「体得」という言葉についてみていくことにしましょう。

「体得」の意味、正しい使い方を例文を交えて説明していきます。

また「習得」との意味の違いや類語についてもみていくことにいたしましょう。

「体得」の意味や使い方を学ぼう!


「体得」という言葉は様々な分野で見聞きすると思います。

しっかり学んで自身のボキャブラリーを増やしていきましょう。

「体得」の読み方

読み方は「たいとく」と読みます。

難しい読み方ではないのでそのままを覚えましょう。

「体得」の意味

それでは「体得」の意味についてみていきましょう。

理解して身につけること

「体得」とは、「理解して、自分のものにする」ということになります。

理解とは、物事の道理や筋道を正しく頭でわかることです。

例えば生卵は簡単に割れてしまいます。

このことを知っていれば生卵を不用意な扱い方をしないはずです。

慎重に丁寧に取り扱うでしょう。

それは割ってしまって中身がこぼれたら掃除したり食べ物である卵を破棄することになってしまうからです。

このように物事の道理、からくり、原因と結果などについてを知って、それらを正しく行動、模倣することを意味しています。

体験を通して知ること

「体得」の意味として一般的に広く知られているのはこの意味になるでしょう。

つまり「体験」を通して物事を知る、理解する、そしてそれらを自分のものとして使いこなしたりプレーを披露したりする、という行為です。

例えばスポーツにおいて、難易度の難しい技を体験を通して何度も練習してついにはそれが出来るようになる、ということです。

「体得」とは実際に自分の身体を駆使して得たもの、といった意味合いが強いでしょう。

完全に会得して身につけること

「体得」の意味には他にも「会得」する、といった説明もあります。

それでは「会得」について少し紹介しておきましょう。

「会得」の意味

「会得」とは「物事の意味を十分、理解して自分のものとすること」となります。

かなり抽象的な言い方になっていますね。

もっと平たく考えてみると「会得」とは、体験や本を読むなどの勉強などの行為すべてを含んだ行為を通して得た技術やノウハウ、ということになるでしょうか。

まあ、細かく考えれば意味合いは違ってくるのでしょうが、世間一般では意味的にはどちらも同じニュアンスで相手に伝わるでしょう。

「体得」の使い方

それでは「体得」という言葉の正しい使い方についてみていくことにしましょう。

体験から何かを身につけたとき

まず最初に挙げられるのが「体験から何かを身につけたとき」です。

この「身につけた」という行為がないことには「体得」という言葉の意味が成立しません。

何かを体験しただけで特に何の成果もなかったのなら「体得」とは言わないからです。

例えばテニス。

サーブを相手コートにしっかり打ち込むことができなかったから何度も練習を重ねてついにはほぼミスすることなくサーブを打てるようになった。

こういった事例が「体得」となるのです。

ただ行っただけでは「体得」とは言いませんからね。

学んで物事をしっかり理解したとき

学ぶことによってそのものごとの神髄をしっかり理解できたときにも「体得」という表現を使います。

何かを学ぶということは身体を通して学ぶ、ということにも通じます。

例えば掃除の仕方です。

床のモップ掛けにしても実際に自分でやってみないことには上手になれません。

もちろん、人のやる動作を見て頭で理解する行為も必要になります。

学ぶということは見たり聞いたりやってみたり、を繰り返すことによって自分のものにしていくトータルした姿勢です。

これらを全てやり切ってはじめて「体得した」といえるのです。

初めてそのスキルを身につけたとき

体得には「初めて」という意味も込められます。

つまり1度体得した技術や技を改めて会得したとしてもそれは「体得」とは表現しないことになります。

何事にもつけ、「初めて」得たスキルや技術、能力が対象となります。

この辺りもよく理解しておきましょう。

文章中では名詞として使用

「体得」は文章中では「名詞」として扱われます。

よってただ「体得」とだけ書かれている文章では意味を成さない文章ということになります。

「体得」+〇〇の形が多い

一般的に「体得」を会話や文章中で意味を成り立たせるときには「体得」のあとに「する」や「した」などの言葉を添えます。

こうすることによって「体得」という言葉の意味が成立するのです。

「体得する」

「体得する」という表現は多くの媒体で耳にすることでしょう。

「する」は自らの意志で何かを得ようとしたり行おうという行為を表す言葉です。

「体得する」は何かの物事をこれから始めて自分の意志により身に付けようという行動予定を表現した言い方になるのです。

「体得した」

「体得した」という表現は、行動を起こした結果、何かの特技や技、技術などを習得した、という解釈になります。

「した」は過去形になります。

きっと多くの時間を費やして必死の思いで体得したのでしょう。

「体得して」

「体得して」はその後に「〇〇を行う」、「〇〇をやりたい」といった使い方になります。

何かを接続する役割を果たす使い方になるのです。

「体得させる」

「体得させる」は第三者が指示や命令を下して体得を目指している人にその成果を出すための経験を積ませる事を指して言います。

つまり何かをやらせる、という事ですね。

親や師匠が子供や弟子に何かをやらせる、といった解釈になります。

「体得」と「習得」の違い

それでは次にまいります。

今度は「体得」と「習得」の違いについてみていきましょう。

「習得」の意味

「習得」とは、学問や技術、習い事などを習って覚える、という意味になります。

つまり誰かから教えを受けてそれを自分の身に付ける、という解釈になるわけです。

「体得」の意味との差

「体得」と「習得」の違いを簡単に表すと、「体得」は経験です。

「習得」は習うということになるでしょう。

「体得」は頭で勉強して知識を増やすという部分よりも実体験を通して頭だけでは理解しきれない専門的な技術やスキル・コツといった領域を表します。

一方の「習得」は、人から習うことにより知識量やノウハウ、マニュアルなどに精通していく様をいいます。

資格の勉強や塾の習い事など、あまり体を使わなくてもいいものを指していうのですね。

「体得」の例文


それでは次に「体得」を使った例文をいくつかみていきましょう。

高いPCスキルを体得するためにスクールに通う

PCスキルというものは教えてもらったり本で読んで頭で理解することも勿論、重要です。

しかし、実際に自分の指でPCを操作しながら作業を行わないことにはPCスキルは身に付きません。

ましてや高い次元のPCスキルともなれば実体験を行わないことにはいつまでたっても上達しません。

よってPCスキルというものは「習得」というよりも「体得」と表現したほうがピッタリ当てはまるでしょう。

学生時代のアメリカ留学で英語を体得した

語学は勿論、学問の一つです。

文法や単語などは座学によって勉強するものでしょう。

ところがこれだけでは会話はできません。

英会話というものは単語やボキャブラリーが必要なことは勿論ですがヒアリング、発音、抑揚、表情といったものがミックスされてはじめて成り立つようになります。

つまりコミュニケーションとして活用できるかどうか、という部分が求められるのです。

語学としての英語は資格で2級や1級を目指して勉強できるでしょう。

しかし、それだけでは英会話としての実力は備わりません。

英会話を不自由なくでききるようになるには実体験を通して人と会話をするよりないのです。

留学して英語を体得した、という意味の本意。

おわかりいただけましたでしょうか。

その技術を体得するには長い年月がかかる

技術というものは本で読んだり人から教わって身に付くものではありません。

自分の手を動かして感覚、つまり「勘」という言葉では表現しきれないものを身に付けることによって上達していくのです。

例えば野球におけるバッターの内角打ち。

例えが少々、マニアックですが内角というのはどんなバッターにとっても苦手コースです。

下手に打ちにいくとデッドボールになるときもありますし、まともに打っても多くの場合、内野ゴロが関の山です。

とにかくヒットになりにくいコースなのです。

内角打ちはいくら理論や知識を頭に叩き込んでもダメです。

実際に打席に立って自分の目で見てバットを振って当てなければ始まらないからです。

このように一つの技術を体得しようと思ったら、長い年月がかかるのも致し方ないのです。

多くの人と話せば様々な価値観を体得できる

価値観というものは実際に多くの相手と話し合うことによって初めて分かったり理解することができるものなのです。

本を読んだだけでは多くの価値観は蓄積できません。

そのためには多くの人と接触して会話をしなければなりません。

自分の意志を相手にぶつけて同時に相手の意志もこちらにぶつけてもらいます。

この応酬によって初めて相手の価値観が分かるようになるのです。

価値観というものは教えられて理解できる、といった類のものではないということですね。

「体得」の類義語

それでは次にまいりましょう。

今度は「体得」の類義語についてみていきたいと思います。

会得

「えとく」と読みます。

じゅうぶんに意味を理解して自分のものにする、という意味になります。

つまり「悟る」というニュアンスになります。

物事の本質を間違った知識ではなく本当に正しい意味で理解して自分の教養の一部にした状態ということになるでしょう。

ものごとを分かるための過程は違うかもわかりませんが、突き進むところは「体得」「習得」と大差ない言葉だといえるでしょう。

習得

「習得」は「習って覚える」という意味になります。

第三者から何らかの課題やテーマを教えてもらい、それによってその技術や知識を自分のものにする行為です。

覚える方法は違いますが、最終的には「体得」と似たような効果が発揮されるということですね。

修得

「修得」とは学問や技芸などにおいて自ら学んで会得する状況をいいます。

「習得」と似た言葉ですが、人から習うのと自ら学ぶという部分で違いがあります。

最終的には自分のものにするわけですから、「体得」の類義語扱いというわけになります。

習熟

「習熟」は学んだ上に学びを繰り返して、盤石な知識や理解度を頭に宿した状態をいいます。

ルーチンワークを繰り返したおかげでこの作業はほぼ習熟した、といったニュアンスですね。

こちらも覚えたものが完全に自分のものになっていますから「体得」の類義語ということになります。

精通

「精通」とは、知識豊富で経験値も人並み以上に豊富であり、なんでも知っている状態を指していいます。

何度も何度も繰り返し行っていますからミスを犯す心配がない状態ともいえます。

完全に自分のものにした状態といえるでしょう。

よって「体得」の類義語として扱われます。

熟練

「熟練」とは同じ作業や工程を何度も何度も繰り返し行った結果、寸分のミスも起こさない精巧な仕事ができるベテランをいいます。

完全にノウハウや技能を身に付けていますから「体得」と同じ意味合いとみなしていいでしょう。

熟達

「熟達」とは熟練したうえで上達した状態をいいます。

ここまでのレベルになった人は当然ながら「体得」というものを十分、成しえた人といえるでしょう。

よってこの言葉も「体得」の類義語として扱われますね。

身につく

「身につく」は自分の知識となり技術全般に関してそのものごとをマスターした状態といえます。

まさに「体得」した状態というわけです。

「体得」の意味の説明にもなっている言葉になりますね。

モノにする

「モノにする」も「身につく」同様、自分の血肉としている状態です。

何度も反復して覚えこんだ状態ということになりますので「体得」の類義語として扱えます。

マスター

「マスター」は「習得する」「身につける」という意味で解釈されます。

迷うことなく「体得」と同じ意味を持ちます。

よってこの言葉も類義語として扱われます。

「体得」を正しく理解して使いこなそう!

今回は「体得」という言葉について説明してまいりました。

「体得」と「習得」の違いや使い方を正しく行えばあなたのコミュニケーション能力は大きく向上するでしょう。

同様にコミュニケーションも頻度を増やせば増やすほど習熟度は上がります。

「体得」目指して頑張っていきましょう。