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「友愛」とはどういう意味?「友情」...(続き3)

親友と言うと大抵は一人や二人ぐらいではないのでしょうか。

それぐらいに相性の合う友達と出会うのは難しいのかもしれません。

特に女性の場合は、環境が大きく変わることで話が合わなくなったり、思ったことが言えなくなったりするということもあるので、親友関係の継続は難しいということが言われています。

心友

こちらも、心の友というようなことで心が繋がっている友達のことを指します。

心は繋がっているという点で、心友と言えるでしょう。

またなかなか友達関係を築くのが苦手だけど、ネット上で思ったことが何でも話せるような友達がいる人もいるかもしれませんね。

顔を見たことがなくても、心が繋がっているという意味合いでは、この心友と該当するのではないのでしょうか。

真友

真の友ということで、真友という言い方もあるのです。

ともすれば少し親友と同じとも思えるところがありますが、もしかしたらこの人は自分を裏切るのではないかというような不安を抱くことなく付き合うことができる相手に相応しい表現でしょう。

このような友達であれば親友のように少数というわけではなく、もっと複数人いるというような人もいるかもしれませんね。

ただ世代にもよりますが、10代前半の子供の話を聞くと女の子は表面上で付き合うということも多く、なかなか信じられるような友達というのが見つかりにくいのが現状のようです。

信友

信友も読んでみてなんとなく想像がつくように、信じられる友達ということを指します。

親友も非常によく似ているところがあるでしょう。

ただ信じられる友達というのは、たまに会って話す程度であっても、口が硬そうだなとか信じられそうだなと思ったら、信じられる友達になるということで、親友よりもっと多いかもしれませんね。

朋友

こちらは「ほうゆう」と読みます。

こちらも友達という意味合いです。

朋は同門の友というような意味合いの言葉です。

この朋友という言葉は、中国で主に用いられているところもあります。

朋友は、友達が困った時に抵抗なく手を差し伸べられる関係であるかどうかが基準です。

よく日本だと「お金を貸して」と友達に言われたら、「お金は貸さずに突き放すのが本当の友達だ。もしここでお金を貸したら、その人が立ち直るきっかけが遅くなる」というような考え方が主流ですよね。

ただここで中国の朋友というような関係性の人だと、抵抗なくお金を貸すのです。

さらにはその人が宿無しになってしまう事態になったら、抵抗なく自分の家を使わせてあげられるような関係性の人を朋友と言います。

困った時に、お金や家など重要なものも差し出すことができるのが、本当の友というような意味合いです。

しかし、日本人は薄情なのかというと決してそうではありません。

ここには、日本と中国独特の環境の違いがあるようですね。

日本は困った時の最終的なセーフティーネットとして、生活保護があります。

もしどうしても生活が苦しいということで、貯金もなく家賃を払うのが厳しい状態になった時、いざという時は生活保護があるのです。

だからこそ友達にお金を借りるというような事をしなくてもいい一面があります。

生活保護とまでいかなくても、親にお金を借りるとか、そのようなことで対処できることもあります。

どちらかというと、日本は友人よりも家族を頼りにする文化もあるのでしょう。

しかし中国においては、基本的にお役人はそのように市民の相談事に乗るようなタイプの人達ではありません。

だからこそ、朋友のような関係性を維持をしつつ、お互いに迷惑をかけ合いながらも助け合ってやっていくというのが、中国のスタイルなのです。

朋友の意味合いについても、ここまで生活環境の背景も違って、考え方も違うところがあるのですね。

交友

これは「こうゆう」と読み、友達付き合いのことを指します。

ですのでこの友達が、ただ気楽にランチをするだけのママ友的な関係性であっても、親友との付き合いにおいても、このように友と付き合う意味で使われることもあります。