、その後の人生が楽しくなる

色々な状況で清々としたということがあると思いますが、清々すると、この後の人生というのは楽しくなってきます。

同じような試練がふりかかってきたとしても、自分だったらこのように状況を解決できるというような思いがあるからこそ、その後の人生が楽しくなるところがあります。

ストレスが軽減される

今まで悩みを抱えていたということになると、鬱々とした気持ちになっていたと思います。

清々すると、必然的にそのストレスが軽減されます。

自分の間違いにも気付くことができる

清々する気持ちになった頃からこそ、色々と間違いに気が付くというところもあるのでしょう。

やはり悩んでいる時というのは、どうしても視野が狭くなりがちです。

だから「こうすればいいのでは?」というような単純なことは思いつかなくなってしまうということはよくあることです。

ネットの掲示板などで相談を見ていても、例えばDVを受けている人の相談を見ると、おしなべて「なぜ逃げないのだろう?」というような状況でも、悩んでいるのです。

明らかに暴力を振るわれていて、子供にも悪影響なのに「子供から父親を取り上げるのはどうなのだろう」と悩んでいるのです。

正直傍から見ると「なぜ?」と思うかもしれないけれど、やはり渦中にいる人は、どうしてもそのような事に気づけないのだろうなとも思います。

でも清々として、その悩みから解放された時「なんで自分はこうだったんだろう?」と間違いに気が付くことがあります。

清々した気分になる7個のこと

では具体的に、清々とした気分になるというのは、どのようなことがあるのでしょうか?

主に7個ありますので、見ていきましょう。

病気が治った

病気が治った時は非常に清々としますよね。

病気というのは、どうしても人の力では何ともならないことです。

もちろん体調管理などによる成人病などもあるでしょう。

しかし大抵の場合は、先天的であったり、そのような病気にかかりやすい体質であったりというようなところがほとんどです。

そのため自分の力だけでは、どうしても及ばないということもあります。

だからこそ、「病気が治った」というのは非常に嬉しいところがありますよね。

特に大病が治ったということになると、非常に明るい気持ちになるでしょう。

健康は人生で一番の宝

やはり健康は人生の中での一番の宝です。

痛いところがあったり、苦しいところがあったりすると生活もままならないところがあります。

そうなると収入は確実に減りますし、家も荒れてくるでしょう。

このようになったら、心の潤いや余裕がなくなっていくというところがあります。

しかし健康で働くことができれば、後は何とかなります。

さらには、家の事に関しても、最近は便利な家電などもありますが、やはり色々と動けた方が便利なのは言うまでもありませんよね。

だからこそ健康は人生の中で一番の宝と言えるでしょう。

さらにはお金を出して買うことができないものですので、なおさら大切にしたいものですよね。

もし病気が治って、また健康になったということであれば、是非ともこの健康を大切にしつつ無理せずほどほどに楽しく過ごすことが大切です。

試験に合格した


高校受験大学受験の他にも、資格の検定など色々と取る機会がある人も多いことでしょう。

そのような人であれば試験に合格したら嬉しいですよね。

希望の学校に行けたり、希望の資格が取れたとなると非常に嬉しいものです。

やはり勉強とは大変なものです。

中には寝る間も惜しんで頑張った人もいるかもしれません。

このように合格したとなるとやはり嬉しいですよね。

それまでの努力の時間が報われる

それまでの努力が実ったということは、非常に嬉しいことです。

中にはサンクコストと呼ばれるものもあり、実行されなかったことや、ものに関することにかけた時間やお金の事を指します。

成し得なかったことに関してですので、やはりその分、損は出てしまった一面があるのですが、このように努力をして報われるというのはいかに大切なことなのかというのは、このサンクコストのことを考えると分かりますよね。

ずっと汚かった家の整理整頓が終わった

仕事をしていたり、家事や介護子育てなどに追われて、なかなか家の掃除ができないことはよくあることです。

やはり現代人は忙しいです。

共働きも普通になってきて、仕事のことプラスアルファで、色々とやるべきことがあり、なかなか家の事に手をかけられないという人もいるでしょう。

もちろん中には、忙しくても家の掃除ぐらいは楽々とできるという人もいるかもしれませんが、やはりそれは人によって能力が違うところがあります。

だからこそ、このようにずっと汚い状態になってしまうこともよくあることです。

部屋が汚いのは気にしていない人もいるかもしれませんが、多くの人は掃除しないといけないんだけど、どうしても体が疲れていて掃除まで手が回らないというような葛藤を抱えています。

だからこそ、この葛藤から解き放たれた時というのは、清々とするところなのでしょう。

家の汚れは心の乱れ

家が汚いとなると「だらしのない人」というような感じで見られることも多く、なかなか話しづらいところがあります。

しかしどのような人であっても、家が汚くなってしまうことはあるのです。

どんなに几帳面であったとしても、例えば配偶者の方が亡くなったとしたら、とてもじゃないけど家を片付ける余裕なんて全くない人だっています。

それは片付けは、「かたをつける」というような意味合いがあることから、それが辛い状況の時は人間は片付けの方に気が回らないところがあるのです。

よく誰かが亡くなられた後に、片付け業者に依頼をするという時は、もうかたをつけたい気持ちになるからこそ、そのように代用することができるようになるのです。

ずっと謝りたかった人に謝ることができた

過去の争いでついつい意地を張ってしまい、そのまま過ぎてしまったということもあるでしょう。

特にそれが若い頃だったら、年齢を重ねて「あの時…」と後悔してしまうこともあるのかもしれません。

その時にずっと謝りたかったなと思ってた人に、再会して謝ることができたとしたら、とても清々しますよね。

大抵の場合は、そのような過去の失敗というのは、多かれ少なかれ皆が持っているものです。

しかし心にこのように重い影を落としているところはあるとしたら、ずっと鬱々としていたはずです。

その鬱々とした気持ちが晴れやかになるというようなことで、非常に心が清々するというところがあります。

意地を張り続けるのはNG

できれば、悪いなと気がついたときは素直に謝れるようにした方が一番いいですよね。

若い人だと、あまり実感が持てないかもしれませんが、もしかしたら謝りたいなと思った時に、その人自体が存在していない可能性だってあり得なくはないのです。

例えば、それはどんなに若くてもある日突然ということもありますので、思い立ったらできれば謝った方が良いというところがあります。

よく聞く話では、夫婦喧嘩をしていて見送りをしなかったのだけれど、不慮の事故で帰らぬ人になってしまったというようなことがあり、ずっと後悔をしているというような話などもよく聞かれます。

このようなこともあるので、悪いなと思ったら素直に謝るということも大切です。

パワハラ上司が解雇された

パワハラをするような上司が、整理解雇などで解雇をされたとしたら、すっきりとしてしまうというところがありますよね。

解雇されてしまった本人は残念なのかもしれないけれど、ずっとパワハラを受けてきた上司がいなくなったのは非常に清々した気持ちになりますよね。

ずっと理解出来なかったことが理解出来た時

皆さんは小学生の時に、算数の問題などで難しいと思ったものはありませんでしたか?

しかし小学校の中学年で難しいなと思ったことでも、小学校の高学年ぐらいになるとは「こういうことだったのか」というように、理解があっさりと出来たということはありませんか?

昔あんなに苦手だったのにというようなことです。

このずっと理解できなかったことを、ちょっと理解することができたとき、清々する気持ちになりますよね。

単に自分の勘違いや思い過ごしのことも

もちろん突然理解できるようになったという理由としては、ただ単に自分が勘違いをしていたということもあるかもしれませんし、思い過ごしだったということもあるかもしれません。

幼ければ幼いほど視野が狭いというところもありますし、大人になっても若ければ若いほどに知らない世界も多く、視野が狭いというところがあります。

年齢を重ねて、経験が増えたり知識は増えたりしていくことによって、理解できなかったのは自分の勘違いや思い過ごしだったからだということを気づくことができる一面もあります。

ずっと探していたものが見つかった

ずっと探していたものが見つかった時も清々しますよね。

もしかしたら買わないといけないかなと思っていたけど、見つかったら嬉しくなりますよね。

また買い替えが、難しいというものもありますよね。

例えば結婚指輪等はその最たるものでしょう。

大切なものがなくてどうしようと思っていた時に、見つかると清々しますよね。

そしてこのような時は、大抵棚の裏とか思いがけのところに落ちていたりします。

自分が清々することも大事ですが・・・

色々なシチュエーションで、自分が清々とするという場面もありますよね。

この清々とするという感情は、非常に良い感情です。

やはり自分を良い状態にしてあげられるのは、自分しかいません。

周囲の人を清々させてあげられる人になろう

自分ばかりではなく、人も清々とさせてあげられる人になれれば、それが一番いいのは言うまでもありません。

人を清々とさせてあげるとは、どのような事なんだろうと思うかもしれませんが、基本的に人に信頼され気持ちの良い行動を取れるような人になることを指すことが多いです。

やはり見ていて気持ちのいい人はいますよね。

このように見ていて気持ちがいい人になるのは、周りの人を清々とさせてあげることにつながります。

人にとても信頼されるようになる

人に信頼されるような見ていて気持ちの良い人になるということは、人としての筋を通すというような感じのところがあります。

人によってコロコロと態度を変える人は、あまり良い目では見られませんよね。

もちろんある程度は、態度の変化を付けることも必要なのかもしれませんが、目下の人になった途端に非常に横柄になるというのはいただけません。

上司であっても部下であっても、基本的に態度や信念を変えることなく接するということは非常に大切です。

上司に丁寧に接したいということであれば、他にもそのような態度で接することによって、人として信頼されます。

逆に強い人に媚びへつらい、弱い人には威張るというような感じの人は、人としての信頼がなくなってしまう可能性があります。

自分自身もポジティブなエネルギーに満ち溢れる

清々として前向きに過ごすことによって、自分自身もポジティブなエネルギーに満ち溢れることができます。

やはり人間は生きていると、一辺倒には行かないところもあり、時にはちょっとネガティブになってしまうこともあるかもしれません。

しかし思考を変えて清々としたり、問題を解決して清々としていくことによって、エネルギーに満ち溢れていくことができます。

例えば部屋の片付けがどうしてもできずに、鬱々と過ごしているということであれば、それをどのように解決していくかということを考えていく必要があります。

もちろん、いきなりゴミ屋敷を新築のように綺麗にするというようなことは難しいかもしれません。

しかしまずは、ゴミからまとめてみるというのはどうでしょうか。

そうすることによって、ひとまずのゴミは片付くというところがあります。

もちろんあまりにも酷いと、このゴミ収集自体にも時間がかかるかもしれません。

もし自分一人では手に負えないということであれば、最近は専門業者もありますので、頼んでやってもらうということも手です。

このようにゴミ屋敷一つとっても、解決方法は色々とあります。

まとめ

清々するといっても、その状況は様々です。

嫌なことがあったけれど、その嫌なことがなくなって、すっきりしたというような気持ちも清々としたと言います。

もしくは片付かなかった部屋が、無事に片付いたということでも清々しますし、中には失恋したというような状態でも、吹っ切れたら清々とします。

もちろん失恋したという事実は変わりませんし、相手の心は戻らないかもしれません。

しかし、自分の気持ちは中だけで踏ん切りがついた時も、清々したとか、解決した等ではなくても、それに関係なく自分の心がスッキリとするという時に清々とするというような感じになります。

もちろん自分ばかりが清々するというわけではなく、時には人も清々とさせてあげられるような気持ちの良い人間になれれば、それが一番いいですよね。

自分が清々として生きるというのはもちろんのことですが、皆さんも人のことも清々させてあげられるような人になりましょう。