「不文律」とは聞き覚えのある言葉だとは思うのですが、日常の会話の中でどのような場面で使ったらいいのか、また言葉自体の意味はそもそもどういったことなのか。

今回はそんな不文律という言葉を分かりやすく説明していくことにいたしましょう。

不文律の意味や使い方を学ぼう

「不文律」という言葉の意味や使い方について学んでいくことにしましょう。

ひととおり今回の記事を読んでいただけましたら「不文律」を友達や職場の人にも自信を持って説明できるレベルにまで引きあがれるようなれることを期待しております。

読み方は「ふぶんりつ」

「不文律」の読み方は「ふぶんりつ」となります。

何度か読んで頭の中に叩き込んでおきましょう。

不文律の意味

それでは「不文律」の意味について説明していきましょう。

文章で明文化されていない法

「不文律」とは文章によって明文化されていない決まり事やルール、法のことをいいます。

通常、ルールや決まり事というのは会社の就業規則や学校の規則のように明文化されているものです。

憲法や法律が明文化されたルールであるように文字で書いて目で見て確認できるものが広く一般的に浸透しているのが決まり事であって「不文律」とは全く文章化されていない規則、ということになるのです。

それぞれが了解し合っている決まり

「不文律」とはその組織やチーム内でそれぞれのメンバーや構成員が認め、了解しあっている決まり、ともいえます。

文字にして明文化はしていないがそれぞれがその決まりを了解し、それを元にして行動している、という図式になります。

言い換えるなら「暗黙のルール」

「不文律」とは言い換えれば「暗黙のルール」ということにもなります。

つまり文章にして明文化してしまうほどではない常識に則ったもの、または文章にしてしまうと世間の常識とかけ離れているためわざと明文化しないもの、という意味合いになってくるでしょう。

不文律の類語

それでは不文律の類語について紹介してまいりましょう。

不文法

「不文法」とは文章で表現されていない法、という意味になります。

この言葉の対局となる言葉が「成文法」です。

つまり文章で表現した法であるか、ないか、ということになります。

「不文法」の意味はほぼ「不文律」と同じ意味合いとなる、ということですね。

慣習法

「慣習法」は不文法の一種であり、法的根拠・確信をもって行われる人間の行動規範の事を指し、それらの行為を俯瞰していいます。

つまり過去の実績と経験の積み重ねにより「危険」や「間違い」の起こりにくかった行為や行動、すなわち「社会通念」という形で捉えられているものです。

慣習法は明文化されておらず、文章にもされていないことがほとんどです。

これらの点において「不文律」と同一の意味とみなされるのです。

判例法


「判例法」も不文法の一種となります。

裁判において過去の判決事例がその後の判決におおいに参考となり、かつ同一となるようなものを特に文章化せずに反復して採用することをいいます。

過去の判例が今の時代になっても何の問題なく使える、ということですから言葉を換えれば「不文律」と同じ意味合いとなるのです。

約束事

「約束事」とは何の説明を付け加えなくとも万人に認知されている一種の社会規範のようなものをいいます。

例えれば赤信号は止まれ、青信号は進め。

といった類のことになります。

約束事も説明を付け加えるほど特殊な内容を知らしめているものではありません。

そういった意味では「不文律」の類語として使えるでしょう。

「掟」とは「決まり」であり既にその社会で定められている事柄であり、一つの崩すことのできない絶対的ルールでもあります。

よって「掟」を破るものにはそれに相応する厳しい罰や処分が下されるのが慣例です。

つまり「掟」も一種の「不文律」と同じ意味となります。

明文化はされていなくても人々の心の中に厳しく刻印されている「決まりごと」なのですから。

暗黙の了解

「暗黙の了解」も「不文律」と同様の意味をもった類語です。

どちらも明文化はされていません。

そしてかえって文章化されたルールよりも強い拘束力を持っているかのような錯覚さえ覚えさせる効力を持ち合わせているところも共通しています。

ただ「暗黙の了解」の方が、より「闇」を感じさせるほどの効力を感じさせます。

そういった部分では「掟」も同様といえるでしょう。

どちらにせよ「不文律」と同じで人の心の中に深く強く刻み込まれる拘束力の強い「決まり」なのです。

反対語は成分律

「不文律」の反対語は「成分律」または「成文法」となります。

こちらは書いて字の如く、「文字」から成り立っている「決まり」ということになります。

会社の就業規則、学校の校則などは立派な「成分律」ということになりますね。

不文律の具体例

それでは次にまいりましょう。

今度は不文律の具体例をあげていきましょう。

会社内や組織内の不文律

会社内や組織内での不文律といってまず思い浮かぶのが最高権力者への服従でしょう。

ということは社長や組織のトップに対して絶対的に服従しなさい、といった文章は規則集の中には存在しない、ということです。

あるいは会社や多くの組織においては「タテ社会」、つまり上司や先輩に対して反抗してはいけない、というものも不文律の代表といえるでしょう。

この感覚は上の立場の人や年長者を敬うという日本古来からある思想が現代にまで残っている名残かもわかりませんね。

学校やクラスでの不文律


学校やクラスでの不文律といえば「先生を敬う」もしくは「勉強する」「友達と仲良くする」といったものになりそうです。

学校という場所は当然ながら勉強をする場所です。

恐らく学校の校則にも「勉強しましょう」と書いてあるかもわかりませんが、それがなくとも「勉強する」場所であることを頭の中にいれておかなければなりません。

同時にクラスにおいては同じクラスメートとは仲良くして楽しい学校生活を送りたいものです。

校則に書かれていないから、といって相手の嫌がることを言ったりやったりしてはいけないことはいくら子供でも自覚しておかなければならないことでしょう。

友人間での不文律

友人間での不文律は「裏切らない」「約束を守る」になるでしょう。

友人同志というのは仲がいいとか気が合う、などの理由で交友が始まります。

その仲を壊さないようにするためには相手の嫌がること、相手を戒めるような行為を率先して行わないことなのです。

友情というものに成分律は必要ありませんからね。

黙っていても相手のいいところを認め合い、助け合う。

これが友人間での不文律なのです。

家族間での不文律

家族間の不文律は「親子の愛情」です。

親は子供をしっかり教育して育てる義務があり、子供は親からの愛情を受けてまっすぐに生きていくための術を身に付けなければなりません。

このような事は教科書にも法律書にもどこにも載っていません。

まさしく書面では表せない「不文律」として家族間の中に存在し続けるのです。

地域の中での不文律

地域の中での不文律はお互い仲良くし、挨拶を交わし相互扶助の精神を養うことです。

そして時として期せぬ災害等が発生したときは絆の力を発揮して助け合う。

これが真の地域コミュニケーションであり、文章にできない目に見えない力といえるでしょう。

地域の中での不文律が徹底されれば隣近所同志なら親しくなって、防犯や災害から地域を守る心構えが自然と備わるのではないでしょうか?

スポーツでの不文律

スポーツでの不文律は「フェアプレイの精神」を正しくもつことに尽きるでしょう。

昨今のスポーツ界は勝つためなら何をやってもいい、という精神がはびこっている気がします。

しかし乱暴なプレーをして相手に故意に怪我をさせたり、足を引っ張るような行為で相手を敗戦に追い込むような行いが果たしてスポーツの真の姿なのでしょうか?

もう一度原点に立ち返り、「スポーツとは何のためにやっているのか?」この当たり前の動機を呼び起こすためにも、スポ―ツ゚における不文律を各自が再確認しもらいたいものです。

不文律を使った例文

それではここからは「不文律」を使った例文を紹介してまいりましょう。

現代社会には無駄な不文律が多すぎる

現代社会はルールや規則がびっしりです。

それらは文章にするととても書ききれないので、人々の常識と良識をベースにして成り立っているものが結構あります。

ただ、それらの規則やルールが本当に無駄なのか、有益なのかはその人の感性や考え方によって変化します。

信号機のように、赤を進んで青で止まるような行為をとってしまったら大きな事故を引き起こしてしまいます。

このような不文律については無駄ではなく、これからもずっと守り続けていかなければならない不文律となるはずです。

逆に無駄だと思われるものは、その組織の構成員が声を大にして問題提起するなりの行動を起こす。

そうしないと永遠に変化しない無駄な不文律が世にはびこることをこの例文は訴えているのです。

朝6時起床という不文律の中育ったから早起きは得意だ

朝の起床時間は人それぞれです。

会社や学校に余裕をもって間に合うように行くためには、通勤時間や通学時間にかかる時間を逆算して汝に起床しなければいけないのか自分で決めておかなければなりません。

ところが人によっては朝が苦手で目覚まし時計だけでは起きられず人に起こしてもらってやっと目覚める、という方もいるでしょう。

そういった意味で朝6時には誰から言われることもなく、自発的に起きていれば会社や学校に遅刻することもなくきちんと朝食をとってゆとりをもって出掛けられるでしょう。

早起きが得意になるためには、自分自身に不文律を設定して日頃から実行していく心構えが必要なのです。

他人の恋愛には口出ししないという不文律

恋愛話は人の好奇心をかき立てます。

ところがそれは自分以外の人間の場合で、自身のことになったら聞かれたくないのが本音でしょう。

だからこそ他人の恋愛に口出しをしないということをモットーにすることは一種の自身への不文律となるのです。

たいてい、誰と付き合っている、誰と別れた、といった話は第三者の場合ならいいですが自身のこととなれば人に知られたくないですし、それをうっかり誰かに話してしまって話しを広められでもしたら迷惑このうえないでしょう。

よって恋愛に関しては他人のことは特に口だししない、という不文律を設定しておくことはその後の人間関係をおかしくしない秘訣となることでしょう。

週末は残業をするのが我が社の不文律だ

会社には就業規則に書かれている以外のことが結構あるものです。

特に残業についてははっきりと明記されていないケースが多いものです。

週末になったら毎週、その会社は残業が発生する。

本当は面接のときに言ってほしかったし就業規則にもそう書いておいてほしかった、というのが従業員側の気持ちです。

しかし会社側にとったらそんなことをはっきり言ってしまったら人も集まらない、というのが本音なのです。

働き方には多くの不文律が存在するのが世の中の現状なのかもわかりません。

夕食は皆で食べるのが我が家の不文律だ

ひと昔前は家族全員が食卓を囲むのは日常茶飯事のことでした。

しかし、今の時代は働き方も多様化し、各自の都合を合わせるのが難しい時代になっています。

そのようは背景を意識して我が家では夕食は皆で食べるようにしている。

それによって家族の絆をしっかりつなげられるのだからこれ以上ないいい不文律である、というものなのでしょう。

問題は参加している皆がそれをよしとしているかという問題もはらみますが、いずれにせよ夕食を家族全員で囲むのは確かにいい「不文律」だと取れるでしょう。

不文法を守ることで組織は成り立っている

不文法、つまり不文律がごとき暗黙のルールがあるために組織は成り立っている、ということですね。

組織の規模が大きかれ小さかれ、そこには明文化しにくい決まりごとが多数あるものです。

例えば組織における序列です。

表沙汰場では経営者や社長がトップにくるはずですが、もしかしたらそれ以外の人物がその組織の影のリーダーになっているかもわかりません。

あるいは反対に掃除や挨拶など今更、文章にするべきことではない、という判断で全社員が率先してそれらの行動を行っているのかもわかりません。

不文法においても会社にとっていいと思われる行為・行動は率先して行いたいものです。

不文律を壊さなければ我が社の未来はない

不文律の存在というものはそれが旧態化してしまうと、会社の未来の発展を阻害しその会社を倒産に追い込んでしまうかもわかりません。

この例文はそのような事態を危惧した表れを表現しています。

明文化できない暗黙のルールというものは会社や組織の更なる成長を正しい方向に導かない可能性があるということです。

不文律の意味と使い方をマスターしよう!

今回は不文律の意味と使い方について説明してまいりました。

不文律という言葉の意味を正しく理解しておけば日常生活において不便は感じなくなるでしょう。

「不文律」知っておいて損のない言葉となるでしょう。