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「完膚なきまで」とはどういう意味?使い方や例文、注意点を解説します


この記事では「完膚なきまで」という言葉について解説してまいります。

「完膚なきまで」とはどういう意味なのか。

使い方や例文を紹介してじっくりと説明していきましょう。

この記事の目次

「完膚なきまで」の意味や使い方を学ぼう!

「完膚なきまで」の意味や使い方について学んでいきましょう。

この言葉は使い方を間違えてしまうと、険悪なムードになってしまう可能性があります。

「完膚なきまで」の正しい意味をよく理解して使うようにしましょう。

「完膚なきまで」の読み方

「完膚なきまで」の読み方は「かんぷ」と読みます。

マンガやアニメでもよく見る表現

「完膚なきまで」という言葉は聞いたことがある人もいると思います。

それはマンガやアニメで頻繁に使われる言葉だからです。

特に格闘シーンのある作品に出てくることが多い言葉です。

「完膚なきまで」の意味


それでは「完膚なきまで」の意味について紹介していきます。

徹底的にやっつける様子

「完膚なきまで」は「徹底的にやっつける」という意味になります。

相手に手加減を加えず、足腰立たなくなるまでやっつけてしまうということです。

または、相手に反撃の余裕を与えないくらいやっつけてしまう、といった意味にもとれます。

よってこの言葉には明かに攻撃性を含んだ、好戦的なイメージがついてきます。

実際にどのようなシーンや場面で使っていいのかをよくよく把握しておく必要がある言葉だと認識しましょう。

完膚がないほどにやり込める様子

「完膚なきまで」の意味は、「完膚がないほどにやり込める様子」ということにもなりますね。

それでは、ここで取り上げられている「完膚」について少々、説明していきましょう。

「完膚」とは?

「完膚」とは、「無傷の皮膚」という意味になります。

つまり傷ついていないまっさらな皮膚ということになります。

その皮膚を、無傷のところがないくらいコテンパンに痛めつけるということです。

「完膚なきまで」の使い方

「完膚なきまで」の使い方について説明していきましょう。

「完膚なきまで〇〇する」と文章が続く

使い方の基本は「完膚なきまで〇〇する」という形式になります。

〇〇の部分に目的となる言葉を当てはめるのです。

自発でも受け身でも使用可能

「完膚なきまで」という言葉は、自発的な場面でも受身的な場面でも使用できます。

そういった意味では応用性の高い言葉といえるでしょう。

戦いや議論などの場面で使える

「完膚なきまで」が最も使いやすい場面は、「戦い」や「議論」などの場面です。

主に自分と相対する人物と、何らかの攻防戦があるときに使う言葉になります。

肉体的にも精神的にも使用可能

「完膚なきまで」は肉体への攻撃、精神的なダメージの両方に使えます。

相手がやられる時というのは、多くは肉体面での敗亡でしょうが、精神面が降参していなかったら戦いが終了することはないかも分かりません。

心身両面において相手を叩きのめしてこそ、完膚なきまでに相手をたたいた、という状況に追い込めるのです。

「完膚なきまで」の例文


それではここからは「完膚なきまで」を使った例文を紹介していきたいと思います。

彼の強い拳に完膚なきまで打ちのめされた

この例文に出てくる「完膚なきまで」は、相手の拳によって本当に足腰立たないくらい打ちのめされた様子が伺えます。

そういう意味では肉体面を表現した使い方になっています。

拳という言葉が出てきますから、恐らくボクシングの試合だったのでしょう。

いくらグローブをつけてファイトしていても実力差があったのでしょう。

彼の拳の力は、グローブをしていても格段に強かったのです。

鬼教官によって完膚なきまで指導された

この例文に出てくるシーンは、教習所における実地指導です。

怖い鬼教官の指導によって、精神的に言葉も出ないくらい叩きのめされたようです。

しかし、これくらいやらないと車の免許というものは取得できません。

実際に外の道を走らせて事故を起こしてしまったらただ事では済みませんからね。

今のうちに鬼教官に完膚なきまで指導されることをおすすめします。

友達との口論で完膚なきまで論破された

口論。つまり口による喧嘩です。

口喧嘩は感情的になった方が負け。

冷静さを維持して論理的に話す側が勝ちます。

話し好きな人間は、得てして自分の意見を曲げることができません。

また、人の話しを聞くこともできません。

そういった2人が面と向かったら、口論が始まるのは仕方ないものなのかもしれません。

完膚なきまで論破されてしまうのは、相手の論理が正しいからです。

あなたは素直に負けを認めて早くリラックスしてストレスを溜めないようにすることです。

世界王者に挑戦した若者は完膚なきまで叩きのめされた

この例文に登場する世界王者は、何かのスポーツの選手なのでしょう。

挑戦者である若者は、自信たっぷりで挑んでいったのですが、結果は敗北です。

それも見るも無残なほどやられました。

ボクシングなら完全なKO負け。

ラグビーなら100対ゼロくらいの負け方です。

これが世界王者の実力なのだ、ということをいやというほど味わいました。

捲土重来のチャンスを伺って再び挑戦してもらいたいものです。

この試合は重要だ、完膚なきまでやっつけてやれ

スポーツにおいて、ここは負けられないという大事な一戦が年に数回は訪れるものです。

そのような重要な試合は戦う方としては気合満々。

勝つのはもちろんなのですが、どうせ勝つならば相手の闘志を奪い去るくらいの勝ち方を求めようということです。

また、応援しているチームが相手をコテンパンにして勝つことこそ、最高の喜びです。

特にライバルチームに対してそのような勝ち方ができたら、溜飲が下がる思いになるのは間違いないでしょう。

その事件に私の心は完膚なきまで傷つけられた

この例文に出てくる「完膚なき」は精神面を叩かれて立ち直れないくらいのダメージを負った様子を表しています。

恐らく身の毛もよだつくらいの事件だったのでしょう。

心をズタズタにされてしまうとトラウマとして残ります。

肉体を攻められるよりはるかにキツイかも分かりませんね。

「完膚なきまで」の類語

それでは次に「完膚なきまで」の類語を紹介していきましょう。

容赦なく

「容赦なく」とは、許すことも、手加減することも、多めに見ることもない様子をいいます。

つまり完膚なきまでたたきのめされる様子ということになります。

よく「情け容赦なく」という言い方を耳にする機会もあるかと思います。

バトルの展開になった時によく使われる言葉ですね。

徹底的に

徹底的にとは「どこまでも」「一貫して」という意味になります。

「徹底的に敵を叩け」という表現と「完膚なきまで敵を叩きのめせ」という表現はどちらもほぼ同じ意味で取れるということになります。

どこまでも一貫して敵を叩いたら、恐らく完膚なきまでよりも悲惨な状況になるかもわかりませんね。

そういう意味では、徹底的という表現は実態がより怖い状況といえるでしょう。

こてんぱん

「こてんぱん」という言い方も、「完膚なきまで」とほぼ同じ意味合いで使われます。

つまり相手につけ入る隙を与えないくらいボロボロにしてしまう、ということです。

ただ、こてんぱんという表現はお笑いやコント芸などに使われるケースが多いです。

そういう意味では世間的に馴染みの深い言葉だといえるでしょう。

完全に

「完全」とは英語でいうところの「パーフェクト」です。

つまり欠陥や欠点・弱点といった部分がない状態といえます。

故障知らずで完璧なる能力を備えた人やモノ、という意味になるでしょう。

「敵を完全に殲滅させろ」という指示が出たとしたら、これは敵を全滅に追い込め、という意味に解釈できます。

そういった意味では「完膚なきまで叩け」よりも、より厳しい想定の元での攻撃ということになります。

いずれにしても「完膚なきまで」と類語扱いしても、さほど違和感のない言葉といえるでしょう。

手加減抜きで

「手加減抜きで」は、相手の状況を鑑みて、手を抜いたり手を緩めてあげる行為を全く行わないことをいいます。

つまり「完膚なきまで」と同じ意味の類語ということになります。

一般的に勝負を競う剣道や柔道、相撲といった競技の類では、力が明らかに上位の者は下位の者に対して力を抜いて対戦したりすることも戦術的にはありえます。

勝ち負けがはっきりしている相手に全力でぶつかっても体力を消耗するだけなので加減して戦う、という発想です。

しかし、手加減抜きで勝負を競うとなればこのような発想は通じず、見るも無残な結果が出てしまいます。

高校野球の試合などでも、一切の手加減なしで戦ったら5回コールド、50対0くらいの大差がついてしまうでしょう。

いずれにしても「手加減抜き」という戦い方は「完膚なきまで」と同類になるということです。

手を緩めずに

「手を緩めずに」は「手加減抜き」とほぼ同じ意味を持つ言葉です。

つまり相手の様子や状況に関係なく、手心を加えることもなく攻撃の手を休めない、ということになります。

これも勝負の世界の非情さを物語る言葉です。

例えば将棋の一戦。

実力差があったらあっという間に勝負は決してしまうでしょう。

まさに「瞬殺」されるかも分かりません。

相手の良いところを一切、出させることもなく勝負を決めてしまう非常の戦いの手口なのです。

傷口に塩を塗る

「傷口に塩を塗る」とは、悪いことが起こった上に、更に災難や悪いことが重なることをいいます。

つまり、大けがを負っている傷口に大量の塩を塗り込んで、痛みを更に激化させるようなものです。

このような戦法は、明らかに「完膚なきまで」叩く手法といえるでしょう。

ただでさえ弱っている相手に止めを刺すが如くの追い打ちの攻撃。

敵を完全KOに追い込んでしまう戦い方というわけです。

勝負を判定に持ち込む気持ちがさらさらない、という事になります。

「完膚なきまで」を使うときの注意点

ではここで「完膚なきまで」という言葉を使う際の注意点について、説明しておきます。

人に対して軽率に使うのはNG

「完膚なきまで」という言葉は、相手を容赦なくコテンパンに叩く時に使う言葉です。

ということは、明らかに戦闘態勢に入った状況下で使う言葉だということです。

それも使う相手は人です。

よって、軽はずみにでも冗談にでも人に対して使うことは避けた方がいい言葉になります。

友人同士やビジネスの現場においてこの言葉を用いるのは、明らかに場の空気を読んでいない証拠です。

使用してもおかしくない場面やシーンを選んで、使うようにするべき言葉でしょう。

勿論、使用してもいいのはスポーツや格闘場面など娯楽性を含んだ場面で使うようにしたいものです。

被害や痛手を伴わない場合は使えない

「完膚なきまで」という言葉には、被害や痛手といった苦痛を伴う要素が絡んできます。

国家間の紛争や戦争、格闘技戦などの試合など、戦った結果、どちらかに多くのけが人が出たり、病院送りされるくらいの大けがを負わせるような状況になる場合などに用いられる言葉なのです。

よって、そのような状況になっていないケースであるならば、この言葉は使わないことです。

たまにテレビの実況中継で格闘技戦を放送していて、相手選手が判定で負けただけなのに、「完膚なきまでやられました」とアナウンスしていることがありますが、明かにこれは誤りです。

それほど「完膚なきまで」という状況は、悲惨な状況ということを認識しましょう。

「完膚なきまで」を正しく使いこなそう!

今回は「完膚なきまで」という言葉について解説してまいりました。

本文中に何度も申しましたが、「完膚なきまで」という表現は殺伐とした雰囲気とやってはいけない攻撃性を助長する言葉でもあります。

確かに過去の国家間での戦争や紛争は、このような状況が何度も起こりました。

そうしないと今度は自分がそうされてしまう危険性があったからです。

よって、今の時代ではせいぜい、スポーツの世界や議論の場における論戦程度に使用場面を留めるべきでしょう。

もし、世の中全般でこの言葉が当たり前のように使われるようになってしまったら、それはそれで恐ろしい時代になってしまったと、言わざるを得ないでしょう。

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